最後の学門「秀思學」のすすめ

天地一切神の声、日本語がアミタの揺り篭を編み世界を救う!日本はカマラの心で天地を結ぶ臍の緒

ユダの福音書解説

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大文字焼の意味は、日本の文字、言霊が世界の聖なる智恵として大いなる働きをする、という予言であると解釈します。

エルサレム市外図には頭と胴体があり、一見ミジンコのようであるのは出発、あるいわ育つためのエサの意味が表されているのでしょう。京都は人の頭です。この証として、脳天に当たるところに同様の池(五つの回廊の池と宝ヶ池)があります。

ベテスタ(辺手主立)と呼ばれる回廊の池は近年発掘されて、イエス様が寝たきりのあしなえ者を治した記述の証の場となりました。この池には時々、主のみ使いが下りてきて水を動かすことがあるが、水が動いた時、真っ先の入るものは、どんな病気にかかっていても癒されたので多くの病人が池の淵に陣取っていた。その中に38年の間、病気に悩んでいる人がいた。イエスは「治りたいのか」とその人に言った。そしてその人は起きて歩けるようになった、とあります。(ヨハネ福音書5章)

時々、主のみ使いが地上に現れて、霊的な目覚めの波をたてられる。これは智恵の覚醒であって、新指導者の誕生などの宗教的刺激を神は度々起こされる、イエス(聖書)はこの代表的なものである、ということだと思います。新興宗教の立教もこの刺激の内であり、脳天に目覚めれば救われる。
つまり、助け手のいない男は、物主物品の動物性、個人主義の強い現代に生きる私達のことでありますが、池の近くに陣取っていることは「神真理を求め続けている者」の例えです。
で、求めるものは何時か必ず、救いの真理に出会うであろう、というメッセージに違いありません。

人は脳天につむじ(飆、飈)があります、中国では天道穴といい、神風が立つ間を意味します。ゆえに飈は人にしかないと思われます。頭をおつむというのも、この飆の神風に目覚めて飈で応えるべし=トット(魚=逆汝=飆=犬=6)芽、トット(父=破波に凸する=飈=火=9)の目、かいぐり(貝愚利=殻田本能)、かいぐり(神意繰理=信仰)おつむ転天です。

おつむ=尾汚積む=6=シックス=病手=腹の虫の蝮=オムツ=尾無積む=殻田作り=ウエスト=西洋文明の産業革命)オムツ=ダイパー=ダイバ=釈迦を迫害した王
オムツを取り去る=一人前になる=尾汚摘む=尾床(穢場=エ=肉=腹の蝮)を磨く=綺麗になる=粋でお洒落=シャレコウベ(ゴルゴダの丘)の教え=荊冠頭を反省して棘を落として、蓮華の花冠を戴く=普賢観音智に目覚める=竜の目=有明=九州=神は待つ=松観音=アブラハムはテレピン(松根油)の木の傍らに住居を構えた。

髑髏=虫の目に釣り針を付けて、心中の女をコツ骨と釣る=主に和す=諏訪=言を取り訪ねる=ゴルゴダ=午瑠は語建=粋になる=米(小目=粗氣=弗=二本矢=迷い)を卒業する=弗→円=二本を一本に統一する=二津翻=ニッポン=番=日を台にして米(月代=産業革命=殻田)を法に従って輝かす=ツガイ=津の生き甲斐=実魂を産む

五つの回廊の池とは、五は天地を結ぶ力で、吾は殻田で天地を結ばんとする者なり、これに立身することを悟る(神人の差を取る)といいます。
これに対比される宝が池は、十字あるいわ星の幼児で、希望を表しています。即ち、神の与えるつむじ(飆)風(右回転=ノ=の=あ=犬)に人がつむじ(飈)風(左回転=レ=ん=天)で応えれば、神人の夢は成る、幸せ(思矢合わせ)になれると神示されているのです。

大文字焼きの日には、脳天の位置にある松ヶ崎(神が待つ)には「妙法」の二字が浮かび上がります。
妙=女を少なくする、女=穢場=腹の蝮=仇=鬼を精神で治める、ものを云わせる=仇武(アダム)=魂を顕す=真我(精神=霊的存在=神の子)は育つ
法=シを去る、シ=三=散=酸=死体、去=ムで土を昇華する、ム=6=マ(真)をひっくりかえして裏返した魔=腹の蝮=殻田、土=神が降り立った場、去=聖と性の戦い=I愛を立てること、法=三(SON=息子)がI愛に生きて陽気に輝いてゆくこと。

