TRADITIONAL ROMAN CATHOLICISM

皆様のお心にイエス様からの豊かなお恵みと聖なる愛で満たされますように……

★☆祭日☆★

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神の母聖マリア

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第1朗読 民数記 6章22〜27節

第2朗読 ガラテヤの信徒への手紙 4章4〜7節

福音朗読 ルカによる福音書 2章16〜21節


新しい年を迎えた今日、降誕8日目にあたる1月1日に、教会は、ローマの古い伝統に従い、“神の母マリア”の祭日を祝います。

マリアを「神の母」と宣言したのは、431年のエフェゾ公会議でした。年のはじめをマリアの記念日として祝い、祈るのは古いローマ教会の伝統によっています。また、この日がことに大事にされるようになったのは、12月25日から数えてちょうど8日目にあたるからです。

8日目にあたる今日、誕生した神の子は「イエス」と命名されることにより、正式に神の民の歴史、人類の歴史の一員になります。

そして、マリアには、救い主としてのイエスの使命に、自分も深く一致するという母の姿があります。

マリアは、羊飼いたちにイエスを示し、彼らを喜びでみたしましたが、今日も私たちに恵みそのものであるイエスを示し、与え続けられます。

今日は「世界平和の日」でもあります。教皇ベネディクト16世は、「全世界の人々のためにあらためて平和を祈りたい」と平和のためのメッセージを送られます。今日、世界の人々と心をひとつにして、たまものである平和を祈り求めましょう。


いのちの源である神よ、
   あなたはおとめマリアを御子の母として選び、
   救い主を人類に与えてくださいました。
   聖母を通して御子キリストを迎えるわたしたちに、
   救いの喜びを味わわせてください。

   集会祈願より
  
  
第1朗読 民数記 6章22〜27節

主はモーセに仰せになった。

アロンとその子らに言いなさい。
あなたたちはイスラエルの人々を祝福して、
次のように言いなさい。

主があなたを祝福し、あなたを守られるように。

主が御顔を向けてあなたを照らし
あなたに恵みを与えられるように。

主が御顔をあなたに向けて
あなたに平安を賜るように。

彼らがわたしの名をイスラエルの人々の上に置くとき、
わたしは彼らを祝福するであろう。 

第2朗読 ガラテヤの信徒への手紙 4章4〜7節

しかし、時が満ちると、神は、その御子を女から、
しかも律法の下に生まれた者としてお遣わしになりました。

それは、律法の支配下にある者を贖い出して、
わたしたちを神の子となさるためでした。

あなたがたが子であることは、
神が、「アッバ、父よ」と叫ぶ御子の霊を、
わたしたちの心に送ってくださった事実から分かります。

ですから、あなたはもはや奴隷ではなく、子です。
子であれば、神によって立てられた相続人でもあるのです。

福音朗読 ルカによる福音書 2章16〜21節

そして急いで行って、
マリアとヨセフ、また飼い葉桶に寝かせてある乳飲み子を探し当てた。

その光景を見て、
羊飼いたちは、この幼子について天使が話してくれたことを人々に知らせた。

聞いた者は皆、羊飼いたちの話を不思議に思った。

しかし、マリアはこれらの出来事をすべて心に納めて、
思い巡らしていた。

羊飼いたちは、見聞きしたことがすべて天使の話したとおりだったので、
神をあがめ、賛美しながら帰って行った。

八日たって割礼の日を迎えたとき、
幼子はイエスと名付けられた。
これは、胎内に宿る前に天使から示された名である。 


洗礼者聖ヨハネの誕生

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C年洗礼者聖ヨハネの誕生

第1朗読 イザヤ書 49章1〜6節

第2朗読 使徒言行録 13章22〜26節

福音朗読 ルカによる福音書 1章57〜66、80節



イエスの誕生のちょうど6カ月前の今日、教会は洗礼者ヨハネの誕生を祝います。ルカによる福音書によれば、イエスと洗礼者聖ヨハネの誕生の記事が並列的に取り扱われています。洗礼者聖ヨハネはイエスの先駆者として位置づけられています。

