全体表示

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

日本沈没

ブラジル五輪代表にロナウジーニョら=サッカー〔五輪・サッカー〕
7月8日8時55分配信 時事通信


 【サンパウロ7日時事】北京五輪でも指揮を執るサッカー・ブラジル代表のドゥンガ監督は7日、五輪代表18選手を発表した。オーバーエージ(24歳以上)枠では、MFロナウジーニョ(バルセロナ)、FWロビーニョ(レアル・マドリード)の両スター選手と、DFチアゴ・シルバ(フルミネンセ)がメンバー入り。このほか、成長株のFWパト(ACミラン)、MFジエゴ(ブレーメン)らが代表入りした。
 ワールドカップで最多5度の優勝を誇るブラジルは、五輪では2度の銀メダル獲得が最高で、まだ金メダルがない。ロナウジーニョとロビーニョは優勝を目指す上での切り札的な存在となる。ブラジルは五輪1次リーグC組で中国、ベルギー、ニュージーランドと対戦する。 (了)



反町プラン崩壊…本番も遠藤招集断念へ
7月8日7時1分配信 スポーツニッポン



サポーターが掲げた七夕の願いごとを背に、選手に指示を出す反町監督(右)

 8月の北京五輪に出場するU―23日本代表の候補合宿が7日、千葉県内でスタートした。反町康治監督(44)はウイルス感染症で離脱しているオーバーエージ(OA)のMF遠藤保仁(28)を五輪本大会でも招集しない可能性を示唆した。遠藤の招集を見送れば、勝負のカギを握るセットプレーキッカーを失うだけに、チームにとっては大きな痛手となる。

 約2時間の合宿初日の練習を終えた反町監督が厳しい表情で切り出した。ウイルス感染症で発熱が続く遠藤について「彼のサッカー人生に影響を与える病気ならサッカー寿命を縮めることはできない。仕方ないよね」と招集を断念する可能性を示唆した。中盤でボールを落ち着かせることができるOAの司令塔を攻撃の中心にするプランを描いていただけに、苦渋の決断を迫られた形だ。

 遠藤不在で最も懸念されるのがセットプレーキッカーだ。昨年のアジア最終予選では右足は水野、左足は柏木、本田圭が主にキッカーを務めたが、指揮官は遠藤の招集を見据えて水野をメンバーから外した。左内転筋痛から復帰したばかりの柏木もJ2リーグとの兼ね合いで今合宿の招集を見送られており、14日に発表される五輪代表メンバーに入るかは微妙だ。





なになに、ブラジルにはロナウジーニョ、ジエゴ、ロビーニョ、アレッジャンドレ・パト…!?アルゼンチンはメッシ、アグエロ、ガゴ、リケルメ、マスケラーノ、ブルディッソ・・・!?
なんとも素晴らしい面々。
一方の日本はというと、、唯一のオーバーエイジ枠の遠藤が離脱!?
日本は1次リーグから米国、ナイジェリア、オランダという強豪と戦うようですが、1次リーグの突破も難しいですな。
これで日本が優勝するようなことがあったら天変地異が起こるくらい奇跡的(トホホ

体罰の是非

以前、自身のブログ記事「甘えが犯罪を呼ぶ?」(http://blogs.yahoo.co.jp/szksig262007/10481706.html)で体罰について触れましたが、私は体罰に対して基本的に賛成のスタンスに立っていますが一方で懐疑的なことも申し上げました。現状を見てみると、何か事件があったらすぐに「死刑だ!」といった声が主に保守的なブログによく見られますが、ここは感情的にならず「体罰」についてラディカルに考えてみようと思います。

