最後の学門「秀思學」のすすめ

天地一切神の声、日本語がアミタの揺り篭を編み世界を救う!日本はカマラの心で天地を結ぶ臍の緒

竹取物語と現代の啓示

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科学はNOベル(鐘)なりと神様は否定しているという確信を富士九湖の学問のすすめ旅行で確信しました。いかがでしょうか?
全文
http://blogs.yahoo.co.jp/syuushigaku/MYBLOG/yblog.html

富士山の誉れの冠は白雪で天皇も侍道も神道のすすめであり、この神と人の学問(宗教)の完成の位山の頂上を埋め尽くして冠を表しているのは更紗満天星(サラサドウドウダン)です。ちなみに川上岳(かおれだけ)の頂上はクマザサに覆われた坊頭ですが、満天星躑躅(ドウダンツツジ)の密集地がであるようです。

更紗満天星は鐘の形で、満天星躑躅は鈴を表している。

位山は1529mで阿蘇山の1592m(国、旦那)=夫、男、侍、蝮→竜)の完成で、川上岳(かおり)は1626mで始めの謀のム無につながる、アルファのベッドの産業革命(女=エバ、穢場)、馬場、バビロンの開花です。

古事に川上山と船山には女神がいて、位山に住む男神を取り合ったとあります。

位山と川上岳を結ぶ7,7Km(七夕に通じる)の尾根を天空遊歩道と言う、または、なべつる尾根ともいい、鍋(凹)を釣る(♂)=女を男にする、腹の蝮を竜に育てる自己実現の真理矢の智恵(ウサマ、ビン、ラディン=螺鈿細工)、911手露であります。

追記)後日の6月11日に天空歩道の往復をしました。期待したドウダン躑躅の満開を期待こともあります。更紗満天星(鐘)はちょうど満開でしたが創造したよりは花が少なかったです。満天星躑躅(鈴)のほうはまだ2週間くらいはかかりそうな小さな蕾でした。
天空遊歩道は5つの山を乗り越えるというなかなかにきつい状態でしたが神は期待に応えて下さいました。目的地の見える場所があって、そこから見えた川上岳の姿が両尻と谷間で、まさに女神であったのです。

学問のすすめの結論はエロスである。精神主肉体従で自己完結、自己実現するすることであることの宗教を確信させる地理の教えが岐阜高山という日本の中心にあることの発見は大きいです。


そして更紗満天星の花の形は鈴型で、満天星躑躅は釣り鐘の形をしています。

つまり学問とは鈴、鐘を鳴らす、リンカーンの奴隷解放で、自分を自由にすることである。で、科学はNO-ベル(鐘)で馬場に鐘のバカネ,バビロン(場美論=1+1=2)を去れと、警告、宣言されているのです。

高田(天空)の馬場で仇討(アダム)をする、堀部安兵衛=凹を安(阿運)ずる戦いが己を守ることなり、(守屋山=諏訪→誕生=主に和す)、

忠臣蔵の47士プラス浅野匠の守(阿間、場美論、米国の腹の蝮の商人根性)で、48音、ヨハネ、外撥ねして預羽する阿運アメンのアルファとベッド=米と日の不二夫婦の番、水と火加減(結ぶ十字)を知れば旨いご飯(魂のパン)が頂ける、です。赤穂(実の無い殻田)で浪士(波におぼれて死んでいる侍達=神の子)よ、復活更生せよ、波乗りすれば彼岸を得る、サーフィン=紳士の完結(FIN=天の星、ドウダン)です。

人間(学問=考えることが人の意義である)の目的は、鐘を鳴らすことである、光り輝く童となることである、です。で、ドウダン=満天星=天理を満たして夜空に輝くことなり、この逆の豚に真珠がブラックホール(光を殺す)なのです。

先日、ブラックホールの衝撃から放出された素粒子を始めて捕えた、画期的でノーベル賞に値するとニュースがありました。
人体には影響がないということでしたが、宗教的にはブラックホールは、豚に真珠の獣的悪想念であり、今や世界はこの黒雲で覆っわれている。この注意、目覚ましのために創造主(日の神)が戦争や天災などのあらゆる不幸現象を与えられているのです。今日までは本震である最後の審判の地球のひっくり返しに飲み込まれないために準備をせよの余震であります。

