かすみ荘にて

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砂糖菓子の街(短編集)

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「夏休み最後の日、盆踊りあるだろう、その夜肝試し、やらないか?」
「え、夏休み始まったばかりなのに、お盆の事を考えているのか?」とほおずき。
「今夜でもいいんじゃないか」と隆。
「え、今から、肝試し?笹やんどうしたんだよ?」と驚いた表情でかんぴょうは隆を見ました。
隆は、夏休みの終わりまで、肝試しの事を考えるなどガマンできなかったのです。それなら早く肝試しを終わらせた方がいいと咄嗟に思ったのです。隆とかんぴょうとほおずきは顔を見合わせました。骨壺を開けた時、3人とも逃げ出したことが心に突き刺さっていて、お骨堂に行くことだけは避けたいという想いは一緒でした。

「肝試しは、お盆だからいいんだよ。絶対に盆踊りの夜だよ。」
隆もかんぴょうもほおずきもチャボの勢いに負けて、盆踊りの夜に肝試しをすることになったのです。夏祭りは、夏休みの扉を開ける夜でもありました。
 
夏休みは、座禅とラジオ体操で始まり、お寺の境内で野球をしたり缶蹴りをしたり、本堂でかき氷を食べたり、裏山にくわがたやかぶと虫を捕りにいったりして過ごしました。肝試しのことなどすっかり忘れて、青空に入道雲に緑の銀杏の葉が似合う夏休みは、蝉の鳴き声の中で楽しく過ぎていきました。ラジオ体操のカードにつけられる印鑑が一杯になる頃、お寺の境内には盆踊りの舞台が設置された。盆踊りの夜、つまり肝試しの夜がやってきたのです。夕暮れとともに盆踊りの音楽が、スピーカーから流れ出し、浴衣を着た老若男女が集まってきました。夕焼けが闇に照らされ、蝉の声は秋の虫の声に変わってきていた。

紫陽花が萎れ、朝顔が幾つも花を咲かせ、向日葵の花が、陽射しに挨拶をする夏が訪れました。かなかなと蜩が鳴き、負けじとみんみんみんとアブラゼミが鳴いている。そして青い空に浮かぶ入道雲がソフトクリームに見えれば、夏休みはもうそこまで来ていました。そして夏休み前日には、西宮神社の夏祭りがあります。西宮神社と瑞龍寺は塀を隔てて隣り合わせでした。祭りの日は神社の敷地に、水飴・お面・氺ようようの店が並び、櫓が組み立てられ、神社の社には、太鼓が並べられ、いつもと違って、活気があり華やかな感じがしました。陽が沈み夜になるとまた違った表情を見せ、アセチレンに灯りがともり、笛や太鼓の祭り囃子が街の中を駆け巡っていきます。

いつもは静かな神社だがこの夜ばかりは活気づくのです。子供達にとって、夜は魅力的だが、お神楽などに興味を持つはずなどなく、隆、チャボ、かんぴょう、ほおずきは塀の上に座り、水飴についている割り箸をぐるぐると回していました。透明な水飴は次第に白く濁っていきます。
 
「あ、洋子ちゃんだ。」
かんぴょうが、朝顔模様の浴衣を着て、金魚が入ったビニールを手にしておかぁさんと一緒に神社の鳥居を出て行く長い髪の少女の後ろ姿を見ていました。洋子ちゃんは、つくり酒屋の娘で、4人の少年が仄かに想いを抱いていました。この造り酒屋は、由緒があって緒絶川の辺に瓦葺きの屋根に白い壁の蔵が並び、赤い橋の傍には柳の木がうな垂れていて、大正浪漫を感じさせる風情がありました。どことなく大人びていてそれでいて笑うと可愛らしく、お嬢さんという感じがして4人の少年には手の届かない存在でした。

いつもなら便所から戻ってきたらすぐに眠りにつくのだが、どういう訳かその晩、隆は眠れませんでした。本当に奇妙な一日でした。柱時計がボンボン本ンと時を告げました。

 午前3時、草木も眠る丑三つ時である。隣には、妹の静香が寝息を立てていた。起きているとこは、生意気なのだが眠りについていると妙に可愛かったりします。昔、かぁちゃんが、隆を「ばが たかし と言っていたものだから、妹の静香は、名前だと思って“ばが たかし”と呼んでいたのである。その夜、なぜか眠れなかった。午前4時頃になると小鳥が囀り、夏なのに不如帰が元気に鳴き、星が闇から紫そして赤紫に変化していき、星と月がお役目終了と舞台の隅に去って行って、朝が訪れる。豆腐屋の笛の音と新聞配達のバイクの音が、朝を告げ、町が目を覚ますのです。

隆は、いつも通りお寺の山門の前で、ちゃぼとかんぴょうとほおずきと待ち合わせをして学校に向かうのが日課になっていた。お地蔵様が、何事もなかったように微笑んでいました。
「おはよう」
紺のワンピースを着た洋子ちゃんが元気よく隆達に手を振りまし。それだけで4人とも幸せになったのです。でも照れ隠しで4人とも洋子ちゃんに挨拶するわけでなく無理して仏頂面でいました。
「ちゃぼ、何もなかったか?」と隆。
「悪い夢は見なかったか?」とかんぴょう。
「まさか 本当に骨壺を開けるとは思ってもみなかったよ。本当は見たかったんだけどね」とほおずき。

