伊勢 おいないな 日記 〜サラリーマンの写真集〜

神風の 伊勢の浜荻折り伏せて 旅寝やすらむ 荒き浜辺に 「万葉集より」

伊勢と古都 古墳

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淳和天皇の霊柩車を埋めた塚 と言い伝えられてきたので車塚古墳。
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 古墳時代後期(6世紀中ごろ)の前方後円墳。
 第53代淳和天皇(平安時代前期)の天皇である。古墳とは全く関係がないだろうが、物集女(もづめ)という地名や、伊勢斎宮として娘の氏子内王を伊勢に派遣した天皇であることや、長岡京がこの地に置かれたことなどで興味深い地である。
 物集女というかわいい地名に、一度行ってみたいなぁと思いつつ行く機会もなく、あえて何か用事もなく・・・・状態でしたが、古墳内部公開の記事が出ていたので見学時間を予約し伺った。 注意点は駐車場が無い!なので阪急東向日駅前駐車場に車を停めて15分くらい歩いた場所にある。
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 一言でいうと よくできている よく整備されている 古墳である。
近代的にVRやアプリを使い埋葬された王が登場したり、その時代の風景を見ることができる。 顔抜きの絵に自分の顔を埋めインスタ映えする・・・・オプションまで用意されている。


 さすが 京都 である。 
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 しかも、古墳内部の案内では、発掘調査に関わった元地質学専攻の歴史学者(学芸員?)さんに案内していただき、使われた石からとく関係や、右側から古墳に入る意味(神社にも通じる建て方)、古墳の方向をたどると京都愛宕山に通じる、などなど 自説を交えた学説をご教授していただけた。 いろいろ質問して恐縮です。

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 こじんまりではあるが、よく保存されている。発掘途中で国の予算が付き状態よく保存されたそうだ。
 しかし、実は伊勢の外宮裏の山 高倉山にこれより大きい石室が頂上付近にあるのだが残念ながら見ることはできない。 雰囲気的にこのような感じなのであろう。
 いろいろ勉強になりました。 京都府向日市 関係者皆様に感謝。


 さて 観光地には名物あり! ということで訪れたのは物集女車塚遺跡から徒歩1分にある あまいもん京都 久在屋 さんの京豆腐をつかった 甘いもの屋さんである。
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 残念ながらイートスペースはありませんが、 なるほどなぁ まろやか な豆腐を使ったスイーツでした。 

 このあと、なんと!伊勢とのつながりを見つけることができました。 それは次回記事に続く。

歴史ロマン求めに伊勢においないな☆ミ

で務め氏子内王 (うじこ)

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 キトラ古墳壁画保存管理施設は、平成28年9月にオープンしました。この施設は国営飛鳥歴史公園キトラ古墳周辺地区の「キトラ古墳壁画体験館 四神の館」の1階にあり、当分の間、キトラ古墳の壁画や出土品を保存管理・展示する施設です。この施設は文化庁が設置し、奈良文化財研究所が施設の管理運営と壁画公開事業などに協力しています。

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すごくよくできています。
私はじっくり見て、壁画の実物公開で朱雀を見ることができました。
思いのほか小さくはっきりと見ることができませんが、脳内でははっきり見えます。
数千年前の壁画です。 残っていたことが奇跡。 古都にはロマンがあります。
ただ  興味のない方を連れてくといけません。 数分で外で飲食してます。 それもありですが。
伊勢神宮の観光と同じかもしれません。  苦笑

伊勢にもおいないな☆彡


 松阪木綿 松阪商人 松阪牛・・・・・
 私の小さいころは、駅前に何でもそろっていて城跡やSLが近くにあり、うまい店が駅前、デパートの屋上に遊戯場がある、私の好きな町であった。 
 いまは、かなり駅前はさびしいものだが・・・・三重県内どこもそんなものかなぁ。
 郊外にたくさん店ができているのが、現在の松阪市。 買い物にもたびたび出かける、今でもドライブがてらに出かける良い街である。(^^!
 この動画、ご当地ソングは、耳に残り、私の記憶に焼きついた名曲である。。と思っている。
 