松ヶ崎西山(133m=神のSONの出産=赤ん坊=ウエスト=籾殻)、松ヶ崎東山(187m=元の開智で開花せよ=大人=イースター=復活)

なぜ大文字焼きは8月16日なのか?は定説がないようです。で、数霊による神示を考えて見ます。
816は開智の元の謀と読めます。謀は生産(ムウ)する為の種であります。ですから六の字は八(開智)によって天のゝ(主神の夢)を支えて栄えさせてゆくと書きます。
8月16日は悟るべし、で、左右の大、鳥居、船、妙法の文字の意味に目覚めれば命の火の正しい燃やし方を知るであろう。そうすれば、魂を真珠に育てられるであろう、という神示であると解釈できます。

で、真珠湾(魂の湾曲の取り返し)攻撃の失敗の宣告(玉音放送)の翌日で、再出発の激励であると、取れます。8月15日は車持皇子(現代人)がかぐや姫(満月=産業革命の開花の秘め事)と結婚できなかった=物品を魂育てに利用できなかった、できないであろうという戒めの日でもあります。

この神の問い対して、現代人の私達はちゃんと応えられるでしょうか?、曰く、物品の山の幸せを実魂育ての副えとして認識し、霊主体従に生きます、と、

《秀思學》平成19年正月21日

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大文字焼きの神の声を発見しました。送り火ではなく迎え火(日陽霊)として読み変えることが、イエスを蘇らせることである。やはり、世界と個人を最後に救うのは日本語である、と地理されています。日出国、日の丸、君が代、円の国、神風、武士道、神国、大和、瑞穂の国、秋津州、日本の名を成熟させることが、今早急に求められているのです。日本人(レビ=祭司、アロン=モーゼの通訳)は世界の長子で希望の星で、神の期待を担っているのです。

秀思學は神が起こされた学問です。世界のだれもが予想だにしなかった創造主の秘密がどんどん明かされています。つまり、人類と個人は霊性に目覚めて、殻造りから、実魂造りに切り替えなければ、神が定められたの収穫期に間に合わんぞ、とハッパをかけられているのです。

私は通訳に使われているだけ(お陰で退屈しない=私には最も重大)であり、凡人でありますが、秀思學=神=親の講義はあなた自身のために真剣に勉強なさるべきだと思います。

世界の聖地は日本である。救いのミロクメシアとは日本語でダジャレ(言霊)であった。イエス様がシャレコウベの丘で処刑されたには、言に棘(荊冠)があって、お洒落ではなかった。ことばを慎むことが主に叶い、天に迎えられる妙法である、のです。
口から入るものに悪いものはない、悪いもの、汚いものは人の口から出るのである、と聖書にあります。つまり、「天地一切神の声、良くなる仕組みあるのみ」、人が腹のなかで如何消化するか、良いもの(魂のパン)に作り変えることができるかが問題である。このためには酵素のイースト菌(復活剤=金閣寺)が必要である。これが日本語で、全てを輝かす「あいうえお〜んの輝く雲」である。世界を照らす大文字(文化を固成する)の日本語に目覚めよ、であります。

今日は二種の図版を掲載しました。説明は数日中にするつもりです。この発見(神の発表)に驚嘆し喜んで迎えられることを期待しています。

最後の学問『秀思學』のすすめー乞うご期待ー紀元2666年戌年12月18日、ロスアンゼルスより

《その10》忠臣蔵とユダの福音書

12月14日が巡ってきましたので、アイオーンの48音とサクラ神に関わっている忠臣蔵を話題にします。

この仇討ちの神のメッセージは、無信仰者が反省をして、信仰者となり、実(魂)を結んだ、ということであり、イエス様のゴルゴダ劇の神示と同じです。何時どういうきっかけで反省に入ったのかが不明で残念なのですが、赤穂方を検証すると、その無信仰振りが表されており、神の書いたシナリオであることが解ります。

