伊勢 おいないな 日記 〜サラリーマンの写真集〜

神風の 伊勢の浜荻折り伏せて 旅寝やすらむ 荒き浜辺に 「万葉集より」

三重県玉城町 風景・祭り

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 高速道路 伊勢道でインターチェンジをおり、車で五分、らくちんに着く温泉は、ここだけかもしれません。
伊勢市の隣町です。*\(^o^)/*

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 今日は、斎王行列を見に滋賀県甲賀市土山に出かけ2時間ほど滞在して、高速で伊勢まで帰ってきました。
途中、伊勢の手前、玉城インターチェンジをおりてアスピア玉城にある玉城弘法温泉に入浴。 最近の日曜日は、チビてっつんと二人なので、なぜか近場の温泉めぐりをしてすごしています。笑

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 小春日和で眠たさ誘う車の運転が、とにかく面倒だったので、お風呂は、広くありませんが三年ぶりにやってきたのが、建物の概観とは予想だにしないほど周辺・店内がたいへん充実していました。

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 肉やら野菜やら米やら、新鮮なものがうっています。 遊ぶ場所もあります。
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 温泉は、ツルツルしてます。 混雑する時間帯は避けたいですが。
*・゜゚・*:.。..。.:*・'(*゚▽゚*)'・*:.。. .。.:*・゜゚・*

いい湯でした。 帰宅途中に寄り道してリフレッシュな休日を過ごせました。

ひといきつきに伊勢志摩においないな☆ミ
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 富向山 田宮寺(たみやじ)は、奈良時代、僧行基によって創建、内宮の荒木田氏によって再興された真言宗の寺。
 本尊は、平安時代初期に作られた、木造十一面観音立像(国の重要文化財)で二体ある。 
 
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 最初の説明文 「 内宮の荒木田氏によって再興された・・・・・ 」に引っ掛かってください。(笑)
 
 現在の伊勢神宮は、600人以上の職員が各部署に分かれ祭事等の運営にあたっているが、明治維新での神宮の改革が行われるまでは、伊勢神宮 外宮と内宮に分かれ、世襲の神主(禰宜)により、別々の組織として祭事にあたっていた。
 外宮の「 度会(わたらい)氏 」。 内宮の「 荒木田(あらきだ)氏 」がそれである。
 世襲であった内宮神主、荒木田の姓は、新開地(開墾)を意味する新墾田(あらきだ)に由来する一族の姓である。 元は、中臣氏と同系の天見通命(あめのみとおしみこと)を祖とし、成務天皇の御代に3000代(しろ)を開墾した功により、荒木田神主の姓を賜わったと伝わっている。
 
 田宮寺を中心に、地域を考えると周辺に皇大神宮(内宮)の摂社・末社が存在しており、この地域に荒木田神主の一族が居住していたことによるものであろう。
 しかし、中世になり、伊勢参詣が盛んになったことと、武家の勢力が強くなり、神領・土地を押領するようになると、伊勢神宮内宮に近い宇治郷に荒木田神主一族は移住したそうである。
 
 田宮寺を神主家の 氏寺 と考えるとおかしく(??)かもしれないが、奈良時代以前より朝廷内にも仏教が入っていたように、神宮神主家にも仏教が入っていることは不思議なことではないのである。
 
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 毎年2月18日と8月9日の会式に、本尊の十一面観音が開帳される。
 本日がその日であるが・・・・・・  残念ながら   本尊の撮影は禁止。
 御堂だけ、撮影である。
 
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 面白いのは、十一面観音が2体あることで、夫婦観音として何やら御利益がうわさされているのだとか。。 まぁ、御利益を試す必要はないと思っている私なので、確かめようもないが(・・;苦笑。
 
 で 午後2:00/柴燈大護摩  午後3:30/餅まき ということで 餅まき時間に行きました。(^^!
 