 そんな松阪市、松阪駅前から歩いて行くには、やや遠い場所、 松阪市小黒田町ゴケ山 にある 宝塚古墳(築造時期5世紀) に出かけてきました。
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 伊勢国第一位 (三重県下第5位)の規模を持つ前方後円墳とのこと。
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 2号墳は、帆立貝式の前方後円墳なんだって。。。。。 知らなかったホタテガイ式。。。 ホタテガイというと、私の年代的には、ホタテマン・・・安岡力也氏・・・。と来るのは冗談であるが(^^; 
 ホタテは、この地方では獲れないから、ホタテによく似た檜扇貝(ひおうぎがい)式かアッパッパ貝(檜扇貝の俗称)式の方が正しいところか・・・^^;。。
 
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 昭和初年度には、88基が残る古墳群であったが、現在では、宅地開発等で国指定の1、2号墳を含む4基を残すのみとなっている。
 立地的に、標高50メートルの丘陵地なので、少し上ると前方には美しい石垣残る松阪城が正面に見えれる。 海山川、平野のある豊かな土地である。
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 これほど大きな墳墓を造れる支配者であるから、埋葬者は、古事記に残る 「伊勢飯高君」や皇太神宮儀式帳に残る「飯高県造乙加豆知(おとかつち)」につながる飯高氏とのかかわりが考えられている。
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 松阪市は、文化財保護と観光がよくできており、古墳は公園化され、説明板も埴輪をイメージした粋なもの、発掘した当時の斎場、埴輪が復元されて展示されている。 
 復元された埴輪は、公園整備当時の小学生、中学生?が制作に携わったようだ。埴輪にサインがされていた。
 
 しかも公園前にはコンビニが・・・・休憩場所にもよくできている(^^!
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 芝生の上で、ごろっとうたかたの 転寝したら 古墳時代の夢が見られたりして。。。
 
 
 
 暖かな日差し 文化と癒しに 伊勢の国においないな☆ミ
 
 
 
 
 

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『 是日、似皇孫大田皇女、葬於陵前之墓 』
 斉明天皇間人皇女(はしひとのひめ斉明天皇とみこ)を合葬する。皇孫大田皇女(みまごおおたのひめみこ)を陵(みささぎ=斉明天皇陵)の前の墓に葬る 】 〜〜 日本書紀 天智62月 〜〜
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 奈良県明日香村 古代の都  神話の世界が語り継がれる地である。
 年末にかけて、歴史教科書を塗り替えるような発見があった。
 年末の気持ち忙しい中、奈良県は明日香村に出かけました。
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 日本書紀に一致する古墳を見に!!(^^ 古墳は見学会が終わると原状に戻されるためこの機会を逃すわけにはいきません。 古代史、歴史付きな人は特に(^^!。 
 伊勢から約2時間少々の道のりです。
 
 それでは古墳のご紹介!
一つは 「 牽牛子塚古墳 (けんごしづかこふん)」
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奈良県高市郡明日香村大字越に所在する7世紀後半に造られたと推測される終末期古墳。
「くり貫き式横穴式石槨」とゆう約80トンの巨石をくり貫いて室と台(床)を作るという、道具もさほど整わない時代、手作業で作るという何とも気の遠くなるような墳墓である
 
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平成22年夏の発掘調査で、八角墳(八角形墳)であることが判明し、舒明天皇の陵墓(忍阪段ノ塚古墳)、子の天智天皇の陵墓(御廟野古墳)、天武天皇の陵墓(野口王墓、持統天皇との合葬墳)がいずれも八角墳であり、この牽牛子塚古墳も八角墳であることから当時の皇族の陵墓であることが分かった。  イメージ 4
(↑奈良新聞より)
 
