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ルーマニア生まれ。渡米後、舞台を経て映画に進出しました。 最初に見た出演作は、確か『シンシナティ・キッド』だったと思います。スティーブ・マックィーンに勝つ老ギャンブラー役。これがなかなか渋かったんですよね。 出世作は『犯罪王リコ』。ロビンソン自身が、ワーナーの社長ジャック・ワーナーに、「この役はぜひやらせてほしい。これは一種のギリシア悲劇だ」と売り込んだ作品です。彼はこの映画でアル・カポネを思わせる野心的なギャングを熱演し、一躍人気スターになりました。彼自身の言によれば、「ギャングを演じたら嫌われるかと思ったのに、人気が出るとは夢にも思わなかった」「私がスターになれたのは、1930年代にギャング映画が作られるようになったから。50年代や60年代だったらとてもスターになれなかっただろう」とのことです。 それ以後も、『飾り窓の女』、『ストレンジャー』、そして遺作となった『ソイレント・グリーン』など、印象的な役柄を数多く演じました。 ロビンソンは非常に政治意識が高く、自らがユダヤ人であることを強く意識していたようです。ドイツにヒトラーが現れると、積極的に反ナチズムの運動を始め、ヨーロッパからアメリカに亡命してくるユダヤ人を助ける組織に加わりました。さらには、亡命中のトロッキーとメキシコで秘かに会ったり、ニューディール政策を掲げるルーズヴェルト大統領の選挙運動に参加したり、第二次大戦中のロンドンでフランスのレジスタンス運動支援のラジオ放送に出演したり・・・ こうしたリベラルな政治活動のせいで、戦後は赤狩りに引っかかり、映画の仕事が激減してしまいます。しかしそれでも、赤狩りの犠牲になったドルトン・トランボを経済的に支援したりしていました。 絵画のコレクターとしても知られています。ピサロ、ゴーギャン、セザンヌ、マティス、ルオーなどの名画を所有し、フリーダ・カーロの絵を買った最初のコレクターでもあったそうです。 また、彼は名優でありながら、なぜかアカデミー賞に無視され続け、ノミネートすらされたことがなかったんですよね。1972年にやっとアカデミー名誉賞を受賞しますが、授賞式の2ヶ月前にすでに死去していました(^^;
(ただし受賞は生前に知らされており、授賞式では未亡人が感謝の手紙を代読したとのこと)。 |

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