最後の学門「秀思學」のすすめ

天地一切神の声、日本語がアミタの揺り篭を編み世界を救う!日本はカマラの心で天地を結ぶ臍の緒

百人一首、新訳

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51,藤原実方朝臣
かくとだに えやは伊吹の さしも草 さしも知らじな 燃ゆる思ひを

新秀思學訳)たとえば恵み栄は伊吹立つよもぎの如し、刺し萌(夜外を捥ぎ取り預羽する=葉を落として幹、芯真を表す)を知り命を燃やせ

秀思學訳;確実には捕えられないこの神風はヨモギ(外捥ぎ=外撥ね=ヨハネ、預羽)、なりを知って命を張るべき


52、藤原道信朝臣
明けぬれば 暮るるものとは 知りながら なほ恨めしき あさぼらけかな

新秀思學訳)実魂作りの秋がくれば殻田作りの夏の快楽は去ることは覚悟していたが直面すると、本能の自由の女神の世は去りがたいものである。

秀思學訳;天国から地に下された人類は天に帰る時が定められていることは理解できるが、一人前の神に育たない自分にもうその審判が迫っている。


53、右大将道綱母
歎きつつ ひとり寝る夜の 明くる間は いかに久しき ものとかは知る

新秀思學訳)個人主義で損得の闇世に正法の光が射すことは、人類史上初めてのことであることは知っている。

秀思學訳;不平不満の無神論者(神さんを迎えず)は心が晴れるまでの、悶々とした人生は無駄に長いことを知る


54、儀同三司母
忘れじの 行く末までは 難ければ 今日を限りの 命ともがな

新秀思學訳)魂の完成がゴールであるという目的がしっかりしていれば、夕べに死すとも可なり、命と向き合うことができる。

秀思學訳4;新鮮な信仰心を堅持するのは難しいことであるが、今に命をかける思いがあればよい


55.大納言公任
滝の音は 絶えて久しく なりぬれど 名こそ流れて なほ聞こえけれ

新秀思學訳)神の育ての叱咤の声は絶えて久しく聞こえなかったが、天皇の交代によってより大きく聞くことになる

秀思學訳;神は因果応報の掟を隠されたが、聖書聖典には時空を超えた約束がある

大納言公任(55番)=午後には人類が神として納まる為に真理が広められる


56、和泉式部
あらざらむ この世の外の 思ひ出に 今ひとたびの 逢ふこともがな

新秀思學訳)ありえない奇跡を受けたことを思い出すと、もう一度奇跡体験をして、神の実在を実感したいものである。

秀思學訳;死んでは得ることのできない霊性の功績を一つでも多く積みたいものである
57、紫式部
めぐり逢ひて 見しやそれとも わかぬ間に 雲がくれにし 夜半の月かな

新秀思學訳)闇夜の世の正体は解ったようで解らない、殻田作りの最中は真実真理正法は隠されている

紫式部=皆既日食、皆既月食の教え=青から赤へ、水の洗礼から火の洗礼へ、二代の勝利がパーRULL(羽開を引き捕る)で、斑の咲きである。

秀思學訳;月(殻文明の正体=腹の蝮)の正体を知る知らずや、夜(物主の夏の虫、ユダヤ文化)が深くなれば迷いさえもしなくなる

紫式部(57番)=天地の結びの力は雌の意図(七=背分=青碧=ユダ))を実(紅皇=イエス)に作り替えることである


58、大弐三位
有馬山 猪名の笹原 風吹けば いでそよ人を 忘れやはする

新秀思學訳)馬耳東風、豚に真珠の物主世界が栄えれば、人は尊厳を忘れがちである

秀思學訳;馬腹豚腹(穴あきの腹の虫=自由の女神、穢場、エバ、バビロン、ブラックホール)が大きくなってくると 人(日研=神の子)の本義は消えて獣性だけになる


59、赤染衛門
やすらはで 寝くなましものを さ夜ふけて 傾くまでの 月を見しかな

新秀思學訳)思い悩んで真理を待ち(探し求め)続けてきたが、時は来た、沈みゆく月(物主陰光)を見る、真理の日の出は近い

秀思學訳;覚りを得られないので、安心を得られずに夜(物主、殻作り)の世界が終わり朝(子実魂の誕生復活)を迎えるまで神真理の究明に勤しんだ



60、小式部内侍
大江山 いく野の道の 遠ければ まだふみも見ず 天の橋立 

新秀思學訳)ビッグ番の魂の誕生は遠い  未だ分岐点も見えないが 神を信じてこの道を行く

61.伊勢大輔
いにしへの 奈良の都の八重櫻 けふ九重に にほひぬるかな

新秀思學訳)主の本願は天の櫻の園に人類が満ち溢れることである。今日覚りを得て行動[穴に矢]をはじめだした


62,清少納言
夜をこめて 鳥のそらねは はかるとも よに逢坂の 関はゆるさじ

新秀思學訳)物主の贋世に人の譬えの鳥が自由に飛びまわるのは解るが、人は用心して行動しなければならない。


63、左京大夫道雅
今はただ 思ひ絶えなむ とばかりを 人づてならで 言ふよしもがな

新秀思學訳)今世は神の隠れた 途の謀りなりと 人づてに聞く 


64、権中納言定頼
朝ぼらけ 宇治の川霧 たえだえに あらはれわたる 瀬瀬の網代木

新秀思學訳)物主の夜が明けて朝霧の中から 真神親理の絵のジクソーパズルが少しずつ見えてきた。


65、相模
恨みわび ほさぬ袖だに あるものを 恋にくちなむ 名こそ惜しけれ

新秀思學訳)恨んだり詫びたりは神を知らぬ心の揺れである、神と不二でなければ神の子の人(日登、真運)の名が泣く


68、三条院

心にも あらでうき世に ながらへば 恋しかるべき 夜半の月かな


新秀思學訳)浮世に長く生きていると正義感も薄れて、いつしか仮世が愛おしくなってしまった。

秀思學訳;不条理に不満な浮足だった世界であるが、いつのまにかどっぷりと浸かって、豊かな物品生活を謳歌し離れられない


69.能因法師
嵐吹く 三室の山の もみぢ葉は 龍田の川の 錦なりけり

新秀思學訳)神風は非を丰に戻すため、三位一体(丰)の秋は人の地を揉んで仕上げる、火の洗礼、浄化復活の正念場なり。

秀思學訳;神風の苦労を受けて三位一体して王になり主に叶う、手を赤く(ハンドレッド=百、紅、飛躍して神界に帰る)した功績は三途の川を渡る(蝮→竜)妙法である


0、良暹法師
寂しさに 宿を立ち出でて 眺むれば いづこも同じ 秋の夕暮れ

新秀思學訳)世界の出来事の奥義を見るとすべてが連携されていて最後の審判、世界の終わりを教えている

秀思學訳;出家(坊→主=成長)して主の智恵で宇宙を見渡すと、あの世もまた最後の審判(火の洗礼、選霊)を迎えていることを知る


71、納言経信
夕されば 門田の稲葉おとづれて 芦のまろやに 秋風ぞ吹く

新秀思學訳)物主文化が開花して終わる、仕上げの門に入ると様々な注意や導きの神事が烈しくなる、いわば火(日陽霊)の洗礼の神風が襲う

秀思學訳;産業革命の殻田(アルファのベッド)が完成すると、天国の門に入る為の実魂作りが始まる、腹の虫(憂蛇野=ユダの商人根性)の悪思でできた場美論、バラック汚場間文明の枝葉が振り落とされて裸の芯、真(幹=魂)が神風に晒され浄化される


