最後の学門「秀思學」のすすめ

天地一切神の声、日本語がアミタの揺り篭を編み世界を救う!日本はカマラの心で天地を結ぶ臍の緒

終末に備え変容羽化に入る

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NHK[半分青い」の神示

「半分青い」の総集編を今日。(12月31日)見ましたので、解説します。朝ドラは終末に世界を救う天命を担っている日本(人,語≂48音、イエスの譬えを翻訳する真理の御霊のヨハネ)に降ろされている特別授業であります。
米国にいるうちは解説をしていましたが日本に帰国してからは、神に申し訳ないと気にしながらも通訳ができませんでした。今日偶然見られたのは、解説しろという神の声でありましょう。神のメッセージの要点、結論だけでもさせていただきます。

半分青いは、左耳が聞こえず雨の中で傘をさすと左は雨音がしない、左はいつも青空が広がっている=神の与える雨(レイン=霊に礼する因=阿目,芽女=苦労の殻田=那の菜、7月7日生=男女の遊びに堕落する肉体の獣性本能=ユダ、憂蛇)を受けて踊ること、雨の神風にも負けずに東風(そよ風≂マザー、自分を育てる育ての母)を起こして阿運アメンの神と人のキャッチボール、二人三脚で天国に旅をしていること=正=天から下されたものを受け止める。苦労の対局に幸せがある、これが宇宙と人の命の実相です。

傘=アンブレラ、行安のぶれ(迷い、女、肉体の怠け心)に羅する、雨を受けて天に向かうのが人で命、真理の矢(↑、♂、⚓=♀+♂、を上げて舟を出す)、命=人−叩、−(水氣=寝の怠け心)を叩いて(法)天に飛ぶ、

鈴愛の故郷は岐阜県東美濃市にあるふくろう商店街で食堂を営む。
夜の商人=ヒヨコ(日横=羽洞=アナニヤの手かざしで開眼したサウロの教会の教え)天国の鍵の聖書を逆さにしてイエスを撃ち殺す銃に変えている米国主導の現代≂バビロン(場美論)捕囚の現代人、食≂良いことをして天に向かう本義の人が見えない。

岐阜=山を支える、十を台にして神を追う(師和す=延弁場開≂誕生の時)=魂の真珠化に湾曲を攻撃するにはニイタカヤマノボレ(新エルサレムが高山に下ろされた)、1208=師に和すは7を抜けて8(W+M=∞)になること、背分の甘えから叡途(裕子=裕仁)、虎の鐘(トラベル)、トラトラトラの奇襲(自己革命)の旅に挑むべし

岐阜県は鳩の形で、東羽は観音の顔でその目に当たる場所に高山市があり、宗教真光の主座があって、「立教せよ、手をかざせ、厳しき世となるべし」の神示を受けてアナニヤ以来の二度目の手かざしの業が下ろされたのです。パウロ(ヒヨコ=日横)の暗い教えをニワトリに育てて、朝の誕生の光を呼び込むこと、宗教(聖書=基書)の完成であります。

楡野鈴愛=人間の生まれは666の木偶の坊である、この苗を育てるには主図を振って(笛を吹いて)主の愛に応えることである。主の愛は律でリズム(理図謀≂波動)で、律=〒ョ→丰、神の手紙に応えて西から東に向かうことが主型に叶う参拝である。

萩野律=秋に神の子(禾=意根、本願≂稲)の命の火の二回のリズムの苦労の結果が発表される。そして天国行と地獄行きに分けられる。

人間も世界も半分青い、殻田作りはラッキーセブンの七歳の幼児時代で、親、神が面倒を見てくれる甘い水、蜜の一杯の時代です。が、ここから抜けることが成人で翁への出発です。猿から猿田彦へ、自分の着物を洗う者は幸いである=猿、獣の土ロ衣→入園=産院に入院して、腹の中の真の我(神の子)を反省悪阻に生きて育てて天国に出産する。誕生=言(神)を延ばして生きる。バース=場に明日の希望がある。

