TRADITIONAL ROMAN CATHOLICISM

皆様のお心にイエス様からの豊かなお恵みと聖なる愛で満たされますように……

★★今週の主日★★

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全3ページ

[1] [2] [3]

[ 次のページ ]

C年 年間第23主日

イメージ 1


第1朗読 知恵の書 9章13〜18節

第2朗読 フィレモンへの手紙 9b〜10、12〜17節

福音朗読 ルカによる福音書 14章25〜33節


今日の主日のテーマは、“キリストの弟子になるとはどういうことか”についてです。 主とその御旨を知るために、神の英知をもって物事を判断することが必要です。神の英知は、たまものなので祈り求めましょう。

第1朗読で読まれる「知恵の書」は、キリスト前50年ごろ、ギリシア語で書かれました。
 当時のユダヤ人は、ギリシア文化の影響で、神以外のものを神とする危機にさらされていました。ギリシア文化の影響を受け、迷っているユダヤの人を励まし、信仰の道を歩ませるために、神のはからいの深さ、神の業の偉大さなどを述べ、本当の知恵に立ち返るように努めることが書かれています。

知恵の書は、1部 知恵と人生(1〜6章)、2部 知恵の本質(7〜9章)、3部 歴史の中での知恵の働き(10〜19章)で成り立っています。今日読まれる箇所は、2部の結びです。

9章は、知恵を求める長い祈りをのせていますが、今日読まれる箇所は、死すべき人間本来の弱さを述べながら、神のはからいを知って自由になるための知恵、聖霊の働きを賛美しています。

あなたが知恵をお与えにならなかったなら、
天の高みから聖なる霊を遣わされなかったなら、
だれが御旨を知ることができたでしょうか。

神に祈り求めないなら知恵は得られないとの悟り、心の真実な告白。私たちも神のみ心を悟ることのできる知恵を、祈り求める日としましょう。この神の知恵こそ、今日世界に求められているたまものとは思いませんか。


祈り:永遠の神である父よ、
  ひとり子イエスは、
  わたしたちの救いのために十字架を担ってくださいました。
  きょう、救いの神秘を祝うわたしたちに聖霊を注いでください。
  いつもあなたに心を開き、み旨に従うことができますように。
  
  
第1朗読 知恵の書 9章13〜18節

だが、神の計画を知りうる者がいるでしょうか。
主の御旨を悟りうる者がいるでしょうか。

死すべき人間の考えは浅はかで、
わたしたちの思いは不確かです。

朽ちるべき体は魂の重荷となり、
地上の幕屋が、悩む心を圧迫します。

地上のことでさえかろうじて推し量り、
手中にあることさえ見いだすのに苦労するなら、
まして天上のことをだれが探り出せましょう。

あなたが知恵をお与えにならなかったなら、
天の高みから聖なる霊を遣わされなかったなら、
だれが御旨を知ることができたでしょうか。

こうして地に住む人間の道はまっすぐにされ、
人はあなたの望まれることを学ぶようになり、
知恵によって救われたのです。」 

第2朗読 フィレモンへの手紙 9b〜10、12〜17節

むしろ愛に訴えてお願いします、
年老いて、今はまた、キリスト・イエスの囚人となっている、
このパウロが。

監禁中にもうけたわたしの子オネシモのことで、
頼みがあるのです。

わたしの心であるオネシモを、あなたのもとに送り帰します。

本当は、わたしのもとに引き止めて、
福音のゆえに監禁されている間、
あなたの代わりに仕えてもらってもよいと思ったのですが、

あなたの承諾なしには何もしたくありません。
それは、あなたのせっかくの善い行いが、強いられたかたちでなく、
自発的になされるようにと思うからです。

恐らく彼がしばらくあなたのもとから引き離されていたのは、
あなたが彼をいつまでも自分のもとに置くためであったかもしれません。

その場合、もはや奴隷としてではなく、奴隷以上の者、
つまり愛する兄弟としてです。
オネシモは特にわたしにとってそうですが、
あなたにとってはなおさらのこと、
一人の人間としても、
主を信じる者としても、
愛する兄弟であるはずです。