今日教会は、天使によってザカリアに告げられた「あなたの妻エリサベトは男の子を産む。その子をヨハネと名付けなさい。その子はあなたにとって喜びとなり、楽しみとなる。多くの人もその誕生を喜ぶ」との言葉、信仰の恵みの喜びを教会は願います。

ミサの叙唱の中で、「ヨハネはすでに母の胎内で救いの訪れを受け、その誕生は人びとに喜ばれました」と祈り、彼の生涯は「殉教によってその使命を全うした」と告げます。

洗礼者聖ヨハネはなによりもメシアであるイエスを指し示したために、最大の預言者、旧約最後の預言者と言われます。彼は光そのものであられるキリストをあかししました。彼の生涯は、誕生から殉教まで一貫してイエス・キリストを指し示しています。

救い主キリストを迎える準備をし、彼に人びとを引き渡した洗礼者聖ヨハネの誕生を祝い、彼の熱烈さと絶えずイエス・キリストを指し示した無私無欲な心を受け継ぎ、主への奉仕に自分自身をささげることができるように取り次ぎを求めましょう。



祈り:すべての人の救いを望まれる神よ、
  あなたは洗礼者ヨハネを遣わし、
  人々に救い主を迎える準備をさせてくださいました。
  あなたの民を信仰の喜びで満たし、
  救いと平和の道に導いてください。
  
  
第1朗読 イザヤ書 49章1〜6節
島々よ、わたしに聞け
遠い国々よ、耳を傾けよ。
主は母の胎にあるわたしを呼び
母の腹にあるわたしの名を呼ばれた。

わたしの口を鋭い剣として御手の陰に置き
わたしを尖らせた矢として矢筒の中に隠して
わたしに言われた
あなたはわたしの僕、イスラエル
あなたによってわたしの輝きは現れる、と。

わたしは思った
わたしはいたずらに骨折り
うつろに、空しく、力を使い果たした、と。
しかし、わたしを裁いてくださるのは主であり
働きに報いてくださるのもわたしの神である。

主の御目にわたしは重んじられている。わたしの神こそ、わたしの力。
今や、主は言われる。ヤコブを御もとに立ち帰らせ
イスラエルを集めるために
母の胎にあったわたしを
御自分の僕として形づくられた主は

こう言われる。わたしはあなたを僕として
ヤコブの諸部族を立ち上がらせ
イスラエルの残りの者を連れ帰らせる。
だがそれにもまして
わたしはあなたを国々の光とし
わたしの救いを地の果てまで、もたらす者とする。

第2朗読 使徒言行録 13章22〜26節

それからまた、サウルを退けてダビデを王の位につけ、
彼について次のように宣言なさいました。
『わたしは、エッサイの子でわたしの心に適う者、ダビデを見いだした。
彼はわたしの思うところをすべて行う。』

神は約束に従って、
このダビデの子孫からイスラエルに救い主イエスを送ってくださったのです。

ヨハネは、イエスがおいでになる前に、
イスラエルの民全体に悔い改めの洗礼を宣べ伝えました。

その生涯を終えようとするとき、ヨハネはこう言いました。
『わたしを何者だと思っているのか。
わたしは、あなたたちが期待しているような者ではない。
その方はわたしの後から来られるが、わたしはその足の履物をお脱がせする値打ちもない。』

兄弟たち、アブラハムの子孫の方々、
ならびにあなたがたの中にいて神を畏れる人たち、
この救いの言葉はわたしたちに送られました。

福音朗読 ルカによる福音書 1章57〜66、80節

さて、月が満ちて、エリサベトは男の子を産んだ。
近所の人々や親類は、主がエリサベトを大いに慈しまれたと聞いて喜び合った。

八日目に、その子に割礼を施すために来た人々は、
父の名を取ってザカリアと名付けようとした。
ところが、母は、「いいえ、名はヨハネとしなければなりません」と言った。

