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聖ゲルトルードおとめ 1256年-1302年 祝日:11月16日 ゲルトルードは、1256年1月6日ドイツにアイスレーベンに生まれた。裕福な家庭の出身のようだが、くわしいことは分かっていない。才能に恵まれた聖女は、5歳のときから、テューリンゲン州のヘルフタにあるベネディクト会修道院で教育を受けた。ここで彼女は聖メヒティルド(1240?年−1298年)と出会い、聖女から文学と哲学を学んだ。メヒティルドは学問においても、霊的生活においても、ゲルトルードに大きな影響を与えた。その後、聖女はそこで誓願を立て、修道女として生涯をささげた。 25歳のとき深い内的な回心を遂げ、それから20年間、教会の祈りを唱えているときに幻を見るなど、神秘的な体験をした。あるときイエスは聖女に現れ、死後清めを受けている煉獄の霊魂のために祈るよう願ったと言われている。イエスは聖女のことを"私の選んだ白ユリ"と呼んでいた。聖女は当時まだ人びとにあまり知られていなかったが、イエスのみ心に対する信心があり、祈りの生活は、受難において苦しまれたイエス、聖体、聖母マリアと一致していた。 内的回心の後、彼女はそれまで受けてきた一般的な勉学よりも、聖書、典礼、教父たちについて学ぶことに専念した。彼女は自らの神秘体験や、メヒティルドの霊的体験についてなど、多くの著作を残し、中世の最も偉大な神秘家の一人である。1302年11月17日、アイスレーベンで亡くなった。1677年クレメンス12世によって、彼女の記念日が11月16日に定められた。西インド諸島の保護の聖人である。
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2009年11月24日
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聖大テレジアおとめ教会博士 1515年-1582年 祝日:10月15日 テレジアは、スペインのカスティリア州のアビラに生まれた。19歳のとき、高い理想をもってカルメル会修道院に入ったが、当時の修道生活は、規律・修道精神が緩慢となっていた。そのことに失望したテレジアは、幻滅、悲哀、霊的乾燥、信仰に対する疑問などに襲われた。しかしこの苦しみをとおして、「魂の奥底で、神とともに生きる」祈りと瞑想の深い神秘の体験をした。 1562年、本来の会則に立ち返った「女子跣足カルメル会」をアビラに創立し、10数人の修道女たちとともに厳しい生活を始めた。彼女の改革に反対する人びとも多かったが、十字架の聖ヨハネなどの援助によって17もの女子修道院を建て、当時の社会に大きな影響を及ぼし、16世紀におけるカトリック教会改革の原動力ともなった。 テレジアは、多くの本を書いたが、中でも自分の神秘生活を著わした『完徳の道』、『霊魂の城』は、今もなお多くの人びとに読まれている。シエナのカタリナ、幼きイエスのテレジアとともに、女性としてはただ3人の教会博士の中に数えられている。「イエズスのテレジア」「大聖テレジア」「アヴィラの聖テレジア」とも呼ばれている。 スペイン、病者、聖寵を求める者、修道者の保護者である。
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