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シャーロック・ホームズの「近代科学を採り入れた犯罪捜査法」が世間に広く受け入れられるようにな
って久しい。彼はこれまでにその方面においての評価を欲しい儘にしてきた。
それに関してはこの記事をご覧の諸兄諸氏も存じ上げている事であろう。 だが他方、彼の、偏執的といっても良いほどの『ポップス研究』に伴う成果は、あまり知られていな い。ホームズは日々の捜査活動を行う傍らで、実に多くのポップスにまつわる考察を発表していたので ある。 ここでは、19××年に書かれた彼の『ポップスについての一考察』を掲載しようと思う。 この論文は、今回ここに掲載するまでに一度も発表される事は無かった。 その理由については不明である。
(略)
さて、読者の諸氏もこの作品によって我々が変革の時代に生きているのだという事を
認識すべきときが来たようだ。『ラバー・ソウル』のことだ。私はこれまでに、実に
数多くのポップスを経験した。ビートルズの、この傑作は、そんな私の過去の経験を
全て凌駕して迫ってきたのだ。聡明な読者は覚えているかもしれないが、私は過去
多くの場面においてこれまでのポップスにおける一番の傑作は、1963年の春に、
アメリカの5人組「ベイク・バンド」が発表した『オレンジ・トラックス』である
と書いてきた。この作品はロックンロールのリズムに彼ら自身の解釈による独特の
リズム(彼らはよく変拍子を用いる)を融合させ、その上に斬新なメロディを乗せる
ことで、それらの要素が見事に絡み合う傑作である。
だが、『ラバー・ソウル』でのビートルズは「ベイクス」を軽く超えてしまう。
ポップスにおけるリズム解釈の重要性は、私はこれまでに何度も述べているところ
である。この点において、オープニング・トラックの『Drive My Car』は、同時代の
アーティスト達を大きく引き離す事に成功している。イントロのギターに絡むベースの
リズムの取り方を聴いてみるといい。決して「ベイクス」のベーシストである
ピート・ブラッドには表現できない演奏である。さらにこの『Drive My Car』では、
そのベース音をギターが同じフレーズを弾く事によりボトム感を高めているのだ。この、
うなるようなサウンドと、抑え目なプロデューシングによって、ビートルズは
ブラック・ミュージック的なアプローチを効果的に使用した。
彼らが「ベイクス」を意識していたのかは不明であるが、結果的にこの一曲において
ビートルズは「ベイクス」に正面からの勝負を挑み、見事に打ち勝ったのである。
もちろん、「ベイクス」の、あの目まぐるしい変拍子に絡むドラミングの功績が落ちる
わけではないが、『Drive My Car』を体験した後では、物足りなさを感じることは
否めない。だが、それは仕方の無い事なのだ。先に述べたように、我々はポップス変革期
に生きているのである。それさえ認識しておけば、ビートルズも「ベイク・バンド」も、
その功績は消えるものではないのである。
(後略)
今回は都合により『ラバー・ソウル』に関する記述がある部分だけを抜粋した。
なお、文中に度々登場する「ベイク・バンド」であるが、彼らは1950年後半に結成され、 その後数枚の全米ヒットを放つも、リーダーのジョージ・フィリーズのドラッグ使用問題等もあって6 0年代半ばに解散したグループである。 当時は『オレンジ・トラックス』が話題を呼んだが、現在では作品の殆んどが廃盤となっており、 入手困難である事を付け加えておく。 |

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