だから、わたしを仲間と見なしてくれるのでしたら、
オネシモをわたしと思って迎え入れてください。  

福音朗読 ルカによる福音書 14章25〜33節

大勢の群衆が一緒について来たが、
イエスは振り向いて言われた。

「もし、だれかがわたしのもとに来るとしても、
父、母、妻、子供、兄弟、姉妹を、更に自分の命であろうとも、
これを憎まないなら、わたしの弟子ではありえない。

自分の十字架を背負ってついて来る者でなければ、
だれであれ、わたしの弟子ではありえない。

あなたがたのうち、塔を建てようとするとき、
造り上げるのに十分な費用があるかどうか、
まず腰をすえて計算しない者がいるだろうか。

そうしないと、土台を築いただけで完成できず、
見ていた人々は皆あざけって、

『あの人は建て始めたが、完成することはできなかった』
と言うだろう。

また、どんな王でも、ほかの王と戦いに行こうとするときは、
二万の兵を率いて進軍して来る敵を、
自分の一万の兵で迎え撃つことができるかどうか、
まず腰をすえて考えてみないだろうか。

もしできないと分かれば、
敵がまだ遠方にいる間に使節を送って、
和を求めるだろう。

だから、同じように、自分の持ち物を一切捨てないならば、
あなたがたのだれ一人としてわたしの弟子ではありえない。」 


C年 年間第12主日

イメージ 1


第1朗読 ゼカリヤ書 12章10〜11、13章1節

第2朗読 ガラテヤの信徒への手紙 3章26〜29節

福音朗読 ルカによる福音書 9章18〜24節


今日の福音で、イエスはご自分の歩まれる道を弟子にはっきりと宣言されます。

この宣言に先立ちイエスは、「あなたがたはわたしを何者だと言うのか」と問われます。

預言者をはじめ、御父のご意志に従う人が歩む道をイエスは歩まれ、その道をご自分に従う人も歩むように招かれます。

この招きに、あなたはどう答えますか。

第1朗読では、12の小預言書の11番目の書であるゼカリヤ書から読まれます。
ゼカリヤ書は1部(1〜8章)、2部(9〜14章)に分かれ、2部は「第2ゼカリヤ書」とも呼ばれ、小預言書の中でも最も理解に困難な書とも言われています。

今日読まれる12章は、苦難の後に訪れるエルサレムの救いについて歌っています。
 「自らが刺し貫いた者であるわたし」についても、預言者イザヤが告げたような「主のしもべ」を指していると言われています。

ゼカリヤは、刺し殺されたある歴史的な人をいたむ民の嘆きと、その殉教のような死を見つめ、仰ぎ見ることにより与えられる恵みを神秘的に語っていますが、彼が預言していたことが実際に何を意味していたかは、イエスの受難と死をもってはじめて理解されることです。

「初子の死を悲しむ」と言えば、出エジプトの時のこと、幼子殉教者のことを思い出されませんか。このことは地上における最大の嘆きと考えられています(出エジプト 12.29〜、ルカ 2.16〜 参照)。
 地上の人々は、大きな嘆きの中、救いがよき牧者イエスによって成し遂げられるのです。

「憐れみと祈りの霊を注ぐ」とはじまる今日の第1朗読を、新約の光で味わってはいかがですか。この視点で、今日の答唱詩編を心からのうめきをもって祈りましょう。


祈り:聖なる父よ、
  あなたをいつも敬い、愛する心をお与えください。
  あなたを愛して、生きる者は見捨てられることがないからです。
  
  
第1朗読 ゼカリヤ書 12章10〜11、13章1節

わたしはダビデの家とエルサレムの住民に、憐れみと祈りの霊を注ぐ。
彼らは、彼ら自らが刺し貫いた者であるわたしを見つめ、
独り子を失ったように嘆き、初子の死を悲しむように悲しむ。

