ポルトガルのリスボンに生まれた。15歳のときにアウグスチノ会に入り、司祭となったが、アフリカ宣教の望みを抱き、長上の許可を得てフランシスコ会に入る。殉教の覚悟でアフリカのモロッコに渡ったが、まもなく病気になり、帰国した。その後、フォル市郊外のモンテ・パオロで、修道司祭として生活した。あるとき、市の新司祭の祝賀会の席上、アントニオは長上から即座に演説を命じられ、よい話をした。これを機に説教家として彼の才能が認められた。イタリアやフランスを巡って福音を伝え、多くの人々を回心に導いた。 36歳の若さで亡くなり、その遺骸はパドバの聖堂に安置された。その墓で多くの奇跡が起こったといわれている。 アントニオは、紛失物を捜すときの助け手、婚姻・花嫁の守護の聖人として知られている。 |
パトヴァの聖アントニオ
[ リスト ]


