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[参照]http://blogs.yahoo.co.jp/nipponko2007/20925933.html#20925933
ヘタレPonkoさんの投稿に対しての批判文です。何回も消されるので、ここに掲載します。
>小泉元首相が訪朝して「日朝平壌宣言」を発表し、拉致家族の数名は日本に戻ってきてある程度の成果はみられたが(余程金を出したに違いない)その後、偽遺骨の発覚からますます北朝鮮に対する不信が高まり、今日の経済制裁に至っている。
拉致家族の数名は日本に戻ってきてある程度の成果はみられた?
Ponkoさんは国際関係というものをどう考えているんでしょうか?拉致被害者帰国は小泉の功績だなんて思ってるんですか?あまりにも無知すぎます(笑)
歴史的な文脈から話すと、2001年以降イランがアメリカと融和関係に入ったので、「悪の枢軸国」の残り2か国がともにソフト化路線に転じました。日韓など西側から見ると、北朝鮮は中露との間にある“地政学的な緩衝”だけど、北朝鮮側から見ると日本はアメリカとの間にある“外交的な緩衝”です。だから日本へのアプローチを通じて、欧米各国にシグナルを送れる。ますそれが日朝首脳会談〜拉致被害者帰国の最大の外交的文脈です。
北朝鮮の思惑は「拉致を認めて一部の拉致被害者を帰国させれば、日本の対北朝鮮感情がマイルドになり、愛人関係にあるアメリカに『パパ、そろそろ仲良くしてあげたら』と囁きかけ、その結果国際世論が融和方向に転じて実りが得られる」ということだったはず。経済危機の問題もあるけど、「悪の枢軸3カ国」として叩かれる恐怖に金正日がビビったのが最大の背景です。しかし日本でもアメリカでも「北朝鮮は聞きしに勝る“テロ国家”」とのイメージが強まり、むしろ不利な立場に追い込まれ、で、次のカードが「核持ってるぞー」ってわけです(笑)
北の読み違いは「拉致事実の認定・陳謝の効果」でした。腰砕けのはずの日本の世論がここまで一枚岩となって、さらにハードな要求を突きつけてくるとは思わなかった。そしてアメリカ議会まで態度を硬化させて「イラクが先か、北朝鮮が先か」とか「イラクの次は北朝鮮だ」といった反応を引き出してしまった。これで日朝国交正常化交渉は事実上吹っ飛んだ。
これが歴史的背景で外交的背景です。だから小泉云々なんて問題ではないんですよ^^
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