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いままで何となく食わず嫌いで避けてきた溝口作品を、初めて見てみました。
感想は・・・さすがに名作中の名作と言われるだけのことはあります。日本的な情趣溢れる映像美には深く感心させられました。個々の役者の演技などについては、いわずもがなでしょう。
お話自体は、分をわきまえずに金銭や出世の欲に走ってしまったある貧しい兄弟が、大きなしっぺ返しを食らってしまうという教訓話で、そこにさらに「牡丹灯篭」のような怪談話の要素が加わってきます。この怪談話の部分、特に朽木屋敷と若狭のシーンには妖しい雰囲気が良く出ていて、とても印象的でした。
さて、兄の源十郎は亡霊と契りを結んで彼女に溺れてゆくわけですが、ここで老僧のような人物が登場して主人公の目を覚まさせるあたりは、何となく別の意味で日本的な感じがしました。最後には必ず現実に着地するというか、ちゃんと地に足をつけさせてしまうんですよね。あちらの世界に誘われた時には、もう源十郎の気持ちは醒めている。若狭は(この映画においては)幽霊というよりは彼の夢そのもので、ほとんどバブルのようなものだったのだと思います。源十郎は、我に返った直後にそれまで稼いだ金を全て奪われてしまいますよね。これがハリウッド映画なんかだと、ちょっと変な例ですが、『スプラッシュ』や『プリティ・ウーマン』みたいにあっさりと向こうへ行ってしまう(笑)。臆面もなくファンタジーを貫けるかどうかという、カルチャーの違いのようなものについてまで考えさせられてしまいました。
そういう意味でも、溝口監督が主にヨーロッパ圏で人気が高いのは頷けます。いったいどこのアメリカ人が、商売の成功や出世を目指した兄弟にバチがあたった挙句、分相応に生きるのが一番幸せなどという結論に至るような映画を好むでしょうか(あくまでも一般論ですが)。やはりアメリカでは、より男性的な黒澤などの方が好まれやすいような気がします。この映画を貫く分の思想(分をわきまえよ!)、それはやはりある種日本的な発想で、ヨーロッパならまだしも、アメリカなどで歓迎されるとは到底思えないからです。
もちろん僕自身は日本人ですから、本作のような感覚は非常に良く理解できます。ましてや、アメリカン・ドリームを謳ったような映画が特に好きなわけでもありません。なのですが・・・。アメリカ至上主義も、本作におけるような(やや行き過ぎた)分の思想も、どちらもちょっと窮屈に感じてしまうのは僕だけでしょうか?
ともあれ、映画としての完成度は図抜けて高い作品でした。
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