元禄14年(1701)3月14日江戸城松の廊下で、浅野は吉良を背後から切り付けます。原因はお上(神)を迎える礼儀を知り指導する吉良の指示を浅野が素直に聞かなかったことにあり、これはイエスを受け入れないユダヤ人(大衆)とパラレルです。
アブ、ラ、ハム(人々の父)は松の木の下に住居を構えた、聖観音は松観音様ともいう、で、松は人が信仰して天に上がって来るのを待つ神です。松の廊下で刀を抜いて騒いだことは、信仰の道を汚したということです。

十四、三、十四、は、神の種は散氣で死んでいる(芽を出さない)で、1701は開花の始=浅野匠頭長距=現実主義でたくみに世渡りする者なり、蛇(長虫)に似たり、人間として生まれたばかりの赤ん坊の如し、です。妻の名のあぐりは英語の醜いに通じています。
そして大石内蔵助も、固くて冷たい意志で我利に生きる者です。大石の茶屋通い(芸者遊び=ルーズベルト=腰使いが淫ら)は刃傷事件以前から頻繁であったと記録されています。
ルーズベルトは1945年(大東亜戦争終結の年)4月13日に死去しており、4月=師走=12月、で討ち入りの前日として通じています。

浅野も大石の生き様も殻田主体で信仰心が無く、魂の実が育っていないので赤穂である、です。主神に拝礼しないことを浪人、浪士(侍=意を照らすに非ず)といい、独身=毒心=ソロモン=ゝ偽我、です。これを反省したというのが良雄の名です。ですから、四十七浪士+浅野=48浪士=48音なのです。

桜の咲く木の下で切腹した匠頭の辞世の句は、自分のいたらなかったことを悔いています。
「花さそう、花よりも猶われはまた、春の名残りをいかんとかせん」
花は殻田で、肉体的誘惑に乗って生きてしまった。今は精神的な不足に目覚めたが遅すぎた」。春とは魂を満開(昇華)させて、天国に迎えられることです。猶太(ユダヤ)の猶の字が使われているのも象徴的です。猶=獣の粗氣と酉(十理)の戦い=ユダとイエス=肉体と精神の戦いを進めれば(魂は)治る

桜の花びらはハート形をしており、これは上下の心=精神と肉体=聖と性=神と人=火と水、左右の心=産業革命から霊性革命へ=夜から昼=月代から日代=夏から秋=米から日への廻りの神の経綸を表しています、物品の開花=殻田、を利用して実魂を育てる=丸で梅(宇の目)の花びらです。これがサクラ神(割く→咲く=策=智慧理意が人間を考案したという意味です。
浅野の刃傷で汚された松の廊下は閉じられて、梅の廊下が使われたことは弗から円への神の経綸を表しているのです。

あぐり(醜い)は頭を丸めて(毛=獣の気、を落として)瑤泉院と名を変えました。瑤=缶夕王=殻田を立てて王(三+愛)の道を行く=たま=真を建てて真珠の魂を成す

物と霊=肉体と精神=ユダとイエスでペアーです。番は法+米+日、です。赤穂藩は播州(兵庫県)にあり、吉良は幡豆郡(三河=愛知)です。双方に番の字があるのも偶然ではありません。播=神の手に番う、幡=神に飛んで番う、州=三=豆=小さな芽、で、双方ともこれから育つ神の赤ん坊=1701、という意味です。

吉良上野介義央=上野(神土=神の夢)を助ける力を発揮する=男=武士=お上(神)へのもてなしを知る者です。江戸の吉良邸には女性はいなかったというのも、吉良が火=精神、を象徴しているという示しです。そして炭置き小屋で見つかったことも連携がとれています。つまり、無神向での瀕死状態にあった赤穂の稲(米)が実霊を育てる火(霊、陽日)の気を見つけた。信仰を見出した、です。
首をあげたというのは、考え方を改めたということです。

仇討ちはアダムとエバ=精神と肉体の結婚の教えに通じています。精神が腹の虫の蝮(真無視=無信仰)を治める熱が魂を真珠に育てて、神は成熟した実を収穫されるのです。立派に育った我が子を見ることが神の願いで喜びであるのです。

仮名手本忠臣蔵の原作者は竹田出雲で、竹田は殻田=肉体のことです、出雲は神で、神人=聖と性の結婚です。この名からも忠臣蔵は神のメッセージであることが判ります。

1703年3月20日に上野の泉岳寺で46浪士は切腹しました。寺坂吉右衛門信行一人が生き延びていることの原因は不明とされていますが、名前から推すと「ん」の字の教えに当たります。「ん」は上からの質問「あ」を受けて造って投げ返す「あ、ん=案」の神人のキャッチボール行ずることを仇討ちの功績というのです。神人の和合=不二=夫婦=魂を産む=不死に至る。
寺坂=神土(信仰)に留まる困難さ、吉右衛門=神の右手(人生の殻立ち=闇)に望みを知る、信行=信仰して生きる

