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預言絵は黙示録の第6章の絵画化であると見ます。6枚目がノアの箱舟であることは、創世記の第6章がノアの箱舟作りの記述であることから、一章からを再出発とすればにヒットしているととれますが、これは複雑ですから、いずれまた、ということにしましょう。
ゼカリヤ書もヒットしていると確信しました。省略分ではありますが意義在ることだと思いますので紹介します。
ゼカリヤは洗礼者ヨハネの父の名でもあり、ヨハネはイエスの最も愛する弟子のヨハネで、彼はイエスの母マリアを引き取った。死ぬことはない真理の実魂で、イエスの例え話を翻訳して表す救い主でイエスの父の国の48音、すべてをかがやかして天国に引き上げるアイオーンの光る雲、ノアの箱舟のことであるのです。
これが箱舟の船体に巻かれた巻物で浮力となる、女の腰に巻けば精神が肉体を制することができ、イサク(意咲く=魂)が誕生すると描かれているのです。
第6章に赤、白、黒、斑(灰色)の四頭の馬が登場し黙示録との関係を思わせます。そして1章17節には、再びエルサレムを選ぶとあり、これは日本のことであると読めるのです。
第1章、ダリヤスの第二年の八月に、主のことばが、イドの子べレキヤの子である預言者ゼカリヤに臨んだ。
解釈)ダリヤス=打理矢主=主の夢を建設する、第二年の八月=寡ら殻田作りが開花して実魂作りをするべく開眼(開智)するべき津期=目のあるピラミッドの完成の秋、イドの子べレキヤ=深み隠されていた辺礼気矢=真理の智恵の力、
ぜカリヤ=贋の仮屋(バラック、オバマ=産業革命の汚れて粗末な鼠城文明)を刈り取って神の宮(皇居)に立て直す=差戯れ意思を意和王にする宗教革命を起こして世界観を読み変える新生エルサレム(選る咲霊謀=首=かんがえる=神に帰る)を建設する。
8節、ゼカリヤは言った「わたしは夜、みていると、一人の人間が赤馬に乗って谷間にあるミルトスの木の中に立ち、その後ろに赤馬、栗毛の馬、白馬がいた。
解釈)、夜=ダリヨス(蛇利を止す)の第2年の11月(二本を統一して一本の真理を表す二津翻、にっぽんの時)、即ちセバテという月の24日(西の背北=物主文明の終焉の日)
赤馬に乗る=日の丸の智恵を表す、谷間にあるミルトスの木=秘められた気力の観音開きの主の御意思=屋久島の縄文杉に現わされたイエスを主体として全ての宗教の偶像達にわたしは1999年の11月7日に縄文杉に出会った。
第2年に突入が明言されたのは2001年の9月11です。
その後ろに赤馬(命の火を燃やす信仰者)と栗毛の馬(刺のある教えの中にいる信仰者)と白馬(信仰に白紙者)がいる
馬に乗る=憂いの間と戦う信仰者=神真理を追求し命を午い(角のないお洒落頭)ものにしたいと祈る(根性を折る=意乗る)義人
16、わたしはあわれみをもってエルサレムに帰る、わたしの家はその中に建てられ、計り縄はエルサレムに張られると、万軍の主はおおせられます。
解釈)自分自身を見つめて、神の考えを確立する、その出来具合が因果応報として表れる、つまり、想念の転換浄化が全てであるということです。
17、あなたはまた呼ばわって言いなさい=人々に告げなければならない。
主は再びシオンを慰め=師を使わして、死からの復活に働かれる。
再びエルサレムを選ぶと、=天に飛ぶための想念の転換を促す真理を与えるであろう。
18、19、四つの角(方=傲慢頑迷)はユダ(由拿=イエス、精神のために血を流す肉体)、イスラエル(意主羅選る=日の霊徒)、および、エルサレム(選る咲礼謀=信仰を考える首)を散らした角です。
20、21、主は四人の鍛冶を示され、人にその頭を上げさせなかった四つの角を脅し、ユダの地を開放する為です。