2キロmのトンネルと多くの学者を使い、莫大は費用と時間をかけても、地球の破壊、人類滅亡の危機という最も重大な結論を見逃してしまっている。人間はなんと情けない、神の前に恥ずかしいものであるか、神を怖れよ、反省せよと叫ばざるを得ない。

位山は一位(日意)の山で、SUNのSONが人間ですから、人の間を抜けて天に結晶することが地の地獄の奴隷から解放されて天国の神として自由無碍、永遠の命の存在(8、開智=学問の習得→∞=寿限無)になることです。

鐘を鳴らすのはあなた(穴田を究明)=リンカーン(鈴、鐘)、アベル(あ阿に運のベル、鐘を鳴らす=天に梯子、虹=腹の蝮を工作して竜に変えれば天に復活する)、卵の左右の濁点(殻実の未熟)を取り去れば昴として天に迎えられる。

アルベルト(阿屡に鐘を鳴らす途)、アインシュタイン(あ陰を主体として運する=南無の肉体本能を治めることが幸せを得るすべてである)

人生は戦いなり阿に運動せよ、人類皆でオリン(鈴)をピックせよ。のそうすれば満天の星(ドウダン=胴を断じて道をDON、究める)の芸術は誕生する。

ルーズベル(NO鐘)途では原爆(腹を曝される=86.89、病む安芸のリトルボーイまたは、私腹を肥やすファットマンは野究せず、ホームにランしない罪で焼かれる)ことになるであろう。

ーーーー編集中ーーーーー     


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                             川上岳を天空遊歩道から望む








▼質問
かぐや姫はなんで竹の中にいたんですか?
 
△回答
竹=バンブー=番(神人の和合で真珠の魂、優曇華の木で真珠の実を産む)がブー(不平不満の豚的輩)では、満月(天国への誕生=神さんとのハネムーン)をミスするという教え。

竹取の翁(竹細工職人)は幸せ=穴(筒=殻田=肉=エバ=腹の虫の蝮=憂蛇野ユダヤ)を工作する=母(÷、凹=右=憂様)+父(×、凸=左=便)=エロナす、螺鈿細工、
アナニヤ(穴に矢)はサウロ(後のパウロ=教会)に手をかざして開眼させた(使徒行伝9章11節=911テロ=ウサマ、ビン、ラディンの教え)

穴に矢=陰間縫う得る、インマヌエル=イエスキリスト=憂様、便、螺鈿、ウサマ、ビン、ラディン

大穴牟遅(牛、羊)→素戔嗚命→大国主=人間(666の獣性=牛、羊、蝮)→目(七八九)→十(天に到達)=真=三図の川(皮、肉体界)を渡るのが人生

漢字、地理、歴史、一切神の声、最後の学問「秀思學」のすすめ

笹子(バンブーグラス、大月市=牛、憂思の目)トンネル事故は「上を向いて歩こう、すき焼きにされないように」の再注意である。
 
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●イエスかバラバか?、命があることは選択を変えるチャンスを与えられているのである
せっかく瀬戸内海(地中海=中東=竜の首)を見直せ、人生の苦労の意味を見直せの教えがここに揚げられているのですから、日本地理を検討して竜の頸の玉を手に入れましょう。なお日本の竜体は地球人カマラ、そして私達の人体とパラレルです。即ち、世界中の人間は皆日本人であり、日に目覚めなければ、日本で生まれ育っても日本人ではないのです。神の視点では人間は日本人とユダヤ人しかいないということです。イエスを選ぶか、バラバを取る者か?であります。聖書のあの選択の場面に私達は立ち会っている当事者なのです。そして今でも二千年前の選択の変更ができるとされているのです。

韓国語で、日本はイルボで入る母、炒る暮で天の火の気立つ秋の国であると示されています。日本の古名を秋津島ともいいます。人はサラニで、夏の殻作りが済んで、心を新にして秋に実魂作りに入ること、を、更に生きるのが人である、と教えられているのです。この甦りは秋津島の日本の光によって虫干しし、暖めることによって成るということです。
日本人はイルボニです。人はニで邇で、割って結ぶという火水の噛みして加味してゆく神の智恵を表しているのです。つまり拍手を打ってパンを得ることで、宗教として手を打つのは日本神道だけであります。当に人が神と手を打つ、大和する智恵は日本に秘められてきたのです。