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 餅まきの時間が一番人出が多いらしい・・・・ ということで行きました。
 お祭りといっても、屋台が並んでいないので、想像していたよりこじんまりとしていましたが、県外ナンバーの車もあった。  関西方面ナンバーで全面は雪が付着してましたから、伊勢本街道の山々を抜けてきたのかな? 伊勢は現在、寒いですが積もるほどの雪は降っていません。
 
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 餅と一緒に軍手が投げられるのが面白い。 軍手を投げる意味は良くわからない。(^^;
 
 
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 結構遠くまで投げていただいたので、私も縁起の良い餅をいただくことができました。レンズの外側にコツン!!とあたたっので一瞬青ざめましたが(笑^^;。  感謝感謝。
 
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 田宮寺は、中世以来、内宮の遷宮後、御神体を納めていた古い御船代(みふなしろ)を当寺の御船殿に納めるのが長い間の慣習であったが今は無い。
 田宮寺の前には、田宮寺神社が御鎮座されており神仏習合の時代があったことが良くわかる場所である。  神社が先かお寺が先か(^^;。
 
 
 
神仏ともに人のかかわり深い祈りの地 伊勢志摩においないな☆ミ
 
 
 
 
 

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 大和と伊勢を結ぶ旧街道 伊勢本街道。 
 私も旅する旧街道らしい巡礼道であるが、いよいよ伊勢の神領に入ろうとするとき見えるのが ここ伊勢市の隣町 玉城町に築かれた 田丸城跡である。

 田丸城は、今から約670年以上前の1336年(延元元年)後醍醐天皇の吉野遷幸のとき、北畠親房・顕信父子が南朝義軍の拠点として田丸山に砦を築き南朝の拠点にしたことから始まる。
 田丸は、朝廷にとって重要な神宮への奉幣使の道である伊勢本街道や伊勢と熊野を結ぶ熊野街道が通り、鎌倉や奥州などの東国との海上交通の拠点であった大湊港の背後にあることから重要な戦略上の地であった。
 北畠氏の後は、織田信長の二男 信雄が北畠氏の養子になり田丸城に入ると城の大修築を行い城の周囲の丘に堀を作り田丸城を独立させ、三層の天守閣を持つ平山城を築いたが1580年〈天正8年〉炎上。現在残る石垣や堀は、信雄(織田信長二男)が築いたものである。

 信雄以来、稲葉氏、藤堂氏に城主が代わり1619年〈元和5年〉、田丸藩から紀州和歌山藩の領地となり、明治に入り一等官林(林野管理局の所管)となるが昭和3年、玉城町出身の大阪朝日新聞創始者 村山龍平氏 が巨費を投じて田丸城跡の払い下げを受け、田丸町に寄贈をし、町民に城跡を開放した。
 現在、田丸城敷地内や埋め立てられた城池には、町役場・中学校・郷土資料館などが建っている。


 城郭の石積みが白く浮かびあがり、その上に立つ桜は 威風堂々としている。
潔く散り行くであろう桜の花は、何か切なさも感じるところだ。

 伊勢市内は、神領。
城は存在しないが(テーマパークの城は二見にあるがーー;)、少し離れた玉城町に、つわものどもの夢のあとをのどかな環境の中に見ることができる。

 歴史おりなす時代の美しさが伊勢志摩にはある。



         春の美しさを見に 伊勢志摩においないな☆ミ

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http://blogs.yahoo.co.jp/t20_in_ise/58968197.html
↑午前中の潔斎 石風呂

 午前中に御頭神事を執り行う方々の潔斎を見たあと、実家のお手伝いと鈴鹿市へチビの小学生最後の水泳大会の応援にでかける。
 三重県は、縦に長い県、行事参加の場合、意外とお出かけの移動距離は長く時間がかかり疲れる(^^;。 しかし我分身のためだ、そうこうとは言っておられない(^^;。
ここに来て、月日の流れは早いものであることを感じる。嫌嫌、習い事に行っていたチビも、今では自ら行きたがるようになり、仕事を終えて急ぎ足で稽古事に送る私(親)の方がグロッキー気味である。
 それでも、少ないながらも、実力が実った時になにかしらの賞をもらってきているので、この夏、こやつの実力はどんなものかとプールで競争するとあっさり負けてしまった。(−−; ほんと、泣き虫のチビがここまで成長するとは・・・・いろんなことを乗り越えてよくここまで成長したものだと思う。。。やや年寄りくさくなったので本題に入ろう(^^!。

