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↑Hey Jude and Yesterday with Japanese instrument
| 従って国家でも、 中心者としての存在が必要であるが、 大統領と天皇とを比較するならば、 ”永続性”を端的に 表現する点において、 後者がより完全であり、 実相に接近していることは 明白であるまいか。 この理想的形態が日本に於いて、 歴史的に追求されて 来ているということは、 日本の一大特質である。 従ってこの国は、 神の国の『自由』に於いても、 さらに追求を重ね、 より一層法の支配する 『真の自由国家』 となるべきことは当然である。 ただ、現実の国家は、 まだ極めて未熟であり、 現象的完全さが混在するから、 『自由』も亦(また)不完全であり、 『中心帰一』も 不足気味である。 その結果、 日本は過去の歴史に於いて しばしば失敗を重ね、 満州事変以来、 大東亜戦争に至るまで、 失敗を繰り返して来たのであった。 現在は、真の 『自由』を追求する ことを忘れ、 利己的勝手気儘 (りこてきかってきまま) や欲望を中心にして、 それを保全しようとばかり 努めている有様(ありさま)である。 それは『道』に外れたところの 利己的エセ自由であったり、 真の中心に帰一するのでは なくしてボス的存在に従って、 その勝手な命令に従うといった エセ中心帰一で あったりするのである。 例を上げれば、 古くは徳川幕府を守るために、 天皇中心の考えを 放棄していたり、 軍が攻撃されたといって、 一部隊長や軍参謀の意見に従い、 天皇の平和の御努力を 考えずに全戦争に向かって 突き進んで行ったような 過去の事実はいくらでもある。 最近は日米構造協議でも、 官僚や所管大臣の意見 (あるいは業者の圧力)が、 より中心的存在である 首相の意向を 抑えこむような 実例も起こるのである。 一方このような自由化的要求は、 アメリカ大統領から 出されていても、 それが全地球的な本来象に 相応しい提案であれば、 『内政干渉』だなどと いう理由で拒否すべきものではない。 確かに『内政干渉』という言葉は、 古くから使われている。 第一アメリカがペリーを 使って『開国』を迫った時も、 内政干渉と言えたかも知れない。 日本はそれまで 『鎖国政策』をとっていて、 国内市場の自由化を 厳しく拒んでいた。 日清戦争後の 『菱東半島返還』 の三国干渉などは、 明らかに日本と 清国との取り決めに 対する干渉であった。 しかし、 国と国との交流が進み、 その間の貿易や 交際が活発化するにつれて、 今までの他人間の 交渉とは違った、 家族乃至(かぞくないし)は 夫婦間の交渉のような 親密さを加えて来るのである。 そうなると、 相手の『拒絶反応』は 非常に心外だという 考えが出て来て、 お互いに干渉し合う のは当然の結果となる。 このような時もその要求が 理不尽であれば斥(しりぞ)け てもてもよいが、 世界の自由貿易という 『自由化』の方向に 向かいている以上は、 それは同時に新しい 『開国の要求』であるから、 より一層門戸を 開いてよい筈である。 その結果、 日本は経済的にも文化的にも、 強力になることは明白である。 国の門戸を開くことが、 神意に叶い、 『自給自足』はそれに 反していることは、 以前から度々紹介した 通りだからである。 又この証明は、 日本が明治開国を 行って以来大いに発展し、 さらに戦後の自由貿易体制下 で黒字を積み重ね、 ”経済大国”と呼ばれる ようになって来たことでも 明らかであろう。 |
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