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http://www.youtube.com/v/kHNMHbxBqig?fs=1&autoplay=1&loop=1 流産児供養の大切さ 流産児の霊が救われずに迷っていると、その迷っている念波が現実界に送られてきて 近親者や子供にひっかかることがある。 すると子供が脱線したり非行化することになる。 このような場合は流産した霊魂に名前をつけて祀ってあげることが大切である。 霊界でも名前のない霊は今まで名前がなかったので悟りようがなかった。 (それが名前をつけられて祭壇に呼ばれるようになると)眞理を聴聞する機会を得て霊が向上し、 グレていた自分の子供が正気に戻り更に優良児に変わってしまう実例も沢山出て来る 訳になるのである。 霊供養入門 谷口 雅春著 地上に人間として生まれてくることは、非常に天文学的数字に似た奇跡に近いことである。 人生学校の難関を潜り抜け、晴れて人間に成れるのに、堕胎される水子の霊は、無念以上に この地上へ残す想い(念)は計り知れないだろう。。。 私の知っている例で云うと、婚姻関係にある夫婦だが、2〜3年で夫婦関係に破綻したが、 籍は抜かずに毎月生活費を持ってくる時に交渉を持ち、悪阻が酷いからと云う理由で 実子4人居ながら、10体近くにのぼるお腹の中の子供を堕胎した。 その母親や子供は不遇な人生を送って居る。 母親共々、ギャンブル狂い三昧である。ギャンブル=お金 お金に執着するというのは 本来、自分に注がれるべき愛が、全くの他人に注がれ為す術も無く呆然とするしかない時代で、 本妻でありながら、お妾さんに本妻の立場その他を奪われ、言葉に表せないほどの負の念の塊で、 尊い命を手厚く葬ることもせず、自身の快楽のみを追求した代償とも云えるだろう。 怨霊と共に生きる術を未だに止めようとはしない。 その夫を赦し、水子達の魂に懺悔し感謝しない限り、生地獄からは抜け出せない。 |
御先祖さま
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http://www.youtube.com/v/kHNMHbxBqig?fs=1&autoplay=1&loop=1 祖先霊を祀ること 死者の霊はこのように現実世界の人々にも力を及ぼす事ができるのである。 諸君は先祖の霊の祭祀のことを思い浮かべることがあったり、気にかかったりするならば、 それは祖先(亡き父母を含む)自身の祭祀して貰いたい意識があなたの意識の中に織り 込まれているからなのである。 だから、そういう考えが起こって来たときにはお仏壇のない家庭ならお仏壇を買って来て 祀ってあげるがよい。 仏壇、神棚の意義 仏壇も神棚もないというのは、一家の魂の拠り所となる霊的中心がないというこになる のでよろしくない。 人間界で仏壇や神棚が出来ているということは、肉眼でみたら物質の祠(ほこら)や宮が できただけが霊眼でみると、そこにはもっと荘厳な霊界のお宮が出来ておって、 その姿が影を映して、人間界に物質の神棚とか仏壇とかが出来ているということになって いるのである。 だから簡単な神道式のお宮でもよろしいし、宗派に順(したが)って適当な仏壇をこしらえて 拝んであげると、霊界にはそれ相応の幽体の神社、仏閣があり、そこへその霊が出入りして、 それを拠点に修行してだんだん霊格が上がってゆく、ということになっているのである。 霊界への移行と死後の霊魂の状態 このような高級霊の特殊の状態は別として、一般普通人の霊魂の、肉体死後間もなくの状態は、 現実世界の臨終の状態の続きの状態を経験するのである。 心境が急激に変わることはないからである。 霊魂が肉体を脱皮して新たなる境涯に入る過程は、毛虫が蛹(さなぎ)の状態から脱皮して 翅(はね)の生えた蝶の状態に移行する過程にも似ている。 それは”霊界への出産”ともいうべき状態で、出産の陣痛ともいうべき断末魔の苦しみを経験する。 (もっとも悟境に入っている霊魂は既に述べたように無痛分娩とでも謂うべき安楽の状態で、 意識を持続しながら霊界に移行する)断末魔の苦しみを味わう霊魂は、神の慈悲によって、 ある程度以上は苦痛を免除して、ある期間人事不省の無意識状態に入る。 (人により長短があり、間もなく意識を回復するものがあるが、長さは数十年にわたり 人事不省のまま継続するものもある)それは各自の過去の業因(ごう・因縁)の相違によって 業果(ごうか)が異なるのである。 その人事不省の無意識が長きにせよ、短きにせよ、いずれにせよ、霊界に於いて意識を 回復したときには、(其の人にとって無意識中のことは心の中に存在しないからである)生前、 臨終の際の状態が、記憶の世界に蘇って来て、癌で死んだ人は心に癌の苦痛が復活して来て、 霊界でその癌の状態をその幽霊に継続する状態を仮作(けさ)して苦しむようになるのである。 病念を持ち越して霊界で苦しむ霊を救うために 病念を霊界まで持ち越して、病気の記憶のままに病気を霊界で体験しつつ苦しんでいる 霊魂の救われる道は、病気や肉体はないということと、死後の生命継続を説いて聞かせてあげ、 『死』というものはない、それは現実界から霊界への転任である。 その転任の時機は神の御手(みて)にあるのだという真理を悟らせてあげることが第一である。 人生を支配する先祖供養 谷口 雅春著 |