[過去の記事から抜粋]
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
あと「体罰すべし!」との声があるようですが 【半分】 はそのとおりです。
まず教育には原則体罰は必要。戸塚ヨットスクールというのがあります。どの精神科医も心理カウンセラーもがどうしようもなかった子供がここに入るとピシっと直る。教育に体罰が必要だということはここが証明した結果となりました。ただここに入って少数ではあるが死ぬ子も出る。この違いは何か?答え、、体罰は権力・権威を作る。だから精神の病気ではなくアノミー、つまり酒鬼薔薇事件みたいな社会的無規範で犯罪を犯した少年(大人も)たちはすぐ直る。だけど病気の子は体罰では治らず、体罰が酷過ぎて死ぬ子もいる。
だからその 【半分】 とは、体罰を加える前に病気か否かを調べなければ解決しないということ。平等に。ただ平等ってのは個性を無視しろってことでは当然ない。これを誤解したところに先ほど申し上げた民主主義の無理解がある。つまり、民主主義教育では<平等>とは「みんな同じでなければならない」というとんでもない誤解が生まれ、この誤解が教育における諸悪の根の部分です。
↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑

少し視点を変えて、「体罰」を「少年法」と絡ませて書きたいと思います。現在日本で語られている少年法の強化は、子供には自己決定能力がないから外から罰則を与えるしかないという考えです。少年法強化の声はアキバ事件以降盛んになりました。でも現状を見てみると、自分の責任で物事を考えられる最低年齢が高くなっています。ものすごく思考過程が短絡的で問題行動・暴力行為をしてカウンセリングを受ける20代の人が増加しています。問題は、カウンセリングを受ける若者が「(問題行動・暴力行為を)やってるときの記憶がない」とか「問題行動だけ止めてくれればいい」とかと主張するらしいが、これじゃあ行動と内的葛藤を結びつけることはできないし、すべての行動にはその背後に内的な過程があるという前提が崩れてしまっている。

教師の体罰についても同じ構造です。体罰是非の前に殴るまでのプロセスが短絡してしまっている。
確かに昔の教師の体罰は殴る方と殴られる方に共通の前提があった。だけど今を視てみると教師も生徒同様にストレス状態にあるから、気がついたら殴ってた、みたいなことが起こっちゃう(笑)。そして殴られた方は何故殴られたのかわからずストレスが溜まるだけ。するとそのストレスを解消するために殴られたヤツは自分よりも弱いヤツに対して暴発してバランスを取るしかない。そしてそのベクトルが、いじめられ体質な子に向かったり親に向かったりして暴力の連鎖が生じるんです。
簡単に言えば、「体罰容認派には社会的文脈が欠落している」の一言に尽きるんですが、結局は体罰論の行きつく先は私が今まで論じてきた「ストレス」になるというわけです。これを語るには「昔」を語るが近道と思います。
先ほど「昔の教師の体罰は殴る方と殴られる方に共通の前提があった。」と申し上げましたが、簡単に言えば昔には地域社会が存在したということです。学校自体が地域社会の中に溶け込み、地域社会の一部にすぎなかったんです。さっきの暴力で言えば、殴られるようなことが子供の間で起ころうが、教師と生徒の間で起ころうが、何が理由でどういうことがおこっているのか互いに透明です。そういう状況では理不尽さを感じることが少なく、ストレスが溜まりにくい。それに「大人社会」が今ほどは不透明でなかったし、汚らしいものだとも思われていなかった。子供は大人社会に対する夢を共有することができた。それもまたストレスの低減要因になります。

「いじめ」「家庭内暴力」「アキバ事件や酒鬼薔薇事件などの社会的無規範な事件」…。これらの問題は「ストレス」を語らなければ解決しないんですよ。アキバ事件や酒鬼薔薇事件などの社会的無規範な事件は「甘えが原因だ」とかいうバカは恥を知れ(笑)
因みに国連統計がありますが、重罰化では軽犯罪と性犯罪は減りますが、アキバ事件など凶悪な犯罪については減るというデータはありませんので。

最近ちらほらと沖縄を見捨てるような言説が見られ、僕はそれに対して憤りに近い感覚を抱いたので沖縄について僕の考えを書いてみました。沖縄左翼を非難して、そんな左翼思想が蔓延する沖縄を見捨てるような考えをしているようじゃ沖縄の左傾化は続くでしょう。
沖縄には左翼的な同調圧力が蔓延してることは皆さんご存じのはず。沖縄を見捨てるような考えを持つ自称保守は、何故沖縄は左傾化してるのか?という理由をご存じなのか甚だ疑問です。

