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今日は娘の通うSろう学校で砂田アトム氏の講演会があった。
対象は中高の学生だったので講演の内容もそれに即して、以前に参加した講演会の内容とは全く違っていた。
アトムは子供の頃“ろう”なのでいじめられていた。補聴器に水をかけられたり、石を投げつけられたり、服にいたずら書きをされたり・・・ある日泣きながら家に帰ったらお父さんに「いじめられて泣くな!やり返すくらい強くなれ!」と言われたそうだ。その時から自分自身を鍛えていじめっ子たちをやっつけられるくらいに強くなった。その頃いじめっ子たちをやっつけている姿が“鉄腕アトム”みたいにかっこよかたので周りの人達が“アトム”と呼ぶようになり、現在は芸名として“アトム”を使うようになった。
アトムが当時通っていたろう学校で使用できる言語は“口話”だけ。授業もまるでお経を聞いているみたいに退屈だった。(「だから僕は馬鹿なんだ。」と以前の講演会で言っていた。)Sろう学校では大半の教員が手話を使うので、「君たちは本当に幸せだね!」と何度も言っていた。
アトムの夢は「絵描きになる」授業中に先生の似顔絵を描いていた。もう一つの夢は「役者になる」先生に相談しても“ろうは無理”と、本気で取り合ってはくれなかった。仕方なく文化祭などで芝居をしたり、クラスメイトの前で毎日“寸劇”みたいなことをしていたら、健聴の先生たちも笑うようになり、“人を笑わせる喜び”を味わうようになった。
中学部に入ってからは“映画を撮りたい”と思い、また教員に相談したが最初は案の定門前払い。でもあきらめずに何度も説得をしてやっと許可をもらった。そして完成したのが「がんばれ砂田先生」今でも実家で大切に保管しているのだが鑑賞のは耐えられないくらい劣化しているそうだ。
中学部の部活動では陸上部の砲丸投げの選手で活躍。春夏秋冬いつも筋トレをして、胸囲は130?cmあったそうだ。中2で3位そして中3の時には、健聴者を押さえて優勝をした。
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