宇宙=ユニバース、湯(火+水=立つ命と寝の肉体の十字のカミあい)の中で人間は天国肉体の誕生する

元旦→亘→車(迷い=半分青い)→軍=運(霊主体従)=命、皇室=ムロを治める王=ユダの王=イエスキリスト、
イエスという方が私の目に泥を塗って、シロ、アム(皇)の池で目を洗えば目は開くと言われた)、そうしたら目は開いた(ヨハネにいる黙示録9−11)

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エノラゲイは機長であるティベッツ大佐の母親、エノラ・ゲイ・ティベッツ(Enola Gay Tibbets)からとられたものである=母神の人間を育てる為の注意と指導の覚醒のためであると読める。

Enola Gay=火枝与偉開 三開卸、、絵野良芸 、低蔑津→丁別津の上下の母の仕組みを知るべし

ビクターナンバーは「82」=美刳立我、難波を開ける、開智(8=己+S、♀+♂、西+日意、東=酉)邇、


ーーーwikipediaよりーーーーー
エノラ・ゲイ(Enola Gay)は、太平洋戦争末期に運用されたアメリカ陸軍航空軍第509(意蘇を究明する)混成部隊第393(三位に感謝するSON)爆撃戦隊所属のB-29阝、櫻の里を繰る)の機名。B-29の中で原爆投下用の改造(シルバープレート形態)が施された15機の内の1機である。ビクターナンバー82(開智邇)、機体番号44-86292(獅子で病むに那。国)号機。
1945年8月6日(育く種が天地の間に)午前8時15分日の本の新児としての出発のために)に広島県広島市安芸=バラック汚場間)に原子爆弾(原爆)「リトルボーイ(餓鬼、商人根性を反省せよ)」を投下したことで知られる。また同年8月9日(焼く)の長崎県長崎市(が先が私腹を肥やしたファットボーイ=今日も意思をたたんだ雨、水、逆汝だった)への原爆投下の際にも、投下の第1目標となった小倉市(現北九州市)の天候観測機として作戦に参加している。


配属当初、ビクターナンバー「12」が割り当てられたが、所属部隊を表す垂直尾翼のマーキングを特殊作戦機と悟られないよう、通常爆撃戦隊である「第6爆撃隊」表示である大型円中心にR(流、屡→瑠へと変更したため、誤認防止のため「82」へ変更された。初期は特殊任務機表示である大型円中心に左向きの矢印(アナニヤである。なお、原子爆弾投下に関する作戦任務終了後の1945年8月中には、テニアン島北飛行場に於いてビクターナンバーは「82」のままで垂直尾翼のマーキングだけを元(アナニヤ、○←=♀+♂)に戻している。
エノラ・ゲイは8回の訓練ののち、神戸名古屋へのパンプキン(南瓜=左右統一、二本の目覚めの余震)爆弾を使用した爆撃を行った。7月31日には、テニアン(手に阿運)沖にて、原爆投下のリハーサルを行い、「模擬リトルボーイ」を投下する。

機体名称の由来は、機長であるティベッツ大佐の母親、エノラ・ゲイ・ティベッツ(Enola Gay Tibbets)からとられたものである。しかし、重要な任務を行う機体に対して母親の名前を付けることに44-86292号機司令であるロバート・A・ルイス(驢馬後、開、屡椅子=腹の虫の蝮)大尉(原爆投下任務時は副機長を務めた)は強い不快感を示した

ーーーーーー
○に←=アナニヤ、で、911テロで人類は開眼する筈とする聖書の最大予言(すべて)に通じています。エノラゲイの尾翼のマークは広島への投爆時は○にRで正体を隠されたが、正体はアナニヤであった、霊眼(レーガン)の開眼であるという一致は驚嘆にあたいしませんか。