72、祐子内親王家紀伊
音に聞く 高師の浜の あだ波は かけじや袖の ぬれもこそすれ

新秀思學訳)高名な聖書聖典は肉の獣性本能の罪穢を洗い流す仇討の波である。

秀思學訳;聖書聖典の教えを仇のように否定非難するべきではない、己の不明に泣くことになるであろう=ペテロは三度イエスを否定したことを師に予言されていたことに気づいて激しく泣いた(慟哭=猛反省)


73、権中納言匡房
高砂の 尾の上の桜 咲きにけり 外山の霞(かすみ) たたずもあらなむ

新秀思學訳)成熟した人を迎え入れる天国の桜の園は用意された。地上は真理を霞に包んで人の自由な探求心に委ねた。

秀思學;高い信仰心が実を結んで、天国の櫻の園に迎えられる用意ができた。物主逆法の腹の黒雲が立って足をひっぱらないようにしたいものだ


74.源俊頼朝臣
うかりける 人を初瀬の 山おろしよ はげしかれとは 祈らぬものを

新秀思學訳)浮かれた世は人の成長の台作りであるが、溺れるほどの自由は神の本意ではない。

秀思學訳;憂い氣で人の始めの殻田作りの神風(あ阿間=腹の蝮=穢場エバ)の大暴れは、神の本意ではない


75.藤原基俊
契りおきし させもが露を 命にて あはれ今年の 秋も去ぬめり

新秀思學訳)神と人の契約の実践、修行に命を燃やす、残念だが今年の秋も魂の実は結べなかった。

秀思學訳;神との契約は草露(葉の裏=現実の奥、外捥ぎ、ヨハネかアロンの杖)が魂、命のパンなれど、実乗らぬままに今年も終わってしまう。


76.法性寺入道前関白太政大臣
わたの原 漕ぎ出でて見れば 久かたの 雲ゐにまがふ 沖つ白波

新秀思學訳)創造主の腹の中を覗いてみると、久しぶりに雲のような浄化の波が立ち上がっているのが見える。

秀思學訳;己の腹の中を見渡すと、久しぶりに神からの鍛えがくることがかいま見えた

法性寺入道前関白太政大臣(76番)=南無(那に無)の代の終わりが見える、正法が照らす道に入り、関所を通り抜ける為にアロン(阿路運、少名彦=智恵)の杖をとって男(萌推是=侍)の道を行く


77、崇徳院
瀬を早み 岩にせかるる 滝川の われても末に 逢はむとぞ思ふ

新秀思學訳)神の経綸は速度を早めているので、人は成長を急がれる、この流れは、神と人の天地の別れと、秋の暮には母神が天国から迎えにくるという約束のことである。

秀思學訳;神の大いなる希望は神と人、親と子が天地に岩(ロック=錠)で別れることで腹の虫(女、エバ=蝮)を竜に育てることである。割かれてこそ咲く金の定め、人が竜、神に育てば神は迎えに出て天国に招きいれる。

瀬を早み岩にせかるる千早ぶる 神与(天の石屋戸に鍵)も知らず 滝川の=竜田川 割れ手喪末に=殻暮内に 逢はむとぞ思ふ=未図括る、とは

崇徳院(77番)=七夕(殻作りのユダ代の終わり)時には開眼して屋真を示し二回(廾=阝、13)を完成せよ

この歌は連続テレビ小説「ちりとてちん」で紹介された。


78.源兼昌
淡路島 かよふ千鳥の 鳴く声に いく夜寝覚めぬ 須磨の関守

新秀思學訳)地上は神と人の番の場、与え続けられている神の導きに、しっかり目覚めて主の真に乗る信仰者

秀思學;神と人の出会いの喉ぼとけ(首、幕屋=暮に墓から復活する),地採り(腹の虫の智恵を治める)の警告に絶えず起こされる、主に和して自分を育てる者は、自己反省に余念がない


79、左京大夫顕輔
秋風に たなびく雲の 絶え間より もれ出づる月の 影のさやけさ

新秀思學訳)成熟の時なりと下される真理の真光、しかし依然として物欲の残り香が出て阿運の足を強く引っ張る

たなびく雲=あいおーんの全てを変容して輝かす光雲=48音、ヨハネ、外撥ねして預羽する天使サクラ(ス)の考案、イエスは雲に隠れて救いに再臨する。

秀思學;秋の神風は実魂作りの霊風であるが、逆風物主の俗慾の誘いを強く出されて信仰を試されることもある

左京大夫顕輔(79番)=阿に運、右に左の工作を顕せば神の夫として啼く(七→究明)者なり


80、待賢門院堀河
長からむ 心も知らず 黒髪の 乱れて今朝は ものをこそ思へ、

新秀思學訳)最後の審判は近い 神が急かれていることを知らない、翁、媼の名にふさわしい覚醒を得るべし

翁=エテ公がアブラハムの松のTEL便の教えに乗って、神と阿運アメンの二人三脚に生きれば輿羽して天国二飛ぶことができる=猿、→園→猿田彦尊=天狗天空坊=イエスキリスト

秀思學;心は移ろいやすいものであることを忘れがちである。神を結う頭が乱れている今(上に飛ぶ)、朝(誕生の智恵)の智恵の見失いは取り戻さなくてはならない

待賢門院堀河(80)=耶蘇(八十)教は不明の耶教(=真如、如来の仏教)で賢門の蘇教(真理正法)を待つ、聖書は二度読まれると設定されている。


81、後徳大寺左大臣
ほととぎす 鳴きつる方を 眺むれば ただ有明の 月ぞ残れる

新秀思學訳)新生復活の春なりの神の声はするが、世の中は淫行淫乱の夜外のままである。

秀思學訳;淫乱を治め得ない人の苦情を聞けば、煩悩(物慾)から離れられないことが解る


82.道因法師
思ひわび さても命は あるものを 憂きに堪へぬは 涙なりけり

新秀思學訳)神を感じて謝す、命の本義元力を発揮できずに成長の苦労から逃げていては勿体ない、申し訳ないことである。

秀思學訳;反省することが命の存在意味である、腹の虫(憂蛇野、ユダ=魂を嗄らす夏の虫=蛾)を治められなければ火の洗礼期に泣くことになる


83.皇太后宮大夫俊成
世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る 山の奥にも 鹿ぞ鳴くなる

新秀思學訳)天国への道は目には見えないが、深く考えれば神の導きの宗教,親交深攻進行の阿運の智恵が世界中に満ちていることを知る。

秀思學;目に見える天国への道はない、一人座して霊観すれば考えて刀を振るう(乃=鹿角)孤高が屋の真なり奥義(ディール)なりと聞こえる


84.藤原清輔朝臣
永らへば またこの頃や しのばれむ 憂しと見し世ぞ 今は恋しき

新秀思學訳)怖い天国への帰り道も、厳しさが続くと、因果応報が隠された自由の女神期の甘さが懐かしくもなる。

秀思學訳;信仰生活も長くなって神馴れ(狎れ)となると、物品主義の享楽と怠けの世界が頭を持ち上げてくる

藤原清輔朝臣(84番)=48音(ヨハネ=外撥ねして預羽する=DOG→GOD)を理解しない、月ソ水腹の夫は青年(ヒヨコ=西、尻)のままで朝発ち(天国への誕生)できない


