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先日洞爺湖サミットが行われ、皆さん方はいろいろ思われることがありましょう。今日はそのサミット最重要課題として掲げられた環境問題(主に京都議定書)をグローバライゼーションと絡めて書いていこうと思っています。皆さんご存知のように京都議定書には基準年1990年の問題点など矛盾がありますが、今回は触れないことにします。
さて、アメリカについてですが、この国は本質的にユニラテラルです。その背景には“グローバライゼーション”つまり「軍事力一極集中」「高度情報社会化」「アメリカンウェイオブライフ」の浸透があります。どれをとってもアメリカの一人勝ち。故に冷戦下のような均衡政策を採る必要がなく、本来の一国主義に回帰する。ご存じのとおり、アメリカは京都議定書に署名せず、「地球温暖化問題に消極的な米・豪」「積極的なEU」「中途半端な日本」という図式があります。
しかし、第三世界のNGOは「地球温暖化なんかよりももっと重要な問題がある」と言う。実際今回のサミットでもそうした運動があったようです。そしてその重要な問題というのが“グローバライゼーション”だ、と。第三世界は自らのパトリを豊かにすべく、政府も市民も近代化しようとします。それには外貨が必要で、それを手に入れるために換金作物に作替えする。そうすると国際市場に依存して買いたたかれ構造的な貧困に陥ります。でも元に戻すといっても、自立経済を支えてきた自然環境はすでに破壊されています。こうした問題が砂漠化や熱帯雨林伐採をもたらし、その構図を加速させるのが“グローバライゼーション”だ、と。
ここで問題なのが低価格の背景です。まず、国内的には原料から中間産品まで国際調達しないと生き残れない。そして国際調達の背後には国際市場で買い叩かれる第三世界がある。この構造をなんとかしないと、何百年後の地球の温暖化云々の前に地球が滅茶苦茶です。だから第三世界関連のNGOからしてみたら、洞爺湖サミットのような地球温暖化防止サミットなんぞは「先進国のエゴイズムの成す出来レース」なんですよ。
前述のような環境問題に見出せるグローバライゼーションの図式はより大きな問題の比喩でもあります。第一次大戦的な「帝国主義的グローバリズム」と「グローバライゼーション」の違いは、後者の場合、支配する側だけでなく支配される側も「さもないと生き残れないから」と、進んでその図式に乗ろうとする。第三世界や後発工業国の従属経済化と同様に、「アメリカの庇護なくして生き残れないから」と、米国軍事力一極集中図式に進んで乗っかり、結局いいようにされる。他方アメリカ国内を見ると、経済のグローバライゼーションが自国の生き残りのために不可欠なのと同様、国外に“敵”を作らないと「民族(フォルク)」ならぬ「理念(イデー)」に依拠する多民族国家が生き残れないという状態にある。
結局はこういうこと。みんなが幸せになるべく、「軍事力一極集中」「高度情報社会化」「アメリカンウェイオブライフ」を望んでいるけども、結果的に確実に不幸せになるという、非常に逆説的な事態に陥る、と。そしてこの構造こそがアメリカ一国が憎まれる背景になります。
さて、アフガン戦争に始まりイラク戦争、テロ特、拉致問題と、対米追従による国益侵害が露呈してきました。まず,対米国際世論が激烈に悪化しているので,軍事力のあるアメリカと違って愛人に過ぎない日本は,乏しい影響力が一層低下します。また,ブッシュ政権は来年には終期を迎えることが確実で、仮に民主党大統領が生まれスイングバックしたら日本だけ置いてけぼりです。米国の理不尽な殺人を翼賛し続けた日本は内外に恥を晒し,今後わが国による道義の主張は嘲笑されることになる。しかし、まぁ〜…、親米新聞こと産経新聞を唯一の真正保守派の新聞と言う民度の低さ。一生アメリカ様のケツ舐めてろ(笑)。
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