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日々の気づき。

*先のブリュッセルのテロ事件は少々恐ろしい思いがした。
ブリュッセルには昨年訪れたし、空港や地下鉄は日々利用する公共交通機関なのでフランスでこのような事態に遭遇するかしないかは運次第。自分たちは運が良いと感謝しなければならない。とはいえ当地は相変わらずのんびりした警戒を続けている。大きなショッピングモールは出入り口を一箇所のみにして警備をするようにはなったけれど。

*毎度レッスンでは両師匠とも懇切丁寧にみてくださるのだが、最近、右手のテクニックについて改めて疑問に思う点があり、学校のフォンタナローザ師に率直に質問をしてみた。あなたは、以前フランス国立オケのコンマスでらっしゃいましたし、また一人のソリストでもありますが、何か変えて弾いていらっしゃいますか?と。

*結論的には同じだ、というお答えだったが、キミは家でさらう時は立って奏くのかね、座って奏くのかね、と尋ねるので、時によります、と答えると、必ず立ってさらうよう、と言われる。要するに体の使い方、ということなのだ。オケで弾く時の座り方、右手は単純に腕をもっと意識すること、など。しかし、おっしゃられた中身を精査しなければ自分のものにすることはできない。ある本を立ち読みした時、名言を見つけた。
「わかるとできたは違う。」

*シャルリエ師、録音や映像だけでは録りきれない奥行きがある音色の持ち主だが、師の極意も単にフランスのヴァイオリンひきだから、というカテゴリーで考えていてはヤマにたどり着けない。全く別の方角から見てその秘密が見えてきた気がしている。全く平易なことだ、弓を弦に十分に擦り付けて奏くということ。そのためには、、、?

*自分の10代以降、子供の意識から大人の意識に変わって行く頃、ひとと同じく、よく聞く話だが天才から凡才になっていく落ち目と戦ったものだった。その時に得たテクニックが今になって不要になり、捨て去らなければならなくなった。ヴァイオリンの音色を作る方法を再認識して見直している。

*過去の演奏家たちへのノスタルジー、現実に見て聞いたわけではないので、盤面上でしか思いを馳せることはできない。しかし、それをも越えて現代の演奏家は今を生きなくてはならない。なぜなら今を生きる聴衆と向かい合うのが我々の役目だから。

*なかなかこの齢でキツい課題と向き合っているが、少しヴァイオリンを奏くことが楽しくなってきた気がしている。

*今日はエイプリルフールだが真面目に書いている、念のため。この日は当地では魚を書いた紙を知らぬうちに他人の背中に貼り付けてからかうのだとか。なので魚をかたどったチョコが売られている。

*下の写真、作曲家のマニャール、ロパルツ、そしてヴァイオリニストのイザイの3ショット。

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