尚、人間とは、人は精神の男の働きで日本で、間は肉体の女の働きで二本でユダヤで弗であります。二の真魔の間が十字に組んで運ぶべき人の荷物で、ママに孝行することが吾のンの働きで、マ吽、ニ運であるので人間というのです。ママに孝行することは神さんの夢に働くことですから、おマンマは神が用意してくださる、空(霊=礼)に屋舞して満たせば、クウの心配は無くなり、食う心配はなくなるということです。色即是空はこの霊的経済学、信仰の恵を導き出す計算の教えでもあるのです。
イエスとユダヤは男と女で、精神と肉体の対立です。即ち人間は自己完結できるとされているのです。女は神ですから問いを与える噛みつき屋サンの仇で鬼です。仇が魂を粋に育てるから伜であり。鬼にものを云わせれば魂は育つのです。人の額(日霊帯)を魂の宿るところで主霊といい、臍下に副霊が宿るとされています。主と副、内と外の闘いと調和、即ち切磋琢磨によって魂に花が咲き実が成るのです。

カマラの頭はアフリカで、腹が亜細亜大陸で、腰は北米、脚は南米です。日本は腹の前にあり、天の母神と繋がる臍の緒で、心の字にも似ています。世界はエビスとダイコク即ち、精神と肉体の二王であります。アメリカを古来エビロスといい、英美露西の蛭子の商売、皮衣の肉体の象徴であることが解かります。この蝦を利用して鯛を釣る大意の心を大国主といい、これが日本であるということです。ですから、世界は日米関係の番で育つとされているのです。
頸は地中海及び中東でありますから、精神と物質である体の選択=洗濯の争いと結びの要所であるので、いつも騒々しいのです。ここにある宝珠は聖書であり、コーランであります。この宝珠を研いて甦らせる(読み変える)のが天の父母神の智慧の光であり日本語である。ゆえにカマラを育てる臍の緒の地であると地理されているのです。
神の智恵は日本から世界に広められるゆえに日出国なりと予言されてきたのです。


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第五の膳、中納言石上の麻呂足、燕の子安貝、平均的な人

麻呂足は愛されている人で、多くの人が智恵と力を貸します。この人が最も一般的な私達に近い人であると思われます。人間の常識と神の常識にズレがあり、やはり確り世界を学んで、不動不屈の宗教観、人生観を持たなければ、幸せにはなれないと教えられているに違い有りません。
中納言はくらつ麻呂の進言によって行動しています。くらつと平仮名されているのは、彼の言葉には表と裏、浅いと深いの二つの読み方があるということです。表は暗積の殻作りで、裏奥は九羅津で、魂の庫を建てる読みです。これは聖書、仏典の手法でもあります。今日の世界が暗く、人の精神が光を放っていないのは、神の声の奥義を読み取れていなかった私達の浅智慧にあるのです。この最たるものが宗教戦争であります。
神仏教会の解釈を腰紐とせず、聖書、仏典の奥義を研いてこそ、自分のパンとなり魂は稔るのです。イエスの甦りは、聖書の読み変えりの秋の今日への予言であるのです。

前の四人の不成功を整理しますと、信仰に浅知恵であることが共通しています。
石作りの皇子は仏の石の鉢を最初から入手不可能と決めて、言葉を操って泣き落とし作戦に出ます。
車持ちの皇子は天国の玉の枝の贋物で騙そうとした詐欺師であります。
阿部の御主人は、金で幸福が買えると思っている者です。
大伴の御行は、頸の意味の霊的な見方のできない者、親の心子知らずで、神を大盗人と結論して毛嫌いします。

この四人のどれかに当てはまる人は少ないと思います。現在、国が社会が私達の生活が、地獄の様ではなく成り立っているのは、他人との繋がりの社会生活を保とうとする常識人、いわゆる善人が圧倒的に多いからであります。この一般人の象徴である麻呂足がなぜ真の幸せを得られないのか、が説かれているのです。ゆえに、この章が竹取物語のハイライトでありますから、宗教の根本の厳粛さと緊張感を通訳できるように丁寧に解釈して行こうと思います。
 
