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アックス・ボン・タローの真夜中のセンターヒーロー
焼き肉食べ放題ランチが無くなっちゃったので途方にくれる

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★東京イベント当日!【藤波&ベイダー寄書きサイン】が手に入る!★
東京では本日19日(水)19時より六本木にて、
【藤波vsベイダーメモリアルトークバトル】が開催されます!
【藤波&ベイダーと3ショット】が撮れるTシャツ(4000円)を販売しますが、
枚数限定で【藤波&ベイダー寄書きサイン色紙】付Tシャツ(特価5000円)も販売となります。
二人の生写真が貼られ、今大会の記念ロゴスタンプが押された特製色紙です。
(色紙単体での販売はございません)
博多、大阪でも販売します。
当日券お求め希望の方は、【DMM.comさん】が入る【住友不動産六本木グランドタワー】1階【TULLY’s COFFEEさん前】に、
18−19時の間にお集まりくださいませ。
(セキュリティの関係で直接会場には入れません)
博多、大阪に付きましても、当日券のみの発売となりました。
メモリアルなこのイベントを絶対にお見逃しございませんように!
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〜藤波辰爾デビュー45周年記念イベント〜
 藤波辰爾 vs ベイダー メモリアルトークバトル 
■席種&料金
 【当日券】指定S席 5500円 指定A席 4500円 立見 3500円
  ※ドラディション該当大会チケットお持ちの方は、500円グッズ金券プレゼント
■出演
  藤波辰爾 ベイダー(敬称略)
■日時&会場
 <東京> 4月19日(水) 19時開始(18時開場)
      DMM,comイベントスペース 
      港区六本木3−2−1 住友不動産六本木グランドタワー24階
 <福岡> 4月22日(土) 大会終了後開始
      博多スターレーン       
 <大阪> 4月23日(日) 大会終了後開始
      大阪府立体育会館(第2) 
■撮影会について
 イベント限定Tシャツ(4000円)を販売します。
 お買い上げの方限定で、藤波&ベイダー両選手と3ショット撮影が出来ます。
 ※枚数に限りがあります。
■運営 チームフルスイング teamfullswing@yahoo.co.jp

画像に含まれている可能性があるもの:1人



皆さんも覚ええらっしゃるかと思いますが、あのビックバンベイダー選手が藤波辰爾さんの主催するドラディッションの試合に参戦するために来日されました。
今日は、そのトークイベントの話をしたいと思います。

場所は六本木にあるビルの24階。この周辺夕方頃行くと綺麗なんですよね。ガラス張りみたいなビルがライト反射してキラキラしているのです。

受付の方に、いい場所ですね!と尋ねたところ、藤波さんサイドのたっての希望だったらしい。(伽織婦人の好みか・・・)

会場内は会議室なのか、木製の机が置いてあるが、雰囲気がいい・・・イベントよりもこっちに感激してしまった。


早速ベイダーを見つける。スタッフと談笑していた。

席に座り周りを見るとだいたい50人ぐらいか。

イベントが始まり先に藤波さんが入場。次にベイダーさんが入場される。



ふじなみ「僕も腰を痛めて、長く欠場しましたけど、彼も体調が悪いと聞きましたがまだまだやれるという彼の希望もあってこうして再び合うことができました。」※1

ベイダー「みなさん、お久しぶりです。私は変わってはいません。ヒゲは白くなりましたがね(笑)」

司会「お体の具合はどうですけ?」



ベイダー「車で事故を起こしまして、病院に運ばれて検査を受けたところ私の体調が非常に悪く余命2年内だろうと宣告されました。」

司会「事故で、ということですか?」

ベイダー「違います。もともとプロレスの試合で体の節々が痛く不摂生もありましたが、そういった要因があるのかもしれません。」

藤波「・・・・」

ベイダー「私は正直、信じられないということで別の複数の医者にも見てもらったところ、何人かは問題ないとのことでした。私は自分を信じるためにも試合をする決意をしました。」


思い出深い試合など

ベイダー「CWAのオットーワンツ主催のプロレス団体でラウンド性の試合をしたことです。」
藤波「僕も行ったことがあるよ。リングが小さくてねぇ」



印象に残った出来事
ベイダー「日本に来て初めての試合。みなさんも忘れられないでしょうが、私も忘れられない一日です。(笑)トップの猪木を私のようなグリーンボーイのレスラーが勝ってしまうんですからね。信じられないことだったと思います。猪木を倒したことによってチョウシュー、フジナミとの戦いに意味が持ってて皆さんに興味を持っていただくことができたので財産だと思いました。ただ、私が出て1年ぐらいは私や新日本にとっても人気に陰りが出ていたので苦渋の時代だったと感じている。」※2

藤波「飛龍革命と呼ばれた沖縄での髪切事件。猪木さんに頼ってばかりではと思い、ああいう行動に出たが正直倒したいとかそういうことではなく自分があの人に挑戦することによって、どれだけの力があるのか?とかそういうことを確かめたくて行動を起こしたよね」※3

あとは質問コーナーを交えて

UWF系の選手で印象に残る選手は?

ノブ(高田延彦とのこと)

海外の選手は?

スティング 彼とは戦いを通じて絆が深まっていく感じがした。(藤波さんは意外そうだったが、海外での彼の人気は高かったようです)

藤波、三沢、スティング、この三人が一番自分の中で印象に残っている。

私も何か質問しようと思い

オープンフィンガーグローブを着用されていましたが、どのような意味があったのでしょうか?

ベイダー氏曰く「覚えていない(岡本太郎のようなポーズ)気づいたら手についていたそうだ・・・」

そんなこんなで、トークも終了。

後楽園ホールでの試合で猪木、前田、木村健悟氏の来場が紹介され当日のチケットを持っている方は抽選で終了後の打ち上げに参加できるらしく、かなりビックなプレゼント企画もあり、買っとけばよかったと悔やむことしかり。

藤波「せっかく彼が来たんでね、長州、ぼく、ベイダーでトリオを結成したいと思っています」

頑張ってください。



※1
1989年6月22日、ビッグバン・ベイダーとのシングルマッチで腰を負傷。椎間板ヘルニアで1年3か月間に及ぶ長期欠場となった。

※2
マサ斉藤にスカウトされ、1987年12月にTPG(たけしプロレス軍団)の刺客、ビッグバン・ベイダーとして新日本プロレスに登場。アントニオ猪木対長州力のIWGPヘビー級王座選手権が予定されていたところに TPG が割り込んだため観衆の不満が爆発し、最終的に暴動にまでなるが、ベイダー自身はその騒ぎの中、猪木から3分弱でフォールを奪う(混乱の末に猪木があっけなく負けたことが観衆の怒りに拍車をかけ、新日本はこの件で会場の両国国技館を管理する日本相撲協会から国技館の使用停止処分を受けている)。


※3
1988年4月22日、沖縄県立奥武山公園体育館で、いつまでもメインを張り続け後進に譲ろうとしない猪木に対して、自らの前髪を切って現状改革を訴える。この行動は前年に天龍が全日本プロレスで起こした天龍革命に対して「飛龍革命」と呼ばれた。












  • 90年代のベイダーは本当に強かったですよね。

    人生総合格闘家

    2017/10/9(月) 午後 7:48

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