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人生の断想 谷口 清超著 |
愛&家庭&家族
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http://www.youtube.com/v/Pz_eAck9fUo?fs=1&autoplay=1&loop=1 50年の伝奇――6000段の『愛の階段』 http://www.sw-journey.com/newslist.asp?id=227 上記、記事参照 愛を貫く生き方って、並大抵なことではないのかも知れない。 歳の差・連れ子・初婚・封建的考え・すべてを受け入れて、それでも揺るがない 想いが、50年掛けて岩山に自分の手で、階段を造り移動を楽にしてあげたい。 相手を常に思いやる心を、いつしか忘れ、相手に求めすぎたり、モノが豊富にあって 感謝さえも薄れてゆく。。。 今の現代の生活の中で、見失ってしまうものが、この夫婦にはある。 本来、夫婦は互いに助け合いながら生きて行くのだが、最近は呪い合いながら、 生活のためで割りきって、暮らしている人が多い。。。 結婚したばかりの、気持ちがずっと続く、秘訣が分かるかも知れません。 |
先日、小児科へ定期的にアレルギーの薬を貰うため、掛り付けの小児科に行った。 すると、幼児(男児)2人下の子は、母親の関心を一身に浴びたい為の行動なのだが、 母親は自分の云うことを聞かないので、イライラし、全く意味を理解しがたい行動を 止めさせる事だけに、気持ちがそこにだけ向かっていた。 床に俯せになって、第2子はグルグル回って、母親の注意を全く無視し、聞き入れる 様子など無い。 母親は『OO、お腹モップしない!!』その言葉を連呼するだけで、何でやってはいけないと、 全く説明が無い。。。 数回、注意を促しイライラが頂点へ達したらしく、いきなり(表情を全く変えないで) 突然顔を平手打ちの往復、第2子は1歳になるかならならない幼児に、往復ビンタ 彼女の家庭では日常のことなのだろう。子供に全くどうして、やってはイケないのか 道理を説きもせず、ニヤニヤ笑いながら『OO、お腹モップしない!!』と笑って云えば、 大好きな母親が自分に微笑掛けてくれるのだから、良いことか悪いことか、 1歳前後の幼児には分かる訳がないハズだし、子供は母親の笑顔や嬉しそうな顔を心の底から 常に願っている。 その母親は、気分が晴れたのか、正気を取り戻しどこかの育児書で叱った後は、 抱きしめると良いとでも書いてある、文章を彼女なりの解釈のもと、 第1子に『△△、OOをぎゅっと抱きしめなさい!!』と、命令するのです。 いくら、スキンシップが必要だからとは云え、自分の子供に本来母親がすべき行為を 代役でさせている。 何と、その母親の心の傷跡が未だに癒えぬまま、我子を持っても今まで自分の親からされた 仕打ちをそのまま、我子にして同じ過ちを繰り返しながら、子育てをしている哀れな 母親に見えた。 きっと、自分の母親は自分を抱きしめたり、沢山語りかけたりしてくれる、 母親ではなかったのではないか? 子供の肌に触れる時は、必ず暴力と鬱憤をぶつける対象でしか無かったのではないか? 彼女の心の闇は私には判らないが、彼女の中で子供に触れる=暴力・鬱憤をぶつける対象 (本当に愛された記憶が無い)為に、どうやって、我が子と関わって良いのか判らない のではないか? その母親の二人の子供はまだ幼稚園にも上がっていない様子だった。 幼稚園に第1子が上がって、第2子が上がって、無闇矢鱈に子供に暴力を振るうと、 決まって同じクラスの子供に、母親と全く同じ事をする、同じクラスのお友達に頻繁に 平手打ちで何度も往復ビンタを浴びせ、それが最初の人との関わり合いかただと、 幼い子供は認識し、全く同じ行動を繰り返し、何度も担任に注意され、最終的には 児童相談所へ出向き、相談を勧められる。 子育てとは躾とは、何度も何度も同じことを教え、し続けることから、躾(しつけ) というようになった。 自分の気分を晴らすための、子供は道具ではない。 もし、自分の実の親から理不尽な言葉や対応をされたのなら、本来自分がして欲しかった事を、 自分の子供に道理を説きながら、何度も何度も繰り返しながら、躾て行く。 あの時自分の親はこうやった、あの時私はこうされたという、常に被害者意識ばかりや 優先していたら、悪い因縁は断ち切ることはできるのであろうか。。。 この母親は、自分の母親が自分に触れるスキンシップは唯一、暴力でしか無かったから、 本当は自分の子供を抱きしめたいという欲求が歪んだ形の暴力に変化し、我子でありながら 触れることが出来ない恐怖が有るため、第1子に自分の代役を勤めさせているのではないか??? 暴力は青タン・赤タン・骨折・内蔵破裂だけではない、消えない大きな心の傷も残してしまう。。。 言葉というコミュニケーションと言う方法もあるが、諸刃の刃で言葉の暴力も存在する。 祈りとは、常に自分の言葉から発せられる、最も多く云った言葉の通り運命は命運。 自分で言った言葉・自分の思った言葉・自分の態度で未来すらも変えてしまうこともある。 親になり初めて親の恩を感じる。 親になったのならば、子供の未来の光を潰す言葉は控えたいものである。 |