燕の子安貝とは何ぞや、子安貝は宝貝で、宝貝は女陰に似ており、産み出す、育てる力があるとされています。つまり母神に通じます。神の子、人間の成長も母なるエバによって為されると聖書にあります、エバはエ場で、工作は天地の別れのニにI=愛=天意を結ぶことなりです。場は土(津智)を手にすれば揚る、です。イブは意撫で意=気を撫でるものなり、凸気を誘うもの=凹=女=母であります。
母の字は十の愛を上下の二気に割って、秋まで待つという図です。二気とは火と水、神と人、霊と物、男と女、精神と肉体、東と西、夏と秋等の相争って、交わって、子、実魂を産む仕組みです。ですから÷をデバイト(出場意図=出で噛む)といい、神をデバイン(出波陰=女陰=カミ散=誤津奴)というのです。妻女をカミさんといい、夫男を主人ということにも深い教えが秘められているのです。
ワイフは歪風でゴットは誤津土でカミさんです。この破図を番努して正すのがハズバンドの人の主の働きです。二年前の二月一日に空中分解したスペースシャトルコロンビアの船長はリックハズバンドでありました。神の夫、男、人としての理突くが不足であると警告されたのです。

No 11
第四の膳、大納言大伴の御行(みゆき)、龍の頸の玉 神と決別する

「夫れ(千金の)珠は必ず驪竜の頷の下にあり」(荘子)
「摩尼宝珠は竜王の脳中より出づ、此の珠を得れば、毒、害う能はず火に入るも焼けず、又如意(宝珠)といふ」(大智度論)
大納言宣ぶ「この国になき、天竺唐土の物にもあらず。この国の海山より、竜は降り昇る物なり。いかに思いてか、汝ら難き物と申すべき」

リュウに龍と竜のニ字あり、龍は己を研くに月代を繰りて立つ、即ち闇世に光を求む、竜は日を釣り(礼)上げて立つ。共に神理に勇なり、激流に孤高を貫く踏ん張りが汝を玉にする理由なればなり。月に交わって殻実を育てる夏は女母(黒赤青)龍、日に交わって禊て仕上げをする秋は男父(金白)竜です。ですから龍は土裸後運で、竜は努羅午運であります。
辰は十二支の五番目で、五は天地を行き来して結ぶ力ですから、人の力の振るい立てるところは神向にありであります。
竜、龍とは年老いた蛇で、宇宙の理由に働いて神に成長した人のことです。即ち、腹の虫の蝮の物欲、殻器を制し、脱して霊性を研き魂を作り上げ、天に星=辰として迎えられた人のことです。龍治、隆児であります。霊性を研くことは、人として確かな振り分け、考え方を持って生きることであり、こうすれば魂が育つので、頸の玉というのです。

摩尼宝珠は竜王(完成した人)の脳中より出づ、であり、精神の輝きのことであって、私達人間には触れること、見る事さえできないものですが、神からみれば真珠の宝石として人の中に実在するものであるということです。そしてこれが人の真の価値の基準であり、私達の育て具合に従って運命がアレンジされて行くのです。
ですから、竜の頸の玉は己の魂で、真珠の種のどぶ貝(蛤)で、これを育てる、種金を叩いて展ばして全身を包む程にすることです。これが玉を得ることであるのですから、もちろん入手可能なことなのです。
「タンタンタヌキのキンタマワー」寅さんは甥の満男の運動会で声を張り上げて応援すると言います。神もこう大声を張り上げて私達を応援して下さっているのです。

●竜は霊的には実在する、日本、世界は竜体で母で、人間は辰(星)の落とし児である
竜の玉は見ることができませんが、神社仏閣に表されたと同様の竜の姿を目にすることはできます。私は1999年の11月6日に屋久島に登りました。其の時撮影した屋久杉の幾つかの木肌に龍の形が現れているのです。その帰りに櫻島の噴煙をとった写真は、龍が火口に潜り込まんとしている姿でありました。宮崎県にある神社の藤の木の老木が当に龍の形でした。又、しばしば空の雲が竜体を表すことがあります。
特筆すべきは日本列島が竜の形をしているということです。頭は九州で胴体が本州で腰が北海道、足は九龍列島であります。この足下にカムチャッカ(神夢着火)半島があります。口の鹿児島(錦江湾)は桜島という玉を咥えています。この櫻島は寝観音で、噴煙はそのお腰から上がっているのです。櫻島から産まれたニ神意の子供が扁平な種子島と真珠の魂の屋久島であります。帰り際に舟の上から取った屋久島の写真は寝観音であり、この上の雲が二つの巨大な竜の頭として写っておりました。
日本列島を雛型(辺素=臍)としたのが世界の地理地形であります。

