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*明日夜の便でまたドゴール空港から羽田へ向かう。今年5回目の行き来になる。9月、自宅での練習と語学勉強(於:マックにて!?) 、そしてレッスンを受けて、といつもの留学生活のリズムに戻ったところで再び。11月中旬にはフランスに戻る、、、。

*9月17〜18日、フランス全土で「国内遺産の日」として美術館や歴史的建造物などを一般無料公開をしている。今年、初めてその日にそれらを見に出かけた。ヴェルサイユ・ランビネ美術館、パリ4区にあるパリ市庁舎の2つを見た。

*ランビネ美術館では17〜19世紀を中心としたフランドル派及びフランス派の絵画や彫刻、小物や食器など、個人からの寄贈などによるコレクションを公開している。所蔵品は多いが割合こじんまりとした佇まいである。

*パリ市庁舎は所謂、東京都庁に当たるもので、国政の施政者及び名誉市民などの勲章を授ける場としても使われている。何度か焼失している所以で19世紀のバルビゾン派の印象派の画家たちの絵画やオペラ・ガルニエを思わせる絢爛豪華な金の装飾で内部が飾られており大袈裟でもあり見事だった。

*留学生としての生活は自己の考えや行動を必然的に矯正していくことになる。師の教授を実現するためには避けて通れないのである。音の色、表現、脱力、、、。思考回路の変更を迫られる事ばかり。鬱屈とした日々を過ごしていたが、これらの歴史遺産に触れてぼんやりではあるが見えた気がしたのである。

*遺産の様々な美術品の色合いを見てふと思った。調和、つまり基調とする色合いから導かれる調和。素のままの音ではただの音響に過ぎないのではないか。様々な要素を混合(メランジェ)して良い塩梅のものを提供する、一音一音に変換していく。最初からただ輝かしい良い音の羅列ではこれを表現するのは限りがある気がする。漆黒の闇から光や色を浮き上がらせる絵画を見てそう思った。

* 学校のフォンタナローザ師にこの事をたどたどしいフランス語で話したところ、師の父は20世紀初頭に活躍した画家なので、その談として「そう、その通り、色は音色だね。そして絵画の線はリズムなのだよ」とおっしゃった。師のヴァイオリン演奏は、ほんと、色彩感溢れる音色、リズムで構成される幸福な音楽をいつも奏でている。シャルリエ師も色彩感、そして物語が、常に輝かしい音ではなく光と陰が交錯し、それらを見事に使い分けて演奏する。それも完璧無比で。

*幼い頃、 LPやCDで育った耳にはいつも輝かしい音で奏でる舶来の演奏家がいた。そのように、そして正確に演奏することが課題だった。

*フォンタナローザ師に「聴衆の前で小さな音で演奏するのは勇気がいります」というと、目の前でピアノからフォルテまで様々な音でひいてくれた。その中に響かない音でひいてもくれた。「よく響けば(タンブル)、小さな音でもきこえるだろう、大きくても響かなければ聞こえないよ」と。

*先日齢45を迎えてこの課題と向き合う3年目に入った留学生。まだまだ先は遠い、、、。

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