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私が「大人」の仕事と題して、問題提起するのは、日ごろの地域活動を通して感じていることである。
先ず町内会活動では、「子ども達の危険」が叫ばれる。「自転車遊び」がその典型である。
次に「ボール遊び」である。子ども達が公園で遊んでいると、近所の人は「うるさい。」と言って叱る。子どもはボール遊びができない。
更に「川遊び」である。子どもは特に夏になると、町内を流れる川で、魚釣りをしたり、水浴びをしたがる。
これらの遊びは、「禁止」または「抑制」で、子ども達を束縛する。だから子ども達は仕方なく、またはそそのかされて「ケータイ」とか「スマホ」などでゲームなどに興じることとなる。子ども達は不健全な事態に陥る。
いま学校現場ではその「ケータイ」「スマホ」が大問題となっている。大人が自ら引き起こした問題だ。
子どもは夜遅くまで勉強もせずに起きている。そして朝食も足らず、学校の授業中に居眠りして集中力を欠いているのだ。
子ども達の体力、運動能力は落ちている現実がある。
つまり大人は子どもから「自然との戯れ」を禁止したからである。別の言い方をすれば、大人たちは子どもたちの「戯れ」の「環境」を消し去っているのだ。
だから私は子どもの遊びを「禁止」ではなく、「見守り」に重点を置かなければならないと思っている。これが最も大切な「大人」の仕事であると思っている。
ここでいう「大人」とは子を持つ「成人者」である。いわゆる子どもの「保護者である。
我々「大人」は子ども達の遊びを「見守る」ことが大切なのであって、「禁止」することでも「抑制」することでもない。
私は「柔道教室」では子ども達の「戯れ」を見守ることに終始している。
柔道技は、他のスポーツもそうであると思われるが「危険」と背中合わせのなものだ。
だから目が離せない。子どもに「ケガ」をさせない。お互いに「ケガ」をしないで何十年もやって来ている。
体力向上、運動能力向上で子ども達はすくすくと成長している。
ただ残念なのは子ども達の「ケガ」が学校とか、家庭内で翻発していることだ。
私から見ると、学校の先生も子供の保護者達も「見守り」が手薄になってしまうから、口うるさく子供の戯れを「禁止」したり、「抑制」したりするのかもしれない。
「子どもは戯れせんと生まれけり」という言葉があるように、子どもから「戯れ」を奪ったら、それは「人形」でしかないのだ。それでは子どもに「自立心」が育たない、と言われている。
そうした子供が「大人」になったとき、人の言いなりになる「ロボット人間」になってしまうという話がある。
子どもを「操り人形」にしたくなかったら、我々大人はしっかりと子供の「戯れ」を「見守って」いなければならない。
「危ない!」と思ったら、即対応して「救いの手」を差し伸べる、これが「大人」の仕事だと、子の親として感じていることである。
子どもは「自由」に遊ばせること、その環境づくりに汗を流すことが「大人」の仕事だと思っている。
私は毎日オレンジ帽子をかぶって「地域防犯パトロール」をしている。この「パトロール姿」が私のシンボルになっていると地域の人に言われた。私はとてもうれしかった。
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地域防犯パトロール
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私には自分の子が3人いるが、皆勝手に生きている。それに比べて他人の子が私にとってすごく張り合いのある生き方をしてくれている子がいるのだ。
「柔道教室」では私の指導を素直に受け入れ県の強化選手に選ばれる程に成績を上げる子供が出てきている。
私にとって自分の子はふがいないのであるが、他人の子が自分の思いを実現してくれているということで、それがまた私の生きがいになっている。
「柔道教室」とか「学習支援教室」では県の強化選手、また県立の高校へ進学してくれている。県立で無くても、それぞれ自分の志望高校へと進学している。そして高校柔道でいい成績を上げてくれているのだ。
そうすると、私にとって素直に私の「言うことを聴いて」練習し、成績をあげる子が可愛いくてしょうがない。
自分の子でさえ、「言うことを聴かない」のに、他人の子が私の「「言うことを聴く子」がいるのだ。すなわち素直なのだ。
親として「言うことを聴かない子」はかわいくない。「言うことを聴く子」は可愛い。
同様に他人の子でも、「言うことを聴く子」は可愛いいし、指導が一層深まる。しかし「言うことを聴かない子」は、いくら注意しても、「言うことを聴かない子」は放っておく。
自分の子が「言うことを聴かない」と厳しく接するが、他人の子ほおっておく。他人の子に厳しくはできない。つまり「体罰」はできないのだ、自分の子と他人の子との接し方の違いがある
「言うこを聴かない子」は、私は道場の隅に、立たせてほおっておくことにしている。