 夜6時前に伊勢から高速に乗り1区間(割引200円)使い午後6時ぴったりに現地到着。
 衣装への着替えや太鼓の練習、段取りの打ち合わせを行っている。その様子を見ながら焚き火で一服( ゚Д゚)y−〜〜。 どんな感じで写真を撮ろうかと祭りの準備を見ながら構想を練るのだが、この御頭神事(獅子舞)は、かがり火からの距離が遠く、ストロボを使わないと撮影はできそうに無い。 天然色が好きなのであまりフラッシュたいての撮影は不本意であるが致し方ない。しかし伊勢もたいがい星は綺麗であるが、ここはまた夜空の星がたいへん美しい。
 http://proxy.f2.ymdb.yahoofs.jp/users/9bf3d453/bc/Yahoo!%a5%e1%a1%bc%a5%eb%c5%ba%c9%d5%a5%d5%a5%a1%a5%a4%a5%eb/__sr_/26d0.jpg?BC3GF_LB2OY_qzAH

 そうこうしている内に夜7時、いよいよ舞の開始である。
 しかしその前に、近辺の獅子舞と一風変わった宮古地区ならではの仏事が(^^;
 梶原寺の本尊前で、神事が執り行われる前の清め、厄除けに般若心経をあげてもらうのだ。
 http://proxy.f2.ymdb.yahoofs.jp/users/9bf3d453/bc/Yahoo!%a5%e1%a1%bc%a5%eb%c5%ba%c9%d5%a5%d5%a5%a1%a5%a4%a5%eb/__sr_/9d05.jpg?BCXhE_LBkyXwHSA3

 ここ宮古地区では、獅子舞とお寺さんとのつながりが深く、明治になり廃仏の動きが活発になり姿を変えた明治時代以前、神仏習合の風俗をよく残している。
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 読経によるお清めが終わり、いよいよ獅子が舞われる。
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 宮古の獅子舞は、焚き火が燃え、太鼓がうたれる中、天狗役(小学生)とのやり取りの後、獅子が勢いよく周囲を一周する。
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 これを7回繰り返して終了となり次の奉納場所に向かう。

2010/2/21 御頭神事 三重県多気郡玉城町宮古地区

 動画も撮影したが、なにぶん周囲の光量が少なく影絵のような世界になってしまっているが、肉眼でもこれに近い。
 私が小さい頃、日本昔話の影絵版のよう番組が放映されていたが、それを思い出すような、なんとも懐かしい世界が梶原寺境内に広がっていた。 
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 天狗の子供はなかなかりりしい。またピョンピョンと飛び跳ね回る動きは、微笑まずにはいられないほど可愛い。
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 梶原寺で舞を終えたあと獅子頭は、会所前、広泰寺脇、1本松で行い、11時半過ぎ、一本松で剣を持っての舞いを最後に午前零時、獅子堂に獅子頭と天狗が帰られ終了となる。
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 各場所に向かう途中、獅子を地区民は祝儀を持ち待ちうける。
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 のどかな地区を進んでいく 御頭神事 もっと見ておきたいところであるが、午後8時を過ぎてきたので、悲しいかなサラリーマン・・・休み明けの仕事に差し支えが無いよう帰宅である。
 この神事は十年に一度くらいの間隔で地区民に当番(とうや)がまわってくるそうだ。

 たゆることなく、形を変えることも無く、由緒正しく守り受け継いで行って欲しいものだと思い、貴重なそして幻想的なノスタルジアな時を宮古の御頭神事では過すことができた。 親切で誇りある地区の方々に 感謝 である。


 
        望郷の想い 先人の思い受け継がれる 伊勢志摩においないな☆ミ




※ 記事内 写真掲載期間切れの場合は以下へ ↓ フォルダ 「御頭神事 玉城町」
           http://photos.yahoo.co.jp/tetsukujira

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 伊勢市内を流れる宮川周辺では、御頭神事(獅子舞)が各所で行われるであるが ここ伊勢市の隣町、玉城町宮古 梶原寺の御頭神事は、古来よりの由緒が受け継がれる貴重な神事である。
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 まず簡単なこの地の説明であるが、ここ玉城町宮古の周辺には、伊勢神宮の摂社末社が点在しており、明治維新前 世襲制度で奉仕された伊勢神宮 内宮 神官の荒木田家が平安時代後期まで玉城町の近在を本拠地としており、神仏混合の時代、神職にありながら氏寺「田宮寺」を建立している。
 また、玉城町中心部は、参宮本街道と熊野街道が分岐する要衝の地で「田丸城」という平山城が建てられ、城下町を形成し神領と武家領の境をわけた地でもある。平野も広く水源もあり、米(農耕)に適した地である。