瀬戸内海を口腔とし、中国地方が上顎、四国が下顎で、琵琶湖が目、頭の脳天を日玉の国の高山とした龍、あるいわ鰐の頭が示されています。この頭には石川という名の馬の頭の形をした角がついています。高山市は寝観音形の乗鞍岳に抱かれております。このことから、宝珠の魂は観音の智慧を起すこと、噛み砕いて腹に収めることによって手に入れることができるということになります。
長崎の雲仙普賢岳が龍の目であることは、普く賢くあれで、世界の音を観ぜよ、であります。天地一切神の声、魂の食べ物の宗教は至るところに用意され、置かれている、これに目覚めよ、であります。そしてこれは、九の州に梁を架けることが卅(霊素)であり、黒田(福岡=代棟梁=米)の性に佐賀する葉隠れの武士たることは、日本一の槍、即ち富士の智恵の不死の薬を飲み込むことである、であります。
意を鞠にすることが土の命を焼くことであり、鍋島藩、伊万里焼が気品の高い工芸品として産まれ、陶芸世界に冠満たることも神の成せる業で宗教であるのです。

大納言はかくや姫を迎えるために立派な建物をつくります。そして妻達を処分して一人暮らしを始めました。
「竜の頸の玉取り得ずは、帰り来な」と、君の命をうけた従者達は「親、君と申すとも、かくつきなきことを仰せ給ふこと」と、事行かぬ物故、大納言を譏り合ひたり。

No 12

従者達は竜の頸の玉を絵空事と思っているので、旅には出ましたが、探す努力はしませんでした。年があけても何の連絡もないので、大納言は様子を聞きにでかけます。そして難波の浜から船をやとって、自らが乗りこみます。あちらこちらの海を漕ぎまわっているうちに筑紫(九州)方面の海にまで至った。疾風が吹いて船は翻弄され、落雷にみまわれる。三四日吹かれて舟が吹き寄せられた浜は播磨(兵庫県)の明石の浜なりけり。

この船旅は瀬戸内海、即ち龍の口内を巡ったということであり、狙いはよかったが、物質的な見方、考え方ゆえに、霊的な覚り、魂の覚醒に至らなかったということです。霊的な瀬戸内海は上顎の中国地方が待つ神で、下顎の四国が神向する人で、神人が噛合って結ばれる間なのです。
出発の難波は大阪で、大逆の凹みで、魂の尼崎(福地線)であり、九州は竜王の頭脳ですから、九州の地理、霊理に目覚めれば魂は芽を出して玉となる、摩尼宝珠を得るのです。疾風が襲い落雷が命中したことは、ここに神あり、目覚めよの神の叱咤であります。
三四日波に揉まれて、舟は明石の浜に打ち上げられます。明石は陽根である淡路島が神戸を開けて女陰の難波に入る上陸地点です。石=頑固な意思=幼い意思、が明るく開ければ天登への道が開けるという意味です。明は火で石は水であり、迷いの中にいるぞ、であり、熟慮するべし、であります。
NHKのドラマの「わかば」でも、宮崎から神戸に向かった弟の光が明石でストップして迷いの中におり、若葉が迎えに行くという場面があるのは、これに通じているのです。

播磨の播は、神の手に番で、番は日本(日=神=人)を台とした米国(月=間)が神の法の手に乗ることです。これが気持ちと体を張る命の働きです。磨は真垂れの仕組み、神の愛の下で、殻田を使って火水、聖性の二気の和に務める、三牙繰、三位一体の闘いです。
即ち播磨は針の真で、大逆の物主の開花=殻田=女の成熟の夏、が過ぎた時、蜂となって花の秘密(本旨)を究めることによって実魂作りに入らなければならない。種、魂を残すことが延命であり永遠の命を得ることであるからです。

大納言は船底に臥して、重い風邪をひいた人のように腹がふくれ、両目は李を二つ付けたように腫れてていた。
腹の膨れは肉体本能の我利による物品の山のシアワセですから嵒病であります。つまり目に見える物に目を見張って輝かすことですから、癌病は眼病でもあるのです。これは、かくや姫を迎えるために、立派な建物を作ったということでもその間違いが表され、妻達を離縁して一人暮らしを始めたことも、神サンを放りだした大納言は物質的な心の持ち主であることを表しているのです。
神と結婚することと、人間どうしの結婚は無関係であり、神と結婚しなければ、子供が何人できてもチョンガー(丶神に偽我=毒心=独身)であるのです。
 腹の膨らみも眼の腫れも、瀬戸内海(器色社会=現象界)という神と咬む、結婚して魂の宝珠を得る為の精進の間にいるのに、脳を使わずに外側だけを見て膨らませて、苦労(パン)を無駄にしてしまったということです。見当違いは健闘違いで、健康を損なうのです。
これは神風に邪気で挑むことの無信仰の矢魔意のことですから風邪といい、万病の素は不信神から、であります。