85.俊恵法師
夜もすがら もの思ふ頃は 明けやらで ねやのひまさへ つれなかりけり

新秀思學訳)物品幸福論の世代に正法は受け入れられない、神に目覚めることをめんどうくさいと退ける

秀思學訳;夜世(殻田作りの餓鬼時代)の間中は物品に享楽していた、寝る(肉体本能を治める=涅槃)事さえ惜しんでいたのである


86.西行法師
嘆けとて 月やはものを 思はする かこち顔なる わが涙かな

新秀思學訳)闇代の淫交は人で無しなれど、本能の自由解放は魅力がある。 悩ましいことではある。

秀思學訳;陰光、陰乱を否めといえども、欲望は燃え上がる、月代で真如、逆法の世界のせいだとして通れるわけではない

西行法師(86番)=西のあん=西洋文明(自由の女神)に浸かっていては魂は病む(86=安芸、広島、リトルボーイ=餓鬼、我利の商人根性)、
Π(羽意)→四(種)→西(尻にか殻をつけた雛、日横、月夜の陰光=神泥棒、ウエスト=廃人)→西+日意(東、君)→酉、鳥=天に飛び立


87、寂蓮法師
村雨の 露もまだひぬ 槇の葉に 霧立ちのぼる 秋の夕暮れ

新秀思學訳)二本矢(弗)の迷いの謎の解けぬ仮の世に、反省の真理正法が出始めた世界の終わり期

秀思學訳;神の警告の余韻も冷めないので信仰者は反省に命を燃やしている。反省して蘇る(黄泉から天に帰る)時間はあと少ししかない


88、皇嘉門院別当
難波江の 芦のかりねの ひとよゆゑ みをつくしてや 恋ひわたるべき

新秀思學訳)日向灘を東征して神と大和の天国に入る旅は、短い秋の正念場である。命を懸けて神を恋せよ。

秀思學訳;殻田作りの悪思(支)の仮根の通過代ゆえに、実を尽くして(真実を裏に回して)も、忍耐してアルファのベッド作りをやり流すべきである

皇嘉門院別当(88番)=創造主の育ては割って和瑠、母(ハハ、マム真無、魔座開=艱難汝を玉にす)の開智である。皇(主目羅)に至る嘉の為に囚われの門(奴隷制)が設けられた、ゆえに人間というのである。

89、式子内親王
玉の緒よ 絶えなば絶えね ながらへば 忍ぶることの よわりもぞする

新秀思學訳)魂育ての天国への旅は忍耐強くあれ。ながらえば苦労が楽に乗り越えられるようになる。 

秀思學訳;主に目覚めた人(玉子)はその臍の緒(奇跡)を頼りにするな、神の知らせの無い時が長くなると神向き心が萎えてしまう=奇跡を見ずして神を信ずる者は幸いである(イエス伝)

式子内親王(89番)=汝が先が意思のたたみ(長崎、石畳)となり、私腹を肥やす商人(ファットボーイ=式子女)となれば腹は虫干し(原爆、焼く、89=腹は火日陽霊に曝される)を受けるであろう
妻の月の意思(躓きの意思♀)を陽気な精神♂で治めて日の本に帰れ、人はSUNのSONなればなり。


90、殷富門院大輔
見せばやな 雄島の蜑(あま)の 袖だにも 濡れにぞ濡れし 色は変はらず

新秀思學訳)このように言えるであろう、精神のみならず妻の肉体も洗礼を受けるが、目に見えるものではない

秀思學訳;男性(上田を支える力を発揮する)は阿間に運(仇武、アダム)する苦労の涙を流すが、その姿勢が変わることがないことを見せたいものだ


91、後京極摂政前太政大臣
きりぎりす 鳴くや霜夜の さむしろに 衣かたしき ひとりかも寝む

新秀思學訳)自由享楽の夏過ぎて、霊主の厳しい秋に、ソロモン(神さんを迎えない独り者)は衣(物欲)を着込んでしまう


92、二条院讃岐
わが袖は 潮干に見えぬ 沖の石の 人こそ知らね 乾く間もなし

新秀思學訳)肉体本能は心の奥底にある腹の蝮(真無視=主に豚)、自覚はしない、湧き続ける嫉妬心、獣性

秀思學訳;肉体(腹の虫の蝮=ユダ、商人根性)は神の水(未図)の中で石(主に豚、ストン)の意思を神さながらの意思に育てられているのである。死ぬまで育てられる、この真理を知る人は少ない


93、鎌倉右大臣
世の中は 常にもがもな 渚漕ぐ 海人の小舟の 綱手かなしも

新秀思學訳)世界は神が舟で人が船頭の阿運の船旅である、錨(阿運荷開=怒りを去る)を揚げなければ彼岸には渡れないので小心者は悲しい

秀思學訳;命の完成は苦労の末に成熟する、水(腹の虫=逆汝、魚)を治める精神(船頭、ノア)は神と糸で結ばれているが、神の意図(真理)は不明(南無)とされている、
が、聖書の予言通りに911テロ以後に秀思學によって最後の学問として開示されている。


94、参議雅経
み吉野の 山の秋風 小夜(さよ)ふけて ふるさと寒く 衣打つなり

新秀思學訳)育ちの聖地への正法の光の風も終わりに近い、この光雲に乗って天国に帰る者もなく、神は警鐘を鳴らされている。

秀思學訳;エデンの櫻(咲く羅)の園から地に下されて出産の悪阻(反省して蘇る)期間が終わろうとしているが、いまだエデンの園に帰ってくるものがいない、神は殻(石頭=主に豚)を打って羽化の翻を促されている


95、前大僧正慈円
おほけなく うき世の民に おほふかな わがたつ杣(そま)に 墨染の袖

新秀思學訳)平凡で幸せに生きている人々に 神の親心を伝える先生の私は 自身に肉欲を羽織っている。

秀思學訳;ありていにいうと根無し草の人類(赤ん坊)に神意の粗の真、南無の闇(踵を砕く蝮)で覆って育てるのが親の愛情である


96、入道前太政大臣
花さそふ 嵐の庭の 雪ならで ふりゆくものは 我が身なりけり

新秀思學訳)煩悩を掻き立てる誘惑の世にあって 降る雪は、わが身を揺さ振って浄化して勝利を急げと教えている。

秀思學訳;産業革命の開花が終わり、花びらが舞う嵐は実霊作りの晩秋の雪(スノー=主の脳、皇)が舞う嵐を示唆している、卆業の嵐に向かって心身を振りぬかなければならない


97、権中納言定家
来ぬ人を まつほの浦の 夕なぎに 焼くや 藻塩(もしほ)の 身もこがれつつ

新秀思學訳)神への成長に遅い者を待つ火(霊)の裏の水の世に、命を燃やして精進する、神に恋する

秀思學訳;天国に帰ってこない人間を帰らせる為に、帆の留まる彼岸日に雌岸(メス=失策=西、ウエスト、廃)に日意を入れて酉を完成する=東に飛ぶ君は腹の虫干しをして天皇(主)に叶う


98、入道前太政大臣
風そよぐ ならの小川の 夕暮れは みそぎぞ夏の しるしなりける

新秀思學訳)夏の日のヒヨコの育ての甘風は、秋の禊の激しさを予言している

秀思學訳;神風が微風で菜裸の尾皮文化の終わりは身削ぎを受ける、夏に虫氣で魂を嗄らした印である、


99、後鳥羽院
人もをし 人も恨めし あぢきなく 世を思ふ故に もの思ふ身は

新秀思學訳)他人を愛し、他人を恨む、味気がないのは阿示に運する、神と人の富士の思合わせがない為である、と思う

秀思學;神は人を愛し、人は神を恨む、味気ない世界でないために神の考えは深いのである


100.順徳院
百敷や 古き軒端の しのぶにも なほあまりある 昔なりけり

新秀思學訳)人間が天に飛躍する計算は、始めの殻田作りの神の守護を考えれば、今の御魂作りの御守護の大きさは絶大であると推測できる。

秀思學訳;神の宮の衰退を見るとき、往時の信仰の隆盛が胸を締め付ける

順徳院(100番)=天に向かって飛躍する為に手を赤く(汗)する,三途の川(三位一体の肉体)を渡る、盲目の心に十字架(クロス、結魂)を迎えて神とキャッチボールをすることによって自己は完成するのである。



