HEAT WAVE!!

私立探偵と開業医師による音楽論議。時代設定に難あり。

The Beach Boys

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]

イメージ 1

「やあホームズ君、朝からお客さんがあったのかい?」


「そうなんだ。警視庁のレストレード君だよ。君も何度か会った事があるだろう?」


「それで、どういった用件だったんだい?」


「事件だぜ、ワトスン君。レストレード君には大まかな概要の報告を受けたまでさ。

 僕のところに話を持ってくるほどさ、きっと難解な事件に違いあるまい。

 これでようやく退屈な日常から脱け出せるというものだよ。」


「確かにそうだね。それで、どんな事件なんだい?」


「殺人だよ。被害者はニール・ギブスン。ハンプシャーで楽器商を営んでいる。

 死因は後頭部の打撲による失血死さ。」


「キブスン氏なら知ってるよ。

 あそこの楽器の品揃えは英国一との評判で、よく新聞に載っているからねえ。」


「ほう、ワトスン君は相変わらず博識だね。

 そこで面白い事なんだが、現場には血の付着したシロフォンの柄が落ちていたそうだ。

 この事は、今回の殺人が事前に周到な用意を持って行われたものではなく、衝動的に成されたものだと

 いう事を表している。」


「よくわからないな。」


「つまりだね、初めから殺そうという意思を持ってハンプシャーを訪れたなら、犯人は自ら凶器を用意し

 ていくのが普通だろう?でも、この事件では凶器にシロフォンの柄が使われている。

 おそらくはキブスンの店に置いてあった物を使ったのさ。

 犯人は初めから殺す意思は無かったが、何らかのトラブルが発生し、衝動的に手近にあったシロフォン

 の柄を使ったに違いあるまい。」


「なるほどね。でも、シロフォンってなんだい?」


「おやワトスン君、君は博識だと先程評価したばかりなのにねえ。木琴のことさ。

 まさか聴いた事が無いとは言うまいね?