 埋葬者は、二人の女性 第37代斉明天皇(第35代皇極天皇) [斉明天皇は、舒明天皇の皇后で天智天皇(中大兄皇子)の母、大化の改新後、一度皇位を退いたが、再び重祚(じゅうそ)し斉明天皇とし
て即位した。百済救援のため遠征軍とともに北九州に到着をしたところで崩御される。]
 とその娘間人皇女(はしひとのひめみこ36代孝徳天皇の皇后)の合葬墓と事実上、特定される。
 
 君が目の 恋しきからに 泊てて居て かくや恋ひむも 君が目を欲り
 
 (あなたの目が恋しいばかりに船を泊めさせました。これほど恋しさに耐えられないのも、あなたの目を一目見たかったからです。天智天皇は、斉明天皇の柩を運ぶ途中、船を停泊し、歌を詠む。日本書紀より) 
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斉明天皇は大土木工事を好んだ女帝とされ民衆からは「狂心(たぶれごころ)」として非難されたが石と水を使った技術、文化を開花させた天皇でもあった。
 埋葬には、いろいろな説もあり『日本書紀』に、「天智天皇は、母である斉明天皇の命令を守り、大工事をしなかった」と記しているし、『続日本紀』には、斉明天皇陵(越智崗上陵)が「修造」されたとの記事が文武天皇3年(699年)のこととして記されており、処暑の研究者の説もあるため埋葬者の確定とまでは至らない。
 ちなみに続日本紀には、文武3(699)年に斉明陵を「修造」したとする記述があることから逝去の年代が違う二人の女性(天皇、皇后)が一つの墳墓に納められたと考えられる。 古代史を実証する大発見です。
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 二つ目はここ!お目当てはここです!! 
 「 越塚御門古墳 (こしづかごもんこふん)」
 
「牽牛子塚古墳」の範囲確認調査をしている最中に発見された古墳。
「牽牛子塚古墳」の隣にあり、巨石を床部とくり貫いた室(天井)部に分け7世紀後半に造られた「横口式石槨」と推測され、石室の総重量は、牽牛子塚古墳と同じ約80トンであったと考えられる 非常に丁寧な作り で 排水溝を備え石も美しく磨き上げられた古墳である。
 
 上下二つに分けた巨石を使った石室の残骸は、明日香村平田にある
 「鬼の俎(まないた)」「鬼の雪隠」が有名。    
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(↑奈良新聞)
 
 
奈良新聞)
 日本書紀の記述「大田皇女を陵の前に葬った」を裏付ける位置関係から 埋葬者は 飛鳥時代の女帝・斉明天皇の孫、「大田皇女(おおたのひめみこ)」とほぼ特定すると考えられる。
 大田皇女は、大化の改新(645)の前日に生を受け、天智天皇の娘で後に天武天皇(大海人皇子)の妃となり661年、斉明天皇の百済救援に伴われた道中で大伯皇女(おおくのひめみこ)を産み、663年には 大津皇子 を産んで間もなく20代の若さで去った。
 大田皇女の死後に妹である「鵜野讃良(うのささら)皇女」が天武天皇の妃となり、持統天皇となった。
 大田皇子の子である姉の「大伯(おおく)皇女」は、伊勢の斎王の任につき、弟は持統天皇の子である草壁皇子との皇位継承問題で謀反の罪で686年処刑される。
 牽牛子塚古墳と越塚御門古墳には、天智天皇に関係深い3人の女性が葬られていると考えられる。
 
 ちなみに宮内庁は、「 牽牛子塚古墳 (けんごしづかこふん)・越塚御門古墳 (こしつかごもんこふん)」から西南西の方向へ2.5キロメートル離れた、奈良県高市郡高取町大字車木に所在する車木ケンノウ古墳を斉明天皇陵として治定しており、今回の発見で斉明天皇陵、大田皇女の墓を陵墓指定するのは『時期早々』と判断している。
 宮内庁管轄の陵墓、参考地の骨格が固まったのは江戸時代で、立ち入りを認められない聖域に指定されているため発掘はできない。そのため「確実な資料とは言えず見直しは考えない。」という見解である。
 