(2018年2月5日追記)
平成30年1月31日の皆既月食で四日間の二重視覚障害が治ったという奇跡、
歌は31文字である

八雲断つ 出雲邪穢夏季 妻込めに 矢慧架希作る 蘇法耶絵描き御

腹の虫を治めて真珠の魂の我を天国に誕生させることが結婚の原義で、大穴牟遅→素戔嗚命→大国主尊の人間の神上り


1、天智天皇
秋の田の 仮庵(かりほ)の庵(いほ)の 苫(とま)をあらみ わが衣手(ころもで)は 露にぬれつつ

新秀思學訳)、火の洗礼期に台殻作りの夏に汚した魂を思う。肉体的にも天国への誕生を促されていることを感じ始めている。

秀思學訳;魂の結実の秋に仮の殻田作りの安芸(バラック汚場間=バビロン、場美論=岩手=ペテロ、耶教)では、原爆(腹の虫干し)を受け続ける

=忌機織り小屋にいた天照大神は天井から投げ込まれた天意の転換(馬の逆剥ぎ=地のひっくり返し)に目覚めて天石屋戸を開いた、神の警告(露=天目、雨の路)が激しくされた。

天智天皇(1番)=人の大事の一番は、天を知ることで、日の子(SUNのSON)として日神の下で大きく育つことである、白い頭(純真)の王=皇、富士、主目に羅の豊かな侍となること=3776m、実成す奈謀の南無が妙法蓮華教なり、和歌の山、神と人の阿運のキャッチボールが天国に上る行脚の鍵(紀伊=伊勢、アロンの杖)であることに目覚めよ。


2、持統天皇
春すぎて 夏来にけらし 白妙の 衣(ころも)ほすてふ 天の香具山

新秀思學訳)此の世に誕生して枝葉を伸ばす商人餓鬼時代に魂を汚さない、肉欲を捨て何、神の子育て

秀思學訳;誕生して夏に体は育った、秋は腹黒(猿気=嫌気)を日霊に干して皇(聖=富士)となる、これが天意の禾実に叶うことである。

持統天皇(2番)=邇邇芸(結、クロス、エロス)の命は殻実、米日、水と火の二波を統一する鶏の朝を呼び込む富士夫婦の不二、番の天脳を究明を維持(911)することがすべてである。


3、柿本人麿
あしびきの 山鳥の尾の しだり尾の 長々し夜を ひとりかも寝む

新秀思學訳)、悪の誘惑に足を引っ張られる。商人世代の強い闇の勢力に抗い、せめて自分だけでも神向きに生きる。

秀思學訳;悪思を治めて天に昇る真の道は、陰鬱な物品文明の夜代(米の迷いと謎)を抜けなければならない。唯我独尊(神と二人三脚)を堅持する。

柿本人麿(3番)=木偶の坊(SON=烈由枝)が天に飛ぶ(市、師)本は人として日の磨き(研く=主に豚の処刑=腹の蝮の虫干し)に参ることである


4、山部赤人
田子の浦に うち出でてみれば 白妙の富士の高嶺(たかね)に雪は降りつつ

新秀思學訳)善悪の迷いから覚醒すれば商人腹黒を治める武士道を得る、これが神の子の誉れで白い王冠を賜る

秀思學訳;神の子として霊視(思)すると皇たる豊かな武士は天の蔵に善業を積んでどんどん成長しているのが見える。

山部赤人(4番)=甲を裏返しにして由(666→999)を悟れば、侍(サムライズ(朝、天国への誕生)の蘇りの神の計画が完成に迫っていることが解る=赤ん坊(四=種)が人として完成する


5.猿丸太夫
奥山に 紅葉踏みわけ 鳴く鹿の 声きく時ぞ 秋は悲しき

新秀思學訳)人の極みは肉の誘惑と戦って生きること、悪阻の先にある人類史の秋はこの精進の審判が行われる。


秀思學訳;宗教の奥義は、喪実智を復活させること、考えて刀を振るうを知れ、秋は枝葉を落として裸(真柱)で神風を受けなければならない=果(猿→人)なる式、祭りの時

6.中納言家持
かささぎの 渡せる橋に おく霜の 白きを見れば 夜ぞ更けにける

新秀思學訳)詐欺の横行する世相が全人類を飲み込んでいる。これを見ると原の虫干しと大和の正法の朝が近いことを思う

秀思學訳;詐欺を重ねて彼岸に渡ろうとする現代人のドライ心(自己保存=出家せず)を見れば、世の終わりを確かに感じる。

7、安倍仲麿
天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出(い)でし月かも

新秀思學訳)神の腹を揺さ振って切り開いてみると、櫻の園に人間を迎えることを全てとされていることが見える。三位一体の丰の輝く為に陰光の悲しい世代がだされているのである。

秀思學訳;宇宙の真相は人間がエデンの櫻の園に誕生することである、三位一体の王に育って主に至る(999)為に、陰光、陰間、南無の月(666=腹の蝮)が用意されたのである

安倍仲麿(7番)=殻田は実魂を作る為の台でいずれは廃棄される仮物であり、体を育てる幼児時代(リトルボーイ)と産業革命は同じ安い芸(物主、バラック汚場間)の繁栄である。七=椅子仮尾手の憂蛇の商人我利根性に安心油断するべからず

8、喜撰法師
わが庵(いほ)は 都のたつみ しかぞすむ 世をうぢ山と 人はいふなり

新秀思學訳)私の立場を見ると世界は天国に入る為の成長の闇世で天国の能主、世人は世界に神は居ないとみているようだ

秀思學訳;私は東南、辰巳の文字に天国への霊智があることを確信した。世界を蛆虫の邪間と人々は嘆くが、西北(廃、NO主=不信心の闇世)の南無に東(巽=立つ実)で挑めば自分を育てることを知った。

喜撰法師(8番)=智恵を開いて蝶に羽化して天に飛ぶ、侍(日の出)精神で選択することが法と師に叶うことである。

9、小野小町
花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに

新秀思學訳)文化は物主から霊主に進むが、世俗に流されて成長の目的の神の波に乗っていない。

秀思學訳;世間の波に流されているうちに無意味に年老いてしまうものである。

小野小町(9番)=野を町を究明して立身(野球=ベースに母を得る)する、穴なし(開眼、悟り)美人と称賛されるであろう

10、蝉丸
これやこの 行くも帰るも 別れては 知るも知らぬも 逢坂(あふさか)の関

新秀思學訳)大事なことは、人は天神様の往復の細道の旅をしている、神と人の阿運アメンの二人旅を知らなかったは通らずに、旅の審判を受けることになる。

秀思學訳;人の命は神から旅に出されてに育てられているのであり、己の殻を割って更生しなければ天国にはいれないという掟の関所をパスしなければならない。

蝉丸(10番)=人の誕生も復活も、殻作りも天に飛ぶことも神と人の阿運の呼吸あらばこそである


11.参議篁
わたの原 八十島かけて 漕ぎ出でぬと 人には告げよ 海人の釣り舟

新秀思學訳)神の腹の心算は耶→蘇の二世代を渡って天国を目指す。これが人の苦労の意義で天国に吊りあげる為の腹の虫=真無視のエバの助力が舟である。


秀思學訳;肉体は耶→蘇(物界→目覚め=霊性に生きる)するものであると世界に流布せよ、天使(師)とされた者よ


12、僧正遍照
天津風 雲の通ひ路 吹き閉ぢよ をとめの姿 しばしとどめむ

新秀思學訳)真理正法が出て、その光で闇世を終わらせる。その時までの限定された米国の自由の女神(バラ場)による殻田作りである。

姿=女が次に向かう→男(真運=人)に成る=非悲→丰拝、主形に合う、スタイル=主帯瑠、す=十〇、十字架の下で真の野魂は産まれる

秀思學訳;創造主は因果応報の掟を隠して実魂作りの台としての殻田作り(アルファのベッド)の世代を設けられた。
=いちよらヤアへ説かなくて死す、天主開期夢みし枝日申せず(いろは歌、空海)