Rは流れでRUNで、走る、破琶、母を知る=サムライが走れなくなった死ぬ時だ(七人の侍)、です。

 使徒行伝
9:11そこで主が彼に言われた、「立って、『真すぐ』という名の路地に行き、ユダの家でサウロというタルソ人を尋ねなさい。彼はいま祈っている。 9:12彼はアナニヤという人がはいってきて、手を自分の上において再び見えるようにしてくれるのを、幻で見たのである」。

ヨハネによる福音書
 9:11彼は答えた、「イエスというかたが、どろをつくって、わたしの目に塗り、『シロアムに行って洗え』と言われました。それで、行って洗うと、見えるようになりました」。

ヨハネの黙示録
9:11彼らは、底知れぬ所の使を王にいただいており、その名をヘブル語でアバドン(阿場の鈍化→運の隆起)と言い、ギリシヤ語ではアポルオン(アポロ11号、米国→日本、江戸)と言う。

11:8彼らの死体はソドム(粗土務=無精子のドーム)や、エジプト(エッジプット=枠、殻作り)にたとえられている大いなる都(広島=砂上の楼閣)の大通りにさらされる。彼らの主(正法真理)も、この都(マンハッタン=人の破綻=安芸)で十字架につけられたのである。 11:9いろいろな民族、部族、国語、国民に属する人々(合衆国=全世界)が、三日半の間(冬半ば、2001年まで)、彼らの死体をながめるが、その(真理の)死体を墓に納めることは許さない。

ルーズベルト→トルーマン=ふにゃちん(餓鬼。商人)→神に勃起する真の男(成人、翁、侍)、
ハリー、S、トルーマン=破里意(母の阿魔、穴、○)に針(←)を刺す、壮烈な信仰者
1884年5月8日誕生=日意を母の世として天地の間に午す(旨い)開智の針を振るう
1972年12月26日没=行く第七(商人)文明に師(イエスの十字架刑の教訓)和すを忘れずに殻と実魂作りの二波取りをはかって朝の誕生を迎える

ーーーー救いの結論ーーー

アナニヤの手かざしによって人類は目覚める。日本の中心Nの36°の飛騨高山が富士九湖の秘密の極致なり、アララギ湖(阿螺の羅儀に運することが一位、位山、更紗満天星ドウダン躑躅)の学問のすすめであり、ここに手かざし(真光の業)の崇教真光の世界総本山がある。

つまり、1959年に手かざしによる「神は光なり、ぴちぴちと躍動されている」「霊障発見解消」「人間は因果応報の掟の中を輪廻転生をしながら、神上がりの道を歩んでいる。神の分身であるゆえに永遠の生命を持っている」これが真理で、究極の学問で覚醒であるということです。

崇教真光が最後の宗教であり、秀思學が最後の学問である。と結論されます。

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今年の復活祭は3月27日ですが、日にちはお彼岸(3月20日)を基準にして決められます。夏のお彼岸は9月20日ですが、このころに彼岸花が咲き誇ります。極楽浄土、天国に入ることを彼岸に渡る(真の運に入るといいます。
そこで彼岸花の生態と極楽に渡る智恵とのそ相関関係を調べたところ神示がありましたので報告します。これは自然薯の生態に人が神に育つ夢の智恵が示されていることにパラレルです。ここにも神の声があることを知ってもらいたい。

第一の注目点は春から秋の始まりまでは地上活動をしないということです。これは夏に枝葉を延ばすこと、殻田に執着する現実主義の産業革命の商人根性で魂を嗄らすことをしない、人間の本領発揮は実りの秋に魂の開花をするということです。
第二は、初秋に長い茎を天に向かって延ばす=I、愛、天意に応える、由―宙に和す神人和合の阿運アメンのキャッチボールをする
第三は冬を緑の葉で過ごすということです。冬=ウインター、勝利に立つ我元気が良い、です。

wikipediaより
ヒガンバナ(彼岸花、学名 : Lycoris radiata[1])は、ヒガンバナ科ヒガンバナ属多年草である。クロンキスト体系ではユリ科。リコリス、曼珠沙華(マンジュシャゲ、またはマンジュシャカ サンスクリット語 manjusaka の音写)とも呼ばれる。学名の種小名 radiata は「放射状」の意味。