 ビーチ・ボーイズの1964年のアルバムを聴きたまえ。すぐにわかるはずさ。」


「ひょっとして、『All Summer Long』の事かい?」


「分かっているじゃないか。僕のような玄人から言わせれば、シロフォンと聞いたらすぐにあの曲のイン

 トロが思い出されるものだよ。」


「確かにユニークな音だね。」


「よく耳を澄ませて聴けば、あの曲全篇にわたって鳴り続いているのが分かる。

 特に間奏部分、サックスの後に一瞬だかシロフォンが強調される部分は、ブライアン・ウィルソンの楽

 器使用のセンスを窺い知ることができる。」


「歌詞もなかなか良いじゃないか。」


「うむ、その通りだね。実に情緒的で、絵画的なものだ。

 若い頃に誰もが過ごしたような夏の一日を、極めてたくみに描いているのさ。

 そしてその優れた歌詞を助長しているのがメロディとハーモニーだね。

 楽天的な中にも、少しだけ憂いを残したようなメロディは、この時期ブライアンが残した楽曲の中では

 非常に際立っている。

 無垢で楽しかった夏の日を思い出しつつも、もう戻ることは出来ないという心境を表していることに違

 いない。そしてそのメロディに乗るハーモニーも充実しているね。

 マイクのバス・ボーカルが目立たない分、爽やかな印象を与えるが、彼のリード・ボーカルと、ブライ

 アンのファルセット・ハーモニーが半音上がるような部分が、殊更に憂いの部分を強調していると考え

 られる   ―随分事件とは離れてしまったね、ワトスン君。とにかく急いで朝食をとって出発すれ

 ば、10時のハンプシャー行きの列車に間に合うはずだよ」

イメージ 1

「ワトスン君、先日君の発表した日記を読ませてもらったよ。

 そう、ペット・サウンズに関した記述のある例のあれだ。

 全く君ときたら、僕の名前を使ってしまうんだからねえ。」


「勝手にホームズ君の名前を出した事に関してはすまないと思っているよ。

 だが、それによって君の権威を落とすような記述は見当たらなかっただろう?」


「まあ確かにそうだが、君の記述はいささか感傷的に過ぎるきらいがあるようだね。

 引用も不適当と言わざるを得ない。

 優れた論考に過度の感傷は不要である、とは偉大なる哲学者ギュスターヴ・フローベールの言葉だよ。

 君がペット・サウンズを偏愛する心境だけは理解できるがね。」


「そうだろう?実は今朝も朝食の前に2度鑑賞したんだよ。」


「僕なんか3度鑑賞したがね。まあ回数はどうでもいい。

 ところで君は、この偉大なる作品の中で、ハイライトとなる一曲を挙げるとしたら、どれになると思

 う?」


「それは極めて難しいね。その全てがハイライトといっていいのだが、一般論としては『神のみぞ知る』

 あたりじゃないかい?」


「ワトスン君はいつも一般論に傾くね。今は一般論ではなく、君の私見を尋ねているのだよ。

 純粋な、個人的な意見さ。僕としては、オープニング・ナンバーの『素敵じゃないか』こそがこの作品

 集のハイライトと信じているよ。」


「確かに名曲だね。

 でも、アルバムの一曲目が中核だなんて、バランスが危うくなるんじゃないのかい?」


「ワトスン君もなかなか鋭いじゃないか。

 確かにオープニングにピークを持ってきて失敗している例は少なくない。

 でもね、今はあくまでも高いレベルの話なんだ。

 君が先程指摘したように、このペット・サウンズという作品はそのすべてがハイライトであるという意

 見には賛同するよ。

 それゆえに、何曲目に作品のピークを持ってこようとも、作品の質は揺るぎないものなんだ。

 『素敵じゃないか』でいきなりピークを迎えても、その後に『神のみぞ知る』や『駄目な僕』といっ

 た、ハイライトに近い楽曲が待っているのだからね。

 どうやら僕の最初の質問が間違っていたようだな。

 この作品の中で君が最も好む楽曲を尋ねるべきだったんだ。」


「それもやはり難しいね。でも、君の言う、『素敵じゃないか』は本当に素晴らしいと思うよ。」


「この曲は偉大だよ。優れたポップ・ソングが持つ要素をほとんど兼ね備えている。

 魅力的なイントロ、弾むようなメロディ、普遍的な歌詞、ミドルにおける意外性に富んだ展開、テンポ

 の変化、終盤での感動的なファルセットとコーラスなど、挙げたらきりが無い。」


「この時期のビートルズやディラン、ストーンズの持っていた社会的要素とは真逆に立っているね。

 その佇まいも独特とは言えないかい?」


「まさにそのとおりさ。どうしたんだい?今朝のワトスン君は冴え渡っているじゃないか。

 このことはペット・サウンズ全篇を通して言えることなんだが、この時期ブライアン・ウィルソンはひ

 たすらに自己の奥底に深く潜り込んで行ったんだ。そのことをこのオープニング・ナンバーで強く宣言