13、陽成院
筑波嶺の 峰より落つる 男女川 恋ぞつもりて 淵となりぬる

新秀思學訳)天上の聖峰より卸されるエロスは、心得違いをすると墓穴を掘る。

筑波=神、火水、日月の波に乗れば変容して預羽して天に蘇翻することができる。

陽成院=上下、実殻作りの二回の廾苦の苗に命を燃やして万を切裁く、錨を揚げる、ゝの輪(トフ)を冠とすることが元なり。

秀思學訳;天より卸されるエロス(左右手)の親の育ての愛を、恋と間違っては人間を地獄に押し込めるばかりである


14、河原左大臣

陸奥の しのぶもぢずり 誰ゆゑに 乱れそめにし われならなくに

新秀思學訳)物界の奥義が隠されているのは誰が誰のためにか?、迷い悩んで自分を失いかけている

秀思學訳;神の不明を忍んで地を這う苦労の本義は如何に、心が定まらず、悟りの成熟がない。


15.光孝天皇
君がため 春の野に出でて 若菜摘む 我が衣手に 雪は降りつつ

新秀思學訳)神は私たちの新生復活の節目に罪穢を浄化される、反省と悪阻の主能は現われだした。

この歌は寅さん映画で若菜にちなんで紹介された。

秀思學訳;わが子が成人となり実魂作りの再生復活期を迎えた。餓鬼(産業革命)時代の物欲で汚した魂の汚れを掃う、霊的には人類史は冬に入っているのである


16.中納言行平
たち別れ いなばの山の 峰に生ふる まつとし聞かば 今帰り来む

新秀思學訳)人は神と割かれて咲く、カシワ手のパンの利で誕生する尊厳な智恵の中で育てられている。主のTEL便(正法)があれば、今変容羽化(自己革命)して天の故郷に蘇る

稲羽の山=古い米はツノの法で研かれて変容羽化する。

秀思學訳;翁と成る為に台殻作りの生詐欺の産業革命に勤しむ(忌機織り屋に座す天照大神=自由の女神)、まつ(パイン=羽意運=アブラハム=阿運)の時の知らせがあれば、すぐに実魂造りに切り替える、復活する=喪天意、喪愛、喪EYE,、喪Iから目覚める=911テロで人類は目覚める筈である(聖書、神道、仏教)

17、在原業平朝臣)
千早ぶる 神代もきかず 龍田川 からくれなゐに 水くくるとは

新秀思學訳)真理が下されて実魂作りをする阿運の新神聖期の節目にいることを知らず、相も変わらずに、殻田作りの物欲に溺れてしまっている。

秀思學訳;創造主の厳粛な経綸計画と働きを知らず、殻田作り文明の終わり(2001年、911テロ)に、実魂作りに切り替えずにユダ(憂蛇=商人根性)の未図のままでいては拙い、火の洗礼に焼かれる、

在原業平朝臣(17番)=人の腹は土気(土黒=脳死=真無視、蝮、十七=神の火の気の怠け=ユダ)なり、この業(誤憂)を消す、治めることが朝(天国に誕生する)を迎える人の務め、法の妙である


18、藤原敏行朝臣
住の江の 岸による波 よるさへや 夢の通ひ路 人目よくらむ

新秀思學訳)神と人の阿運アメンの思合わせで育つ魂は物慾の夜代も殻田作りに必要である。しかし目的を忘れて物品幸福論に溺れる危険がある。

秀思學訳;創造主と人の二人三脚で天国に向う旅は夜(殻田作りの世代)がその正念場である。人間の目が眩んで慾気に道を誤る

藤原敏行朝臣(18番)=月ソ水の中の夫としての正念は神とのクロスを攻めて(十八=カミ開く)阿運の旅をして天国への誕生を迎えることである


19、伊勢
難波潟 みじかき芦の ふしの間も 逢はでこの世を 過ぐしてよとや

新秀思學訳)魂の真珠の湾曲を正す秋の日は短いが、このチャンスを活かさなければ、この世に生きている意味がない

秀思學訳;月日の陰陽の悪と善の混淆する世界の奥義を理解しなければ無駄な人生となる

伊勢(19番)=伊(これ)を尹(ただす))君なりき、人は腹の蝮(右=クチナ、蛇)を日に干し(日を賀す=東=四→西→酉)て竜に変容羽化して天に蘇るという卆業の姿勢が求められている、西+東(日意)=番→酉=翻、幡、翁


20、元良親王
わびぬれば 今はた同じ 難波(なには)なる みをつくしても 逢はむとぞ思ふ

新秀思學訳)信仰に目覚めて姿勢を正しても苦難が減るわけではない。しかし、天国に入る約束を得た今は、苦労を当然として乗り越えることができる

秀思學訳;目を閉じて何も見えず、悲しさに目を開ければ荒野に続く道より他にみえるものはなし、ああ砕け散る定めの星たちよ,せめて密やかにその身を照らせ(神気満体=昴)よ

元良親王(20番)=神の元に帰って深い反省をしたとき、進歩成長のない同じ注意を受けている、七から廿(足元に新しい油を塗って実魂を作って世の完成をする)への転換がないから神(親)に会えないのである


21、素性法師
今来むと 言ひしばかりに 長月の 有明の月を 待ち出でつるかな

新秀思學訳)暗くて長い闇世の奥義はすぐにでも晴らされそうなものであると思いながら、その時を待っているのである。

秀思學訳;人類史の晩秋(911テロ後)に人間蘇生復活の真理が卸されるとあり、これを見逃すまいぞ


22.文屋康秀
吹くからに 秋の草木の しをるれば むべ山風を 嵐といふらむ

新秀思學訳)秋は助の物性が伏せて主体の霊性が現わされる、魂は直日に曝される。神の育ての愛の手であるが、凡人には単に苦難として嫌がられてしまう

秀思學訳;殻文明の枝葉が実魂作りの神の火の洗礼に焼かれる、神真理はユダ(憂蛇野、腹の虫の蝮の商人根性)を一掃する、天照大神は天石屋戸(ハルマゲドンの嵐)を開けた


23、大江千里
月みれば ちぢにものこそ 悲しけれ わが身一つの 秋にはあらねど

新秀思學訳)陰光淫間の世界は悲しい、これは親である神にとっても秋の魂の結実が思いやられる。

秀思學訳;自分を内観すると、悟りのない餓鬼性ばかりで悲しい、審判(世界の終わり)の迫った時であるので神(親)様にとっても歯痒いことでありましょう。


24、菅家
このたびは 幣も取りあへず 手向山 紅葉の錦 神のまにまに

新秀思學訳)実魂作りの帰り道は、、主直に汗を流す、秋の彩は神の激励である。

秀思學訳;人の旅の縫い咲く真理を未だ得ず、今、秋の実魂作りに神に祈りつつ手を赤く(百=飛躍、暮ない)している


25、三条右大臣
名にし負はば 逢坂山の さねかづら 人に知られで くるよしもがな

新秀思學訳)上に向かって天国に入る智慧がさねかずらである。これが知られなければ幸せもない

秀思學訳;人は神の子なり、逆法逆忌の陰核(腹の蝮=エバ)が果成す図螺なり、神とマンツーマンで刳る天国への旅

26、貞信公
小倉山 峰のもみぢ葉 心あらば 今ひとたびの みゆき待たなむ
 
新秀思學訳)神と人の阿運の旅が約束の時を迎えている、いますこしの時間を下さい。

秀思學訳;天国の扉が閉じられる時なれど、もう少し覚醒(天の脳、神真理を見る)の猶予を下さいませんか?


