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伊勢につく日は元旦のつもりなり 地元ですから年越し参りは、地元氏神様と伊勢の大御神様は欠かせませんが、今年は ばて ておりました。
毎年、部下の休暇のために大晦日は部下の希望がない限り出勤(夜勤)ですが毎年同様夜勤となり今年な安全策で、元旦は神棚に参拝、1月2日に初詣をしました。 元旦は避け(酒)たわけです。(^^笑
第121代孝明天皇は歌に「皆人の心の限り尽くしてし後こそたのめ伊勢の神風」(皆それぞれに誠の心をもって全力を尽くした後、神様のご加護をお願いしなさい。)とうたわれている。
今できることをしっかりして無理はしない。夜仕事の翌日の倦怠感ときたら 笑 、いい仕事するためには 時間をお金に換えるサラリーマンは、休暇をしっかりとり新しくならないといい仕事につながらないので、無理せず 今年一年さらなる健康と家族安寧、日本国民の安泰を 元旦翌日にお願いしました。
さて、1月2日の午後1時ですが式年遷宮も終了した伊勢神宮、参拝客はかなり減りましたね。
発表の参拝者数は多いのですが、実感としてスムーズに移動できました。
心おだやか に余裕をもって入る聖域。神宮のご神域は、背筋が爽快に感じる気分になりますね。 これも実感。
宮域を守護される神様の磐座ですが、やっぱり手かざし、ハンドパワーを感じ取られてます。 若い世代が多いかな? 昔から伊勢の参詣は 一大行事のアミューズメント でもありましたから、これもありかと。 でも磐座を人物に置き換えると 手をかざした方々に神々はハイタッチをしているのでしょうか。 そういう想像も面白いのだと思います。
さて、前年のお守り納めて、新年の神をいただく列に並んで、ミッション完了です。
1月の様子を何をいまさらな時期にあげ UP ましたが。かなり伊勢周辺は動きやすくなりました。
春を迎え、新緑瑞々しい伊勢神宮の空気は絶品です。
少し早めの時間に伊勢神宮を訪れ体感してください。 心の故郷 感じれますよ。
伊勢においないな☆彡
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伊勢神宮の祭り 一月
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あまたなる人らの支え思ひつつ白木の冴ゆる新宮に詣づ
〜 第125代 今上天皇 (神宮参拝) 〜
伊勢神宮外宮は、皇大神宮(内宮)の外宮(とつみや)の意味である。
(外宮は、 げくう 。 内宮は ないくう と読む。)
外宮は、豊受大御神(とようけおおみかみ)をおまつりしている。
豊受大御神は、天照大御神のお召しあがりになる大御饌(お食物)の守護神であり、また私たちの営むすべての産業をお守りくださる神様である。
平成27年1月3日午前4時、伊勢神宮外宮にて元始祭が執り行われた。
『 元始祭 』とは、年のはじめにあたり、宮中三殿において天皇陛下が天津日嗣(あまつひひぎ:皇統)の元始を祝い奉るお祭りを執り行わせられるについて、伊勢神宮では両宮をはじめ諸宮社に大御饌(おおみけ)供進のお祭りを奉仕し、皇位の無窮をお祈りする祭典である。
ご奉仕される神職の参列は、忌火屋殿前の祓所に向かい、お供えする神饌と奉仕の神職がお祓いされる。
正殿での祭祀が行われたのち、別宮でお祭りが行われる
祭祀のあかりは灯明である。
神職の足元を照らす。 火の管理 タイミングの良い、あかりの管理は重要なご奉仕である。
御正宮での祭祀が終わりそれぞれの別宮へ。 冬の冷気に白い装束と松明。
日本の文化 闇に白 神々の国である。
豊受大御神 別宮 風宮
式年遷宮のため、敷地横には新しい宮の覆い屋が建つ。
あけましておめでとうございます
本年は新たなる年と感じており 面白き無き世を面白く これからも懸命に正直にと思っております
皆様、ご指導ご鞭撻、末永くのお付き合いよろしくお願いします
平成27年未年 正月
〜 伊勢おいないな日記 てっつん 〜 |
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たからかに鶏の声ききにつつ豊受の宮を今日もをろがむ
〜〜 第124代 昭和天皇 〜〜
伊勢神宮は、外宮は皇大神宮(内宮)の外宮(とつみや)の意味である。
(外宮は、 げくう 。 内宮は ないくう と読む)
外宮は、豊受大御神(とようけおおみかみ)をおまつりしている。