寺坂吉右衛門信行は、一行の中で、ただ一人最下層の足軽であり、血判状の仲間に入れてもらえなかった者です。つまり、世間的な敗者も心情さえ良ければ神は愛でて高級官僚にも勝る者とするということです。ここに神の励ましと、幸せへの着眼点の教えがあるのです。83歳まで生きたとされているのは、開智した(悟りを得た)神のSONなり、です。

今年(平成18年)の3月20日(305年目)に第一回世界野球で、日本のサムライ軍団が優勝しました。トロフィーはティファニー製の地球儀でした。韓国(朝鮮)に二回負けてからの復活です。つまり、世界と個人が無事に朝(昼の世=朝食)を迎えられるかどうかは微妙である、地球の日の出(アイオーンの48音の智慧)を任された日本の信仰の指導力が期待されている、ということに違いありません。

浅野に巧みを反省し、大石(差戯れ意思)のルーズベルトを締めなおして、炭火(腹黒=蝮を焼く)を起こす生活を求めよ、仇武に務めて粋を完成せよ、と教えられているのです。

最後の学問『秀思學』のすすめー感謝=−2666年12月15日

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《その9》イエスの教えは山幸彦の鉤探しと神武天皇の東征に同じ

弟子達の食事に対する感謝(聖餐式)をイエスは笑った、感謝の方角が違う、この的は教会(あなた方の代=アルファのベッドの殻田作りの代)が知ることは無いであろう。で、感謝=聖=日を知り得ない=日の本の時が来ないと判らない=天使たちさえ見たことの無いアイオーンの輝く雲の王国の出現を待つより仕方がない、ということです。

アイオーンの雲にあなたがたの代と、聖なるあの世に現れるものがある、これは英語の世と日本語の世が巡るということであり、魂を産む番は法+米+日であると示されています。

アルファのベッド(台殻枠=エッジプットの産業革命の為の物主霊従の逆焼き=偽座=月代=夜世=米国主導=ABC〜Z=ハマヤラワンの体音の副神=Ω、オメガ=鸚鵡返し=真理を自分で考えない==ドライ心=嗄れる=夏)と、
ベッドが出来た上に作るアルファ(城、実魂=ピラミッドの上の開眼=日本の儀風の霊性革命の霊主体従の射精神=日の昼の代=日本主導=あかさたなの霊音の正神=各人が真理を把握して自分の星を輝かす=潤いの愛心=秋)の前後の二期がある。

この天意の転換、神風の変化を神の経綸といい、真如如来の仮の教えの中で世界と魂は二千年を過ごし、日の正神の降臨つ秋=天の気の開き=火の洗礼)の真理正法のなかで数年間(2001年〜2018年と推定される)実魂育てをするということです。秋に入った今は霊的に思行して魂を神の手に納められる真珠仕上げるチャンスである。大いに肉体(ユダ)に利他愛の汗をかかせれば天に入社(サクラサク)する。これがユダの福音書を五番目の福音として特別講義をされた御親元ゝ主大御神の愛の御意なのです。


イエスは日本から復活する?死から蘇ったイエスに最初に出会ったマグダラのマリアはそれがイエスだとは思わなかった。声を聞いて師であることに気が付いた=思いもよらぬ日本語での聖書講義であったが、内容を検証して聖書の奥義であることを納得した、ということです。

アイオーンの輝く雲は古事記にも登場しています。人の祖である天津日子番能邇邇藝命(あまつひこほのににぎのみこと=人間、は天照日大神の子で神の夢を叶える芸術活動をする夫)は天の岩位(戸)から天の八雲たな雲(瑞雲)を押し分けて日向の高千穂の峰に天降りき、とあります。光る雲の中でサクラ神の作った人の名が天津日子番能邇邇藝命=虚空津日高(アダム=仇務)で、この働きを日に高い(ひこ)いして天津日高日子番能邇邇藝命と呼ばれ、木の花佐久夜毘賣と結婚して生まれた子供が海幸(火照命=カイン=呪い=法)、山幸(火遠理命=アベル=人間)です。