27、中納言兼輔
瓶(みか)の原 わきて流るる泉川 いつ見きとてか 恋しかるらむ

新秀思學訳)産業革命の夏は物慾がどんどん満たされたが、霊主の今は懐かしいものになってしまった。

秀思學訳;天国から神と別れて一人前に育って天国に帰る旅をしている。何時故郷に帰ることができるのであろうか?、


28、源宗于朝臣
山里は 冬ぞ寂しさ まさりける 人目も草も かれぬと思へば

新秀思學訳)天国に帰る為の地上は厳しい卆業試験が襲う。精神と肉体が日の洗礼を受ける。

秀思學訳;神の近くにいると冬は寂しさがます。最後の審判期(火の洗礼=ノアの洪水)に目覚めずに物欲の満足を謳歌しているからである。


29、凡河内躬恒
心あてに 折らばや折らむ 初霜の おきまどはせる 白菊の花 

新秀思學訳)迷いながら選択をする人生、終わりの時を迎えてなお母神の思いが解らない

秀思學訳;例をあげるならば、冬の眠りの到来が天の脳図の開花復活と同義であることに人は惑うであろう。冬は勝利に立つ我、ウインターで、富士の白雪(皇)を完成しなければならない卆業試験の勝負時なのである。


30.壬生忠岑
有明の つれなく見えし 別れより 暁ばかり 憂きものはなし

新秀思學訳)人は母神に突き放されて地上で育つ旅に出された。そして天国への帰還誕生の朝は卆業試験の関門がある。

秀思學訳;神と別れて地に誕生したことを憂うべからず、日の洗礼期に焼かれることを憂い、精進して変容羽化(預羽=腹の蝮→竜)せよ。


31、坂上是則
朝ぼらけ 有明の月と みるまでに 吉野の里に ふれる白雪

新秀思學訳)人類の誕生は阿理開けの軍の運命と天を仰いできたが、審判の時がきた。

秀思學訳;満月(産業革命の開花)は終わっても実魂作りに切り替えない盲人たちに神は天皇(富士=3776、実成す南無妙法蓮華経=インマヌエル)の智恵(911テロ=ニホンの究明統一の手露)を与える

朝ぼらけ=日意がはっきりしない幼児期、産業革命期
有明の月=輝くための南無で台作りの闇世、自由の女神


32、春道列樹
山川に 風のかけたる 柵(しがらみ)は 流れもあへ(え)ぬ 紅葉なりけり

新秀思學訳)

秀思學訳;空色界に神は運命の柵を設ける。神の定め(親の愛の手)も知らずに年老いている。


33、紀友則
ひさかたの 光のどけき 春の日に 静心なく 花の散るらむ

新秀思學訳)たまさかに平穏な日々が続くと、成長がストップしているような不安を覚える。

秀思學訳;神になる長い修行の嵐が終わり、最後の審判を受けて落第を宣告された


34、藤原興風
誰をかも しる人にせむ 高砂の 松もむかしの 友ならなくに


新秀思學訳)全人類を目覚めさせる神の深い計画通りにイエスの譬えが翻訳されて幕屋が現わされる。神と人のTEL便はより深いものになる。

秀思學訳;すべての人を覚醒者(翁)にする松の古示を,いまだ知らない=アブラハムは松の木の傍らに住んだ(聖書)、を知らなければ神とのテレビン、阿運アメンのキャッチボールをして天国に飛ぶことができない

松→翁=猿公→猿田彦命=天狗天空坊=イエスキリスト=アブラハム,阿のブラツキを食む=変を作り直す漢字は神示也
高砂=豚心(ストン=主豚)を治める=女心(エバ、穢場、肉体欲、寝の水氣)を去る=妙法に徹する。


35、紀貫之
人はいさ 心も知らず ふるさとは 花ぞ昔の 香ににほひける

新秀思學訳)人類は本当に創造主(親)の心を知らないが、天の故郷は櫻花満開の春で人の成長復帰を待ち望んでいる。今も母神の本願の香華が漂う

秀思學訳;人は意咲き(ISA=芽烈開)神に育つ者、この目的を知らず革命復活せずに寝の怠けで世界は獣の悪臭が充満している


36、清原深養父
夏の夜は まだ宵ながら 明けぬるを 雲のいづこに 月宿(やど)るらむ

新秀思學訳)殻田作りの仮の世はまだ長いが、必ず終るので、物欲を去る為に、日意を隠す腹の闇の中を覗かなければならない。

秀思學訳;魂を嗄らすラッキーセブンのユダの享楽の世(自由の女神文明)は気が付いたら終わっている。この余韻をいかに治めようか=昼の真理正法の光に切り替えて乗る富士の心を晴らせ


37、文屋朝康
白露に 風の吹きしく 秋の野は つらぬき留めぬ 玉ぞ散りける

新秀思學訳)秋の天国への帰り道には正法の神風が襲う、神に育つ気概がなければ実魂は吹き落されてしまう。

秀思學訳;魂のパンの注意警告が激しくされる稔の秋は、神向きを貫き止めぬ貧弱な魂は落果する。


38、右近
忘らるる 身をば思はず 誓ひてし 人の命の 惜しくもあるかな

新秀思學訳)強い肉体の獣心で善悪の判断をしてしまいがちである。命による判断をしなければ誤審が多くて勿体無い。

命=マイナスの腹の蝮を叩けば天に向かう、竜に変容羽化して魂を天に届ける。


秀思學訳;死んで他人に忘れられることはなんでもないが、神との誓約の人の命(日研の意の血=マイナスを叩いて天に飛ぶ)を全うできないことが勿体無い。

39.参議等
浅茅生の 小野の篠原しのぶれど あまりてなどか 人の恋しき

新秀思學訳)浅い文化の物品主義の自由の世を懐かしく想い出すが、主の働きを知ると、真に生きる人に会いたいと思う。

あまり手=阿(弗)のブラツキを鞠(円)にする真運(人)=神と二人三脚をする人


秀思學訳自分の成長のなさに神の望みを思うとき、あまりになさけなくて、人の本姿を乞う


40.平兼盛
しのぶれど 色に出でにけり わが恋は ものや思ふと 人の問ふまで

新秀思學訳)物欲は抑えているが、つい出てしまう。心の乱れの物欲は他人に云われるまで自覚できないものである

秀思學訳;隠しても物欲(肉体本能)は表れてしまう、他人に咎められるほどに


41、壬生忠見
恋すてふ わが名はまだき 立ちにけり 人知れずこそ 思ひそめしか

新秀思學訳)神を知る自分の預言は未だに他人に伝わらない。聞く人がいないゆえに、よりいっそう神の悲しみが胸を打つ

秀思學訳;肉欲の人と噂されている。立派な大人として振る舞っているのだが、=神は心根をお見通しである、神を怖れよ!


