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「やあホームズ君、朝からお客さんがあったのかい?」 「そうなんだ。警視庁のレストレード君だよ。君も何度か会った事があるだろう?」 「それで、どういった用件だったんだい?」 「事件だぜ、ワトスン君。レストレード君には大まかな概要の報告を受けたまでさ。 僕のところに話を持ってくるほどさ、きっと難解な事件に違いあるまい。 これでようやく退屈な日常から脱け出せるというものだよ。」 「確かにそうだね。それで、どんな事件なんだい?」 「殺人だよ。被害者はニール・ギブスン。ハンプシャーで楽器商を営んでいる。 死因は後頭部の打撲による失血死さ。」 「キブスン氏なら知ってるよ。 あそこの楽器の品揃えは英国一との評判で、よく新聞に載っているからねえ。」 「ほう、ワトスン君は相変わらず博識だね。 そこで面白い事なんだが、現場には血の付着したシロフォンの柄が落ちていたそうだ。 この事は、今回の殺人が事前に周到な用意を持って行われたものではなく、衝動的に成されたものだと いう事を表している。」 「よくわからないな。」 「つまりだね、初めから殺そうという意思を持ってハンプシャーを訪れたなら、犯人は自ら凶器を用意し ていくのが普通だろう?でも、この事件では凶器にシロフォンの柄が使われている。 おそらくはキブスンの店に置いてあった物を使ったのさ。 犯人は初めから殺す意思は無かったが、何らかのトラブルが発生し、衝動的に手近にあったシロフォン の柄を使ったに違いあるまい。」 「なるほどね。でも、シロフォンってなんだい?」 「おやワトスン君、君は博識だと先程評価したばかりなのにねえ。木琴のことさ。 まさか聴いた事が無いとは言うまいね? ビーチ・ボーイズの1964年のアルバムを聴きたまえ。すぐにわかるはずさ。」 「ひょっとして、『All Summer Long』の事かい?」 「分かっているじゃないか。僕のような玄人から言わせれば、シロフォンと聞いたらすぐにあの曲のイン トロが思い出されるものだよ。」 「確かにユニークな音だね。」 「よく耳を澄ませて聴けば、あの曲全篇にわたって鳴り続いているのが分かる。 特に間奏部分、サックスの後に一瞬だかシロフォンが強調される部分は、ブライアン・ウィルソンの楽 器使用のセンスを窺い知ることができる。」 「歌詞もなかなか良いじゃないか。」 「うむ、その通りだね。実に情緒的で、絵画的なものだ。 若い頃に誰もが過ごしたような夏の一日を、極めてたくみに描いているのさ。 そしてその優れた歌詞を助長しているのがメロディとハーモニーだね。 楽天的な中にも、少しだけ憂いを残したようなメロディは、この時期ブライアンが残した楽曲の中では 非常に際立っている。 無垢で楽しかった夏の日を思い出しつつも、もう戻ることは出来ないという心境を表していることに違 いない。そしてそのメロディに乗るハーモニーも充実しているね。 マイクのバス・ボーカルが目立たない分、爽やかな印象を与えるが、彼のリード・ボーカルと、ブライ アンのファルセット・ハーモニーが半音上がるような部分が、殊更に憂いの部分を強調していると考え られる ―随分事件とは離れてしまったね、ワトスン君。とにかく急いで朝食をとって出発すれ ば、10時のハンプシャー行きの列車に間に合うはずだよ」
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