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書庫生活と人間の再建

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https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/06/53/banecyun/folder/747013/img_747013_25618174_0?20100618121045

http://www.youtube-nocookie.com/v/-0oHsKWnCGk&autoplay=1&loop=1
↑ クラシック音楽パッヘルベルのカノン



  それでは吾々は、 如何にして自己が 『肉体』ではなく、 『生命』であるということを 悟ることができるであろうか。 吾々が何処より来りれる ものであるか、 その出所が不明である時には、 その出所を探る為には、 今現れている所の現象を (即ち生命現象を) 充分分析し検討し観察して みることによって、 その生じ来れる所の原因者に 遡るほかないのである。 そして人間はどうして 生まれるのか、 どうして心臓は脈欝 (みゃくう)つか、 人間が設計しないのに どうして人間の複雑なる 生理組織が造られた のであろうか___ こういうことを 深く検討してみた結果、 人間の『生命』は、 不思議なる宇宙の大智慧に よって造られたもの であるという結論に 到達するのである。 そしてこの 『宇宙の大智慧』は 不可思議なもの であるが故に、 何とも名前の つけ様がないから、 これを称して 『神』又は『仏』と 称するのであり、 人間はそれより 生み出されたもの であるが故に、 これを名づけて、 『神の子』又は、 『仏の子』と 仮に称するのである。 そこで名前は何と つけてもいいが、 吾々は神より出たる ものであるが故に、 吾々の生命は神なのである。 従って『人間を信ずる』 ということは 『神を信ずる』 ということにならざるを 得ないのである。 『神を信じない』ものが 『人間を信じる』ということは 不可能の事である。 又『神を愛しない』者が 『人間を愛する』ということも 不可能であり、 『人間を愛しない』ものが 『神を愛する』ということも 不可能なのである。 キリストは 『汝、思いをつくし、 精神をつくし、 心をつくして、 汝の神を愛せよ。 第二の誡(いまし)めも 亦(また)これに同じ、 己れの如く汝の 隣人を愛すべし』 と教えたのであるが、 神を愛するものは、 神より出たる自分と、 すべての隣人とを 愛せずにはおられ ないのである。 愛とは自他一体の 再認識であるからである。  



生活と人間の再建 より




転載元転載元: climb a door 幸せは, まず家庭から。記事は本を引用

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/06/53/banecyun/folder/747013/img_747013_24807559_0?20100414183735


↑人生のメリーゴーランド



  自己の中(うち)に 神は宿っているのである。 呼べば常に答え給う 近い所に神は 居給うのである。 『わが魂の底の底の底なる神よ、 無限の力湧き出でよ』 この言葉を数回 唱えることによって、 試験場に於いて 恐怖心を克服して、 忘れていた解答を 想い出した学生も あるばかりである。 その同じ言葉を数回 唱えることによって、 ある工場の工員は重大な 発明を完成したことも あるのである。 自分の中に無限の力が 宿っているのである。 神が宿っているのである。 遠い所に求めることは いらないのである。 自分の神性に呼びかけよ。 『自己に宿るキリスト』 に呼びかけよ。 自己に宿る仏性に呼びかけよ。 肉体を見るな。 実相を見よ。 今ここに大いなる 神の生命が流れて いるのである。 神の力が流れて いるのである。 凡(あら)ゆる智慧と 方法とは与えられて いるのである。 ただその事実に 目覚める時一切の 恐怖は克服される のである。  

生活と人間の再建より




転載元転載元: climb a door 幸せは, まず家庭から。記事は本を引用

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/06/53/banecyun/folder/747013/img_747013_24765223_0?20100411173123