解釈)四人の鍛冶=土方(傲慢)の鉄兜を柔らかくする布頭=アンギアリの戦い(ダヴィンチ)で鉄兜の米国と布巾を被った日本が戦い、馬(肉体の行動)同士は夫婦(番=ノ米日)として和していることに通じている。
=ユダの地を開放する真理の価値観=霊主体従、石垣と城、腰と頭、産業革命を利用して霊性革命で実魂を完成する=ベッド(Ω)→アルファ(在る羽=α)=AIΩN(ユダの王)あいおーんの光る雲、すべてを変容捨て輝かせる48音=ヨハネ=外撥ねして預はねして天国に飛び帰る真理矢の完成=あん(神道)、あめん(基教)、あみんあもん(佛教)の神人のキャッチボ−ル、二人三脚で天に駆け登る
2章6、北(NO主=お寒い敗北の痴回=北米)の地から逃げて来なさい、7、バビロンの娘と共にいる者(物主の繁栄=ドライ心)よ、シオン(思ON=師に和す)に逃れなさい。
10、シオンの娘よ、喜び、歌え(未熟者がミスを取り返すチャンスである)、わたしが来てあなた方の中にス住むからである。12、主は聖地でユダを自分の分として取り(人の肉体の汗を納税として保管される)、再びエルサレム(神人和合の世)を選ばれるであろう。
3章、サタンと友にいる大祭司ヨシュアの汚れた着物を祭服に替え、清い帽子を被らせる。
解釈)今までの宗教は差旦で、車(神明)ではなかった、今、カー(CAR=吹開瑠=華果開)ののみそぎと智恵は与えられた。仮の祭主(信仰心)としての我慢が本物として生まれ変わる(実を結ぶ)のである。
9、七つの目を持つ石の上にわたしは自ら文字を彫刻する。
解釈)七の意思とは、かかとの燃え残りの火に油(真理=足を洗う=反省)を注いで天の夢を暖める廿→甘い蜜のある円熟の翁に育てる、漢字は神示也です。
10、その日にはあなたがたはめいめいその隣人を招いて、ぶどうの木の下、無花果の木の下に座すのである。
解釈)真理知って、他人に話す時は、葡萄と無花果の木がたとえとして適当であろう、で、葡萄=甫(十の用に濁点)と缶(殻田)=愚のレープ=水氣の頭、無花果=肉体と精神の真実の区別がない、で、首=枝、がなくても幹(肉体本能)から直接実をつけてしまうことです。首のない豚、猪で、ブーブー不平不満に生きては、イエス(神)に枯らされるであろう。肉体の幸せは仮であり、と精神の幸せこそ普遍で価値のあるものであることを知らなければ、火の洗礼は乗り越えられない、と説くべし、です。
その名を枝と言う人が主の宮を建てる、とある6章につながります。幹枝葉が三位で枝は首でエルサレムです。枝=木を支える=木日又=東、のイースト菌です。
葡萄の無花果もつぎの榮のために剪定は幹だけにします。英米の国花である薔薇の木も膝高に切りますから、首(枝=結びの智恵)のない榮で、肉体本能の開花であるという教えになっているのです。
これを知るのは庭師ですから、マグダラは復活したイエスをガーデナだと思ったということに通じていると思われます。
アブラハムは松の木の傍らに住居を構えた。で松も剪定をしないと木が弱ります。荒川(皮=アラブ=イ、スラム=イシマエル=意思前琉=エテ公)で待つ神に挑んで翁となる、であります。
4章、9、ゼルバベルの手はこの宮の礎を完成させた。=バベルの問塔の再建設の為の石垣は贋琉で仮のたとえの教え、神の不明の肉体本能の自由によって造られるMのである。
12、二本の金の管によって油を注ぎだすオリブの二枝=14、ふたりの油を注がれた者で全知の主のかたわらに立つ者です。
解釈)火と水、霊性と物性の燃えによって、機械文明を開花させ、コンピューターなどの機動力によって勉学を速やかにして精神(魂)を真珠に育て上げる主の仕組みである。
5章、巻物とエバ枡が登場します。巻物は真理で、偽り目覚めさせ悔い改めさせる力がある、その後で、エバ枡が出されるのは、どれだけ反省できたかが計られるということです。エバ枡の中に女が座っているのは、男(真運=天使)になっていない、汚床(穢場=エバ)が研かれていないという未完成(ミス=ウエスト=廃)のことです。