豊受大御神は、天照大御神のお召しあがりになる大御饌(お食物)の守護神であり、また私たちの営むすべての産業をお守りくださる神様である。
午前四時、斎館を出た神職の参列は、忌火屋殿前の祓所に向かい、お供えする神饌と奉仕の神職がお祓いされる。
神職と新鮮は御正殿に運ばれ、元始祭が執り行われた。
『 元始祭 』とは、年のはじめにあたり、宮中三殿において天皇陛下が天津日嗣(あまつひひぎ:皇統)の元始を祝い奉るお祭りを執り行わせられるについて、伊勢神宮では両宮をはじめ諸宮社に大御饌(おおみけ)供進のお祭りを奉仕し、皇位の無窮をお祈りする祭典である。
祭祀に欠かせない灯明の火を守る神職。
守るべき日本の文化がここには存在している。
伊勢においないな☆ミ |
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日と照らし土とかためてこの国を内外の神のまもるひさしさ
〜〜 後小松天皇 〜〜
『 元始祭 』とは、年のはじめにあたり、宮中三殿において天皇陛下が天津日嗣(あまつひひぎ:皇統)の元始を祝い奉るお祭りを執り行わせられるについて、伊勢神宮では両宮をはじめ諸宮社に大御饌(おおみけ)供進のお祭りを奉仕し、皇位の無窮をお祈りする祭典である。
午前4時、正月の3日、夜間の参拝が可能な正月早朝。
神宮では「浄闇」とよばれる暗闇の中、松明の緩やかな明かりで祭祀は行われる。
正宮での祭祀終わり、それぞれの別宮に神職は分かれご奉仕される。
別宮 土宮 。
外宮宮域の地主の神である 大土御祖神をお祭りしている。
別宮とは、本宮(正宮)の「わけのみや」の意味で本宮についで尊崇(そんそう)されるお宮である。
外宮には、多賀宮、土宮、風日宮、月夜見宮の四所の別宮がある。
土宮についで、風日宮で祭祀が行われる。
雪もそうそう降らない伊勢地方であるが寒さは厳しい。
午前4時の神域の空気は張り詰めた感がある。
神々坐する 伊勢においないな☆ミ
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皇大神宮(伊勢神宮内宮)別宮 『 伊雑宮(いざわのみや) 』は、三重県志摩市磯部町上之郷に御鎮座、天照坐皇大御神御魂(あまてらしますめおおみかみのみたま)をおまつりする。
「いざわのみや」というのが正しいが、「いぞうのみや」と呼びならわしている。古くから天照大御神の遙宮(とおつみや)といわれ、地元の方々からは「イゾウグウ」とか「イソベさん」「磯辺の大神宮さん」とも呼ばれている。
伊雑宮は、伊勢志摩の海に面する土地柄から特に漁師、海女の崇敬があつく伊雑宮の「磯守(いそまもり)」を受け、身につけて海に入るのが風習となっている。
伊雑宮の創立は、約2000年前の第11代垂仁天皇の御代の頃で、具体的には、804年(延暦23年)の皇太神宮儀式帳及び927年(延長5年)の延喜太神宮式に、天照大神の遙宮(とおのみや)と記述されており、それ以前から伊雑宮は存在したと考えられる。
皇大神宮別宮のため、恒例、臨時の祭祀、官幣奉納の儀すべて請う皇大神宮に準じて行われ、10社ある内宮別宮の中で、伊雑宮は荒祭宮、月讀宮、瀧原宮に次ぐ順位とされている。
また神田を持つ唯一の別宮でもあり鎌倉時代には伊雑の地から稲を千税(ちくら)として神宮に納めたことが記されている。
伝記によると、皇大神宮ご鎮座の後、倭姫命(やまとひめのみこと)が御贄地(みにえどころ=皇大神宮へ奉る御供物を採る所)をお定めになるため、志摩国をご巡行された。 その際、この地の豪族、伊佐波登美命(いざわとみのみこと)がこの地を御耕地として奉迎し、この地に神宮を創建して、皇大御神の御魂をおまつりし営んだのが起源といわれている。 『 元始祭 』とは、年のはじめにあたり、宮中三殿において天皇陛下が天津日嗣(あまつひひぎ:皇統)の元始を祝い奉るお祭りを執り行わせられるについて、伊勢神宮では両宮をはじめ諸宮社に大御饌(おおみけ)供進のお祭りを奉仕し、皇位の無窮をお祈りする祭典である。
伊勢の「 神宮 」は、正宮(内宮、外宮)二ヵ所を中心に、十四の別宮、一〇九社を数える摂社、末社、所管社、総数百二十五社からなりたっている。
伊勢神宮125社の立地や形は、さまざまでそれぞれに意味ある神である。
午前8時に鼓の音がたたかれ祭祀が執り行われた。
変わることの無い 感謝と祈りが この地にありました。
伊勢志摩においないな☆ミ
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