42、清原元輔
契りきな かたみに袖をしぼりつつ 末の松山 波越さじとは

新秀思學訳)神との約束を守れ、肉体本能を治めて神の待つアブラハムの阿運の二人三脚で人生の荒波を越えて天国に入らなければならない

秀思學訳;神との契約を泣きながら守る、それは神の注意警告を受けない神の待つ高みに自分を高めるためである


43、権中納言敦忠
逢ひ見ての のちの心に くらぶれば 昔はものを 思はざりけり

新秀思學訳)神の計画を知って、午後(秋)の神人一体の心の在りように比べれば、午前(夏)の殻田作りは物欲で、魂の成長には無であることが解った。

秀思學訳;年老いていくらかの悟りを得た後から見れば、若いころの思慮判断の浅かったことを知る、恥じる


44、中納言朝忠
逢ふことの 絶えてしなくは なかなかに 人をも身をも 恨みざらまし

新秀思學訳)
神の考えを知らなければ、他人も自分をも責める嫉妬深い者に陥る

秀思學訳;宗教に出会うことがなかったら、かえって人の命とか行動に悩むことがないのかもしれない


45、謙徳公
あはれとも いふべき人は 思ほえで 身のいたづらに なりぬべきかな

新秀思學訳)神に愛されてない人はいないのですから、自分を粗末にしてはならない。

秀思學訳;哀れな人というのはいないのですが、自分の運命を粗末にする人が自分を哀れにする


46、曽禰好忠
由良の門を 渡る舟人 かぢをたえ ゆくへも知らぬ 恋の道かな

新秀思學訳)天国への途の入り口で、真理正法を逃しては闇世の獣道に彷徨う。

秀思學訳;天国の門に行くのが人である、宗教の智恵(肉体舟を繰る)がなければ自分を制御できず、獣(変な心=恋)の道に迷い込んでしまう


47.恵慶法師
八重葎(やへむぐら) しげれる宿の さびしきに 人こそ見えね 秋は来にけり

新秀思學訳)ユダヤ商人根性の盛んな夏世は魂を汚す、錆氣は目には見えないが日霊の洗礼の秋世は来る

秀思學訳;人の心は腹の虫の蝮に陣取られて,情が亡くなってしまった。これが人類史の終末で火の洗礼を受ける秋の到来の証である


48、源重之
風をいたみ 岩うつ波の おのれのみ 砕けてものを 思ふころかな

新秀思學訳)神風に感謝する、育ての嵐に立つは自分だけか?反省悪阻に生きる日々

秀思學訳;神風(運命)を大切にする、頑固な腹の虫を治めるべき精神は 霊性にも心を開いて世界の実相を究めるべきなり

源重之(48番)=外(殻田=肉体本能)撥して世に跳ねて預羽する、変容羽化のアイオーンの光る雲(48音=ヨハネ、真理の御霊)に隠れてイエスは救いに再臨する。耶蘇教はに二度読まれると約束されていることの源(真理の矢、マリヤ)を重く捉えなければ成らない


49、大中臣能宣
御垣守 衛士の焚く火の 夜は燃え 昼は消えつつ ものをこそ思へ

新秀思學訳)天使として、神と阿運の侍の命は、前も先も午く生きる

夜=神は隠れて子供の自由にまかせて殻田作りをする、午前たれ、角を延すな
昼=アイオーンの光雲、48音に包まれて変容羽化して子宮(天の故郷)に蘇る。

秀思學訳;神の掟は人の心の闇(月光=腹の虫=蛾)を去る為にある、薪能は夜の舞で夏の虫(魂をドライにする)を焼くことにある。


50.藤原義孝
君がため 惜しからざりし 命さへ ながくもがなと 思ひけるかな

新秀思學訳)腹の虫干しをして天国に誕生する為の命は、長くはないと思いける

君=腹の虫を抱えて東に飛ぶ、日を賀して腹黒を腹白にする=日向灘を東征する。
命=マイナスを叩いて天に向かう

秀思學訳他人のために命はあると思っていたが、自分と神の夢の実現のための大切な命であることを知った


百人一首は神歌で、目覚めるべき大事な宗教(神人の和による天国への旅)があります。知らなければもったいないので解説します。先ず、落語にもなっている有名な歌を紹介します。

千早ぶる 神代もきかず 龍田川 からくれなゐに 水くくるとは
在原業平朝臣(17番)

秀思學訳;神の計画の最後の仕上げである殻文明の終わりを知らずに、物欲(=逆汝=未図)に浸ったままでは拙い、
=腹の蝮を竜に育てて天に飛び帰る命の目的を無視する業腹では朝(火の洗礼期)に天への誕生を迎えることはできない。

瀬を早み 岩にせかるる 滝川のわれても末に 逢はむとぞ思ふ
崇徳院(77番)

秀思學訳;神と人が天地に別れる暗闇こそ人が育つ妙法である、必ず一人前の神に育って(蝮→竜=徳仁)天国に凱旋してほしいという創造主の本願がある。四季の巡りが日蓮曼荼羅で表されている。

君がため 春の野に出でて 若菜摘む 我が衣手に 雪は降りつつ
光孝天皇(15番

秀思學訳;腹の虫干し(反省)をして再生復活を謀る人のために 自然界は葉を枯らして幹を表す冬を迎えるのである。
=自分の着物(土ロ衣=若菜、那の菜)を洗う人達(猿→園児=人=進化)は幸いである(黙示録最終章)