 さて、旧暦の1月10日に行われる「宮古の御頭神事」であるが御頭を取り扱うにあたり、前日に二見ヶ浦(二見興玉神社:夫婦岩)にてお清め(垢離)を受け、日が変わる午前0時ごろから、獅子舞を執り行う地区民を事前に潔斎(清める)するための「 石風呂 」に火が入れられる。
 石風呂は、屋形で宮古地区の梶原寺の傍らにあり、祭りの主となる御頭(獅子頭)は梶原寺境内の獅子堂に祀られ保管されている。
 
 貴重なのが、この「石風呂」で、残念ながら昭和37年国の文化財保護委員会の調査で、焚口がコンクリートで固められ、原型が変わっていることから国の指定は受けられなかったが、昭和40年に県の有形民俗文化財に指定され、県下で唯一現存する日本古来の「蒸し風呂」(高温のミストサウナ)である。(^^;
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「石風呂」の構造は瓦葺きの約二・五坪の小屋で、内部は浴場(温室)と炊き場の二室に仕切られ、浴場は約一坪の広さ、石釜は方形に約四五センチの高さに栗石が積まれる。
 石釜の下から薪を焚き石を熱する(焚きあげる)には、6時間程かかり、深夜から風呂準備の火が入れられる。
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 この日、午前6時過ぎ現地に到着、初めていく場所で目印も無くカーナビがぶっ壊れているため少々道に迷ったが、到着した頃にはすでに石風呂に入るための準備が着々と進められていた。
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 住職が常時滞在していない梶原寺であり、境内に鳥居があるやや変わった寺の雰囲気で、周囲を散策すると、石神の祠や石像が祀られており、周囲の農家は大きな蔵が配しなかなかの村のたたずまいである。 梶原寺下にある「石風呂」の横の小池には、石に重ねる丸竹の簀の子1枚と莚(むしろ)数枚が浮かべられてあった。
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 入る準備が整うと、焼けた石の上に竹の簀の子とぬれた莚(むしろ)数枚を重ね、池の水をバケツでかける。そうするとものすごい勢いで蒸気が発生する。
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 蒸気が弱くなれば再度水をかけると、また瓦屋根の下から蒸気が煙のように発生するのである。
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 神事の潔斎であり女人は入ることができないが、蒸気で前が見えない風呂場にカメラを持ち、入らせていただくと、敷かれた竹からも水蒸気が発生し、奥ゆきを確認することはまったくできない。
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 地元ケーブルTVのカメラライトの光をかりて撮影を行ったが、風呂場は蒸し暑く普通のサウナとは違い木を焼いたような煙の匂いと湯気に3分も入っていられない蒸し暑さである。 石風呂場の外は、焚き火がないと寒いのであるが(^^!。
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 今のように、蛇口をひねればお湯が出て24時間いつでも風呂に入れる世ではない時代の石風呂は、病気の治療、疲労回復といった効果も高く、大きな神事前の重要な潔斎であったのであろう。
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 また、石風呂に入らないと、御頭にさわることはできないとされ
「御頭にさわりたければ入ってもいいですよ。(石風呂に入らないとさわれない)。」と笑いながら促されるが、服を着たままの撮影だけで充分である。

 入ろうかなと迷ってしまうほど貴重な体験であったが、服を着て入っただけでカメラにも香ばしい独特な匂いがついてしまい今回はおとなしくである(^^;。
 
 石風呂に入り終わるといよいよ、御頭が獅子堂から取り出される。
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 御頭は、地区の誇りであろう!!
 獅子を入れる箱には元禄5年(1690)と書かれ、
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 獅子と共に舞われる天狗の面には正保2年(1645)の年号が書かれており、
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 伊勢の有名な和菓子「赤福」は宝永7年(1707)創業であるから、それより古い300年以上前に作られたものが、今に守り受け継がれている。(^^; まぁ、お菓子と比較対象するのもいやらしいきもするが(――;;;;。伊勢といえば赤福だろうなぁ。。

 取り出された御頭と天狗の面ともに黒光りし、なんとも威圧感があるが、ややユニークさもあり知人に似ているような気もするところ(==;;。


 さて時間は午前8時、獅子が舞われるのは午後6時から、一時帰宅である。


        伝統と歴史の思いつながる 伊勢志摩においないな☆ミ


※ 記事内 写真掲載期間切れの場合は以下へ ↓ フォルダ 「御頭神事 玉城町」
           http://photos.yahoo.co.jp/tetsukujira

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