 したのさ。

 一見して幸福に満ち溢れた歌詞も、彼の、こうありたい、という自己の奥底からの願望なんだ。

 先に僕が述べたハイライトというのは、そういう意味合いを持つからなんだよ。

 感動無しには聴けない楽曲さ  ―おっと、どうやら僕もかなり感傷的な論述をしているようだ。

 でもねワトスン君、これはあくまでも親友同士の音楽談義、と解釈してくれたまえよ、公の場に晒すに

 はやや子供じみているからね」
現在私の手元には、ペット・サウンズについての非常に興味深い日記がある。

この文献に関しては、個人的な内容も含まれる都合上、記述された年月日等詳細なデータについては明

かす事ができない事をご理解いただきたいのであるが、当時のポップスに対する考察としては興味深い資

料と成り得るため、ここに公開しようと思う。

時は19××年7月10日、筆者は、尊敬すべきJ・H・ワトスン医師となっている。


7月10日ロンドンの空は暗い雲に覆われている。窓の外のベーカー・ストリートを眺めると、行き交う

人々は皆、不吉な天候から逃げるように一様に足早に歩を進めている。このような日は、インドの戦場で

受けた足の古傷が熱を持って私の行動を妨げる。


昨晩は遅くまでワグナーの芸術性についてホームズと論じ合ったが、彼は今朝は早くから出かけてしまっ

たようだ。何か事件があったのだろうか。


朝食にしようとしてベルを鳴らそうとすると、ホームズの書斎から何か音楽が流れているのに気付いた。

このティンパニの響きとリズムは・・ペット・サウンズのようだ。

全くホームズは、事件となると他の事には一切関心をなくし、時には食事をする事すら忘れてしまう事が

ある。おそらく今朝も、ペット・サウンズを鑑賞(これはホームズの日課となっている)中に、事件の連

絡を受けて、音楽をかけたまま飛び出していったのだろう。

これはホームズの偏執的な集中力の一例であり、私は彼のこのような行動を目の当たりにするたびに人間

の持つ偏った性質について考えさせられるのである。


それにしても、ホームズの、ペット・サウンズに対する高評価はある種異常と言っても良い。それでい

て、今までこの作品に対する音楽的理論をほとんど述べていないというのは理解に苦しむところだ。

彼は音楽について論じる際は必ず独自の音楽論を用いて講釈する。唯一の例外がこのペット・サウンズ

だ。私はホームズほどの耳を持ち合わせていないので、音楽論として確立できるだけのペット・サウンズ

考は持っていない。だが、それを持たずしてもこの作品の素晴らしさは理解している。私は基本的には

「優れた音楽に理屈は不要」であると思うが、この点については、時間が許すときにでも、ホームズと論

じ合ってみよう。いや、もしかしたらホームズもペット・サウンズについては私と同様、理論が介在する

余地が無いほど優れていると感じているのだろう。だが、一方ではホームズ流のペット・サウンズ解釈を

拝聴したい気持ちがあるのも事実として存在するのである。


よく私は、自分の患者とペット・サウンズについて話をするのであるが、彼らの評価は一様ではない。手

放しで賞賛するものもあれば、理解に苦しむというものもある。「ゴミ」という辛辣な意見も存在する。

ビーチボーイズというグループとしての好みを考慮に入れても、ここまで評価の分かれる作品は割と珍し

い。この理由についても、いずれホームズとの議論で明らかにしたいものである。


僭越ではあるが私があえてペット・サウンズの優れた点をあげるとすれば、メロディの美しさ、というこ

とになる。単純なことだが、先にジョージ・マーティンが述べた「結局は、楽曲が優れていることが全て

だ」という主張に全面的に賛同するものである。

イメージ 1

「今日は静かな日曜日だね、ホームズ君。」


「いや、僕にとっては退屈なんだ。最近の悪人は実にだらしが無い。

 毎日がこんな調子だったら、僕の社会的立場なんて無いも同然さ、世間的には有意義な事だがね。

 ―ところでワトスン君、君は昨晩、なかなか眠れないので『ペット・サウンズ』を聴き続けて夜更かし

 をしたように見えるが、違うかい?」


「実にその通りだよ。僕は週に一度はあれを聴かないと具合が悪くてね。

 それにしてもまるで僕の事を見ていたかのようだね。」


「君は僕のやり方を知っているだろう?まあ、説明するほどの事でもないが、君の目の赤さと、まぶたの

 腫れ具合から夜更かしによる寝不足である事の判断は容易につく。

 それに、意識しているかは知らないが、君が『ペット・サウンズ』を聴いた次の日は、薄緑色のネクタ

 イを付ける確率が高い。これは君の持つ『傾向』と言っても良いと思う。

 ペット・サウンズから薄緑色を連想する傾向。まあ、この辺についてはまだ研究の途上だがね。」


