天てらす 榊の使いと 見るまでに ここやかしこに ふれるおはらい
一生に一度の伊勢参り 伊勢への想いは、数は少ないものの今も形として残っている。
ライフワークのお出かけとして、伊勢への思いが残るものを探求するお出かけの紹介である。
今回は、京都中心街からはずれた奈良市よりの京都府城陽市にある 中天満宮と水土神社を紹介する。 江戸時代から伝わる おかげ踊り絵馬 を訪ねた。
まず、
おかげ踊り についてだが由来は、伊勢神宮の遷宮の翌年にお参りすると おかげ(御利益)がいただける といわれ江戸時代におよそ60年周期で大流行した伊勢神宮への集団参詣 「おかげ参り」 にある。
1705年のおかげ参りは京都の町人が、1771年のおかげ参りは南山城の宇治が発祥とされ、京都からの参詣者も多かったようです
1830年には阿波から始まったおかげ参りが大流行し、その際に河内国(大阪)を発祥として流行したのが「おかげ踊り」で、大和、山城、河内、近江、丹波の農村で おかげ踊り が踊られるようになり民衆の踊りとして全国で流行った。
京都では、南山城を中心に流行をし、城陽市の水度神社や中天満神社には おかげ踊りの様子 を描いた絵馬が奉納され現存している。
同時代のおかげ踊りの絵馬は全国でも9枚しか残っていないそうである。
まずは、中天満神社の紹介である。
周囲は梅林の名所だが周辺の道は5ナンバー乗用車の幅でいっぱいいっぱいである。 神社前まで車で行くのは避けたい。 行くとしても謙虚な気持ちで走りたい道である。
中天満神社は、村の小さな神社ではあるがなかなか立派な社域で宮のつくりも立派で、八百万の神々がご鎮座されている。 普段の日は、宮司さんは不在である。
おかげ踊りの絵馬は、室内に保管されガラス越しに見ることができるが、年月が経ち外に飾られていたものであるから、傷みと汚れで真っ黒に近い。 写真で画質調整するとうまく見れるかなという値である。
そとにある、案内板で確認必要。 歴史の流れをここで感じたい場所である。横は古墳であるし。
続いて 水度神社(みとじんじゃ) 。 城陽市内で一番古い室町時代からの社殿である。
京都のローカルパワースポットとしても人気ある神社である。
参拝を済ませ、社務所に保管されている おかげ踊り絵馬 を見せていただく。
説明もしていただき感謝。
さすがに、外にあったもので写真で撮ったものより目で見たものは黒ずんでいる。 それでも絵は江戸時代の生の絵で 圧倒される生き生きと神との接点を求める人々がうまく描かれている。
ゆっくり眺めていることができました。
水戸神社 職員様ご配慮いただきありがとうございました。
感謝
ライフワークですから、ゆっくりと伊勢とのつながりの地へ訪れていこうとする。
伊勢においないな☆彡
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