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http://www.youtube-nocookie.com/v/eDf9Dd2JRtE&autoplay=1&loop=1 この言葉はハッキリ云ってどうも馴染めない。。。 とても拒絶したくなる言葉で、使いたくないがあえて使う。。。 友人は酷く悩んでいた時期があった、それは母親から浴びせか掛けられた 一言が未だに耳から離れないと云う。。。 よくある姑と嫁の関係で、母は学歴がある家庭で育った。 夫は成金的な家柄で学歴は全く無く、商売で成功を収めたものが本当の勝利者であると、 両親はその姿勢を貫いて居た。 学歴のある母は夫の両親を蔑み、『金の盲者』と云う見方でしか見れなかった。。。 (母はその金に惹かれて結婚した) やはり、夫の両親を『無学な金の亡者』と見ているので、到底夫に対して尊敬の念など 抱くことなど全く無かった。 母は無学の姑の言動は、身分の最階位(女中以下)の発言にしか捉えることが出来ず、 一言一言に対して嫁は自分を正当化し、姑に対しては素直な可愛い嫁を演じていた。 その怒りの矛先に、肉親である実の子供達に対して、 『人の皮を被った悪魔・冷酷無情の悪魔・いつも自分を正当化する無学で口達者な悪魔・ 人の失敗や不幸を喜ぶ悪魔』と実の母親から、毎日言い聞かされて来たので、 子供は母親の言動や行動を全て信じていた。母親を理不尽な目に合わせる、 人の心を持たない悪魔と祖母の行動も言動も見たことは無かったが、 毎日の母親の自己の主観で言い続けた言葉が、全て正しいと疑わずそう、 信じて生きて来たのでした。 ある時、祖母はこの世から昇天することとなるのでした。 友人の中では、この世に居た悪は滅びたと、実の祖母の死が、 目出度い事のように感じたのでした。 お通や告別式と葬儀は滞りなく進行するのですが、友人と兄2人は、 葬儀の際に涙ひとつ流すことが出来なかったのでした。 母親からの祖母に対する感情は、自分を正当化し、全く罪の無い自分を悲劇やヒロイン的 要素で感情のまま、毎日毎日言い続けたお陰で、悪魔で有って人間ではないと、 物心付く前から叩き込まれた。 実の祖母と直視出来ないように、ある意味洗脳され続けていたのでしょう。 そして、葬儀の際に母親からこう云われたのでした。 『お前たちは、喜怒哀楽すら持たない下等な動物と一緒なのか?』3人の子供達は、 全身全霊で母親の言葉を信じ疑うこともせず、母親の幸せだけを真剣に考えて来たのに、 下等な動物と云われ、喜怒哀楽も無い、人として大切な何かが欠落した、欠陥人間であると、 親戚中の前で云われたのでした。 友人は、思春期になり、自分の行動や思想や感情に自信が持てなくなる程の、 母親の言動と行動に何一つ信じる事が出来ないと、常に悩んでいた。 女性は感情に大きく左右されやすいと云われているが、自分の立場を守る為に実の子供に 『喜怒哀楽も無い下等な動物と一緒』と、云ったことで、いかにも姑と嫁の争いが微塵も 無かったと、言い放つことで、自分を守りぬいた。 信じて疑うことを知らない、3人の子供達の心に負った傷は、きっと未だに癒えることは 無いだろう。 母親の感情の鬱憤を正当化する、嘘の過去を植え付けられた子供の、悲しみはいつに成れば 完全に消え去る事ができるのだろうか??? 母親や教師の立場で自分の感情だけで、何かを伝えることは、ある意味それは洗脳です。 子供は善悪の分別が着くまでに時間も掛かり、道理もあやふやです。 主観よりも客観的に善悪や道理を何度でも、何度でも悟しながら教え続けなければならないです。 一寸した感情に左右された、事実を歪め感情を正当化することでは、親となり 命を伝える使命を疎かにし、本来伝えるべきことすら何一つ正しく伝わることは、 困難で実行することすら出来ないだろう。。。 |
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↑生まれ来る子どもたちのために 佐藤竹善
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