 私は、それはそれで良いことだと思う。白黒分けるのもよいが墓荒らしをするのはどうかなぁ??と思うし、発掘されても、事実を見た者はいないわけだから、真実に近づくことはできても事実を見ることはできない。あくまでも想像の域。 だから古代史は面白いのである。
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さて、どうして明日香村の大発見に私が飛びついたかというと伊勢との関係にある。
 
    に地形。
・「二上山」が奈良県にあり秋分の日には日が没するそうだ。 伊勢神宮内宮右手には、鼓ヶ岳、前山と二つ並んだ山がある。
内宮と外宮の間には「貝吹山」がある。 伊勢の貝吹山は、宇治山田の戦い時に貝を吹いたからといわれるが?どうかな??
明日香の貝吹山は、南北朝時代、豪族越智氏が本城を築いた地で山の頂上に貝吹城址の石垣が残っている。 
 よく似た名前と形が偶然あるなぁ というのと 面白いのが次に掲げること
 
    造成、建造方法
『 越塚御門古墳石室は南に向いて開口。墓道は、その前面部から真っすぐ南に延びる。幅1メートルで、直径約2030センチの川原石を両サイドに積み上げて側石とし、その間にこぶし大の小石を敷き詰めて道を造っていた。調査区外に続いており、4メートル以上の長さになるという。墓道の下には幅約40センチの暗渠(あんきょ)排水溝が確認された。
 墓道の一部は後世に破壊されていたが、残存する墓道の中心線は、石室内に棺を置いたと想定される中心線より西に約20センチずれる。村教委は「墓道と石室の造営時期が異なることも視野に入れて検討する」としている。 』
というところ。
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 最近は、読書といえば安く手に入れた( 笑)伊勢神宮に関する古書を読んでいる私ですが、昭和26年神宮司廰が発刊した書の中に「 内宮:御門と正殿は一直線上にあるが外玉垣御門と内玉垣南御門は少し東に寄っている。ここだけこんなになっているのは不思議であり、御殿の配置や参道のつけ方に対する昔の人の考え方を知る一つの資料になるでしょう。」とある。
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うつそみの人にある我れや明日よりは二上山を弟と我が見む
(うつそみのひとなるわれやあすよりはふたかみやまをいろせとあがみむ)
                        〜 大伯皇女(おおくのひめみこ) 〜
                                天武天皇の皇女 伊勢神宮斎王
(伊勢神宮より都:飛鳥に帰るときに、路の上の花を見て、感情哀咽して歌を作る?)
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 12月10日 平日に少々時間があったので 行ってみたい場所に出かけた。
 伊勢から車で約2時間、奈良県と大阪府の中間地点にある 二上山。
 
 ここには、天武天皇崩御(686年)の後 皇太子草壁皇子に対しての謀反の罪で 自害 に追いやられた 「 大津皇子 」 が葬られている。
 二上山は、斎王に関する文献を読んだり、私の恒例行事である斎王祭りにでかけたり、
近鉄で大阪方面に行く途中見える朝日に明るく、帰りは夕焼けや夜に浮かぶ 雄岳(517m)と雌岳(474m)が並ぶ 歴史的にも特徴ある山である。 
 今回は、計画性無しで時間が余った思いつきの立ち寄り。 夢に見るほど一度訪れたかった場所である。
 思いつきのため携帯サイトで情報を確認すると、歩いて約50分で山頂まで行けるということ。 到着が14時である。カメラバックだけ持ち運動靴でもないが、写真を撮りつつ早足で60分で登れるかと予測して出発である。 ハイキング程度とはいえ 山はなめてはいけません。 特に昼からは歩きは、山陰に日が入ると寒さと暗さに困り果てますので注意。(^^!
 しかも16時までには、帰りの途に就かないと、プチ家出気味の旅なので急ぎ足である。(苦笑
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 まず立ち寄ったのが 二上神社。 いくつかの神が合祀されている。
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 登山道(ハイキングコース)の入り口にあり、参拝は欠かせない。  時間的に、ここの参拝だけでも良かったのかもしれない。(^^; この神社周辺には、駐車場がないから、車でお手軽な気持ちでは訪れられないかもね。
 