しかし人々は、「あなたの親類には、そういう名の付いた人はだれもいない」と言い、
父親に、「この子に何と名を付けたいか」と手振りで尋ねた。
父親は字を書く板を出させて、
「この子の名はヨハネ」と書いたので、人々は皆驚いた。
すると、たちまちザカリアは口が開き、舌がほどけ、神を賛美し始めた。

近所の人々は皆恐れを感じた。
そして、このことすべてが、ユダヤの山里中で話題になった。
聞いた人々は皆これを心に留め、「いったい、この子はどんな人になるのだろうか」と言った。
この子には主の力が及んでいたのである。

幼子は身も心も健やかに育ち、
イスラエルの人々の前に現れるまで荒れ野にいた。





C年 イエズスの御心

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C年イエズスの御心

第1朗読 エゼキエル書 34章11〜16節

第2朗読 ローマの信徒への手紙 5章5b〜11節

福音朗読 ルカによる福音書 15章3〜7節

教会は伝統的に、「キリストの聖体」の祭日後の金曜日に“イエスのみ心”の祭日を祝います。

“イエスの御心”に対する信心の歴史は、中世紀にさかのぼります。聖マルガリタ・マリア・アラコクが“み心”の信心についての啓示を受けた17世紀に、フランスで広まりました。そして1856年には、教皇ピオ9世によって、ローマ教会全体で祝うことが定められました。

この祭日の目的は、“イエスのみ心”に表される神の愛を思い起こすと共に、イエスの無限の愛のしるしである“み心”をたたえることです。


祈り:聖なる父よ、
  あなたは、人類罪のために刺し貫かれた御子のみ心のうちに、
  限りないいつくしみの泉を開いてくださいました。
  わたしたちが、心からの奉献によってキリストの愛にこたえることができますように。
  
  
第1朗読 エゼキエル書 34章11〜16節

まことに、主なる神はこう言われる。
見よ、わたしは自ら自分の群れを探し出し、彼らの世話をする。

牧者が、自分の羊がちりぢりになっているときに、
その群れを探すように、わたしは自分の羊を探す。
わたしは雲と密雲の日に散らされた群れを、
すべての場所から救い出す。

わたしは彼らを諸国の民の中から連れ出し、諸国から集めて彼らの土地に導く。
わたしはイスラエルの山々、谷間、また居住地で彼らを養う。

わたしは良い牧草地で彼らを養う。イスラエルの高い山々は彼らの牧場となる。
彼らはイスラエルの山々で憩い、良い牧場と肥沃な牧草地で養われる。

わたしがわたしの群れを養い、憩わせる、と主なる神は言われる。

わたしは失われたものを尋ね求め、追われたものを連れ戻し、
傷ついたものを包み、弱ったものを強くする。
しかし、肥えたものと強いものを滅ぼす。
わたしは公平をもって彼らを養う。 