↑はじまりは朝  NSP オルゴール曲



  世の中には学問も良く出来、 立派な才能を持ちながら、 運が悪くて、 勤め先をあちらへ更(かわ)り、 こちらへ更り、 仕舞に落ちぶれて働く先も無くなる ような人があります。 そんな人は大抵、 気が短くて、 言葉使いに深切(しんせつ)が無く、 身体の動作に 礼儀正しさのない人です。 礼儀作法は女だけの 習うものではありません。 礼儀作法は男にも必要です。 人間の値打ちを智慧や 学問ばかりにあると 思うのは間違いです。 尚それよりも態度の 優美ということは、 何よりも必要な人間の値打ちです。 最初はどういう態度が美しいかは、 鏡を見て稽古を なさるのもよろしい。 どの程度んい微笑することが 相手に気持ちのよい感じを 与えるか、 十分研究して置いて相手に 快(よ)い気持ちを 与える稽古をなさい。 『そんな詰らないことを 研究するよりも、 本を読む方が偉くなる』 とお考えになるかも知れません。 しかしあなたが 幾ら偉くなっても、 姿態(かおかたち)はあなた 自身の玄関のショーウィンドーです。 ショーウィンドーが埃だらけでは、 いくら家の中に上等の品物があっても、 中まで入って買って くれないでしょう。 あなたの中味の値打ちが どれほど偉くても、 言葉態度が下手では、 その中味の値打ちを出す 時が来ないのです。 中味はどんなに 美味しいご馳走でも、 泥まみれにしたら誰でも 食べ手がないでしょう。 せっかく立派な才能を 有(も)ちながらも、 言葉態度に深切丁寧さが なくては、 せっかくのよいご馳走を 泥まみれにして出すのも同じことです。 これではどんなに才能がある 人でも立身出世はいたしません。 これではどんな中味の 立派な店でも会社でも 繁昌いたしません。  

人生読本より




転載元転載元: climb a door 幸せは, まず家庭から。記事は本を引用

http://www.youtube.com/v/sxP_lcxsAQQ&hl=jaI&autoplay=1&loop=1
↑さくら 大知正紘


  吾々は何故 『理想』を描くのであろうか。 それは吾々のうちに あらかじめ『理想』が 宿っているからである。 『理想』とはなんであるか。 それは各人のうちに 宿っているところの 『永遠なるもの』 の投影なのである。 何人も現状で満足 出来ないのである。 なぜ満足できないのであるか。 一升(いっしょう)の 枡(ます)に一升入って いるならばそれは 満足出来るのである。 無限の理想の枡が あるのに、その現実は 一升しか入って いないからである。 無限と永遠とは 畢竟(ひっきょう)同じ ものの別なる表現に 過ぎないのである。 理想は無限であり、 自己の現実は有限である。 其処から青年は その理想を自己の 外に求めなければならない。 そして仰ぎ見て星を見、 太陽を見、 花を見、 そして異性を見る。 そして彼は異性の中に 自己の現実が尚、 表現しえてないところの 永遠の姿を見るのである、 永遠の理想を観るのである。  男性は女性に、 女性は男性に、 『永遠の理想』を観、 そしてその理想の 憧憬(しょうけい)を 恋愛化して、 対象と一つになろうと するのである。  



http://www.youtube.com/v/s6HQcYdUTeI&hl=jaI&autoplay=1&loop=1
↑さくら 高野健一



  情熱と云うものは概(おおむ)ね 一種の熱病の如きっものであって、 或るその発熱の時期が経過して しまったら消えて しまうものなのである。 それが永遠の 情熱であるためには、 その情熱となる対象が 表面の現象的な 移りかわるものを越えて、 『永遠なるもの』である ことを要するのである。 多くの青年たちはその 思春期または青年期に 於いて情熱なる ものを体験するのである。 青年が最初異性を 恋(こ)うるのは決して 肉欲的な結合を目的として 恋うるのではないのである。 恋する青年は、 その相手に於いて 『永遠の理想』 を見るのである。 相手の中に実際にその 理想が存在するとしないとは 問題ではないのである。 相手を自己の理想の 完成者としての 『理想』を相手に移入して、 その『理想』の具現者として 相手を見、 相手と結合してその 『理想』と一体と なろうとするのである  


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