|
9月20日 朝6時20分伊勢市駅を出発し、しばし電車に揺られ 奈良県「 長谷寺 」駅に到着。荷物を前日に駅前へ駐輪したママチャリに積み込み午前9時、伊勢神宮に向けて、ママチャリを漕ぎ出した。
準備や忘れ物などもあり、予定より1時間半遅れの出発となり、何とか予定していた野宿の地に到着、温泉に入りテントを張り熟睡。
翌朝は、6時に出発し 伊勢神宮外宮に18時に到着。目標の伊勢神宮内宮には、19時に到着となった。
結論として、「 疲れた 」である。(^^;;
峠は険しく、細く、倒木やがけ崩れ、力自慢な私も自転車2台を押して登れず、一台ずつ登らせるのがやっと。崖から自転車が転落、マムシには何度も遭遇、両足が攣り旧街道の細い林道を転げ落ちる・・・楽しみにしていた茶屋での銘菓を交えての一服は、正午ですでに完売などなど・・・・面白かったのですが、いろいろと疲れました。
手は豆だらけ、全身筋肉痛が、2日間たちやっと落ち着いたところだ。
ママチャリで走った距離は約120km、私が走った(全工程のほぼ半分はチャリから降りておしていたがーー;)古道とは、以下のような由緒ある伊勢に向かう 旧街道 である。
伊勢本街道は、神代の昔から飛鳥・奈良時代にかけて大和(奈良盆地南部)と伊勢神宮を最短距離で結ぶ重要な道。
平安遷都により一時さびれましたが、南北朝以後、伊勢国司北畠氏が現在の美杉、多気に館を構え、多くの人々が行きかう街道に変換した。
その後、江戸時代から明治中期にかけての「お伊勢参り」大流行の時には、旅人から恐れられる険しい峠道でありながら、天照大御神の遷座の地を求めた際の伝承が多く残り、伊勢神宮の御神霊が始めて伊勢に入られた由緒ある道として 「 神のお心に叶う道 」として多くの参宮者でにぎわった。
近代、鉄道、自動車、国道368号線の開通などの普及によりさびれましたが、峠、常夜灯、地蔵など街道遺産が往時の面影を残している。
近年再び、歩く人が増えてきており、特に年末にはお伊勢さんへの初参りに歩く人々でにぎわうそうである。
また、おかげ参り(伊勢神宮参り)というと、明治初期までの諸国から来た参宮者の中には、ある程度、集団で揃えた服装を着て、幟などを押し立て、唄を歌いながら来た者も多かった。それらの人々は、国の名を筆太に記した菅笠と腰には必ず柄杓を挿して来たそうである。
残念ながら外宮到着は18時、参拝時間に間に合わず北御門から遥拝。
内宮には、18時30分 宇治橋前から遥拝。 感無量でたたずむ てっつん。。(写真三枚目)。
それでも、おかげ横丁はシルバーウイークでたくさんの人!!19時まで営業していたようで、若松屋でチーズ棒、たこ棒をぺロリ!!少々胸焼け。。 赤福は食べなれているので、Jrてっつんの要望もあり今回はパス。。閉店準備してたしねm(__)m。
参宮の服装もやや模してみての 2日間の旅(冒険)であった。
今回は、無事到着の報告まで、詳細は落ち着いた頃に書く予定である。伊勢マニアに方(^^!お楽しみに。。
古き良き日本が残る 伊勢においないな☆彡
|