第2朗読 ローマの信徒への手紙 5章5b〜11節

わたしたちに与えられた聖霊によって、
神の愛がわたしたちの心に注がれているからです。

実にキリストは、わたしたちがまだ弱かったころ、定められた時に、
不信心な者のために死んでくださった。

正しい人のために死ぬ者はほとんどいません。
善い人のために命を惜しまない者ならいるかもしれません。

しかし、わたしたちがまだ罪人であったとき、
キリストがわたしたちのために死んでくださったことにより、
神はわたしたちに対する愛を示されました。

それで今や、わたしたちはキリストの血によって義とされたのですから、
キリストによって神の怒りから救われるのは、なおさらのことです。

敵であったときでさえ、御子の死によって神と和解させていただいたのであれば、
和解させていただいた今は、御子の命によって救われるのはなおさらです。

それだけでなく、わたしたちの主イエス・キリストによって、
わたしたちは神を誇りとしています。
今やこのキリストを通して和解させていただいたからです。

福音朗読 ルカによる福音書 15章3〜7節

そこで、イエスは次のたとえを話された。

「あなたがたの中に、百匹の羊を持っている人がいて、
その一匹を見失ったとすれば、
九十九匹を野原に残して、見失った一匹を見つけ出すまで捜し回らないだろうか。

そして、見つけたら、喜んでその羊を担いで、

家に帰り、友達や近所の人々を呼び集めて、
『見失った羊を見つけたので、一緒に喜んでください』と言うであろう。

言っておくが、このように、悔い改める一人の罪人については、
悔い改める必要のない九十九人の正しい人についてよりも大きな喜びが天にある。」





C年復活徹夜祭

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C年復活徹夜祭

第1朗読 出エジプト記 14章15節〜15章1a節

第2朗読 ローマの信徒への手紙 6章3〜11節

福音朗読 ルカによる福音書 24章1〜12節

聖土曜日には、主の墓のもとにとどまって、主の受難と復活をしのび、祭壇の飾りを取り除き、ミサもささげません。キリストが墓に葬られたあとの大安息日として、エルサレムでは、一日中復活徹夜祭の準備をしました。この夜は、神のために徹夜をする日とされ、キリスト者はあかりをともして主の帰りを待ち、ともに復活の宴(うたげ)にあずかって主の食卓に招かれるのです。

教会は、聖土曜日には、主の墓のもとにとどまって、主の受難と復活をしのび、祭壇の飾りを取り除き、ミサもささげません。キリストが墓に葬られたあとの大安息日として、エルサレムでは、一日中復活徹夜祭の準備をしました。この夜は、神のために徹夜をする日とされ、キリスト者はあかりをともして主の帰りを待ち、ともに復活の宴(うたげ)にあずかって主の食卓に招かれるのです。

この復活徹夜祭の中で、キリスト教入信式(洗礼、堅信、聖体)が行われていたことが2世紀ころに書かれた書から知られています。

私たちが今夜行う式は、旧約の時代から守り続けられ、死んで復活された主キリストに向けられています。このことを思うとき、私たちは、よりいっそう今夜の儀式の意味を理解できるでしょう。

復活徹夜祭の典礼は、4つの部分からなりたっています。

光の祭儀:

復活徹夜祭の一つの主役は火であり、光です。
復活されたキリストのシンボルであるローソクの祝福と、光の行列があり、復活賛歌が歌われます。

一同は、聖堂の外に準備された火のそばに集まり、司祭は火を祝福します。その後、この火で司祭は復活ローソクに火をともし、「キリストの光」と歌いながら暗闇の中を進みます。

キリストこそ、「この世を照らす真の光」であり、私たちはキリストの復活によって、闇から救いだされて「光の子」とされたことをあらわします。

光は神の存在のしるし、神の力や恵みをあらわすしるしとして聖書にたびたび登場します。ですから、復活徹夜祭に光の祭儀が行われるのは、キリストの復活のしるしです。

朗読台のそばにあるローソク台に復活ローソクをたて、「声高らかに喜び歌え」と、「復活賛歌」が歌われます。そして、ことばの祭儀へと移っていきます。

ことばの祭儀:

救いの歴史をあらわす旧約聖書から7つの朗読、使徒の手紙、福音が朗読され、神の救いのことばと約束に信頼しつつ復活を待ちます。

神がこの世のはじめから、いつも私たちの救いを望んでおられたことを語る救いの歴史を旧約聖書から朗読します。

 1)創世記:世界の創造、
 2)創世記:アブラハムの犠牲、
 3)出エジプト記:イスラエルの民の紅海の渡り、
 4)イザヤ書:新しい契約と新しいエルサレム、
 5)イザヤ書:救いをもたらす水と神のご意志を果たすことば、
 6)バルク書:知恵とその輝き、
 7)エゼキエル書:新しい心