「なんにもないよ。元気さ。卵かけごはん、大盛り食べたし。でも、みんな逃げていくんだもんなぁ。」とちゃぼが、昨日のことを思い出して恨めしげに3人を見た。真っ白な露草から、水滴が一つ落ちた。
3人は、お地蔵様の頭を撫でていつも通り学校に向かった。緒絶川の澄み切った細流の辺を黄色いカバーをつけたランドセルを背負った子供達が習ったばかりの歌を元気よく歌っていました。昨日の出来事は、夢の中の出来事で何もなかったのかもしれないと思わせるありきたりの1日の始まりだったのです。

「待ってくれよ!!」
暗闇の中でチャボの声がした。かんぴょうとほおずきは、もう山門のあたりまで全力で走っていきました。少し遅れていた隆が、チャボの方を振り返ると、チャボが長い髪を握りしめて、駆けてきました。

「ギャー」
隆は、とんでもなく大きな声で叫んで、全力で山門に向かって走りました。チャボが、地獄から抜け出した鬼の様に見えたのです。とにかく走りました。山門を通り抜け、真新しい赤い涎掛けをしたお地蔵さんの前を過ぎ、お寺の門に出た。お地蔵さんの周りを紫陽花が包んでいるなど余裕がなくて愛でることなどできるはずがありませんでした。門の前は、大通りで、魚屋、野菜屋、電気屋、お総菜屋が並んでいて夕方ということもあって買い物客で賑わっていました。魚屋の禿げ頭に捻り鉢巻きの親爺と隣の野菜屋の恰幅のいいおばさんが声を張り上げてお客さんの呼び込みをしていました。

 幾つもの橙色の灯りが点り始めて、隆は、ほっと安堵しました。ちゃぼは、門までくることなく、途中で髪を持ち、お骨堂前に戻り、桃色の可愛らしい布で束ねられた髪を丁寧に骨壺に収め、手を合わせました。空は、紺色に染まり、一番星が輝き、烏はもう家に帰ったらしく静かなな夏の夜が訪れようとしていました。

 太陽が欠けて闇の世界になり、骨壺を開けて、遺髪を持ったちゃぼに追いかけられるなど、たくさんの事がぱちぱちと線香花火の様に飛び散った長い一日が終わろうとしていました。深夜、隆は外にある便所に行こうとして、がらがらと戸を開けた。窓には色あせた新聞紙が貼ってあり、父ちゃんとかぁちゃんの喧嘩の後が生々しく残っていました。酒を飲んで帰ってくると父ちゃんは時々暴れ、茶碗を投げつけたりしました。かぁちゃんが、めくばせをすると隆は妹を連れてお寺の向かいにある仕立屋をしているばぁちゃんの家に避難しました。派手な夫婦げんかは、父ちゃんが暴れるだけ暴れて、疲れて寝てしまうのです。暴れた次の朝は、父ちゃんは決まり悪そうに卓袱台に座って煙草を吸いながら新聞を読んでいました。隆は、新聞紙を一瞥して、外に出た。夜空には、満天の星が広がっていました。流れ星が、瞬く間に横切っていきました。

「チャボ、本当に壺を開けるのか?」
かんぴょうは、不安そうにチャボをみました。
「もちろんだよ。もしかして、かんぴょう怖くなったのか?」
「そんなわけないだろう!!どの壺を開けるか、早く決めろよ」
かんぴょうは、チャボの言葉にむっとして、いつもと違って珍しく激しい口調で言い返しました。隆は、本当は骨壺など開けたくないし、中を見たいとも思わない、ただ臆病者に見られるのが嫌で、気を紛らわすかのように閻魔大王の像を撫でています。

「よし、これにしよう!!」
ちゃぼは、背伸びをして、他より少し小さな、薄い桃色の骨壺を地面に置きました。かんぴょうもほおずきも隆も骨壺を持っているチャボの所に集まりました。

「本当に開ける んだよね」
かんぴょうは、チャボが蓋を開けようとしている壺から目を逸らしながら言いました。
隆は、背筋がぞわっとするのを感じていました。ほおずきは、さっきまでは興味津々という表情で壺を見ていましたが、先ほどとは違って少し表情がこわばっていました。骨壺を開けるというのは、とても悪いことの様に思えてきて、チャボの提案に賛成したことに後悔していました。

「それじゃ、開けるぞ!!」
チャボは、大きな声で言い、骨壺の蓋を開けました。チャボが蓋を開けたと同時に、隆とかんぴょうとほおずきは、ギャと悲鳴をあげて、お骨堂から飛び出しました。赤紫の夕暮れは、闇にかき消されようとしていました。どこか生暖かな風が通り過ぎていきました。幾つかの墓の前には、萎れて色あせた百合の花がうな垂れています。暗闇に浮かぶ白い花は、どこかお堂の中に並んでいる色褪せた骨壺の様に見えました。

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