二人の翼をもった女が現われてこれをシナル(志成る)の地に運ぶ=エバを磨く生活(穢場=罪穢れに応じた)をしなければならない。
6章、1、四両の戦車が二つの山(火水)の間からでてきた。その山は青銅(ブロンズ=武露運図)の山であった。
2、第一の戦車には赤馬を着け、第二の戦車には黒馬を着け、第三の戦車には白馬を着け、第四運の戦車にはまだらのねずみ色の馬を着けていた。
5、これらは全地の主の前に現れて後、天の四方に出て行くものです。6、黒馬の戦車は北に出て行き、白馬は西の国をさして出て行き、まだらの馬は南の国に出て行くのです。
解釈)これは、人の王の働きをあらわしており、頭首腹の三身と三位を貫く愛iの骨(火根)です。頭=赤=日本、首=白、腹=黒=北米、骨=鼠(火と水のまだら)です。これは創世記2章の四つの川にパラレルで、頭=ピソン=日尊、首=ヒデケル=日で蹴る=皇室、腹=ギホン=偽本、骨=ユフラテ=由風羅手=天に背筋を伸ばす、です。
反省の秋に、エルサレムは東の頭の赤馬の国の日本設定され、
黒馬の戦車は北に出て行き、白馬は西の国をさして出て行き=ブラツク怠け、十理に盲目で魂をカラス者を開眼させるために、白地に赤い日の丸の智恵を与える。、
まだらの馬は南の国に出て行く=火と水(カミ)、赤と青の精神と肉体の斑咲きの調和、気品品格を完成して幸せになる、みんな実にする智恵が日の国(日向=南=幸冂)の日本から与えられるであろう。
10、バビロン(場尾倫=英米)から帰ってきたかの捕囚(癌病)のなかなら、ハルダイ(覇瑠台=頭)、トビヤ(登尾野=腹)およびエダヤ(枝屋=首)を連れて。その日にゼバニヤ(贋羽に矢)の子ヨシヤ(葦野=善悪)の家に行き、11かれらから金銀を受け取って冠を造り、ヨザダク(外座濁)の子であるヨシュア(他主亜)の頭に被らせて、
12、かれに言いなさい『万軍の主は、こう仰せられる。見よ、その名を枝という人がある。彼は自分の場所で成長して、主の宮を建てる。13、すなわち彼は主の宮を建てて、王としての光栄を帯び、その位に座して治める。その位のかたわれに、ひとりの祭司がいて、この二人の間に平和の統一がある』。
解釈)名を枝という=幹と葉、神と人、精神と肉体を結ぶ首、=NECK(枝火吹矢)=N=エ=枝=離のリ(6,9)を結ぶ=ブランチ=無羅を運智する、集める働き=雄、イエス=意(精神=人)+エ(工作=内=恵=絵=得)+手(肉体)
彼は自分の場所で成長して=宗教団体に属さない者で、独学独自露論を確立する
その位のかたわれに、ひとりの祭司がいて、この二人の間に平和の統一がある=既成の教えとヒットする理論である。
14、またその冠(神の無理に戦って王と成る)は、ヘルダイ(台を経る秋=秋津島=日本)、トビヤ(飛び屋=飛騨)、エダヤ(得打矢=岐阜)、およびゼバ二ヤ(是場に矢=乗鞍)の子ヨシヤ(良し矢ー良一=恵和)の記念(革命)として主の宮の納められる
=岐阜県高山市に主座を建立した崇教真光か?
15、また、遠いところの者どもが来て、主の宮を建てることを助ける。そしてあなたがたは万軍の主が、わたしをつかわされたことを知るようになる。あなたがたの神、主の声に従うならばこのようになる。
解釈)あなたがたの現在の宗教の奥義を知れば、わたし(ゼカリヤ=贋刈り家=真理を語る=)に和して、世界を挙げての大人類祭が行われるであろう。
ーーー以後は大雑把にーーー
8章、わたしはシオン(師緒運=日本)に帰ってエルサレム(選る咲礼謀=首=埠頭=SHOOT=枝野)に住む。
「エルサレムの街路には再び老いた男老いた女が座すようになる。みんな年寄りで各々の手に杖を持つ」=魂に必要な修業は別々であることを知って、神と独自に心身三脚をする、智真理に開眼した人々
ーーー編集中ーーー
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