先の大戦を振り返り、沖縄を全体的にみると、日本軍が沖縄県民を守ってきたなんてことはないわけです。多少は沖縄県民を守ってきた軍人さんははいたとは思いますが、全体的に見ると軍が沖縄県民を見捨ててきたのは確かなのです。「沖縄県民による反対のデモ集会」や「教科書検定の問題」が昨今、沖縄側から本土に向けてのメッセージが世間を賑わせています。僕はこれは本土に対する不満の表明ではないかと思うのです。
沖縄はご存じのとおり、戦時中本土防衛の盾になりました。沖縄の尊い犠牲があって本土決戦を免れることができたわけです。昨年あらゆる議会で検定撤回を求める決議があがったり、それに便乗するネットウヨが同じく撤回を求めていたりしていました。こうして検定反対という動きは明らかに「歴史」ではなく「政治的イデオロギー」がリードした状態でなっていった。僕はこうしたリアクションに疑問を感じていて、「撤回を求めるんじゃなくて盾となってくれた沖縄に対して感謝決議みたいなことをするのが筋じゃないの?」とも思いました。

先ほども触れましたが、沖縄には何故左翼が多いのか?についてです。
沖縄が返還された1972年以降、一挙に左翼的な思想が蔓延しました。それが急激な蔓延の仕方だったから一部の人にはちょっと違うんじゃない?って思った沖縄の方もいらっしゃったと思います。沖縄が今後日本で米軍基地の巣窟と化すのは耐えれないし、本土の人たちに気づいてももらえない。まして差別感もある。こうした空気の中で、日本人が払うべきツケを自分たちが払わされてきている以上、左翼は嘘を言ってるのは分ってるけど、自分たちの味方になってくれている反体制を掲げている左翼側の立場に立とうと考えるのはごく自然の流れでしょう。同じように右派から差別的な圧力を感じている在日の人たちについても同じ構造です。今日本にいる在日の人たちっていうのは強制連行されて日本に来たのではなく、大多数の人たちは日本で成功するために一旗あげにやってきたことはご存じのとおり。そこで僕の地元の愛知県とかでパチンコ業とかを興してきたわけです。でも在日っていうだけで差別を受けたり弱い立場にあるから、弱者の味方である左翼側につこうと考える。

沖縄を見捨てるような発言をする者が保守でしょうか?都市化と郊外化で共同体が崩壊して生活世界が空洞化して、共通前提が消えてからは、人々が不安ベースになって習合主義・関係主義的な寛容さが失われ、「断固!決然!」的なものが保守なのか?それは違うだろ。
戦後保守政治の暗黙知に全く無知であるがゆえに暗黙知を破壊した安倍元首相。彼が保守を自称するのも笑止なら、自称を真に受ける人々がいるのも笑止です。内政にしろ外交にしろ世の中がどう回っているのかに無知な無教養者が、保守であろうはずがない。手打ちの意味も知らず、感情のまま世の中をいじる男は以前にも話しましたが愛国ならぬ国粋です。例えて具体的にいうならば、官房長官は官邸と政治家を媒介する存在で政治家の覚えが悪ければ機能しませんね。にもかかわらず塩崎恭久を採用した。官房副長官は官邸と霞ヶ関を媒介で官僚の覚えがめでたくなければいけない。にもかかわらず、官僚たちから軽蔑される的場順三をあてた。まあ安倍さんの話は置いておきましょう。

少しグダグダな文章になってしまって申し訳ないですが、少しでも沖縄の声を聞こうと思われる方が一人でも二人でも出てきたら何よりです。

僕は沖縄側から日本を変えてやるぜっ!っていう気概がもっとあってほしいと思ってます。ぜひ沖縄の方々には「沖縄」を伝えていってほしいと思いますし、僕も知りたいと思いますので、ぜひっ!「沖縄」の声をお聞かせいただければ幸いです。

開く トラックバック(1)