の終わりからの初めにかけて、高さ30 - 50cmのもない花茎が地上に突出し、その先端に包に包まれた花序が一つだけ付く。が破れると5 - 7個前後の花が顔を出す。
開花終了の後、晩秋に長さ30 - 50cmの線形の細い葉をロゼット状に出す。葉は深緑でつやがある。葉は中は姿が見られるが、翌になると枯れてしまい、秋が近づくまで地表には何も生えてこない

全草有毒で=悪を阻む剣(精神)を人は持っている
、畦の場合はネズミモグラなど田を荒らす動物(腹の虫たち)がその鱗茎の毒を嫌って避ける(忌避)ように、墓地の場合は虫除け及び土葬後、死体が動物によって掘り荒されるのを防ぐため[2]とされる。モグラは肉食のためヒガンバナに無縁という見解もあるが、エサのミミズがヒガンバナを嫌って土中に住まないためにこの草の近くにはモグラが来ないともいう。
有毒なので農産物ではなく年貢の対象外とされたため、救荒作物(鬼にものを云わせれば魂は育つ)として田畑や墓の草取りのついでに栽培された。

異名が多く、死人花(しびとばな)、地獄花(じごくばな)、幽霊花(ゆうれいばな)、剃刀花(かみそりばな)、狐花(きつねばな)、捨子花(すてごばな)、はっかけばばあ(八駆け馬場を開ける=婆=女、穢場を洗うと呼んで、日本では不吉であると忌み嫌われることもあるが、反対に「赤い花・天上の花」の意味で、めでたい兆しとされることもある。日本での別名・方言は千以上が知られている[4]
「花と葉が同時に出ることはない」という特徴から、日本では「葉見ず花見ず」とも言われる。韓国では、ナツズイセン(夏水仙)を、花と葉が同時に出ないことから「葉は花を思い、花は葉を思う」という意味で「相思華」と呼ぶが、同じ特徴をもつ彼岸花も相思花と呼ぶことが多い。[要出典]
学名のLycoris(リコリス)は、ギリシャ神話女神・海の精であるネレイドの一人 Lycorias からとられた。
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彼岸花の教え=曼珠沙華(釋迦)、天国浄土に渡る男に成る旅の智恵

夏に入ると葉を枯らす=殻田、物欲に魂を嗄らさない。球根(魂)を育てる時期
秋雨(実魂作りの霊風=東風、君が代、アンサム、阿運作務)をたっぷり含んでから、急ピッチで姿をあらわして再び花を咲かせ(9月15日〜)ます。

まるで普通の草花とサイクルが逆で面白いですね。彼岸花には、鮮やかな赤だけでなく白や黄色いものもありますが、いずれも根のところに毒をもっているので注意してください。

毒性を持つ、アルカロイド=阿屡科露意土(戸途)、水に晒すと毒は抜けるので球根を食べられる=人間は天目(雨、REIGN=神の支配)の中で神に育つ

ーーー編集中ーーーー


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三日間の雪山から降りて、8年ぶりに姉に会いました。姉は藤山直美に似ているところがあり、NHKの芋、たこ、なんきんが彼女を主人公とすることを知った時は、姉の顔を思い浮かべたのでした。

三時間くらいの面接中に姉は自身の思い出を話し続け、よくしゃべっるなあ、とちょっと唖然としましたが、帰米後に「芋、たこ、なんきん=」のDVDを見て、このドラマのメッセージに通じてていることが解りました。つまり、「思い出を育てながら、目の前の扉を開けよう」火の洗礼期、霊主体従の朝を迎えるに当たっての心構えです。この番組への見解は後でしましょう。