この朗読が終ると、新約聖書の中から、「主の復活にあずかる洗礼」の意味をのべる“ローマの信徒への手紙”が朗読されます。その後、「キリストは復活された」と述べる福音書が朗読されますが、今年は“マルコ福音書”が読まれます。そして、洗礼の部に移行していきます。

洗礼の典礼:

初代教会からこの日に洗礼が行われてきましたが、洗礼の儀で、洗礼式が行われます。洗礼を受ける人がいないときには、参加者が洗礼の約束と更新をします。


この日のためにずっと準備し、四旬節を励んできた洗礼志願者が、いよいよ教会共同体のメンバーとなる洗礼式です。洗礼は単に個人的な出来事ではなく、教会共同体へ入るわけですから、洗礼の儀では、まず洗礼志願者の紹介があります。

そして、諸聖人の取り次ぎを願う連願(れんがん)、水の祝福、信仰宣言、洗礼、堅信が行われ、信徒一同は洗礼の約束を更新します。

感謝の典礼:

新しく洗礼を受けた人たちとともに、感謝の典礼に入ります。ここで、主が死と復活をとおして私たちに準備された食卓に招かれます。この祝いをとおして、教会共同体はキリストの復活にあずかり、新たにされるのです。



祈り:主イエスの復活の光で照らしてくださる神よ、
  救いを求めているすべての人々を
  主キリストの復活の光で照らしてください。
  今日、洗礼の恵みをうけ、
  新しく教会共同体のメンバーになった人たちが、
  生活を通して
  主の復活を宣言していく聖霊の力をお与えください。
  
  
第1朗読 出エジプト記 14章15節〜15章1a節

はモーセに言われた。
「なぜ、わたしに向かって叫ぶのか。イスラエルの人々に命じて出発させなさい。
杖を高く上げ、手を海に向かって差し伸べて、海を二つに分けなさい。
そうすれば、イスラエルの民は海の中の乾いた所を通ることができる。

しかし、わたしはエジプト人の心をかたくなにするから、彼らはお前たちの後を追って来る。
そのとき、わたしはファラオとその全軍、戦車と騎兵を破って栄光を現す。
わたしがファラオとその戦車、騎兵を破って栄光を現すとき、エジプト人は、わたしが主であることを知るようになる。」

イスラエルの部隊に先立って進んでいた神の御使いは、移動して彼らの後ろを行き、彼らの前にあった雲の柱も移動して後ろに立ち、
エジプトの陣とイスラエルの陣との間に入った。
真っ黒な雲が立ちこめ、光が闇夜を貫いた。
両軍は、一晩中、互いに近づくことはなかった。

モーセが手を海に向かって差し伸べると、主は夜もすがら激しい東風をもって海を押し返されたので、海は乾いた地に変わり、水は分かれた。
イスラエルの人々は海の中の乾いた所を進んで行き、水は彼らの右と左に壁のようになった。
エジプト軍は彼らを追い、ファラオの馬、戦車、騎兵がことごとく彼らに従って海の中に入って来た。

朝の見張りのころ、主は火と雲の柱からエジプト軍を見下ろし、エジプト軍をかき乱された。
戦車の車輪をはずし、進みにくくされた。
エジプト人は言った。
「イスラエルの前から退却しよう。主が彼らのためにエジプトと戦っておられる。」

主はモーセに言われた。
「海に向かって手を差し伸べなさい。水がエジプト軍の上に、戦車、騎兵の上に流れ返るであろう。」
モーセが手を海に向かって差し伸べると、夜が明ける前に海は元の場所へ流れ返った。
エジプト軍は水の流れに逆らって逃げたが、主は彼らを海の中に投げ込まれた。
水は元に戻り、戦車と騎兵、彼らの後を追って海に入ったファラオの全軍を覆い、一人も残らなかった。
イスラエルの人々は海の中の乾いた所を進んだが、そのとき、水は彼らの右と左に壁となった。