その日、エルサレムには
メギド平野におけるハダド・リモンの嘆きのように
大きな嘆きが起こる。

その日、ダビデの家とエルサレムの住民のために、
罪と汚れを洗い清める一つの泉が開かれる。

第2朗読 ガラテヤの信徒への手紙 3章26〜29節

あなたがたは皆、信仰により、
キリスト・イエスに結ばれて神の子なのです。

洗礼を受けてキリストに結ばれたあなたがたは皆、
キリストを着ているからです。

そこではもはや、ユダヤ人もギリシア人もなく、
奴隷も自由な身分の者もなく、男も女もありません。
あなたがたは皆、キリスト・イエスにおいて一つだからです。

あなたがたは、もしキリストのものだとするなら、
とりもなおさず、アブラハムの子孫であり、
約束による相続人です。 

福音朗読 ルカによる福音書 9章18〜24節

イエスがひとりで祈っておられたとき、弟子たちは共にいた。
そこでイエスは、
「群衆は、わたしのことを何者だと言っているか」とお尋ねになった。

弟子たちは答えた。
「『洗礼者ヨハネだ』と言っています。
ほかに、『エリヤだ』と言う人も、
『だれか昔の預言者が生き返ったのだ』と言う人もいます。」

イエスが言われた。
「それでは、あなたがたはわたしを何者だと言うのか。」
ペトロが答えた。「神からのメシアです。」

イエスは弟子たちを戒め、
このことをだれにも話さないように命じて、
次のように言われた。
「人の子は必ず多くの苦しみを受け、
長老、祭司長、律法学者たちから排斥されて殺され、
三日目に復活することになっている。」

それから、イエスは皆に言われた。
「わたしについて来たい者は、自分を捨て、
日々、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。

自分の命を救いたいと思う者は、それを失うが、
わたしのために命を失う者は、それを救うのである。


C年 聖霊降臨の主日

イメージ 1


第1朗読 使徒言行録 2章1〜11節

第2朗読 ローマの信徒への手紙 8章8〜17節

福音朗読 ヨハネによる福音書 14章15〜16、23b〜26節


復活節50日間の最終日です。

復活の主日が日曜日で、50日目の今日も日曜日にあたります。聖霊降臨祭を祝う今日の日は、新約聖書において「五旬祭(ペンテコステ)」(使徒言行録 20.16)と呼ばれます。

今日で復活節は終わりになりますから、あの復活ろうそくは洗礼盤のあるところに移されます。そして、洗礼式のあるときに、灯がともされ、この灯から“洗礼のろうそくの灯”がとられます。

聖霊とは、キリストによって遣わされるものに「息づく力」です。主の復活の証人として派遣された弟子たちは、聖霊の息吹により、神のはかりしれないご計画を悟りました。弱い、罪深い人間の集まりであっても、その弱さを強さにかえ、一つに集めてくださる神の恵みを彼らは体験しました。神のはかりしれないご計画の体験は、やがて彼らの確信となり、この確信こそは、教会誕生の源、福音宣教の原動力となります。

教会はこの聖霊降臨祭の出来事を毎年記念することにより、私たちが聖霊をいただいていることを意識し、教会のいのちとその一致の源に立ち返ります。真の刷新の時でもあるのです。

今日、私たちは聖霊の働きによって、霊の実が見える教会共同体として成長しているかどうかを見、そうあるべく新たに求められている日でもあるのです。

聖霊降臨の主日を祝った教会は、過ぎ越しを中心とする二つの季節、四旬節と復活節を終え、翌日の月曜日から年間に入ります。


祈り:すべての人の父である神よ、
  きょう祝う聖霊降臨の神秘によって、
  あなたは諸国の民を一つの聖なる教会に集めてくださいます。
  聖霊を世界にあまねく注いでください。
  教会の誕生にあたって行われた宣教の働きが、
  今も信じる民を通して続けられ、
  豊かな実りをもたらしますように。
  
