| 私の出身中学は大阪の 市岡中学(現在は府立市岡高校) でありますが、 私の在学中その中学に 校医をしていた 別所彰善(べっしょ あきよし) というお医者様がありました。 いつも青い元気のない 顰(しか)めっ面(つら)をして、 私などは、なぜあの人は、 お医者さんならば自分の 病気ぐらい治らないの だろうかと思っていました。 ・ ・ ・ 別所さんはふと読んでいた 書物から目を外らして 他を眺めますと、 そこに何という嫌な 顔つきの男がいて、 自分の顔を見ている ことでしょう。 眉と眉との間に凄い皺が 竪(たて)によって、 イライラとした目からは 火花のような鋭い光が、 別所さんを咎(とが)めるように 睨(にら)みつけています。 額から顔一面にかけて暗黒が 翳(かぶ)さったような 陰気な、見るからに 不快な気持ちの男なのです。 別所さんはこの男の顔を じっと睨みつけました。 『お前だな、 わしを呪っていたのは。 お前だな、 わしを不幸にしていたのは』 別所さんはその男に 『そこを去れ、 お前のような男は嫌いだ!』 と一喝しようとしました。 別所さんは手をあげました。 その男も手を挙げました。 『何じゃ、お前は、 わしの影法師か、 わしの姿が鏡に映っていたのだな』、 別所さんは心のうちに呟いて ジッと考え込みました。 『わしは、あの鏡の中に 映っていた自分の姿に、 「お前のような男は嫌いだ、去れ!」 と怒鳴りつけようとした。 今まで人が私に深切に してくれないので、 自分は人を恨み、 人を呪い、何故、 よその人は自分に深切に してくれないのか。 私はこれまで人と交わるには 誠を尽くして来た つもりだったのに、 誰も彼も自分を毛嫌いするようで 不快で堪えられなかった。 ところが、自分でも 鏡に映った自分の姿に 『お前のような男は嫌いだ』 と言おうとしていた。 それは無理もない 話だったのだ。 どこが私の姿をこんなに 人に嫌われるようにしたものか』 別所さんは、 もう一度鏡の中の 自分の姿を眺めました。 『この自分の顔のどこから、 こんな不快な感じが立ち上るのか。』 別所さんは眉と眉の間に深い 竪溝(たてみぞ)がつくられて いることに気が付きました。 眉と眉との間に 皺(しわ)を寄せる 癖を直してみよう。 別所さんは鏡に向かって 色々と工夫しました。 習慣になっているので、 ともすれば眉に皺がよります。 眉根を広げて鉢巻をしてみたり、 両方のこめかみに バンソウコウを貼って 眉を両方へひろげてみたり していろいろ工夫されました。 毎日眉を伸ばして、 心を愉快にするように なりましたら、今まで 別所さんに不深切であった人が 深切にしてくれる ようになりました。 日tが自分に不深切だ と思っていたが、 本当は自分の顔の感じが 悪かったのだとわかりました。 自分の顔の感じが悪いのは、 いつも不平で暗い暗い思いを していたからだと 判りました。そして 心を明るくして 楽天的になるとともに、 夜もよく 眠れるようになり、 僅か2か月も経たぬうちに 神経衰弱が治ってしまいました。 やがて胃病も治る 時が来ました。 ・・・・・ただ眉と眉の間を 伸ばすだけで医学で治らなかった これだけの病気が治った。 むろん、人相も よくなったのです。 そこで考えられたのは 眉を展(の)ばす 健康法です。別所さんは この健康法でどれほど 多くの人を救(たす)け たか知れません。 そしてこの健康法でお金を 儲けて数十万の資金を造り、 今では精常会(せいじょうかい) という財団法人になっている ということです。 もちろん、やがて 奥さんのヒステリーも 治りましたし、 眉を一つ伸ばし、 気持ちのよい人間に なるだけのことで、 こんなにも人間は健康にもなれば、 運命も開けてくるのです。 皆さんは何よりも 人から見て気持ちのよい 人間にならねばなりません。 |
人生読本 谷口 雅春著 より
転載元: climb a door 幸せは, まず家庭から。記事は本を引用
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