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http://www.youtube.com/v/kHNMHbxBqig?fs=1&autoplay=1&loop=1 三途の川を渡って我らは何処へ行くか 三塗というのは”三途”とも書く、肉体死後の霊魂の行くべき”三つの途(みち)”である。 それは普通、地獄道、飢餓道、畜生道の三つのこと、即ち”三悪道”のことだと 解せられているが、私はそのようには解しないのである。 欲界、色界、無色界の三界だと解したい。 何故なら人間はみんな三途の川を渡って、地獄道か、飢餓道か、畜生道に堕ちて 行くより仕方がないのだったら救われようがないからである。 もっと立派な天国的な浄土に堕ちつく霊魂も好い筈である 死産又は出産と同時に死ぬ嬰児の霊魂について 死産又は、生まれると同時に死ぬような嬰児の霊魂が高級霊であるという理由は 何故であろうか。 それは、もう既にたびたび地上生活に生まれ変わってきていて地上生活学校の全科目を 卒業したが、まだ子宮内の暗黒世界に意識をゆうしながら十ヶ月間閉じ込められている という体験をしたことがなかったので、その体験だけを満了すれば地上生活の全科目を 卒業すると云う訳で、子宮内の意識的生活だけを体験すると、地上生活を完全に卒業して 霊界に還(かえ)る訳である。 何べんも生まれ変わって来ている霊魂は、もう度々子宮内の暗黒生活を卒業して いそうなものだとかんがえられるけれども、そうではないのである。 発達の低い段階に於ける霊は、霊界でも昏睡状態を続けており、(所謂る”永眠”である) 生まれ変わりの時も意識的の選択なしに無意識に、『生まれ変わりの霊波』に乗らせて、 父母となる人の交合の際の愛情の波動に同調して受胎して来るから幾度生まれ変わっても 『子宮内に意識をもちながらその暗黒生活を味わう』というような体験は卒業して いなかったのである。 分家の人には先祖祀りは不要か 分家であるからとて、先祖を祀るということは、祖先の霊が迷っている場合には、 真理のお経を供養することによって悟りを深めて頂くことにもなるけれど、 祖霊祭祀の意義は、祖先に対する報恩感謝の心を自分が起こすということが根本であります。 だから、祖先がみんな悟りを開いて高級霊になっていたら、何も祖先を祀る祭壇など 設けなくてもよいかというと、そうではないのです。 常に”自分は先祖あってこの地上に生まれさせていただいたのだから”という因(もと)を 知る心を起こして、祖先に感謝礼拝するということが大切なのです。 知恩感謝ということが出来るのが悟りの心であります。 つまり”悟り”ということは、ここに生きている此の個人としての生命が、神に始まり、 祖先を通して父母を通して全体の生命とつながりがあるという自覚が、悟りなんです。 その悟りを如実に報恩の姿をもって表すのが、先祖祭祀であって、そこに神と先祖の諸霊たち との生命的一体感を起こすことになる。 それが先祖祭祀りということの意義なのです。 ですから子孫が感謝の心を起こすことが、先祖が一層良き悟りを得る契機になるわけです。 そういう意味に於いて、先祖祭祀は必要なのであるから、祖霊は本家が祀っているから、 分家は祀らなくてよいというのは間違いなのです。 分家も本家と同じように祖先を祀ることによって子孫たる自分も悟りを高めるのであります。 人生を支配する先祖供養 谷口 雅春著 |
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http://www.youtube.com/v/kHNMHbxBqig?fs=1&autoplay=1&loop=1 このところ多忙なため、相談があると云われていた人が居たが、 相談を聴く気になれなたった。 それは、体が物凄く拒否反応を示し、何度か会う機会を作ったが、私の体調が急激に悪くなり、 その場へ行けなくなるからだ。 こういった時は、必ずと言っていいほど、光すら届かない闇の中のような暗黒が取り巻く 負の念に満ちた状態なので、波長が合わず私は行くことが出来ない。 相談の内容は、離婚した息子のことがだが。。。 勝手に引っ越して家にある電化製品や新品の食器など、まるで空き巣に入られたかのように、 親の留守の間に運び、更に勝手に入籍し、事後報告で、やっぱり式を挙げたいからと、 全額挙式代を払ってやった。 奨学金で大学を出たため、少しづつ奨学金を社会人になってから返していたお金を、 息子の嫁はそのお金を、払えない状況だと嘘をつき、そのお金を使い込み、 分相応の生活には飽きたらず、手当たりしだいローンで買い、公共料金は 遅延催促の手紙で溢れていた。 そして、公務員の為頭金ゼロでマイホームを購入し、数年後生活は破綻した。 それだけではなく、不妊治療をして、排卵誘発剤で出来た子供は妊娠5ヶ月で 原因不明の流産となり、火葬し戒名も付けないまま、お墓に祀ることもせず、 自宅に放置し、更に同居していながら勝手に婚姻の籍を抜き、別の男を作り 男と住める所が見つかると、突然疾走した。 その息子は家のローンと多額の債務と3人の水子の骨壷を持って実家に帰って 来ているというのだ。 実に困ったことに、無神論者だからお墓も供養も必要ないと、その親子は言う。 お墓を買うことがむりなら、公共の骨壷を預かって供養してくれるところもある。 せめて、仏壇で戒名を付けて三人の水子の魂を落ち着かせ供養する必要はあると 説明しても通じない。 魂は永遠で生き通し、だから何度も何度も生まれ変わる。 生まれなければ、孫でもなくモノなのか? 生命を軽んずる者はその生命についてこれから、難題の課題を与えられ自ら解決するしか無い。 |
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http://www.youtube.com/v/HZHpFAtPXuI?fs=1&autoplay=1&loop=1
谷口 雅春 著 |




