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論文のための考察3

今日はある方から核武装論について意見を求められたので、それに対するエクスキューズを含め(笑)核武装について書きたいと思います。

■私たちの信頼社会の中では、公共圏の中で絶えず他者と出会い、人々がそこでパブリックなものを共有しあうことになります。共有するということは、どこかに理性でもっている部分があり、つまり公共圏とは理性的な行動ができて成立する空間である、という考え方があります。
■しかし大衆化が進んでいくと、そういうのが全く成り立たなくなる。そのときに、社会を成り立たしめるため、他者というものが自分と対等であることを前提に、他者と協約を結ぶ論理を作って、それに従うんだという考え方をするようになる。それは信頼社会を成り立たしめる合理的な仕組みです。
■ところがホッブズは、それでは社会が成り立たないのではないかと考えた。他者とは非常に恐ろしく不気味な存在であって、そういうものが社会の中に常に存在する。例えば右翼からみる中国や北朝鮮などです。そして社会秩序が臨界点に達したときに、他者の問題が暴力性として噴き出してくる可能性がある、とホッブズは考えました。
■おそらくホッブズは、私たちの社会は表面的には暴力がないかのように見えるものの、実は潜在的な暴力を使わない限り秩序が管理できないのではないか、と考えたのだと思います。
■人々が自由を分け持っている状態は恐ろしいから、自然権を強大な権力に譲渡することによって、「人々が自由であることで、かえって不自由になってしまう逆説」を取り除こうというのがホッブズのアイデアです。
■その対極にあるのはルソーの考え方です。不気味な他者がうごめいている社会で秩序を保つためには、監視を徹底させることが一番効果的です。そうすると、この社会の外側にそれを一望できる神のような眼を持ったものがあり、それによってすべての人間を監視すれば一応秩序の問題は解決する。
■ルソーの場合、その眼は一般意思ということになるのでしょう。その一般意思というものに、すべての共同体が個別的に意志を完全に委ねる、ということです。
■社会システム論者のルーマンが言うように、物理的暴力の集中がホッブズ的な意味で重要です。自分が暴力を振るわなくても物理的暴力を呼び出せばいいようにしておくことです。ただし誰にでも呼び出せるという公共性の原則が必要です。特定勢力だけの呼び出し線を意味するわけではないということが、物理的実力を集中した統治権力の正統性に、重要な影響を与えるのです。即ち、暴力が公平に使用されうることが重要です。国内での物理的暴力もそうですし、国際舞台での物理的実力もそうです。その意味で、アメリカの軍事力が公正に使用されうることへの信頼が、正統性を呼び寄せるのです。
■このことはマックス・ウェーバーの正統性という概念と関連します。正統性というのは、自発的服従動機を調達できない支配は脆弱で長持ちしません。そこで正統性が必要とされる。伝統的支配、合法的支配、カリスマ的支配の類型をウェーバーは示すわけです。
■自発性を壊さないためには、剥き出しの暴力は背後に控えて、いざとなったら呼び出せる具合にする。集権的な暴力を呼び出せる呼び出し線は、いつでも使えるようにしておいて実際には使わない。とはいえ「いつでも呼び出せるぞ」ということがあればこそ、人々は他者たちもルールに乗っ取って行動するだろうという予期のもとで振舞えます。
■リベラリズムの思想もそのことを重視します。その点で興味深いのは、ネオコンが何事につけても先制攻撃論で対処することです。「いざとなったら刀を抜けるぞ」と威嚇しておいて刀は抜かないのが、国際協調路線を展開する場合の通常のロジックだから対照的です。
■新保守主義はこうしたリベラルなロジックとは全く違って、正当性論の伝統を完全に無視した上で、危険があれば「伝家の宝刀」を抜いて切りつけろ、というかたちをとります。正当性論、すなわち合意調達や自発的服従の調達を無視するという点で、ネオコンはホッブズの契約説とは「水と油」です。
■日本では核武装論が高まっていますね。これはホッブズやルーマンの話にも関連します。何かこう、非常に曖昧模糊とした、ある種のロマン主義的な美的観念としての国家がもてはやされる。例をあげるなら西部邁さんなんかがそうです。西部さんの本を以前読みましたが、最終的には精神主義的な世界に行き着くわけです。核を持って日本は一人前の国家になる、という話になる。核を持つ世界というのは精神世界です。今核を持つには小型化しなくては実用性がないし、なおかつ抑止力として使えないんですから。
■核武装についてわかりやすく言えばこういうことです。「ペニスに立派なサックをつければ俺も男だ」みたいな単純な発想が社会の中にあるのは仕方がないとして、「それじゃかっこ悪いよ」という感受性が中和剤として必要です。ただ単に核武装して男になろう!というような次元でロマン主義を解釈するのは単に無教養、思考停止以外のなにものでもない。
■北朝鮮問題で核武装論者が活発になっている中、私がここでいう中和剤として機能すればいいと考えるので、あえて核武装の欠点と核武装論者の論理的欠落を指摘しています。勘違いのないように申し上げますが私は核武装に対して中立の立場です。
■前述の通り、北朝鮮問題により日本の核武装の是非が盛んに取り沙汰されています。しかしそうした一連の議論は技術的に日本が核を保有する能力を持っているか否かや、核武装が憲法上認められるか否かといった観念論の域を出ていないかに見える。その一方で、日本はIAEA査察官が8人も常駐するれっきとした核査察対象国です。2,3年前の北朝鮮の核実験直後の米国主要各紙の報道にも見られるように、世界の目は日本の核武装の可能性について、日本人の想像を遙かに超えるほど敏感になっているのが現実です。
■問題なのは、そもそもIAEAという組織が、戦後日本とドイツの核武装を防ぐことを最大の目的に結成された組織であることを、日本人の多くが正確に認識できていないのではないかということです。もし日本の核保有が技術的には可能だとしても、万が一日本がそのような方向(核武装)に踏み出せば、国際政治上大変な代償を伴います。日本が核兵器を保有するためにはNPT(核拡散防止条約)を脱退する必要がありますが、その際に起きるだろう国連安保理による制裁や各国からのエネルギー供給の停止に、資源の無い日本が耐えられるはずがない。
■もし核武装するのであれば、まずアジア周辺諸国の信頼を得て、国際社会の了承を得て、周辺国の怨恨感情に対する手当てが必要です。それなしに「北東アジアとの国交を断絶しろ」「NPTを脱退して核武装すべし」「核武装したもん勝ち」などのようなリアリズムなき主張は、どなたかが言ってたようにガス抜きの場としては機能するかもしれませんが、とにかくリアリズムなき核武装論者には思考能力を持っていただくしかありません。

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