スモモ目の大納言宣はく「竜は鳴る神の類にこそ有りけれ。それが玉を取らんとて、そこらの人々の害せられなんとしけり。竜を捕らへしかば、又事もなく、我は害せられなまし。よく捕らえずなりにけり。かくや姫てふ大盗人の奴が、人殺さんとするなりけり。家のあたりだに、今は通らじ。男どももなありきそ」。

触らぬ神に祟りなし、お前達も神に近づかないようにせよ、と結論したのです。竜は鳴る神の類にこそ有りけれ、は、人は竜にはなれぬ、神にはなれないと診たということです。 
 かくや姫てふ大盗人の奴が、人殺さんとするなりけり。悪魔は開く間で神の与えたチャンスであるという宗教の根本の神真理の全面否定です。
この大納言の解釈の間違いは、見方の間違いの見当違いで、考えに光無し、玉なし、検討する思考の頸の選択の間違いです。「自分の衣を洗濯する者達は幸いである」肉体本能を選択する智慧が私達を幸せにするとイエス様は言っておられるのです。即ち首に魂玉あり、運命は架っているということです。

No 9

●人は頭を下にして生まれ、頭を上に向けることで育つ、6から9への反転が蘇りで礼儀
以上のことから「うかんるり」の意味を導き出しますと、浮かぬル理であることになります。ルは流留婁屡琉瑠で、私は走を加えています。ルはπ、元、光の基であり、π、元、光にノレです。乙女のπがオッパイで、育つ為のミルク(三流苦→実走九→見る宮)であります。π→西→酉→酒→晒→尊と神の計画は進んで行きます。
ノは逆汝の魚で、私達は頭を下にして産まれてきます。成長することは頭を上(天=神)に向けて立つ(6→9=無謀を究する)ことであります。これを魚を釣り上げることで表現し、逆汝の魚は寝の肉体が根で、ネです、このネを釣り上げるので礼であるのです。即ち礼とは自分の怠けの肉体本能と闘い輝かす姿のことなのです。
姿は女=肉体を台にして次を育てること、常にアにンする、彼女(此岸=雌=凹=海=シー)が彼(彼岸=雄=サー=凸=山)に甦ることです。これが沖で神人の縄を編むこと、シーサーのあ,んの思合わせの呼吸のことです。主に素直な形なり、で、スガタというのです。ですから背筋を伸ばして、姿勢を正すこと、信仰の基本であるのです。骨を伸ばすことがコツで、穂根の根性の炎の燃えが魂を暖めて育てるのです。

木は猿気の逆気で逆汝ですから、これを釣り上げることを札といいます。「この子の七つのオイワイにお札を納めにまいります」。これは「往期は酔い宵、神選りは怖い」、物主殻花文明の後(祝う=異和生=七を追い和意する開智)の秋の実の収獲は厳選であるということです。「心臓は軽い一枚の羽毛に等しくなければならない」、とエジプトの死者の書にあります。
「うかんるり」は浮かぬル理である、が、秀思學の結論です。知識という物質では肉体はコントロールできない、智慧を感覚化して精神に練りこみ光のパワーとしなければならない。これが現宗教と学問は魂のパンとなっていない、なぜならば、神の働きに盲目であるからです。この問題点、課題を解く鍵が車持ちの皇子の話にもあるのです。

No 10

第三の膳、右大臣阿部の御主人(みむらじ)、火鼠の皮衣、唐人に騙される

右大臣阿部の御主人は、家広き人にておわしける。その年来りける唐土舟の王卿といふ人のもとに文を書きて、「火鼠の皮といふなる物、買いてをこせよ」とて、仕うまつる人の中の心確かなる人を選びて、小野の房守といふ人を付けて遣はす。持て至りて、かの唐土におる王卿に金をとらす。