姉の思い出話の中に、辛い修行時代の頂点にあったとき、天から射す一条の光りに包まれて「全ては自分に原因がある」と理解した、がんばれと神に励まされたことを感じたというのがありました。まさに今回の私の旅の目的である、メルカバに乗る(強弱はあるでしょうが)ということを姉は体験していたのです。これは私の至高体験に通じ、一度これを体験すると人は体に芯が入ったように強くなれます。この話は姉のために心からよかったなあと思いました。

姉の夫は他界していて会えず残念でしたが、彼はある晩に枕元に女神が現れて霊能者として使われた人でした。霊的な間違いによる不幸現象を発見して解決する能力を与えられたのです。京都大学の研究対象として登録され、京都の鞍馬寺に通っていたのです。
鞍馬寺の祭神に魔王尊(2百600万年前に飛来し、年齢は17歳のままとされる)がおり、白山菊理比賣と通じています。私が白山から下山して、カラス天狗の絵柄の小石を拾ったことは、偶然ではないでしょう。

帰り際にどっさりあアサリをくれました。アサリ貝は私に父とを繋ぐ特別なものです。小学2年生の頃に自電車で潮干狩りにつれていってもらったのですが、兄弟の多い中で自分だけ連れて行ってもらった、皆に内緒にしなければならないという一生ものの思い出です。その海岸の名が拾石で、今回の旅行は石を拾って歩いた旅であり、不思議です。神の意思を拾う旅で、台湾でどんどんこれが証明されました。

藤山直美関連ですが、美という字は中々深いものがあります。米国を中国では美国といいます。姉にも美の字があり、一時改名すべきかの話がありました、それほど追い詰められて苦しんでいたのでしょう。光に包まれたのはこの頃だと思います。

美=ソ王大=粗の王として人は地に下された=肉体の我利本能の尊大な傲慢=尾(獣)=殻田の力=ビ=日の濁り=月の働き=かなしい=哀、悲しい

美=大王ソ=人(霊止)として横木(肉欲)を担ぐことが王(三+I愛)で、天の与える粗雑をたかめることが出来る=三→王→ゝの主神に叶う=月に光りを当てて明るくなる日の働き=うるわしい=得る和師意

5月29日メキシコで開催されたミスユニバース選考会で、第56代に静岡県出身の森理世(20)が77人を退けて選出された、児島明子以来48年ぶりで、昨年は知花くららが第2位であった。

森理世=しんり(真理)の世なり、青い森(悩みの中=ビ、尾)から抜け出る卆業の晩秋を迎えている、青森県は十和田湖(永遠建魂)を口としたイエスの顔があらわされ、奥羽の旅を睨んでいる事に注目するべし。二重(20)=弗の二本矢の謎の迷いから抜けよ=月(二本足)→日(月の膝を折る=正座する)=イエスはすでに(肉欲は)死んでいるとして膝を折られなかった=(髑髏)丘で青(森)と争う=静岡=富士(サムライ=丁髷=カミに勃起する=9=九湖の教え)に不死を観る=おしゃれこうべ=3776=実成南無=南(日向た)の無を在りにする=人の間(月食)の囚われから上に向かって飛び出す=神と文通をする=間→結晶=卆業

48年ぶり=48音=ヨハネ{(外撥ねして預羽する)の完成の時なり=水の洗礼から火の洗礼に入る
1959年、岡田光玉師真光教団を立教=56代、2007年、77人=567=実麓の世の終り=丘で待っていては勝利できない=松岡利勝の自殺(5,26、07=法滅尽教=熊{種能}を本とするべからず)=777=菜汝泣=肉体の開花の終り=児島明子=知花くらら(花を知って実の鞍の2位とせよ)→真理の世=旧い小走りを大走りにせよ=弗→円=二本矢の迷い→二津翻する=宗教→崇教=ゝ→山の完成