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 参拝を済ませたら、神社脇の道から登山開始である。
 途中、イノシシが降りてこれないように柵がある。
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 ここのドアを開けてきちんと閉めたら本格的な登り開始。
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 しかし、この登山道 きつい。  階段が多くて 一定の間隔の歩幅で落ち葉が足を取る。 登山中 出会った人は、下山者2名・・ここでこけて怪我でもしたら大変である。もちろん出会った人には挨拶をすることは忘れない。
 
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 それでも なかなかよく整備された道である。
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 眺め的には、こんな感じ。夜は綺麗だろうなぁ。  一人で歩く気はしないかも(^^;
 結構、息が切れ汗をかいた、登りはじめて約40分、頂上に到着。
 頂上よりやや下に 「 大津皇子二上墓 」がある。
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 しかしこの山の上に墓を作るなんてすごいことである。  さまざまの思いがあったのであろう。
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 雄岳の登山道横からは 「雌岳」が見える。
 
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 大津皇子は、謀反の疑いがかけられ自害に追い込まれる数日前に、姉である 伊勢斎王 大伯皇女 に一人馬を駆って会いに行く。
 これは、姉に立場を告げ、万一の暇乞いや神のご加護を祈るため、はたまたこの時代には、伊勢神宮に新羅からの御調(みつぎ)が奉献されていることから、伊勢の国に根付いた新羅勢力の支援を頼みに来たと学者の方は推理されている。  歴史の面白いところであるが、私は 最後のあいさつ と 無実であることを誰かに伝えたかった だけ ではないかと単純に思っている。
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 兄弟という 不変の関係の中、13歳の時から伊勢斎王という神に仕える立場となり、大伯斎王26歳で弟の悲愴の死を受け入れる時、どんな気持ちだったのであろうか。 その悲しみや・・・・。
 大伯斎王、弟の霊を弔う挽歌には
「 神風の伊勢の国にもあらましをいかにか来けむ君もあらくに (万葉集)」
とある。  歴史を支えた大津皇子二上墓に感謝の参拝である。
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 大津皇子 二上墓 を少し登ると山頂。
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 山頂には 葛木二上神社(かつらぎふたかみじんじゃ)が御鎮座されている。
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 由緒書きもあるが・・・・
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 豊布都霊(とよふつのみたま)神と大国魂(おおくにたま)神が祀られているそうだ。周辺にもいくつかの神が祀られている。
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山頂の木々を見ると、強風からだろう木が斜めである(^^;。 山頂の自然は厳しいようだ。
 
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 この後は下り、雌山のほうが眺めはいいようだが、いかんせん時間が無い。 天気が良いと淡路島まで見えるそうだ。  そこは、次回の楽しみのためとっておくとする。。!
 
 二上山は 石器の素材となる讃岐岩(サヌカイト)がとれ古代より人が住み着いており、伊勢で発掘される遺跡から 二上山でとれたサヌカイトを使った石器が発見されており、 また二上山の間から日が沈むのが神秘的に見えていたそうだ。
 伊勢神宮 伊勢 とも結びつきが深いのが 二上山 なのである。
 時間をかけて回ると歴史や文化を知り感じるうえで面白い場所であろう。
 下山したのは、16時。 帰り、落ち葉が滑るため気を付けての道のりとなった。
 
 
           奈良 飛鳥 人の歴史 文化に触れ
                    日本の神に対する心に触れに 伊勢においないな☆ミ
 
 
 

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