邇邇藝命は木の花佐久夜毘賣の姉の石長比賣を醜い(エバ=穢場)として追い返したことは、姉と妹は右と左=肉体と精神のペアーです。姉を受け入れないことは、肉体的苦労を嫌うことであります。
「魚(逆汝=精神を育てるパン=仇で友)は船の右側にあり、そこに網を入れよ」、と一晩中(春から夏の終わりまで)収穫のなかったペテロ達に教えた復活後のイエスの言葉に通じているのです。
火遠理命とは、苦労の長い旅によって育つ理を成熟する者=人間、で、元の鉤(逆汝を釣り上げる真心)でなければならないということです。山幸彦が豊玉毘賣(魂の豆)と生活を始めてから鉤を手に入れるのは、3年後に鉤のことを思い出して嘆いて(反省した)からです。鯛の咽頸から出たというのは、神の大意を考えて理解した、宗教に目覚めたということです。

鯛=逆汝を周める=腹の蝮、頭の荊冠を脱ぐ=神の前に清明心を捧げる=芽出建意、で、レッドスーナッパー(裂土主名津派明=尾床を上げる)は神祭りに欠かせないのです。イエスが鞭打たれた後に赤い上着を着せられるのは、裂土に負けた者=棘のある考え=荊冠=咽頸(考え)に棘を三年間持ったサカナ(逆納=アダムスアップル=咽喉にかかった白雪姫の林檎{経綸誤})であると通じているのです。
この裂土(赤ん坊の幼稚=二心=弗腹)を丸める智慧は日本にあり、で、神は赤い日の丸を日本の国旗とされたのです。世界の国旗にそのカマラの肉体的役割が表されており、国旗も神の声として聞くことが大切です。

なお、浦島太郎も龍宮城で三日目=三期目の秋の景色を見て地上に戻ります。亀を助けた良い人も油断をすると悪に染まって罰(浄化)を受ける。これはユダヤ人が国を追われる悪因となったソロモン王の反神物語にパラレルなのです。亀の背中(ダビデ紋=▽+△=甲+由=申す=神の目=イエスの教え)に乗って竜宮上で歓待を受けて乙姫(音秘め=48音でない26音のベッド=火日気のない水の中=胎蔵界=腹の蝮の棲む=龍宮城=闇世)に捕らわれて、秋に玉手箱(殻)の中の煙(種)が真珠(実魂)に固まるのを待てなかった=神を信じきれず反省生活をしなかったということです。

山幸彦の子孫が神武天皇で、天皇は韓国(殻田=空虚)高千穂(天にに登る)の志を抱いての日向(闇夜に日を求める=人間→結晶)の東征の旅の和神(和歌野真=人生の奥義をカムことが天に飛鳥のキイ=31=人が霊祖に帰る)を成したので建国の祖とされているのです。2月11日は二本(左右=精神と肉体=天地=神人)を統一つして一本(二津翻=ニッポン)訳にする=弗→円=番(法+米+日)=富士夫婦不死の完成です。

九州の屋久島の玄関口にある宮之浦神社の祭神が山幸彦=天津日高日子番能邇邇藝命であり、魂の形の島のほぼ中央にある縄文杉に、イエスを主体とする観音、スフィンクスなどの宗教上の俳優達が勢揃いしています。種子島は東西に矢印のある鉄砲の形で、西回りの宗教(野究師真)という弾丸は日本から打ち出されたことを示しています。そして、秋に青森でイエスは復活して日本の中心の諏訪湖(言葉を取り訪ねて主和する)から乗鞍(観音の目)して一位湖(アララギ湖=顕螺儀)のある位山(岩位)に入るということです。
ですから、エデンの東=天国への階段の入り口は日本であり門を開ける鍵が48音(ヨハネ=外撥ねて実を作る=蛹=預羽)=あいうえお〜んの輝く雲に包まれることである、ということです。位山にゴムの木などの世界中の木が自然繁殖している不思議な場所があるのも、人類の出発と到達の元地は日本であるという示しに違いありません。