主はこうして、その日、イスラエルをエジプト人の手から救われた。
イスラエルはエジプト人が海辺で死んでいるのを見た。
イスラエルは、主がエジプト人に行われた大いなる御業を見た。
民は主を畏れ、主とその僕モーセを信じた。

モーセとイスラエルの民は主を賛美してこの歌をうたった。 

第2朗読 ローマの信徒への手紙 6章3〜11節

それともあなたがたは知らないのですか。
キリスト・イエスに結ばれるために洗礼を受けたわたしたちが皆、またその死にあずかるために洗礼を受けたことを。

わたしたちは洗礼によってキリストと共に葬られ、その死にあずかるものとなりました。
それは、キリストが御父の栄光によって死者の中から復活させられたように、わたしたちも新しい命に生きるためなのです。
もし、わたしたちがキリストと一体になってその死の姿にあやかるならば、
その復活の姿にもあやかれるでしょう。

わたしたちの古い自分がキリストと共に十字架につけられたのは、罪に支配された体が滅ぼされ、もはや罪の奴隷にならないためであると知っています。
死んだ者は、罪から解放されています。
わたしたちは、キリストと共に死んだのなら、キリストと共に生きることにもなると信じます。

そして、死者の中から復活させられたキリストはもはや死ぬことがない、と知っています。
死は、もはやキリストを支配しません。
キリストが死なれたのは、ただ一度罪に対して死なれたのであり、生きておられるのは、神に対して生きておられるのです。
このように、あなたがたも自分は罪に対して死んでいるが、キリスト・イエスに結ばれて、神に対して生きているのだと考えなさい。 

福音朗読 ルカによる福音書 24章1〜12節

週の初めの日の明け方早く、女たちは、準備しておいた香料を持って墓に着いた。
見ると、石が墓からわきにころがしてあった。
はいって見ると、主イエスのからだはなかった。

そのため女たちが途方にくれていると、見よ、まばゆいばかりの衣を着たふたりの人が、女たちの近くに来た。
恐ろしくなって、地面に顔を伏せていると、その人たちはこう言った。
「あなたがたは、なぜ生きている方を死人の中で捜すのですか。
ここにはおられません。
よみがえられたのです。
まだガリラヤにおられたころ、お話しになったことを思い出しなさい。

人の子は必ず罪人らの手に引き渡され、十字架につけられ、三日目によみがえらなければならない、と言われたでしょう。」
女たちはイエスのみことばを思い出した。

そして、墓から戻って、十一弟子とそのほかの人たち全部に、一部始終を報告した。
この女たちは、マグダラのマリヤとヨハンナとヤコブの母マリヤとであった。
彼女たちといっしょにいたほかの女たちも、このことを使徒たちに話した。

ところが使徒たちにはこの話はたわごとと思われたので、彼らは女たちを信用しなかった。

〔しかしペテロは、立ち上がると走って墓へ行き、かがんでのぞき込んだところ、亜麻布だけがあった。それで、この出来事に驚いて家に帰った。〕 





神のお告げ

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神のお告げ

第1朗読 イザヤ書 7章10〜14節、8章10c節

第2朗読 ヘブライ人への手紙 10章4〜10節

福音朗読 ルカによる福音書 1章26〜38節

今日は、キリストと聖なる乙女マリアのをともに祝う日です。マリアの子となった御言葉と共に神の母となったおとめマリアとが同時に祝われる日です。

この祭日は、東方教会を起源として“聖母の祝日”とされていましたが、ローマ典礼暦の改正のときに、キリストがおとめマリアの胎内に宿ったことを記念するために、主キリストの祭日として祝われるようになりました。

