復活節第2主日は、伝統的に「白衣の主日」とも呼ばれます。また、この日はもう一つの名、「神のいつくしみの主日」をもっています。教皇ヨハネ・パウロ2世は、「神の愛のこもった寛容さ」が輝き出る復活節に、神のいつくしみをほめたたえるよう、この名の付記を定められました。全教会と共に、神のいつくしみというテーマでことに今日の典礼全体を祈りましょう。 復活祭の喜びの中で、再び主日を迎えた今日、キリストが復活された「週のはじめの日」は、教会の中では週のもっとも大切な日となりました。つまり、日曜日ごとに「主の日」として、パンを裂き、復活を祝うために集うかけがえのない日となったのです。今日、この「主の日」の意味を考えてみるのも良いのではないでしょうか。 教皇ヨハネ・パウロ2世は使徒的書簡「主の日」を教会に送り、日曜日の歴史と意味について述べられ、今日の世界にあって、「主の日」、日曜日の大切さを再認識するようと、呼びかけておられます。 復活節の聖書朗読では、復活後出現されたキリストを中心に、主の復活をあかしした弟子たちの姿をたどっていきますが、第1朗読では一貫して使徒言行録を読んでいきます。教会の生き生きした姿、聖霊がどのように教会の誕生と成長を導かれたかが伝わってきます。ぜひこの機会に、ゆっくり読まれることをおすすめします。 祈り:あわれみ深い神よ、
あなたは、キリストのとうとい血によってわたしたちをあがない、 水と聖霊によって新しいいのちを与えてくださいます。 年ごとに主の復活を祝うわたしたちが洗礼の恵みを深く悟り、 信仰に生きることができますように。 第1朗読 使徒言行録 5章12〜16節 使徒たちの手によって、多くのしるしと不思議な業とが民衆の間で行われた。 一同は心を一つにしてソロモンの回廊に集まっていたが、 ほかの者はだれ一人、あえて仲間に加わろうとはしなかった。 しかし、民衆は彼らを称賛していた。 そして、多くの男女が主を信じ、その数はますます増えていった。 人々は病人を大通りに運び出し、担架や床に寝かせた。 ペトロが通りかかるとき、 せめてその影だけでも病人のだれかにかかるようにした。 また、エルサレム付近の町からも、 群衆が病人や汚れた霊に悩まされている人々を連れて集まって来たが、 一人残らずいやしてもらった。 第2朗読 ヨハネの黙示録 1章9〜11a、12〜13、17〜19節 わたしは、あなたがたの兄弟であり、共にイエスと結ばれて、 その苦難、支配、忍耐にあずかっているヨハネである。 わたしは、神の言葉とイエスの証しのゆえに、パトモスと呼ばれる島にいた。 ある主の日のこと、わたしは“霊”に満たされていたが、 後ろの方でラッパのように響く大声を聞いた。 その声はこう言った。 「あなたの見ていることを巻物に書いて、エフェソ、スミルナ、ペルガモン、 ティアティラ、サルディス、フィラデルフィア、ラオディキアの七つの教会に送れ。」 わたしは、語りかける声の主を見ようとして振り向いた。 振り向くと、七つの金の燭台が見え、 燭台の中央には、人の子のような方がおり、 足まで届く衣を着て、胸には金の帯を締めておられた。 わたしは、その方を見ると、その足もとに倒れて、死んだようになった。 すると、その方は右手をわたしの上に置いて言われた。 「恐れるな。わたしは最初の者にして最後の者、 また生きている者である。 一度は死んだが、見よ、世々限りなく生きて、死と陰府の鍵を持っている。 さあ、見たことを、今あることを、今後起ころうとしていることを書き留めよ。 福音朗読 ヨハネによる福音書 20章19〜31節 その日、すなわち週の初めの日の夕方、 弟子たちはユダヤ人を恐れて、自分たちのいる家の戸に鍵をかけていた。 そこへ、イエスが来て真ん中に立ち、 「あなたがたに平和があるように」と言われた。 そう言って、手とわき腹とをお見せになった。 弟子たちは、主を見て喜んだ。 イエスは重ねて言われた。 「あなたがたに平和があるように。父がわたしをお遣わしになったように、 わたしもあなたがたを遣わす。」 そう言ってから、彼らに息を吹きかけて言われた。 「聖霊を受けなさい。 だれの罪でも、あなたがたが赦せば、その罪は赦される。 だれの罪でも、あなたがたが赦さなければ、赦されないまま残る。」 十二人の一人でディディモと呼ばれるトマスは、イエスが来られたとき、 彼らと一緒にいなかった。 そこで、ほかの弟子たちが、「わたしたちは主を見た」と言うと、 トマスは言った。 「あの方の手に釘の跡を見、この指を釘跡に入れてみなければ、 また、この手をそのわき腹に入れてみなければ、 わたしは決して信じない。」 さて八日の後、弟子たちはまた家の中におり、トマスも一緒にいた。 戸にはみな鍵がかけてあったのに、イエスが来て真ん中に立ち、 「あなたがたに平和があるように」と言われた。 それから、トマスに言われた。 「あなたの指をここに当てて、わたしの手を見なさい。 また、あなたの手を伸ばし、わたしのわき腹に入れなさい。 信じない者ではなく、信じる者になりなさい。」 トマスは答えて、「わたしの主、わたしの神よ」と言った。 イエスはトマスに言われた。 「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである。」 このほかにも、イエスは弟子たちの前で、多くのしるしをなさったが、 それはこの書物に書かれていない。 これらのことが書かれたのは、 あなたがたが、イエスは神の子メシアであると信じるためであり、 また、信じてイエスの名により命を受けるためである。 |

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Wぽち^^
2010/4/12(月) 午後 10:53