「八雲立つ、八雲八重垣妻籠めに、八重垣作る、その八重垣を」これが和歌の最初の歌であると伝えられているのは、大国主が島根県(思真音)の出雲で、結婚を繰り返して子作りに励んだことを歌っています。即ち、48音のあいうえお〜んの輝く智慧を得れば、どんどん繁栄(結魂)できるということです。十月には全国の神々がここに集まるという神無月は、特に晩秋には十字架を担ぐべしというキリストの教えとち通じているのです。
雲は雨(天芽=あ間=女=腹の蝮=鬼)が云うで利用して稲(意根)を育てることは、肉体本能の鬼にものを云わせて魂を育てることに通じているのです。肉のエバ(穢場、異部=仇)がアダムに仇務の職を与えて育てる、で、アダムはエバを得て喜んだのです。イエスがユダを弟子を越える13番目としたのは、ユダはイエスの肉体で仇であるが、魂を運ぶ足で船で、天国の12階段を登る、一年の12ヶ月を巡るに不可欠な友達であるという意味です。
つまり、肉体を与えられて、この世に下ろされ、生かされていることは魂を育てて不死に至るチャンスを与えられているのだとシッカリ自覚しなければならないと教えておられるのです。

出雲大社は琵琶湖を目とし、中国地方が上顎で、四国が下顎、紀伊半島が顎の蝶番で、脳を岐阜県とした鰐の頭の鼻に当たります。素戔鳴尊=大黒(蛭子=海老=ヒウケエビロス=北米)→大国主(海老で鯛を釣る)は伊耶那岐命鼻から生まれています。大国主は鰐鮫(和邇座芽)を詐欺して化けの皮を剥がれた稲の白兎を救っています。地理から兔は韓国から日本に渡ってきたもので、韓国岳から日向の旅にでた神武天皇の東征に重なっています。神武の勝利の因は、八咫烏(十理に目覚めた者=三本足=神に勃起)と草薙の剣(八俣の大蛇の尾から出た剣=腹の蝮の奥の有用性を掴んだ)を味方(神の見方)にしたことです。ウサギ=生き詐欺は神向に目覚めないもの、腹の蝮(肉体の意味)の奥義を掴まない者なのです。
朝鮮半島と日本列島ははハンカ湖を目とした象の顔と鼻=殻田と実(精神)の関係です。
晩秋(今)にはこれを結ばなければ明るい朝(サクラ咲く園天国=朕=朝鮮)を迎えることはできない。生詐欺(物品、見せ掛けの信仰)は通じないということです。この覚醒を神が起こされているのが結び目の日本海の領土問題なのです。

大国主の兄達の八十神(ヤソ=耶蘇教=キリスト教)は兎を救えなかった、達とあるのはその他の宗教も、で、大国主の日本(語)の智慧のみが救うことができるという予言となっているのです。これをイエス様はあなたがたのどの世代も私を知ることはないであろう、と言ったのです。

感謝の漢字神示を見てみましょう。感=心を或るものにする=式、戌=意を縫う=始のト(天の岩戸=天国の門)を叩く(戈)=天宇受賣神=女陰を曝け出してフラ(腰を振る=カフラ王のピラミッド=素戔鳴尊)を踊る=肉体の陰気を日を求めて虫干しする=神向に腰を振る=頭の勃起=武士道、
謝=言を射る、ことば=固研場=言に拠らずにできたものはなにもない=始めから完成まで=神の力を有する=神と共同作業をする方法、身=上の法に三位の自身の法を合わせる=実を成す、寸=火水、精神と肉体を十字に組んでゝ神(唯一絶対神)を蹴って進む=日本サッカー=三本足の八咫烏(神向に目覚めた者)。

ありがとう=天理が問う、サンクス=酸(散)を屈す=矢を集める=雉(日本の国鳥)、メルスィー=女(胎始凹)流主意、ダンケ=蛇運化(腹の蝮を善利用する)グラシャス=愚羅射手、オブリガード=尾振り偽開努、スパシーバ=主把師意羽、カムサハムニダ=噛む差、開生邇打、

《秀思學》−マロン(栗の毬を割る秋=苦りスマス)→ロマンの三大ピラミッドの智慧が現れる−2666年12月2日

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          上、考え方に棘がある罪
          中、反省したお洒落な頭=レイバックイナバウアー=霊性に帰って意成す礼拝
          下、世界を任された武士道=主図気意血露生=48採る真理成明頭=愛智


8《その8》あなたがた(民族)の神と私の神(世界の親)の違いに目覚めよ!