今日は、世に入るときに父に従順されたキリストと、信仰をもってみ言葉を受け、胎内にキリストを宿された母マリアとを、かわるがわるながめ祈ります。

今日の典礼の豊かさの中で、人となったみことば、世の救いのために「なれかし、お言葉どおり、この身に成りますように」と言われたマリアをたたえます。

四旬節に祝うこのお告げの祭日に、私たちが永遠の喜びにいたることができるように、キリストの復活をとおして救われるようにと神に祈ります。



祈り:聖なる父よ、
     御言葉は人となり乙女マリアからお生まれになりました。
     救い主イエス・キリストが人となられた神であることを信じるわたしたちが、
     神のいのちにあずかることができますように。
  
  
第1朗読 イザヤ書 7章10〜14節、8章10c節

主は更にアハズに向かって言われた。

「主なるあなたの神に、しるしを求めよ。
深く陰府の方に、あるいは高く天の方に。」

しかし、アハズは言った。
「わたしは求めない。主を試すようなことはしない。」

イザヤは言った。
「ダビデの家よ聞け。あなたたちは人間に
もどかしい思いをさせるだけでは足りず
わたしの神にも、もどかしい思いをさせるのか。

それゆえ、わたしの主が御自ら
あなたたちにしるしを与えられる。
見よ、おとめが身ごもって、男の子を産み
その名をインマヌエルと呼ぶ。

神が我らと共におられる(インマヌエル)のだから。

第2朗読 ヘブライ人への手紙 10章4〜10節

雄牛や雄山羊の血は、罪を取り除くことができないからです。

それで、キリストは世に来られたときに、次のように言われたのです。
「あなたは、いけにえや献げ物を望まず、
むしろ、わたしのために
体を備えてくださいました。

あなたは、焼き尽くす献げ物や
罪を贖うためのいけにえを好まれませんでした。

そこで、わたしは言いました。
『御覧ください。わたしは来ました。
聖書の巻物にわたしについて書いてあるとおり、
神よ、御心を行うために。』」

ここで、まず、「あなたはいけにえ、
献げ物、焼き尽くす献げ物、罪を贖うためのいけにえ、
つまり律法に従って献げられるものを望みもせず、
好まれもしなかった」と言われ、

次いで、「御覧ください。
わたしは来ました。御心を行うために」と言われています。
第二のものを立てるために、最初のものを廃止されるのです。

この御心に基づいて、 ただ一度イエス・キリストの体が献げられたことにより、
わたしたちは聖なる者とされたのです。

福音朗読 ルカによる福音書 1章26〜38節

六か月目に、天使ガブリエルは、ナザレというガリラヤの町に神から遣わされた。

ダビデ家のヨセフという人のいいなずけである
おとめのところに遣わされたのである。
そのおとめの名はマリアといった。

天使は、彼女のところに来て言った。
「おめでとう、恵まれた方。主があなたと共におられる。」

マリアはこの言葉に戸惑い、いったいこの挨拶は何のことかと考え込んだ。

すると、天使は言った。
「マリア、恐れることはない。あなたは神から恵みをいただいた。
あなたは身ごもって男の子を産むが、その子をイエスと名付けなさい。
その子は偉大な人になり、いと高き方の子と言われる。
神である主は、彼に父ダビデの王座をくださる。
彼は永遠にヤコブの家を治め、その支配は終わることがない。」

マリアは天使に言った。「どうして、そのようなことがありえましょうか。わたしは男の人を知りませんのに。」

天使は答えた。
「聖霊があなたに降り、いと高き方の力があなたを包む。
だから、生まれる子は聖なる者、神の子と呼ばれる。

あなたの親類のエリサベトも、
年をとっているが、男の子を身ごもっている。
不妊の女と言われていたのに、もう六か月になっている。
神にできないことは何一つない。」

マリアは言った。「わたしは主のはしためです。
お言葉どおり、この身に成りますように。」
そこで、天使は去って行った。 





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