  
第1朗読 使徒言行録 2章1〜11節

五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると、

突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、
彼らが座っていた家中に響いた。

そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、
一人一人の上にとどまった。

すると、一同は聖霊に満たされ、
“霊”が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした。

さて、エルサレムには天下のあらゆる国から帰って来た、
信心深いユダヤ人が住んでいたが、

この物音に大勢の人が集まって来た。
そして、だれもかれも、自分の故郷の言葉が話されているのを聞いて、
あっけにとられてしまった。

人々は驚き怪しんで言った。
「話をしているこの人たちは、皆ガリラヤの人ではないか。

どうしてわたしたちは、めいめいが生まれた故郷の言葉を聞くのだろうか。

わたしたちの中には、パルティア、メディア、エラムからの者がおり、
また、メソポタミア、ユダヤ、カパドキア、ポントス、アジア、

フリギア、パンフィリア、エジプト、キレネに接するリビア地方などに住む者もいる。 また、ローマから来て滞在中の者、

ユダヤ人もいれば、ユダヤ教への改宗者もおり、
クレタ、アラビアから来た者もいるのに、
彼らがわたしたちの言葉で神の偉大な業を語っているのを聞こうとは。」

第2朗読 ローマの信徒への手紙 8章8〜17節

肉の支配下にある者は、神に喜ばれるはずがありません。

神の霊があなたがたの内に宿っているかぎり、
あなたがたは、肉ではなく霊の支配下にいます。
キリストの霊を持たない者は、キリストに属していません。

キリストがあなたがたの内におられるならば、
体は罪によって死んでいても、
“霊”は義によって命となっています。

もし、イエスを死者の中から復活させた方の霊が、
あなたがたの内に宿っているなら、
キリストを死者の中から復活させた方は、
あなたがたの内に宿っているその霊によって、
あなたがたの死ぬはずの体をも生かしてくださるでしょう。

それで、兄弟たち、わたしたちには一つの義務がありますが、
それは、肉に従って生きなければならないという、
肉に対する義務ではありません。

肉に従って生きるなら、あなたがたは死にます。
しかし、霊によって体の仕業を絶つならば、あなたがたは生きます。

神の霊によって導かれる者は皆、神の子なのです。

あなたがたは、人を奴隷として再び恐れに陥れる霊ではなく、
神の子とする霊を受けたのです。
この霊によってわたしたちは、「アッバ、父よ」と呼ぶのです。

この霊こそは、わたしたちが神の子供であることを、
わたしたちの霊と一緒になって証ししてくださいます。

もし子供であれば、相続人でもあります。
神の相続人、しかもキリストと共同の相続人です。
キリストと共に苦しむなら、共にその栄光をも受けるからです。

福音朗読 ヨハネによる福音書 14章15〜16、23b〜26節

「あなたがたは、わたしを愛しているならば、わたしの掟を守る。 
わたしは父にお願いしよう。
父は別の弁護者を遣わして、
永遠にあなたがたと一緒にいるようにしてくださる。

イエスはこう答えて言われた。
「わたしを愛する人は、わたしの言葉を守る。
わたしの父はその人を愛され、
父とわたしとはその人のところに行き、一緒に住む。

わたしを愛さない者は、わたしの言葉を守らない。
あなたがたが聞いている言葉はわたしのものではなく、
わたしをお遣わしになった父のものである。

わたしは、あなたがたといたときに、これらのことを話した。

しかし、弁護者、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊が、
あなたがたにすべてのことを教え、
わたしが話したことをことごとく思い起こさせてくださる。 









C年復活節第6主日

イメージ 1

C年復活節第6主日

第1朗読 使徒言行録 15章1〜2、22〜29節

第2朗読 ヨハネの黙示録 21章10〜14、22〜23節

福音朗読 ヨハネによる福音書 14章23〜29節


昇天と聖霊降臨を間近にひかえた教会は、聖霊の派遣についてのイエスの約束を述べます。

「別れの言葉」の中で、イエスは5回にわたってこの約束を繰り返されました。

今日の福音では、霊の働きは、「すべてのことを教え」、
イエスの「話したことをことごとく思い起こさせ」ます。

聖霊は、キリストの言葉の真の意味を、時と状況に応じて理解させてくださいます。

「聖霊」と訳された言葉は、息吹、“気”の意味があります。

この聖霊を祈り求め、聖霊を迎え入れる準備をしていきましょう。

祈り:主イエスの父である神よ、
     あなたはみことばと聖霊によってわたしたちの内に来られ、
     いつもともにいてくださいます。
     ここに集うわたしたちの心をキリストの平和と喜びで満たしてください
  
