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このところ、加齢も加わってか指導に陰りが見えてきた。しゃがむと転倒する。小学生たちに指導している準備運動が自分自身ができなくなっている。そこで平成29年末をもって指導者を引退することとなった。保護者達に引退の旨を伝えた。そうしたら保護者が「私への感謝の集い」を開いてくれた。
どこからききつけたか中学生、高校生や大学生、一般社会人までもが集まって、盛大なものになった。私は驚いてしまった。会がはじまって、まず私への保護者達の「感謝状」やら生徒・児童の「寄せ書き」や「手紙」、保護者達からの「アンダーアーマー」までも私に送ってくれたのだ。
そればかりでなかった。私の体は転びやすくなってもろくなっている。それを見た保護者のお母さん方や卒業生の女子たちが私の体を支えて立ったり座ったりするのを体を支えてくれているのだ。そのお母さんの一人が言うには「皆看護婦の経験者だから。安心していいよ。」という。卒業生の一人も看護師経験者なのだ。私はまったく安心して自分の体を預けることができた。帰りの車にも体を支えて送ってくれた。
「感謝状」の文言の中に「準備万端 用意周到」の教えをまもって、というももがあった。私は子供たちに繰り返し「準備万端 用意周到」という言葉を教え、この言葉は「大人にたいしても通じる。」 ということを訓示した。これを聞いていた保護者にも通じたものと私はうれしかった。
これは私の花道であったのかもしれない。この花道は10年ほど前、現役最後の定年退職の時もあった。この定年退職の時、つまり最後の講義の時も卒業生たちが来てくれた。私は大変うれしかった。いい思い出をつくってくれたものと皆に感謝している。
これらは私の「冥途の土産」できると喜んでいる。
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先日の11月4日(土)に県柔連と地元放送局(BSN新潟放送)が主催する高校生と小学生の柔道個人戦(小学生は学年別・男女別)があった。わが柔道教室の高校男子と4年生女子2人(軽量級と重量級)が優勝したのだ。
軽量級の女子4年生は優勝が予想されていたが、他の二人は予想外であったのだ。なぜならばこの二人は「おくて」だったからだ。真面目にコツコツと練習を積み重ねるタイプであったから。こんなに早く「成果」を出すとは思わなかった。
高校生男子のご両親は涙を流して喜んでいた。この高校生が柔道部のない高校へ進学し。普段は他の高校の柔道部へ「出稽古」に行ったりして練習を積み重ねていたという。この子が小1の時から面倒を見てきたが、地区大会ですら優勝することが難しかった。けれども地元中学校へ進学して「生徒会長」を務め、本当にまじめな性格の持ち主であった。時間があれば「柔道練習」に精をだしていた。
私は柔道教室の子供たちにこのことを紹介して、次のように訓示した。「小さい時から真面目に休まずにコツコツと練習を積み重ねること、長く続けること、続けて行きさえすれば、花が咲く。途中でやめると、それまで、となるから続けることが大切です」と。
人には「わせ」と「おくて」がいる。だから指導者はまず、子供たちとその親たちに「柔道のたのしさと安全性」を教え、また子供たちには「怪我をしない、病気をしない基礎基本」を指導していかないといけない、と改めて感じている。
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平成29年10月27日に市の職員が我が家にやって来て「感謝状を預かって持ってまいりました。」という。私は「感謝状ってんですか?」と尋ねた。すると、彼女は「赤十字社からです。」という。その感謝状には「あなたは多年にわたり赤十字事業の進展に尽くされ多大の貢献をされますた そのご協力に心から感謝の意を表します」とあった。私はそれでがてんがいった。町内会の役員を長年やっていたからだ。
毎年赤十字社の社員を町内会募り社費を徴収し、それを収めてきたからだ。だから特別に感謝される筋合いのものではないのだが、「多大の貢献」をしてきたことには変わりがない。私自身も赤十字社の社員として社費を払ってきている。
赤十字社の国際的活動から見れば私の貢献度は小さいのだが、歳をとるとなんでももらえるものはもらっておこうか、などというがめつくなる。
感謝状と言うと「民生員・児童員」としても、また青少年健全育成の関しても市長と警察署長名で、また全柔連、県柔連からももらっている。来年は町内会長としてももらえるという。
まだもらっていないものは「勲章」かもしれないが、長生きするともらえるかもしれない。けど、この勲章ばかりはもらうとすぐ死ぬ。私の周りに人は勲章をもらってすぐに死んでいるからかなわない。
