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よくある話だが、子供が「人を殺しちゃいけない理由がわからない。何でいけないの?」と大人に問いかける。酒鬼薔薇事件に同調した子供の中には「僕は死刑になりたくないから人を殺さないだけ」と言った子もいたそうだ。だがこの質問に対してまともに回答できる大人は少ないと思う。むろん私は「いけないものはいけないんだ」と叫ぶことを要求しているのでは当然ない。そんなことは誰にでもできるが、質問した彼にとっては問題にもならない。私が意図したのは、そもそもこの種の疑問は一旦抱かれてしまうと、もはや疑問を抱いた人間を納得させるような答えを見つけることは困難であるという明確な言明です。私たちが人を殺さないのは人を殺してはいけない明確な理由があるからではない。人が滅多に人を殺さないという自明な事実に対する信頼がまずあり、その上で人を殺してはいけないという疑念も抱かれるし、殺人への否定的反応も生じる。つまりは、人間同士が滅多に殺しあわないという事実性の上に、共同体の様々なルールの総体やそうしたルールに基づく私たちの行為や体験の総体が積み上がっているということがあり、故に自明性は疑われにくいのだろう。 |
教育論
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時事通信社(2008年7月16日) |
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以前、自身のブログ記事「甘えが犯罪を呼ぶ?」(http://blogs.yahoo.co.jp/szksig262007/10481706.html)で体罰について触れましたが、私は体罰に対して基本的に賛成のスタンスに立っていますが一方で懐疑的なことも申し上げました。現状を見てみると、何か事件があったらすぐに「死刑だ!」といった声が主に保守的なブログによく見られますが、ここは感情的にならず「体罰」についてラディカルに考えてみようと思います。 |

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僕は以前、2回に亘って自身のブログ記事「アメリカ式教育を導入せよ」でも申し上げましたが(http://blogs.yahoo.co.jp/szksig262007/10986587.html)(http://blogs.yahoo.co.jp/szksig262007/11003921.html)、小学校入学前の英才教育は反対です。英語や算数を教えるよりももっと大事なこと、コミュニケーションをとらせることが第一だと申し上げました。子供同士がコミュニケーションをできるようにし、自分と違った意見をもつ者を理解し、自分の意見を伝えることを教育することだ第一だと。 |
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『なぜ酒鬼薔薇事件が起こったのか?』 |

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