↑Soul Mate 君がいるから ♪ 久保田利伸
| 愛は聖なるもであり、 神から来たるものであるけれども、 それには色々の段階があり、 その夾雑物(きょうざつぶつ)の 程度にしたがって其の 神聖性も異なって来るのである。 互いに平等の発達程度の 人同士が愛する ”愛”には兄弟の愛があり、 或いは男女間では恋愛があり、 抽象的な愛には人類愛 というようなものがある。 ところが母と子との間に 生ずる愛というものは、 殆ど無力の幼い子供と、 幼い子供から見たならば 殆ど全能とも思われる大人との 間に起こる愛である。 幼い子供はあらゆる方面に 母親から護られ助けられ養われる ことを要するのであるから、 自然、母親に倚(よ)り すがろうとするのであり、 母親は、 その全面的な倚りすがりを 面倒だとは思わずに、 却って可愛く感じて、 自分の肉体や健康の ことなどは考えないで、 無条件に、 その子供を護り育て ようとするのである。 それが無条件である点に於いて、 それは夾雑物がないがゆえに 最も神聖なる光を 帯びているのである。 女性の本能は母親となることを悦ぶ、 そして新たに生まれた子供の側に いるだけで楽しいのである。 母の愛は無条件に愛する愛である。 何物も彼女は子供から 求めないようだけれども、 子供の幸福と健康とだけは求める。 それは与えてやまない純粋の 愛であるけれども、 それは本能的であって 他の動物の母親に於いても 見られる愛である。 それは自己愛の変形だと 観られないこともない。 何故なら母親はその子供が 自分の腹の中から出たものであり、 自分の延長で あるという自覚があり、 その赤ん坊を愛するのは 自分自身の延長を愛するのと 似たところがあるのである。 |
愛はかくして完成す 谷口 雅春著
転載元: climb a door 幸せは, まず家庭から。記事は本を引用
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