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百人一首の神示解説

1 天智天皇
2春過ぎて夏来にけらし白妙の 衣ほすてふ天の香具山 持統天皇
3あしひきの山どりの尾のしだり尾の ながながし夜をひとりかもねむ柿本人麻呂
4田子の浦にうちいでて見れば白妙の 富士の高嶺に雪はふりつつ山部赤人
5おく山に紅葉ふみわけなく鹿の 声きく時ぞ秋はかなしき 猿丸大夫
6かささぎのわたせる橋におく霜の 白きを見れば夜ぞふけにける中納言家持
7天の原ふりさけ見れば春日なる 三笠の山に出でし月かも 安倍仲麿
8我が庵は都のたつみしかぞすむ 世を宇治山と人はいふなり 喜撰法師
9花の色はうつりにけりないたづらに わが身世にふるながめせしまに 小野小町
10これやこの往くもかへるも別れては 知るも知らぬも逢坂の関 蝉 丸
11わたの原八十島かけて漕ぎ出でぬと 人にはつげよあまのつり舟 参議 篁
12天津風雲の通ひ路吹きとぢよ をとめの姿しばしとどめむ 僧正遍昭
13つくばねの峰よりおつるみなの川 恋ぞつもりて淵となりぬる 陽成院
14陸奥のしのぶもぢずり誰ゆゑに 乱れそめにしわれならなくに 河原左大臣
15君がため春の野に出でて若菜つむ 我が衣手に雪はふりつつ 光孝天皇
16立ち別れいなばの山の峰に生ふる まつとしきかば今かへり来む 中納言行平
17千早ぶる神代もきかず龍田川 からくれなゐに水くくるとは 在原業平朝臣
18住の江の岸による波よるさへや 夢の通ひ路人目よくらむ 藤原敏行朝臣
19難波潟みじかき芦のふしの間も あはでこの世を過ぐしてよとや 伊 勢
20わびぬれば今はた同じ難波なる 身をつくしても逢はむとぞ思ふ 元良親王
21今来むといひしばかりに長月の 有明の月を待ち出でつるかな 素性法師
22吹くからに秋の草木のしをるれば むべ山風をあらしといふらむ 文屋康秀
23月見ればちぢにものこそ悲しけれ わが身ひとつの秋にはあらねど 大江千里
24このたびは幣も取りあへず手向山 紅葉のにしき神のまにまに 菅 家
25名にしおはば逢坂山のさねかづら 人に知られでくるよしもがな 三条右大臣
26小倉山峰のもみぢ葉心あらば 今ひとたびのみゆき待たなむ 貞信公
27みかの原わきて流るる泉川 いつみきとてか恋しかるらむ 中納言兼輔
28山里は冬ぞさびしさまさりける 人めも草もかれぬと思へば 源宗于朝臣
29心あてに折らばや折らむ初霜の おきまどはせる白菊の花 凡河内躬恒
30有明のつれなく見えし別れより 暁ばかりうきものはなし 壬生忠岑
31朝ぼらけ有明の月と見るまでに 吉野の里にふれる白雪 坂上是則
32山川に風のかけたるしがらみは 流れもあへぬもみぢなりけり 春道列樹
33久かたの光のどけき春の日に しづ心なく花の散るらむ 紀 友則
34誰をかも知る人にせむ高砂の 松もむかしの友ならなくに 藤原興風
35人はいさ心も知らずふるさとは 花ぞむかしの香ににほひける 紀 貫之
36夏の夜はまだよひながら明けぬるを 雲のいづこに月やどるらむ 清原深養父
37白露に風の吹きしく秋の野は つらぬきとめぬ玉ぞ散りける 文屋朝康
38忘らるる身をば思はず誓ひてし 人の命の惜しくもあるかな 右 近
39浅茅生のをののしの原しのぶれど あまりてなどか人の恋しき 参議 等
40しのぶれど色に出でにけりわが恋は ものや思ふと人の問ふまで 平 兼盛
41恋すてふわが名はまだき立ちにけり 人知れずこそ思ひそめしか 壬生忠見
42契りきなかたみに袖をしぼりつつ 末の松山波こさじとは 清原元輔
43逢ひ見ての後の心にくらぶれば 昔はものを思はざりけり 権中納言敦忠
44逢ふことの絶えてしなくはなかなかに 人をも身をも恨みざらまし 中納言朝忠
45あはれともいふべき人は思ほえで 身のいたづらになりぬべきかな 権徳公
46由良のとをわたる舟人かぢをたえ 行く方も知らぬ恋の道かな 曽禰好忠
47八重むぐらしげれる宿のさびしきに 人こそ見えね秋はきにけり 恵慶法師
48風をいたみ岩うつ波のおのれのみ 砕けてものを思ふころかな 源 重之
49御垣守衛士のたく火の夜はもえ 昼は消えつつものをこそ思へ 大中臣能宣朝臣
50君がため惜しからざりし命さへ ながくもがなと思ひけるかな 藤原義孝
51かくとだにえやは伊吹のさしも草 さしも知らじな燃ゆる思ひを 藤原実方朝臣
52明けぬれば暮るるものとは知りながら なほ恨めしきあさぼらけかな藤原道信朝臣
53歎きつつひとりぬる夜の明くる間は いかに久しきものとかは知る 右大将道綱母
54忘れじの行末までは難ければ 今日をかぎりの命ともがな 儀同三司母
55滝の音は絶えて久しくなりぬれど 名こそ流れてなほ聞えけれ 大納言公任
56あらざらむこの世のほかの思ひ出に 今ひとたびの逢ふこともがな 和泉式部
57巡りあひて見しやそれともわかぬ間に 雲がくれにし夜半の月かな 紫式部
58有馬山猪名のささ原風吹けば いでそよ人を忘れやはする 大弐三位
59やすらはで寝なましものを小夜更けて 傾くまでの月を見しかな 赤染衛門
60大江山いく野の道の遠ければ まだふみも見ず天の橋立 小式部内侍
61いにしへの奈良の都の八重桜 今日九重に匂ひぬるかな 伊勢大輔
62夜をこめて鳥のそら音ははかるとも 世に逢坂の関はゆるさじ 清少納言
63今はただ思ひ絶えなむとばかりを 人づてならで言ふよしもがな 左京大夫道雅
64朝ぼらけ宇治の川霧たえだえに あらはれわたる瀬々の網代木 権中納言定頼
65恨みわびほさぬ袖だにあるものを 恋に朽ちなむ名こそ惜しけれ 相 模
66もろともにあはれと思へ山桜 花よりほかに知る人もなし 前大僧正行尊
67春の夜の夢ばかりなる手枕に かひなく立たむ名こそ惜しけれ 周防内侍
68心にもあらでうき世にながらへば 恋しかるべき夜半の月かな 三条院
69あらし吹く三室の山のもみぢ葉は 龍田の川のにしきなりけり 能因法師
70寂しさに宿を立ち出でてながむれば いづこもおなじ秋の夕暮 良暹法師
71夕されば門田の稲葉おとづれて 芦のまろやに秋風ぞ吹く 大納言経信
72音にきく高師の浜のあだ波は かけじや袖の濡れもこそすれ 祐子内親王家紀伊
73高砂の尾の上の桜咲きにけり 外山の霞たたずもあらなむ 権中納言匡房
74うかりける人を初瀬の山おろしよ はげしかれとは祈らぬものを 源俊頼朝臣
75契りおきしさせもが露を命にて あはれ今年の秋も去ぬめり 藤原基俊
76わたの原漕ぎ出でて見れば久かたの 雲ゐにまがふ沖つ白波法性寺入道前関白太政大臣
77瀬をはやみ岩にせかるる滝川の われても末に逢はむとぞ思ふ 崇徳院
78淡路島通ふ千鳥の鳴く声に 幾夜ねざめぬ須磨の関守 源兼昌
79秋風にたなびく雲の絶え間より もれ出づる月の影のさやけさ 左京大夫顕輔
80ながからむ心も知らず黒髪の 乱れて今朝はものをこそ思へ 待賢門院堀川
81ほととぎす鳴きつる方を眺むれば ただ有明の月ぞのこれる 後徳大寺左大臣
82思ひわびさても命はあるものを 憂きに堪へぬは涙なりけり 道因法師
83世の中よ道こそなけれ思ひ入る 山の奥にも鹿ぞ鳴くなる 皇太后宮大夫俊成
84ながらへばまたこの頃やしのばれむ 憂しと見し世ぞ今は恋しき 藤原清輔朝臣
85夜もすがらもの思ふ頃は明けやらで ねやのひまさへつれなかりけり 俊恵法師
86なげけとて月やはものを思はする かこち顔なるわが涙かな 西行法師
87むらさめの露もまだひぬまきの葉に 霧立のぼる秋の夕暮 寂蓮法師
88難波江の芦のかりねの一夜ゆゑ 身をつくしてや恋ひわたるべき 皇嘉門院別当
89玉の緒よ絶なば絶えねながらへば 忍ぶることのよわりもぞする 式子内親王
90見せばやな雄島のあまの袖だにも 濡れにぞ濡れし色は変らず 殷富門院大輔
91きりぎりす鳴くや霜夜のさむしろに 衣かたしきひとりかも寝む 後京極摂政前太政大臣
92わが袖は潮干にみえぬ沖の石の 人こそ知らね乾く間もなし 二条院讃岐
93世の中は常にもがもな渚こぐ あまの小舟の綱手かなしも 鎌倉右大臣
94みよし野の山の秋風小夜ふけて ふるさと寒く衣うつなり 参議雅経
95おほけなくうき世の民におほふかな わが立つ杣に墨染の袖 前大僧正慈円
96花さそふあらしの庭の雪ならで ふりゆくものは我が身なりけり 入道前太政大臣
97来ぬ人をまつほの浦の夕なぎに 焼くや藻塩の身もこがれつつ 権中納言定家
98風そよぐならの小川の夕暮は みそぎぞ夏のしるしなりける 従二位家隆
99人も惜し人も恨めしあぢきなく 世を思ふゆゑにもの思ふ身は 後鳥羽院









 
順徳院

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