「長生き」もしたいし、「名誉」も欲しい、という矛盾に今の私がいる。仕事から離れると「名誉」だけとなるから寂しいものだ。国体選手とかオリンピック選手のメダリスト、ノーベル賞は最高の「名誉」だと思われる。「このように考えると、人間は小さい時から「名誉」を求める存在なのだろうか。
自分の名前を社会的に認知してもらえることをこの上なく求めるのは、トップに就こうとすることなのだ。人間は全て「目立つこと」、周囲から「関心・感心を受けること」「褒められること」、ないよりも「高く評価されること」を情熱的に求める存在であろう。
人間は「社会的存在」であるから、「社会的に認知」されないと存在価値がないからだろう。自分自身が「社会的存在価値」あるものとして自任できるためには「社会的認知」が必要なのだ。
だから「感謝状」を素直な気持ちで受けることにする。
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きょうの10月23日(月)未明に市の市民安全課より「避難準備情報」の電話があった。この情報は高齢者や障碍者などが避難するように促すというものであるが、私自身が高齢者なので、しかも未明なのであるから身動きできない。また6時過ぎに「避難勧告」が出た。それで横殴りの雨の中を避難所となっている近所の小学校へ行ってみたが、職員が一人いるだけで、誰も避難していない、ということであった。
繰り替えし、上越市のほとんどの地域が「避難勧告」が出されている。避難するものはいない。「避難指示」が出されても「非難する者」がいるかどうか疑わしい。2階の方へ避難するように促しているテレビがついてい居る。また市当局より頻繁に非常用放送(スピーカー)が鳴りやまないでいる。
私の町内では少しも動きを見せない。私自身は「非常用リュック」に避難用の道具を
いれて避難準備をしている。市内及び近隣市の小中学校はほとんどが休校となっている。ほとんどの在来線の交通機関が運休している。今日の午後も同様の状態が続くという。私にとって初めてのことだが、以前はよくこうしたことがあったという。
妻は「もうあんたは動けなくなっているので町内会の役員を引退しないといけないね。」という。私もそう思った。「私も終わりがあるのだ。」と思った。
昨日はスーパーの駐車場の段差に足を取られて、思い切り転倒してしてしまい、頭と腰と肩を強打し、頭を切り血を流してしまった。顔もこめかみを打ったらしく口を開けると痛い。
このところどうしようもなく転倒してしまう、玄関でも靴を脱いだり履いたりするときに転倒するから、家の玄関先にいすを置いている。ベッドで起き上がるときも転んでしまう。脳外科で見てもらったが「別に問題はない。経過観察で行く。」と言われたが、その後転倒が続くので、内科医に相談したら「自分でよく注意しないといけない。」と言われた。
そこで私は「転倒記録」を付けると同時に「ウオーキング記録」を付けている。足腰を鍛える必要があるのかもしれない。
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小学校の指導要領に「生きる力」を付ける、ことが重要課題として取り上げられている。そこで私は考えた。「生きる力」とはどう言うことを言うのだろうかと。私なりに考えてみた。
「生きる」の反対は「死ぬ」ことだ。年齢を重ねていくと、様々な「死」に直面する。自分自身の死をも見つめることとなる。たとえば、①「呼吸」することさえおっくうになる。②食欲もなく、タダ寝てばかりいて、排便すら自分でできなくなることは、もうおしまいであろう。私の近所の人がそのようなことを言って、亡くなってしまった。③外界の事象に興味関心がなくなる。つまり知的好奇心がなくなることにこれは通じている。④病気がちになる。不治の病にかかると人は絶望するであろう。⑤けがをしやすくなるから、息をするたびに体中のあちこちが痛い。⑥活動意欲が亡くなる。たとえば学習意欲をなくすとか運動意欲をなくすとかは学生時代にありがちだ。⑦意欲がなくなるのは「能力」がなくなることと深い関係にある。つまり「能力」がなくなるから「意欲」が湧いてこない。⑧はたから追いつめられて行き場を失う。借金やいじめなどがその類かもしれない。⑨未来への絶望など、「希望」を失うこともある。絶望の原因は様様であろう、絶望は意欲をなくす。能力の喪失は絶望となる。
以上のようなことを日々徒然に考えていると、「生きる力」とは結局「各種の能力をもって意欲的にに活動する力」であると考えてしまう。「能力」がある、ということはすごいことだな、と思ってしまう。
私の柔道教室から少年と成年の部で二人の国体選手が出た。もうじき「愛媛国体」に向かう。国体選手になるということは「県一」になるということである。私にとってみれば「夢のまた夢」である。彼らの父親の目から見ても同様であろう。すごい能力を持った人間が近くに現れたものと感じている。
秀才、天才たちにあこがれている昨今である。
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