  
第1朗読 使徒言行録 15章1〜2、22〜29節

ある人々がユダヤから下って来て、
「モーセの慣習に従って割礼を受けなければ、
あなたがたは救われない」と兄弟たちに教えていた。

それで、パウロやバルナバとその人たちとの間に、
激しい意見の対立と論争が生じた。
この件について使徒や長老たちと協議するために、
パウロとバルナバ、そのほか数名の者がエルサレムへ上ることに決まった。

そこで、使徒たちと長老たちは、教会全体と共に、自分たちの中から人を選んで、
パウロやバルナバと一緒にアンティオキアに派遣することを決定した。
選ばれたのは、バルサバと呼ばれるユダおよびシラスで、
兄弟たちの中で指導的な立場にいた人たちである。

使徒たちは、次の手紙を彼らに託した。
「使徒と長老たちが兄弟として、
アンティオキアとシリア州とキリキア州に住む、
異邦人の兄弟たちに挨拶いたします。

聞くところによると、わたしたちのうちのある者がそちらへ行き、
わたしたちから何の指示もないのに、いろいろなことを言って、
あなたがたを騒がせ動揺させたとのことです。

それで、人を選び、わたしたちの愛するバルナバとパウロとに同行させて、
そちらに派遣することを、
わたしたちは満場一致で決定しました。

このバルナバとパウロは、わたしたちの主イエス・キリストの名のために
身を献げている人たちです。

それで、ユダとシラスを選んで派遣しますが、
彼らは同じことを口頭でも説明するでしょう。

聖霊とわたしたちは、次の必要な事柄以外、
一切あなたがたに重荷を負わせないことに決めました。

すなわち、偶像に献げられたものと、血と、絞め殺した動物の肉と、
みだらな行いとを避けることです。
以上を慎めばよいのです。健康を祈ります。」

第2朗読 ヨハネの黙示録 21章10〜14、22〜23節

この天使が、“霊”に満たされたわたしを大きな高い山に連れて行き、
聖なる都エルサレムが神のもとを離れて、
天から下って来るのを見せた。

都は神の栄光に輝いていた。
その輝きは、最高の宝石のようであり、
透き通った碧玉のようであった。

都には、高い大きな城壁と十二の門があり、
それらの門には十二人の天使がいて、名が刻みつけてあった。
イスラエルの子らの十二部族の名であった。

東に三つの門、北に三つの門、南に三つの門、西に三つの門があった。

都の城壁には十二の土台があって、
それには小羊の十二使徒の十二の名が刻みつけてあった。

わたしは、都の中に神殿を見なかった。
全能者である神、主と小羊とが都の神殿だからである。

この都には、それを照らす太陽も月も、必要でない。
神の栄光が都を照らしており、小羊が都の明かりだからである。

福音朗読 ヨハネによる福音書 14章23〜29節

イエスはこう答えて言われた。
「わたしを愛する人は、わたしの言葉を守る。
わたしの父はその人を愛され、
父とわたしとはその人のところに行き、一緒に住む。

わたしを愛さない者は、わたしの言葉を守らない。
あなたがたが聞いている言葉はわたしのものではなく、
わたしをお遣わしになった父のものである。

わたしは、あなたがたといたときに、これらのことを話した。

しかし、弁護者、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊が、
あなたがたにすべてのことを教え、
わたしが話したことをことごとく思い起こさせてくださる。

わたしは、平和をあなたがたに残し、わたしの平和を与える。
わたしはこれを、世が与えるように与えるのではない。
心を騒がせるな。おびえるな。

『わたしは去って行くが、また、あなたがたのところへ戻って来る』
と言ったのをあなたがたは聞いた。
わたしを愛しているなら、わたしが父のもとに行くのを喜んでくれるはずだ。
父はわたしよりも偉大な方だからである。