他人の子でも、私にとって「言うことを聴く子」は重点的に「強化」する。その子が自分の「後継者」に思えるのだ。
私が責任もって指導できるものは「柔道」と「勉学」の学習しかない。
幸いにわが地域に、この私自身の二つ要素を素直に聞いてくれる子がいるからうれしい。
その子を重点的に指導を深めていきたいと考えている・。
* 素直とは、 いまの指導を 吸収し
さらなる上を 徐々に学習
* 反抗も 飛躍への道 なるとものと
思うとすれば 脱線するぞ
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先日、わが小学校区の住民懇談会が開催された。
子どもたちの「安全確保」が基本テーマだ。
その話し合いの席で、保護者から「パトロールがきつい、何とか軽減できないか。」という発言があった。
子ども会が中心になって、子どもたちの下校時間に、子どもたちに付き添ってパトロールグッズ(オレンジの帽子とベスト)を身に着けてパトロールしている。
それがなかなかきついという。パトロールの割り当ては各自それぞれの都合に合わせて割り振りをしていると思われるが、そのローテーションの回転がかなり早いらしいのだ。
地域防犯パトロールは8年前に私が始めたことなのだが、当時の子ども会会長が「子どもたちの安全は子ども会が責任を持って実施します。」ということで、3年前から子ども会が主体となってやり始めたのだ。
それが小学校区全域で実施され、おかげでここ数年事故・事件が起こっていない。
学校の先生が言うには、「周辺の小学校では不審者が出没して、戦々恐々としているけれども、うちの小学校では不審者情報が入ってきません。これはパトロール体制がしっかりしているおかげだと思っています。」と。
それで私は発言した。「パトロールは不審者対策ばかりでなく、交通安全対策でもあるので、しっかり見守っていただきたい。油断すると、子どもたちが事故・事件に巻き込まれる恐れがあります。」と。
わが小学校区の「通学路」は道路が狭く、交通量が多い。危険極まりないのだ。
またわが市内では「不審者情報」が頻繁に流されているという。油断はできない。
* 油断なく 安全守る パトロール
子どもの笑顔 何時何時までも
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毎月の「6日と9日」は、家の鍵掛けを忘れずに掛ける日です。「ロック」の日です。
昨日、会合があった。「地域防犯」に関する話である。
わが市ではここ数年刑法犯が減少していたのであるが、昨年増加に転じたという。
その多くは「侵入盗」、「自転車盗」、「車上狙い」などの窃盗犯である。これらはすべて「鍵掛け」を忘れてしまったことが背景にあったのだ。
そこで、わが市では「6日と9日」を「ロック」の日として、「鍵掛け励行」を周知しようとキャンペーンを展開している。
そのキャンペーンの手段として「かける君」というかわいい男の子のキャラクターを作った。
そこで私は市にその「かける君」のシールを市内の全戸配布を提案した。
市が出来なかったら、町内会で用意しようと考えている。
「侵入盗」の被害にあった家の95%は鍵の掛け忘れであったという。
二重、三重の「鍵掛け」励行が大切なのだ。
市内でも我が地区は刑法犯は大きく減少している。「地域防犯パトロール」が徹底しているからだと思っている。
皆さん方は大丈夫ですか。
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許しがたい犯罪ニュースがあった。
「22日午前9時半ごろ、宮城県気仙沼市松崎片浜の気仙沼信用金庫松岩支店の男性行員から「金庫が荒らされた」と110番があった。地震の津波で店内が浸水し、金庫室の電子ロックが外れており、中の現金約4000万円が盗まれていた。県警が窃盗事件として捜査している。
県警捜査3課によると、19日午前には異常がなかったが、22日午前9時半に行員が確認すると紙幣がほぼすべてなくなっていた。店舗は津波で壊滅し、骨組みだけが残っている状態だった。県警によると、11日の震災以降、出店荒らし39件▽空き巣26件▽ガソリン抜き取り16件▽ATM(現金自動受払機)からの窃盗2件−−など、災害に便乗した犯罪が多数発生。被災地の街頭パトロールを強化している。」(毎日新聞22日配信) 日本にはこうした恥知らずの「火事場泥棒」は「ない!」と信じていたのであるが、こうした犯罪の存在を聞くと「やはりか。」と嘆いてしまう。
それが現実なのだ。
私の町内でも、毎日「防犯パトロール」をやっている。また町内の自主防災組織でも各班毎に「警備係り」がいるのだ。
どんな状況下にあっても油断は出来ない。最悪の状況下にこそ「警備」をしっかりやらなくてはいけないのかもしれない。
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