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『なぜ酒鬼薔薇事件が起こったのか?』
その答えを僕は“戦後民主主義”と明言し、今までその戦後民主主義と言われるものの内部を語ってきました。
さて、今回は酒鬼薔薇を育てた地域である「神戸市須磨区のニュータウン」の問題点を追及したいと思います。まずニュータウン固有の問題ですが、歩いても風景が変わらないし、全然進んでる感じがしないそうです。目印になるようなものがなく、同じような風景が続く。こんな所に住んでいて楽しいでしょうか?
都市計画をやった人の責任は大きい。
そこで皆さんにお聞きしたい。歩いて楽しい街って何だろう?下町のような所を思い浮かべた方もおられると思うし、都心のように高層ビルが立ち並びいろんな店がある所を思い浮かべた方もいるでしょう。しかしニュータウンはおそらく皆さんが思い浮かべた街とは程遠い。
普通歩いてたら、お店があって、路地があって、空き地があって、近所の人が出てきたりして、風景が変わりますよね、歩いて楽しい街っていうのは。これはものすごく重要で感覚的な問題だと思います。歩いても全然風景が変わらないというのは歩いていてもつまらない街なんです。だからニュータウン住人は皆車で移動する。買い物に行くのもみんな車だから近所との接触の可能性はほとんどない。つまり「連帯の欠如」が生まれる。
あと、ニュータウンを少し調べてみたんですが、あることがわかりました。それはどのニュータウンでも性犯罪、痴漢が非常に多い。そのことを住民のほとんどが知ってるし、警察も注意を呼び掛けているし、自治体も「どこどこに痴漢が出たので気を付けて」と回覧を回したりする。しかし酒鬼薔薇事件が起きた須磨ニュータウンでは、そういう情報が伝達されない。で、酒鬼薔薇が小動物を惨殺したりという話も付近の住民は一切知らない。もちろん、それを片づけた人は知ってるけども「連帯が欠如」しているから他の人には伝えていない。
酒鬼薔薇が通っていた友が丘中学校もそうだったそうです。何度か酒鬼薔薇が小動物の死骸を置いていた。そんなものが置いてあったら普通の中学校では朝礼とかで「誰だ!こういうことしたやつは!」って言うでしょ。だけど友が丘中学校ではそれもせず、生徒が登校する前に先生がちゃっと片づけてそれでよし。…おかしいですよね。
大概ニュータウンはそうですが、土地の利用計画はお役人さんが決める。ここはこれ、あそこはこれ、という具合に全部ブロックする。だけど行政はお店の重要性がわからないから須磨ニュータウンみたいな町が生まれたんです。
子供の頃、僕は秘密基地を作って友達とよく遊びました。なにかこう、皆の知らない大人の知らないダークサイドに仲のいいヤツらで集まる。それが楽しかった。だけどニュータウンにはそれがない。
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