ずいぶん前の記事になると思いますが、戦後日本(吉田ドクトリン)の対米戦略について書きました。えっ〜と、「官僚を動かす政治家は現れるのか?」という記事かな。

戦後の日本は、戦略的にアメリカに従属して経済発展を遂げ、その対米従属による経済成長の枠組みを支えたのが、憲法九条と安保条約です。それは軽武装の日本を守ってもらうべく、基地の提供をはじめとして米国の便宜を図るものでした。 しかし冷戦体制が終焉を迎え、ソ連等共産主義から西側を守るという米国の大義名分が消えました。9.11以降のアメリカの軍事行動が世界から顰蹙を買い、対米追従が国益を損ねがちになり、国益を守るには、軍事と外交で米国から自立する必要が出てきました。

 左翼によく見る主張で、護憲を唱えつつ対米追従を批判する人がいますが、護憲と対米自立は同時に成り立ちません。当たり前です。選択肢は2つ、対米独立−重武装か、対米追従−軽武装か。例外として中立的−軽武装の選択には、コスタリカのような突出した外交能力が要るので、今の日本には到底無理ですね。
 だから反撃を予想した敵に攻撃を控えさせるべく、対地攻撃を軸とした反撃能力がいるので、対米独立には重武装化が必要です。それには集団的自衛権を超越した憲法改正が必要で、それには「アメリカや中国など周辺国の国民の感情的手当て」と「政治家の戦略的外交能力」が要ります。私案としてですが、アメリカからの無理な要求を拒むために、集団的自衛権の行使を許容するように憲法を改正し、安全保障基本法なるものを作り、集団的自衛権の行使に国連決議など多国間枠組で歯止めをかける、というのはどうでしょう?

さて、現状を見てみると、日本には集団的自衛権が認められていないのにも関わらず、イラク戦争やアフガン攻撃において集団的自衛権の図式がないと動けないイージス艦を出しています。だから実際には兵站を提供するとか情報処理を担当するとかも十分な戦守行為と言えるので、認めていないと言いながらも集団的自衛権を暗黙していると言ってもいいでしょう。つまり事実上の集団的自衛権の行使です。
集団的自衛権に対して現行憲法が歯止めにならないなら、新たな歯止めが必要です。それには前述の通り「集団的自衛権の許容」と「多国間枠組への従属」が必要だと思うのです。
 ただ、政治家たちに憲法が「国民から国家への命令」であるという基本的理解すらない現状で、改憲して果たして“良き”憲法が生み出されるのか、疑問に残るところがあります。ともかく「日本はアメリカに捨てられた女」とかほざいている親米ブログやそれに同調するバカがウヨウヨいる現状ようじゃ改憲は10年先の話。死んでいい(笑)

 「官僚を動かす政治家は現れるのか?」でも触れましたが、平和憲法を与えた(押し付けたは誤り)米国が1948年に占領政策を180度転換すると、吉田首相は 「憲法上できない」と再軍備を拒否し、その代わりに基地提供を申し出ました。それが安保条約です。経済復興優先で軍備に回すための資金がなかったし、アメリカの言うがままに出兵して死者を出したくなかったし、今後日本はアジアの中で生きていくことになると考えたからそのアジアを敵に回したくもなかった。平和護憲ならざる取引護憲です。選択的に護憲の立場をとったんです。まあしかしその吉田茂の戦略的思考は時代と共に忘却され、親米愛国者なる右翼と親ソ共なる左翼という不毛な二項対立に陥った。そしてその図式に乗って思考停止の出来上がり(笑)

 憲法は、国家への国民の意思を書いた「覚書」です。戦後日本には国が国民に提示する憲法に対する憲法感情はあっても、国家をどうすればうまく操縦できるんだ?っていう憲法意思が乏しい。それは今も変わらずだから何が書かれていても空文化するんです。
 憲法意思なき国民が多数になれば憲法は紙切れ同然で使いものになりません。大事なのは、憲法に何が書かれているかじゃなくて、国民が何を意思するか(憲法意思)です。 それには、国民の8割以上が投票して8割以上が賛成するといった圧倒的意思が、示される必要があります。でも今の院選挙と同様に、低投票率でも憲法改正ができる与党の国民投票法案では、国民意思の集約にならない。だから僕は安倍さんを批判するし、どうも憲法というものを分かっていないように感じてならない。しかしそれをいまだに安倍首相を翼賛し、思考停止に陥ってるようじゃ笑止ですね(笑)

