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大神はあはれ給ひ彼方よりみ手をのばして迎へましけり
〜〜 貞明皇后(大正天皇皇后) 〜〜
神宮の祭りには、三節祭という最も由来の古い「神嘗祭」、年2回の「月次祭(つきなみさい)」がある。 これに祈年祭と新嘗祭を加えて神宮では「五大祭」と称する。五大祭には、天皇陛下(皇室)から幣帛(へいはく)が奉げられる。
毎年2月17日に執り行われる祈年祭は、以下の日程である。 夜間(夜明けごろ) 外宮において 奉幣の儀 一般参列、見学不可 午前 7:00〜 外宮において 奉幣の儀 ※皇室から送られる幣帛は、布帛(布類)である。
午後 11:00〜 内宮において 大御饌の儀 午後 2:00〜 内宮において 奉幣の儀 ※皇室から送られる幣帛は、布帛(布類)である。 祈年祭は、現代一般的に「きねんさい」と呼ばれるが、古来「トシゴイノマツリ」と読まれる春祭りで、「トシゴイノマツリ」のトシとは古語で、穀物のことを言う。 古語で、稲を「しね」や「とし」と呼んでいた。 これから行う農作業の始まりに対して穀物の豊作を祈り、穀物が潤う事で国家の安泰を祈願する祭りといえる。 現代の農業(米作)は、種(籾)を植えて育てるのは少ないのではないか? 苗を買い、機械に入れてガーと植えつけていくのが主流であろう。 しかし、日本で管理された稲作が始まった弥生時代から、様々な技術が持ち込まれる明治時代までは、雪どけを見るこの時期から、農具を準備し、水路や、耕す土地を決めたり、田を整備したりする必要があり、まだ雪の花が舞うこの時期ではあるが、神宮では、古来の祭事が通りに毎年、この日に行われる大切な祭事である。 また祈年祭と対になる祭りは、11月23日(勤労感謝の日)に行われる、新穀を天神地祇にすすめ収穫に感謝する秋祭り「新嘗祭(にいなめさい)」である。 今の時代、早場米(はやばまい)と言って9月から新米が出回り、広く国民はこれを口にするわけであるが、古来のしきたり通りに、日本国の象徴である今上天皇(現天皇陛下)は、新嘗祭まで新穀を口にすることは無く、11月22日までは古米を食べるのである。 昭和天皇は、崩御される前の病床で「今年は雨が多いね。お米は大丈夫か。」と宮内庁長官に尋ねられたそうだ。 神話の国、日本。 伊勢神宮内宮に御鎮座される天照大神が天孫降臨のとき、瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)に渡されたものは「三種の神器」と斎場〔ゆにわ:神を祭るために斎(い)み清めた場所〕の「 稲穂 」である。 これが神話の国「日本」の始まりであり、日本の農業の始まりを示し、日本国民が餓えないよう国民の命を守るために行われる、農業最初の祭礼が 『祈年祭』 「トシゴイノマツリ」なのである。 祈年祭で行われる大御饌の儀、奉幣の儀。奉幣の儀では、皇室からの勅使(お使い)が参列され、皇室からの幣帛(へいはく:ミテグラ)を奉げられる。 神宮の大宮(外宮、内宮)で祭が終われば順じ、「巡回祭典(別宮、摂社、末社、所管社の大前で祭典)」が行われ全てのお宮を回るため2月23日まで祈年祭は行われる。 勅旨、黒田清子臨時祭主も石壷に入り静寂の祈りがささげられていました。
神宮のかやぶき屋根からは、氷柱が垂れていました。
伊勢も寒さ厳しいこの時期ですが、少し過ぎると春が実感となり現れます。
春訪れる祈り続く 伊勢においないな☆ミ
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