●ある日、弟子たちが集まって、パンに感謝の祈りを捧げているとイエスが近づいてきて笑った。「先生、あなたはなぜ私達の感謝の祈りを笑っておられるのですか。私達は正しきことを行っているのですが」。「私はあなたがたを笑ったのではない、あなたがたは自分の意思でそうしているのではなく、あなたがたの神が賛美されるだろうからそうしているのだ」。「先生、あなたは{・・}われわれの神の子です」。イエスは言った「あなたがたにどうして私がわかるのか、はっきりと、私はあなたがたに言う。あなたがたの内にある人々どの世代にも、私がわからないだろう」。

弟子達の神とイエスの神は違う、つまり弟子達は正しい神を発見できないので、弟子(教会)に従う人々も神真理にであうことはないだろうといっているのです。キリスト教会の教えが歪められていくことは聖書のなかでパウロ(一番弟子=初代教皇)への何回もの注意によって示されています。
即ち、パウロは鶏の鳴く(昼の代=収穫の晩秋)までに三度イエスを知らないといった。「おまえは私を愛するか」とイエスは三度パウロに質問した。「おまえはやがて、他人の結んだ腰紐で、行きたくも無いところへ連れて行かれるだろう」。

イエスがゲッセマネ(月世間音=金銭欲})で逮捕される時、パウロは剣を抜いて兵士の耳を切り落としています。これは弟子達は武装しており、宗教者ではなく革命の党首(ユダヤの王=ユダヤ国を救う神)としてのイエスに従っていた、という間違いを如実に表しているのです。イエスはローマ総督のピラトに「お前はユダヤ人の王か=ユダヤ独立運動の首領か」と尋られ「私の国はこの世に属していない」と答えます。イエスはローマに反逆する首領として処刑されています。ここに全人類の神に対する無理解が表されているのです。

聖書にイエスはダビデの息子であるというのは、ダビデは反省して人間性を甦らせた者であり、イエス様も反省が人をパラダイスに送り込む道である、と教える聖書の結論をゴルゴダ劇として演じて見せられたのです。
「寅、どうしておる」、「あっ、御前様、反省の毎日を過ごしております」。これが御前様(宗教)と寅さん(大衆)の挨拶の定番です。

反省こそが正しい信仰であり、見返る=ミカエル大天使=霊(性)に帰って、意成す(ガブリとカミつけば恵みを得る=ガブリエル)が礼拝の本義なり=バックイナバウアー=荒川静香=世間の荒波(人々の差し出す酸い葡萄酒)と争えば(治める=受ける)香る(日の神の意根に叶う)=粋でお洒落な頭=荊冠がお洒落な王冠(観音の花冠)に替わったと認められる=髑髏の丘(ゴルゴダー=午({秋}流語打=アイオーンの48音=預羽)の教えです。
先{イタリア=意立理開{裏悪}、トリノ=酉野=十理法=與羽)オリンピックで荒川静香さんが華麗なレイバックイナバウアーを見せて、金メダルと取り(2月23日=ニュートリノ発見と同日、岐阜県神岡町、カミオカンデ=神を噛んで)、帰国後、頭を飾るティエラをプレゼントされて、話題となったことも、全て神のシナリオ通りなのです。
第一回世界野球で韓国(殻田=月代)に二回も負けながら、日本の侍軍団が王者となり優勝杯はティファニー(朝食)製の地球儀型であったことは重要です。反省に遅過るということはないと人の目覚めを待つ辛抱強い神の愛の表れです。神示宗教はどこにでも表されていることは、人の親としての愛の働きは深く普遍であるということです。

当時のガリラヤ、ユダヤ地方は、ローマ支配によって、重税に苦しむ人々がユダヤ王国を建国したダビデ王のような革命の指導者が現れるのを望んでいました。ここに、不思議な力を発揮し、説得力のある演説をするイエスが現れたので「ダビデの再来=ユダヤ人を救う主」として歓迎したのです。メシアというのはダビデの子孫の称号です。弟子達も神から送られた軍事指導者に従っているという感覚ですから、ペテロは剣をもっており、イエスが革命家らしからぬ、反論もせずに逮捕されたことに失望してみんな離れたということです。これを「あなたがたの神と私の神は違う」とイエス様は言われているのです。