開く トラックバック(3)

近代幻想

今まで「社会」という視点で日本を語ってきたんですが、ある方から日本の精神とか、そういう内面的な問題について意見を求められたので、今日は脱線して「近代化」を中心にそれを語りたいと思います。

まずは日本って一体何なんだ?外国から見る日本って一体何なんだ?ってことについてです。
日本を外国からどのように見えているのかを語るにおもしろい話があります。外国人ジャーナリストに広まっているジョークなんですが、沈没しかけた船では最後に男性が救命ボートに乗船するけど、最後に乗ることをクルーが説得するときの言葉です。アメリカ人には「女性が見てらっしゃいます」、ドイツ人には「上からの命令です」、イギリス人には「サーの称号が待ってます」、そして日本人には「みなさんそうしてらっしゃるようです」(笑)。
つまり「みんながやっている」に逆らってしまうと、コミュニケーション自体から外され、公共的正義を主張しようにもできなくなる。公共性を実現するためにすら、一旦「みんながやっている」流れに内在する必要が出てくる。そこで近代化のためにこそ日本に内在せよっ、ってなる。

近代化…。今は亡き三島由紀夫さんが「日本が単に近代化を遂げるなら、日本は入れ替え可能な場所になってしまうから、入れ替え不可能なものを防衛するべきだ」とおっしゃってました。つまり僕の言葉で言うならば「透明な場所」になるのを防ぐために不透明なものを立ち上げそれを守る、ということになるのでしょう。そして三島さんがその「入れ替え不可能なもの」として採用したのが天皇であると思うんですが、それは抜きにしてもロジックとしては納得できます。無機質で、中身空っぽな経済大国に成り果てると嘆いたからこその言葉だと思います。でも今や人材流出が深刻化しつつあるから、現実味のある言葉となってしまいました。地域も国も入れ替え可能な場所でしかないのなら、自分を高く買ってくれる利便性のある場所にどんどん移ってしまう。以前はお金があったからよかったけど、今や入れ替え可能な場所の中でお金もないという話になる。そういう利便性という観点からのみ開発された町がまさに今まで問題点を論じてきたニュータウンです。そのニュータウンという透明な場所が透明な存在を産み、自分は一体何者なんだってことがわからなくなる。

近代っていうとどうしても浮かび上がるのが「アメリカ化」「グローバル化」。グローバライゼーションっていうのは、支配する側だけでなく支配される側も、「さもないと生き残れないから」と、進んでその図式に乗っかる。第三世界や後発工業国の従属経済化と同様、「アメリカの庇護なくして生き残れないから」と、米国一極集中図式に進んで乗り、結局いいようにされる。まさに今の日本のようですな(冷笑)他方、アメリカ側から見てみると、経済のグローバル化が生き残りのために不可避なのと同様に、国外に「敵」を作らないと民族・理念に依拠する多民族国家が生き残れない。まあアメリカの話はいいですね(笑)。
 
つまり、「近代化」は不可欠としつつも、やり方次第では「対米従属」してしまいます。それは回避せねばならない。エネルギー安全保障、食糧安全保障、技術的安全保障、文化的安全保障とか、いろんな観点からある種の「近代化」を回避し、別種の「近代化」を遂げねばならないとの発想が、長く抱かれてきています。 ともあれ、冷戦体制以降親米という論理は冷戦終焉とともに破綻しているのに、今だにそれを疑おうとしない者はバカでしょう(笑)。愛国者はアメリカを語らざるを得ない。9.11以降親米ブームが沸きあがり、それがアメリカが北朝鮮をテロ支援国家から解除すると決まった今、反米論調のブログなり何なりもっとあっていいはずです。


.
シンフォー
シンフォー
男性 / O型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

過去の記事一覧

1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

ブログバナー

検索 検索

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト≪さとふる≫
実質2000円で好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事