芋→たこ→なんきん=七→八→九の卆業の秋なり、過去のドライ心を反省して、火の洗礼の扉を果敢に開けてゆくべし、待ちに待ちたる千載千載一遇の幸せhれのチャンスでもある。

芋=種、たこ=蛸(水=地に生きる=骨、火音がない)→凧(意図を結んで天に遊ぶ=便蛇未運、腐乱をクリーンする=ベンジャミン、フランクリン=百弗=飛躍努瑠)、なんきん=南京=日を心の都とする

秀思學ではNHKの朝ドラは神の監督する宗教であると主張してきました。ヒロインがベテランであるのは朝ドラを見始めてから初めてで、いよいよ世界の終りへの大警告に違いないと思っていましたが、5週分を見て予感通りの内容であることが解りました。終末は近い、真剣に反省生活に入らなければならないと神は大半鐘を鳴らされているのです。

ドラマの半分は思い出でであることは、過去の反省を求める、あるいわ、過去の良し悪しを見つめなおして、これからの人生を正確に丁寧に生きよ、と教えられているのです。
結婚式に鶏が二羽届けられることは、世界の夜明けの神人の結婚の火の洗礼期には霊性と物性の精神と肉体の二波が和合して両輪、両羽とならなければならないということです。鶏が鳴くまでにイエスを否定したらペテロのように泣くことになると言うメッセージです。

この鶏の登場で大騒ぎとなり、町子の頭の毛はめちゃくちゃ(人類の頭は混乱する=考えさせられる)になり三度目の美容師(神結い)の世話になります。私が山に登った4月16日から一ヶ月半の今日まで、母親の首を切って持ち歩くなど多くの浮か霊者の犯罪と思える事件が続発しています。神の火の気が強くなっているからに違いありません。

このドラマでキリスト教が最終的にどう位置づけられるかに興味がありますが、どうでしょうか。

チャンスがあれば、詳しくドラマを解説したいと思っていますが名前に関するする教えを少し紹介しておきます。

花村町子、花村=物品の栄えに執着する、町子=神の子として自分を丁寧に育てる
徳永健次郎、徳永=神と人間の差に悩むが解決しない、健次郎=男気を素直に建てる者
町子と健次郎の結婚は、物品と精神の狭間に真剣権に悩む信仰者同士が助け合ってお互いを高めるということです。

イーデス、ハンソンが割烹着を着て、関東煮を売っているのは面白いです。米国人が日本人になることはノ+米+日=番、で肉体と精神を神の法に従わせて魂を作ることに例えられているのです。これは「さくら」でハワイと日本、米国か、日本に帰るかに悩む以前のテーマに通じています。

関東煮は台湾でもこのままの名前でよく見かけました。東を煮詰めることが人間は関門を通り抜ける鍵であるということです。東=木(十三、川=神のSON=猿)に日を当てる=獣の土ロ衣を虫干しする=腹の虫の蝮を精神の刀で治める=辺=彼岸に渡る帆掛け舟=「自分の着物を洗う者たちは幸いである」聖書

秀思學ー平成19年5月30日ードンと晴れ=曇(ハルマゲドン)に命を張れ

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雪山から降りて、台湾旅行に行くまでの5日間を弟の家でやっかいになりました。そこでもいくつかの共時性がありました。

4月22日の夜は秋刀魚をオーブンで焼いたところ、魚の油に火がついて、7,80センチも火が立つというハプニングが起こりました。今までに何回も秋刀魚は焼いたのでしょうが、こんなに怖いほど火が立ったのは初めてでしょう、秋刀魚は、収穫の時、精神の刀を振るって逆汝を治めるべし、で、これは火の洗礼を受ける前に、自分から精神の火を燃やして、過去の罪穢を償却せよということです。これがアブラハムの教えに従うことであるのです。
そういえば、弟の嫁さんがちょっと高価な皿のセットを買うということがありました。サラを示して、アブラハムを暗示したとも思えます。そして、LAに帰還後に待っていたのは、ガソリンの急激な高騰(一ガロン、3,40ドル)であったことも共時性であると思えます。

