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不完全な近代が成熟した近代になったとき、戦後日本が抱えてきた「おいしいものを食べたい」とか「欧米的な生活がしたい」という大きな欠乏が消えてしまったため、1950年代から出現した「専業主婦=子供のために生きる母親」が、何が子供のためであるのかという自明性を失ってしまった。その結果として極めて問題の多いとっかかりを見つけ出しては、いきなり情熱を注いでしまう状況があります。それが、子供をいい塾やいい学校に入れることであったりするわけです。以前『教育論−社会的無規範な犯罪を防ぐ術』で「専業主婦を減少傾向に正すことが効果的だ」と申し上げました。専業主婦というのは子供のために生きる存在です。それは昔はよかったんですが、今は何が子供のためか自明性が失われたから精神的に迷ってしまう存在になってしまう。この精神的に迷ってしまう専業主婦が、なおかつ子供のためと称して何かをしようとすると、大いなる勘違いに陥りやすいということです。 |
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2008年07月15日
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日米政府が日米安保共同声明にかかわる協議を行った1996年、その成果として日米安保共同声明が出されます。そこで周辺事態法を改正し自衛隊にアメリカ軍の兵站を担当させ、補給部隊という国際法上の戦闘行為の役割を負わせました。冷戦体制が終焉を迎えたのにも関わらず、アメリカの部下として日本は生き残るという図式です。要は役人どもが「アメリカと一蓮托生でなければ生き残れない」という妄想を自ら描き、その図式が求める土俵の中で一番いいポジションを取ろうと争ってるだけで、そこに企業も群がっているだけ。そこには国家百年の戦略的思考なんてものはなく、官と民よる「国家を草刈り場とする利権争奪戦」があるだけです。 |
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