火鼠の皮衣とは、「神異記云く、火鼠(和名、比禰須三)其の毛を取り織って布と成す。若し汚れれば、火を以ってこれを焼き、さらに清潔ならしむ」とあります。比禰須三は、酢い息子で、神の愛の火で焼かれて旨い玉、王、主に育つ幼い魂の私達のことです。
火で洗濯することが特徴であります。鼠は猫の食事で、猫は苗は犬気によって育つ、ですから、鼠は犬であり、人の腹に住む虫の蝮、鬼のことです。即ち、人の肉体本能は腹黒い根墨であるのです。これを取って精神の火で焼いて食べる=魂のパンにすること、を、キャッツの働きといい、氣屋津通で、スペイン語でガトーは蛾闘であります。
この根墨(迷妄雲=産まれ出る悩み=霧=霞=自己保存本能)の皮衣の中で魂は育つとされ、これが間の字であります。間の中の日は、神と不二の陽火、聖霊の本能であり、この命(意の智)の聖本能によって、性本能を律してゆくこと、絶えず反省してゆくことが風呂に入ることであり、火で洗濯することであるのです。

これが幸せの根本となる子の働きです。フが肉体でネで匚です。、神の鬼の問いかけであり、十が精神と肉体の火水を確り組む聖のカミの働きでコです。匚の扁とコの旁ででロ(路露)が成立する。即ち、精神の怠けが肉体に罪穢れを起させ、これが魂を汚すのですから、精神によってでなければ、根墨の洗濯、魂の真玉化はできないということであります。以上から燃えないヒネズミのカワキヌは、陽値図実の神和気縫の神向思行である。ということになります。
最近の猫は鼠を取らなくなり、人は自分の根墨を取らないことを恥じと思っていないようです。この羞恥の心の汚れの垢が神に殺ぎ落とされる。ハ無しのアブラ無が火を呼んで燃え上がるのです。

右大臣阿部の御主人とは、右の扁もあ辺も神さんの問いで、凹みで水の寝の横縞の邪の未図です。本人の神和気縫の精神活動がないことを体した名前であります。
唐土舟の王卿とは、唐土舟は、殻田の蝮本能のことです、王は愛の火を立てるものですが、卿は卯(得咲儀)の中の日ム無で、有詐欺=兔です。王卿は、火と水の間で闇,迷いの弗の中にあるということです。右大臣はこの間に人として働かない、金銭で処理する偽者なり、で、これを、家=間、広き人と表現しているのです。
小野の房守とは、房は天岩戸の下、外の方=四角=棘で、負挫で、これを守る、ですから房守は闇の働で、右大臣=唐土舟=王卿の人知我利の名示に同じなのです。心確かなるものとは右大臣にとってであって、神から見れば信仰なきものであります。
唐土舟が来て房守は歩み疾う馬に乗りて、筑紫よりただ七日に上りまうで来る。とあります。これは開智(八日)の考えなしに場の流れに乗ることの怠け者の意味であります。

王卿の手紙には、「昔、賢き天竺の聖、この国に持て渡りて侍りける、西の山寺にありと聞きて、からうじて買ひ取りて奉る」。今、更に金五十両を給わるべし、とあります。
賢き天竺の聖、この国に持て渡りて侍りける、は、宗教の師の布教ですから、霊的な物であるということです。西は殻田に執着する人で、尻に卵の殻(ウエスト)を付けた雛で幼智であります。ですから、宗教を理解出来ない痴愚者が作り上げた偽宗教のことであります。
ちなみに本物の火鼠の皮衣は、西の殻田に一位の日のカミの智慧を迎えた酉にあり、酉は木に日を迎えた東の字にパラレルですから、東の山国の日本=主和=諏訪の智慧にある、ということになります。

かくや姫の問いに答えて右大臣いはく、「此皮は唐土にもなかりけるを、からうじて求め尋ねえたるなり何の疑あらん。さは申すとも早焼きて見給へ」。といはへば、火の中にうちくべて焼かせ給ふに、めらめらと焼けぬ。

めらめらは女螺芽裸で幼痴ゆえに焼けたということです。火に焼けぬ火鼠の皮衣は、神を確信して従う不動で清浄な肉体のことです。己の中の間の日の魂に目覚めて自身が酉=十理を捕る=東の人=日本人、となることです。日本語によって正しい宗教理論を確立して、宇宙の意思の一点の丶の主神の見方をし、創造主神の夢の味方となって生きることであります。
収獲の秋には、神が私達の皮衣に火を付けられます。これをハルマゲドンといい、霊界、幽界、現界の全てが溶鉱炉に投げ入れられると聖書に書かれているのです。この時、本物でなければたちまち火に焼かれてしまう。命を取り上げられる、最悪の場合は、魂の輪廻をも取り上げられてしまうと警告されているのです。

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