2−3世紀ごろ セシリアは、彼らの遺体を引き取り埋葬した。その後、自分の家をカタコンブ(地下墓地)にしたり、聖堂(のちに聖セシリア教会と呼ばれる)にしたことが総督に知られ、捕えられ、棄教するように強要された。彼女がむし風呂の刑にあっても、苦痛もなく、汗ひとつかかなかったので、最後は首を切りつけられて、3日間の苦しみののち殉教した。 信者たちはセシリアの遺体をカタコンブに葬った。1599年に、腐敗していない彼女の遺体が発見されたといわれている。その姿をもとに、彼女の墓の上には、当時の有名な彫刻家によって造られた像が置かれている。 彼女は、「心のうちで神に音楽を奏でていた」といわれる伝承があることから、音楽家の保護の聖人として人びとから親しまれている。 |
聖セシリア
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