「なるほど。今君に指摘されるまで気付かなかったよ。」


「人がそれぞれに持つ傾向というものは言うまでも無く多様性を有する。

 君の場合は特に判り易いものなんだ。

 おそらくはあの名盤の平凡なジャケット写真が大きく関連していると思うがね。

 ジャケット写真を含むアルバム全体がアートであるという方向性を打ち出した時期に、ペット・サウン

 ズのあのジャケット写真はいま一つピントがずれている印象があるが、より好意的に捉えれば、

 『ペット・サウンズ』は時代を超越した作品という見方ができる。」


「僕としては『ペット・サウンズ』といえばあのジャケット以外には想像もつかないよ。

 それだけ強烈な印象を与える作品だと思う。」


「聴覚的に、だね。

 だがねワトスン君、視覚的に優れた物で重要な作品が存在している事を忘れてもらっちゃ困るよ。

 同時代的にみれば、ジミ・ヘンドリクスのセカンドや、『カラフル・クリーム』、もちろん『リボルバ

 ー』や『ペパー』もだ。

 でも、今挙げたような作品と、『ペット・サウンズ』を並列で語るのは極めて困難な作業である事は言

 うまでもない。

 前者は時代の空気を吸い上げたような作品であり、後者はその時代性を排除したような作品だから

 ね。」


「僕は『ペット・サウンズ』が最も好きだね。」


「確かにそう言い切ってしまえればいいのだが、『ペット・サウンズ』についてはまだ色々と不明な部分

 もある。僕はね、ワトスン君、この先ずっと『ペット・サウンズ』の研究を続けるよ。

 いや、これは純粋な好奇心からなんだ。

 死ぬまで一つの好奇心を持ち続けるなんて実に素敵じゃないか」

イメージ 1

「おはようホームズ君。今朝は暑いねえ。もう夏が目の前に近づいているようだね。」


「うむ、君もこちらに来て窓の下を眺めてみたまえ。そう、窓を開けて見るのだ。

 何が見える?空は珍しくもどこまでも青く突き抜けているのに、通りを歩く人々はただ忙しそうにふる

 まい、自分の足元を見つめるだけなのだ。

 下ばかり見て道路に一体何が落ちているというのだ?

 どうやらロンドンの人間は空という存在に興味が無いらしい。

 そんなことだから悪事が横行し、僕を煩わせる事になるのだ。

 僕がもっと年を取った時・・一体どうなっていることだろうね、ワトスン君。

 せめてこんな日くらいは依頼人の悲痛な叫びなどは勘弁願いたいね。」


「君はいつまでも困っている人を助け続けるはずさ。」


「いや、永遠に続くものはない。それは悲しい事だ。」


「随分詩的な表現だねえ、ホームズ君。」


「ブライアン・ウィルソンの詩の一節さ。彼も穿った事を言うね。

 でも、真実だよ。核心を突いている。

 博識なワトスン君の事だから、この楽曲の事については大抵の事は知っているだろう?」


「僕としては、ブライアンならではの爽快なメロディとハーモニーを楽しんで聴いていたよ。」


「確かに、それらの要素も見逃せない事は認めるよ。

 だが、僕の研究の観点から言わせてもらえば、それだけでは未だしの感があるね。

 物事を多面的な角度から捉えることが深い理解への近道である、とはサー・クリフトウッドの有名な論

 考の一説だが、ここでの君の視点はブライアンの心象と時代背景という二つの事柄への言及を欠いてい

 る。」


「よくわからないな。」


「いいかい、この曲は1964年の作品なんだ。

 この時期はブライアンがビートルズを意識し、意識的に音楽性を深いものにしていった時期なんだ。

 よく聴いてみたまえ、ハープシコードや、ハーモニカの音色が効果的に響いているだろう?

 ドラムのリズムも独特だよ。」


「確かに豊かな音像になっているね。」


「また、ブライアンはこの頃神経に異常をきたすようになる。プレッシャーやらツアーやらの影響でね。

 そんなナイーブな彼の心境が詩作に現れ、先程論じ合ったような表現が生まれたんだよ。」


「そう考えれば、この楽曲の印象も変わってくるね。」


「まあ素敵な曲であることに変わりはないがね  ―それよりワトスン君、こんなに美しく晴れている日

 なんだから、少し歩いてオバーシュタインのヴァイオリンを鑑賞しに行くのも悪くない選択だと思う

 よ」

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]


よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!
話題の新商品が今だけもらえる!
ジュレームアミノ シュープリーム
プレゼントキャンペーン
ふるさと納税サイト『さとふる』
お米、お肉などの好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事