聖書のダビデ王の教えは反省こそ人生で信仰者の根本である、です。建国の祖とは魂を建設する根本理念という意味です。
この対極が息子のソロモン王で、エルサレムに神殿を建てるほどし信仰が深く、カ神も守護されていたが、近在の諸王貢ぎ物を持ってくることに欲望が芽生え、シバ(四場=殻田=物主)の女王が尋ねた年は金にして666タラントもあったとあります。666は人の獣性で腹の虫の蝮です。
ソロモン王は信仰心を我利本能でなくしてしまった高慢になった。これを外国の女を愛したと表現しています。ゆえに子孫のユダヤ人は外国の女のもとへ向かった=国を追われて反省の旅に出されたということです。そして帰国を許されたのが1948年で、主の本願を追及するのには48音=ヨハネ=輿羽の智慧の日本語(あいうえお〜んの光る雲)に交わらなければ建国=建魂はうまくいかないと示されているのです。これがユダヤ(米国=腹=地上世界)と日本(蛇{蝮}をパンと打つ=頭=天立間=天能=イエス、キリスト=メシア)の夫婦としての関係です。

特徴のあるユダヤの鉤鼻は高慢の高い鼻を神はへし折られると言う警告であり、日本の現皇太子と徳仁様が、家系にないユダヤ鼻をしておられることは、神の最後の審判が下る時であるという示しに違いありません。

食事を通してこれを言われたことにも深い教えがあります。
食(は良きことをして上に飛ぶために与えられるということです。イートは良い人になること、フードは風努で神風に向かってゆくことによって育つと約束されているのです。救い=メシア=飯に明るい、で、パンの意味を充分理解することです。飯あとも読め「あ=十+の=カ実から出たソ=粗悪=人生の問=右回転のノ=水=肉体=腹の蝮=エバ=汚場」に答える釣り上げることが幸せになるルールで、これが元(Π=几=凡=風=嵐)である、です。つまり嵐に立ち向かわなければ幸になることはできない、「艱難汝を玉にす」、であります。人の一生は己(魂)を嵐(英虞湾=物品の誘惑)の中で真珠に育てる、研きあげることである。

この嵐は神が与え、嵐と戦う体力と智慧(気力)の二つのパンを神が与える、苦と楽を与える、これを大慈大悲といい、神に慈悲を求めるのは、鍛えて下さいと願うことです。この最適時を神はご存知である、そして休憩の娯楽(自然や芸術、娯楽を楽しむ)も容易sして下さっているのです。祈りは、ノレの神人の意を合わせる(意乗り)ことです。

さて、今日、特に中東(カマラの首)で神の名において繰り広げられており、終収の目途が立たないた戦争は「夫々のあなたがたの神を旗頭にしている」ことにも原因があります。
今日、現ローマ法王ベネディクト三世が「イスラムの神は好戦の神である」と論じて顰蹙をかい、打消しの旅に出ていることが報道されています。あなた達の神と私達の神という考えが紛争を起こしており、私達の民族を守る神という考えは、「私(イエス)を理解していないのである、(教会の)どの世代にも私が解らないだろう」といういユダの福音書の言葉の成熟です。

イエスの弟子達が「私の国はこの世に属していない」というイエスの言に目覚めたのはイエスの死後のことです。つまり、宗教間の対立は人々が夫々の守り神の存在に疑問を持つ時、すなわち、戦争が泥沼化して、起死回生の望みがなくなるほど、コテンパンに打ちのめされるまで目覚めない、と人間の愚かさを指摘警告されているのだと、思います。

食の元はお金でお金の元は仕事です、仕とは、神意にサムライ(作務羅偉)たれで、月代に丁髷は逆焼き(逆汝=魚)を見下ろして天(意根=禾=稲=パン)に勃起する神仰心のことです。これが鮮→蘇るの神字です。船の右側に網(意根=神意)を入れれば魚が取れるだろう=腹の蝮に宗教を戦わせれば、魂は育つという’収穫を得るということです、これがイエスのシンボルに魚が使われている意味です。これは復活後の教えですから、禾=宗教=和国=あいうえお〜んの48音を魚頭に入れよ=ユダ(腹の蝮)が秋津島(日本)に包まれれば竜となって天の星(辰)になって輝くことができるということです。

《秀思學》−ごちそうさま=誤痴粗憂割→語智沿う咲真―、2666年師和主、元(1日)、

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