事が起こったときに、あなたがたが信じるようにと、
今、その事の起こる前に話しておく。









C年復活節第5主日

イメージ 1

C年復活節第5主日

第1朗読 使徒言行録 14章21b〜27節

第2朗読 ヨハネの黙示録 21章1〜5a節

福音朗読 ヨハネによる福音書 13章31〜33a、34〜35節

キリストの死と復活により、教会共同体が誕生しました。この共同体に、キリストは「ともに」いてくださいます。

キリストの復活を信じた弟子たちは、キリストが自分たちと共にいてくださることを知っていました。それだからこそ、キリストと共に生きる人たちの集い、教会ができたのです。この教会共同体は、励まし励まされる共同体です。それを別の言葉で表現すると「お互いに愛し合うこと」です。

今日の典礼は、「新しい歌を神に歌え」との入祭唱から「新しさ」が特徴づけられています。また、今日の朗読では、「新しさ」、神が私たちと「ともに」いてくださることを繰り返し述べています。

ヨハネが「新しい掟」として、「イエスが愛されたように」として与えられた掟に、今日は注目したいものです。

祈り:ともにいてくださる神よ、
  あなたはキリストを死者の中からよみがえらせ、
  限りないいつくしみを示してくださいました。
  わたしたちが互いに愛し合うことによって、
  愛そのものである神をあかしする者となりますように。
  
  
第1朗読 使徒言行録 14章21b〜27節

二人はこの町で福音を告げ知らせ、多くの人を弟子にしてから、
リストラ、イコニオン、アンティオキアへと引き返しながら、

弟子たちを力づけ、
「わたしたちが神の国に入るには、多くの苦しみを経なくてはならない」
と言って、信仰に踏みとどまるように励ました。

また、弟子たちのため教会ごとに長老たちを任命し、断食して祈り、
彼らをその信ずる主に任せた。

それから、二人はピシディア州を通り、パンフィリア州に至り、
ペルゲで御言葉を語った後、アタリアに下り、

そこからアンティオキアへ向かって船出した。
そこは、二人が今成し遂げた働きのために
神の恵みにゆだねられて送り出された所である。

到着するとすぐ教会の人々を集めて、
神が自分たちと共にいて行われたすべてのことと、
異邦人に信仰の門を開いてくださったことを報告した。

第2朗読 ヨハネの黙示録 21章1〜5a節

わたしはまた、新しい天と新しい地を見た。
最初の天と最初の地は去って行き、もはや海もなくなった。

更にわたしは、聖なる都、新しいエルサレムが、
夫のために着飾った花嫁のように用意を整えて、
神のもとを離れ、天から下って来るのを見た。

そのとき、わたしは玉座から語りかける大きな声を聞いた。
「見よ、神の幕屋が人の間にあって、神が人と共に住み、人は神の民となる。
神は自ら人と共にいて、その神となり、

彼らの目の涙をことごとくぬぐい取ってくださる。
もはや死はなく、もはや悲しみも嘆きも労苦もない。
最初のものは過ぎ去ったからである。」

すると、玉座に座っておられる方が、
「見よ、わたしは万物を新しくする」と言い、
また、「書き記せ。これらの言葉は信頼でき、
また真実である」と言われた。

福音朗読 ヨハネによる福音書 13章31〜33a、34〜35節

さて、ユダが出て行くと、イエスは言われた。
「今や、人の子は栄光を受けた。
神も人の子によって栄光をお受けになった。

神が人の子によって栄光をお受けになったのであれば、
神も御自身によって人の子に栄光をお与えになる。
しかも、すぐにお与えになる。

子たちよ、いましばらく、わたしはあなたがたと共にいる。
あなたがたはわたしを捜すだろう。
『わたしが行く所にあなたたちは来ることができない』
とユダヤ人たちに言ったように、
今、あなたがたにも同じことを言っておく。

あなたがたに新しい掟を与える。
互いに愛し合いなさい。
わたしがあなたがたを愛したように、
あなたがたも互いに愛し合いなさい。

互いに愛し合うならば、
それによってあなたがたがわたしの弟子であることを、
皆が知るようになる。」  









全3ページ

[1] [2] [3]

[ 次のページ ]


.

ブログバナー

Lily
Lily
女性 / B型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
友だち(24)
  • ベルナデッタ
  • Mary Magdalene
  • ☆ Gabriel ☆
  • nobu
  • カオス
  • あみ
友だち一覧
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
検索 検索

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事