かすみ荘にて

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れくいえむ

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翌日、如の息子の腎臓移植が行われた。適合するかどうかの可能性は50パーセントだったが、祖父と孫ということでぴったりとあい手術は成功した。ぎりぎりの時間で、30分遅れていたら、命を落としていたかもしれない危機的な状況だった。
待合室では、如に美恵が寄り添っていた。
「誰か判らないけれど腎臓を提供した人に感謝しないと……」
「塾長、腎臓を提供した人、塾長のお父さんなの……」
「…………」
美恵の言葉に、如は言葉を失った。

「これ、お父さんが書きかけていた遺言書……」
美恵は、義行から受け取った手紙を渡した。白い紙には、懐かしい父の不器用な文字が綴ってあった。
「お父さん…………」
如は、手紙を見つめ、何十年ぶりかに口にした言葉を言って嗚咽した。涙が止まらなかった。命と命のバトンの受け渡しが確かになされたのである。
 山谷の涙橋では、隆と義行が黙って春めいてきた川面を見つめていた。朝陽に照らされた自動販売機で隆は缶珈琲を買っていた。
「朝焼けの中で悩んでも、悲しみは消えないよ」
隆が、小石を川に投げて呟いた。雪が、舞い始めてきた。季節は、春と冬を行ったり来たりしていた。

「それで……、言いにくいんだけど……」
美恵が口ごもっていた。

「腎臓移植でしょう。もう病院に電話しているわ。時期に来るわ。あの人の手紙を読んだときから覚悟していたから。娘さんの息子を助けたいというのがあの人の望みだったんだから。」
綾は、涙をハンカチで拭いてきっぱりした口調で言った。その時、救急車が店の前に静かに止まり、救急隊員がおっぺちゃんの遺体を運んでいった。

「これでいいのよね……」
遠ざかっていくおっぺちゃんに声をかけた。隆も義行も美恵も聡も綾を見つめていた。結局二人とも想いは通じていたのに、お互いに照れて結ばれなかった愛、そんな大人の切なさを4人とも感じていた。
「前に、おっぺちゃんが未来に誰かが待っているって言ってたけど綾さんのことかな?」隆が、涙をぬぐって呟いた。
「いや綾さんだけでなく、娘さんと娘さんの息子さんもじゃねぇかな。そんな気がするよ。それにさ、いつか二人は結ばれたんじゃないかな」
いつもおちゃらけている義行がしみじみと言った。長い夜だった。

おっぺちゃんが亡くなったという事実は、隆の気持ちを思いっきり暗くした。酔うといつも静かに笑っていたおっぺちゃん、何気なく仕事をカバーしてくれたおっぺちゃん、時々経験からくる想い言葉を語っていたおっぺちゃん。これからもっと一緒にお酒を飲みたかったのにと思うと自然と涙が出てきた。朧月が、小川の傍に咲いていた雪割草を照らしていた。電車を乗り継ぎ、北千住につき、見慣れた風景が広がる山谷に入り、明日のジョーの像が哀しそうに笑っている涙橋から隆は川面をじっと見ていた。そして珍しく感情に任せて大きな声で「ばかやろう」と叫んだ。隆は、川沿いを歩いて、居酒屋津軽に向かった。津軽の建物は、黒と白の幕で包まれ、息を潜めていた。結局身寄りのないおっぺちゃんの遺体を美里が引き取り、安息の地になったのである。線香の香りが早春の風が運んでくる。一段落したのか店の外は静かである。隆が、店の中に入ると義行は、ともかくとして聡と美恵がいたのである。隆は、驚いた表情で二人を見ていた。

「どうして、おまえらがいるんだよ?」
「橘君が推測したように、おっぺちゃんと塾長は親子だったのよ」

美恵が、隆の顔を見たが、どうして聡と美恵がいるのか全く把握できないでいた。その答えは、義行の行動にあった。
 
義行は、おっぺちゃんが亡くなったことを知り、安宿に戻った。テーブルに書きかけの手紙があったのである。もし自分に何かがあったとき娘の息子に腎臓を提供してほしいという内容だったのである。なんとか隆に連絡を取ろうと思ったがいかんせん隆には電話がない。一か八か青木に電話をしたら通じたのである。義行は、おっぺちゃんの娘が、美恵がバイトしている塾長の娘かも知れないということを隆から聴いていて、いづれ何とかしたいと思っていたので、青木から美恵に連絡を取ったのである。奇跡的な連携である。

この夜、綾はいつものようにカウンターで津軽料理を作っていた。そこへ警官が来て、おっぺちゃんの死を告げた。おっぺちゃんのポケットにくしゃくしゃになった「津軽」の名刺があったので訪ねてきたらしい。それしか手がかりがなかったのである。おっぺちゃんは、建設現場の前を通ったとき、少年に向かって鉄板が落ちてきたのである。

おっぺちゃんは、咄嗟に子供をはね飛ばし、うつぶせに倒れた所に鉄板が落下してきたのである。即死だった。綾は、警察の話を聴いて、呆然としていた。そこへ偶然義行がやってきて、隆の連絡先を知ったのである。義行は、警官と一緒におっぺちゃんが永久の眠りについている病院に向かい、綾は、独りでいるのが心細くいてもたってもいられなくて隆に連絡したのである。

「今から行きますよ。待っててください」
「で、お金はあるの?」
綾は、いつもお金がなくて困っている隆のイメージしかなくお金の心配をしてしまったのである。
「この前の夢の国で稼いだお金がたんまりありますよ」
「そうだよね。森君も羽振りがいいようだしね」
「とにかく、急いで行きますよ」

「今日は、本当にきつかった。まいったなぁ。もう7時じゃんか。」
隆は、書類書きなど美恵がいつもやっている細々した作業をしながら時計を見た。椅子にもたれかかれ、ぼんやりと柱時計を見た。煙草を吸おうと思ったが、無情にもケースには煙草が入っていない。
「こういう場合は、帰ろう。残っていてもろくな事がない。」
隆は、バックなど持たず手ぶらで神聖な職場に来るのである。なめているとしかいいようがない。しかも教材研究などせず、行き当たりばったりの授業。首になるのも時間の問題。椅子から立ち上がったとき、目の前の電話がりんりんとけたたましくなった。
“だいたい、こんな時の電話って嫌な電話なんだよな”
一抹の不安を感じて隆は、受話器を受け取った。声の主は聞き覚えのある声だった。以前と違って沈んだ口調は、山谷で生活しているときにいろいろとお世話になった「津軽」の女将の綾だった。
「橘君よね、繋がって良かった。大変なの。」
「どうしたんですか、何か悪いことがあったんですか?」
「………………」
電話の向こうでは、綾が嗚咽していた。虫の知らせというのか、おっぺちゃんの身に何かあったような気がしたのである。
「もしかして、おっぺちゃんの身に何かあったんですか」
隆は、おっぺちゃんの身に何かあったのではないかという不安を消したくて思いっきり言葉にした。
「……、おっぺちゃん、昼過ぎに亡くなったの」
「え……」
隆は、自分の悪い予感、最悪の予感が的中した事に言葉を失った。

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