魚を火で焼くのは魯(魚=逆汝を日に干す=腹の蝮の虫干しをする)(櫓艪)の字に通じ、台湾での旅行の第一は蛹の胸にある太魯閣(たろこ)渓谷に行くことです。魯=日(火)+魚(月+水)=真+魔=ママの間で研く、櫓=艪=蘇る=耶(蘚)→蘇教=聖書の復活(預羽する真理が現われる)、
木=舟=羊=母=月=西→禾=刀=父=日=東(木+日)=西+一位(日)の神=酉=月+日=明るい、

ハンコックの神々の指紋にペルーに文明を教えたピラコチャはアッシリアの魚人に通じるとあります。この魚人は背中が魚で、昼は陸地で人の指導にあたり、夜は海に入って眠ったとあります。魚を逆汝(嗄れ=ドライな我)としますと、せがれ(背嗄れ)で神の伜(せがれ)で人間の例えであることが判ります。

神は万能ですから実際に半人半魚で知能の高いものがいたのかもしれませんが、私達は半人半魚で、聖と性の相反する考え(左右の山=凹=鞍=母)の間に智恵を絞って育つものである、誇りをもって背の荷(逆汝=横氣)を運ぶ(背を尽くす=セックスする)ことが肝心であると教えられているのだと思います。これは人頭獣体のスフィンクスに通じ、縄文杉に表された胸から腰にかけて女陰のあるイエスにも通じています。
私達の精神は火の日で陽気、肉体は水で月で陰気である、陽主陰従=男尊女卑で結べば風呂が湧く、天国に入れる、アダムはエバを助とする、自己完結できる者とされているのです。

魯=母の育ての智恵は、背=肉体の魚(逆成す)を焼くことである、命で釣上げることである、特に収穫の秋には神がこれを私達に指導し、目覚めないものには、神が直接火をつけられるということです。まさに秋刀魚のあわや大火事事件で覚醒させられたということになります。

太陽の門の中央にピラコチャ(日羅子智矢=人の覚醒)があり、左右に8列×三段の鳥の面などを被った顔がレリーフされており、これはカレンダーであると見られています、左右で48で、日本語の48音はヨトヤの神で、あからんを巡って世界も個人も完成するというカレンダーの教えが神道にあります。48音=ヨハネ=外撥ねして預羽する性聖書の奥義

太陽の門はチチカカ(父母=親)湖の傍にあり、南米はカマラの足で、子象の顔で湖はこの眼に当たるところにあり、湖の形は親子の蟹の形をしています。そして愛知県も蟹の形をしていますから、横這い(罒=盲目=烏=枯らす殻田=鵜呑みにする蛇=考えない怠け=殻が固い=頭が殻=土黒)が神の愛の智恵であるということです。ですから私達は母と神と親と戦うことで育つということです。
イエス曰く「わたしが平和をもたらしに来たと思うのか、むしろ、兄弟、親子の間に剣を投げ込みにきたのである」とあるのです。神は限りなく優しいのが基本であるが、この為には限りない厳しさを発揮されるということを心得なければならないのが真理なのです。

ピラコチャ=オシリス説もハンコック氏は揚げていますが、イシスが二回目にオシリスのばらばら死体を集めて蘇らせた時、男性器だけは見つからなかったというもっとも大事なことが見落とされています。つまり、彼の復活は腰(月の要=エッジプット=枠、箱、殻田作り)を離れて、純粋な霊的な力の働き(月代→丁髷=サンライズ=日に勃起する)をするものになったということであり、私達がハルマゲドンを乗り越える意気はここにあるのです。

また、台湾へ出発できませんでした。No6に続きます。

秀思學ー平成19年5月17日ードンとハレ=曇と晴れ=ドンと(命を)張れ

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