伊勢 おいないな 日記 〜サラリーマンの写真集〜

神風の 伊勢の浜荻折り伏せて 旅寝やすらむ 荒き浜辺に 「万葉集より」

伊勢神宮の祭り 五月

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 例年の、春季公開神楽祭を「御即位奉祝舞楽」として奉祝行事として日を設け公開されました。 振鉾(えんぶ) 舞楽にあたり初めに奏される。 天下泰平にことほぐめでたい舞楽である。
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 なかでも、神宮独自の歌舞「萬代舞(よろづよまい)」をみるのは、大変貴重。
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奉される楽もまた 貴重。   天照らす 大宮どころかくしつつ 仕えまつらむ 萬代までに 萬代までに
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舞人は、女性4人で十二単と呼ばれる装束に長い裳を曳き、山桜の花の天冠を着け手に檜扇を持ち舞う。 
動画
https://youtu.be/-1r3e7dG1W0

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 萬歳楽は、4名の男性舞人が、雅楽に合わせ鳳凰を模した鳥甲(帽子)に赤いかさね装束で舞う。
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 古代中国で名君が世を治める時に必ず現れた鳳凰が、「賢王万歳」とさえずった声や姿を舞楽にしたと伝えられる。
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 天皇即位の大饗において法される大変めでたい舞楽である。
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動画
https://youtu.be/PPwpmA0ZaN4

 長慶子(ちょうげいし)  舞楽終了の際奏でられる。

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伊勢においないな☆ミ

※正直 このGWは、異常なほどの参拝者で ご朱印やら長蛇の列でイライラしている方も多くクラクションならしたり怒鳴る方、ごみが捨ててあるのも見受けられました。 私的にしばらく落ち着くまでは、静かにしております。
いつきてもね 伊勢はいつでもお正月だからね。
 神田御田植初式とは、神田に苗を植えるお祭りで、毎年五月、田楽の囃子の音もゆかしく、田植えのご奉仕が行われる祭りで県指定無形民俗文化財に指定されている。
 
 神宮神田の広さは約3ヘクタールで作付面積は64,753平方メートル。

 清き流れの五十鈴川の水をひきこみ、神田で収穫された御料米は、祭典の時、御飯(おんいい:蒸し米)並びに餅として神前に奉られる。
 

 神宮神田の起源は古く、倭姫命がお定めになったと伝えられ、大御刀代(おみとしろ)または御常供田(みじょうくでん)と言われていた。
 

 日本人の主食であるお米。それは、日本の神と日本人を密接につないでいるものである。
 狭い島国で、多くの人口を支えられるのも米が主食であるからであろう。
 
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 神話において天孫降臨のおり、保食神(うけもちのかみ)の身に成った稲種を、天照大御神が天狭田長田(あまのさだながた)にお植えになり、この稲穂(稲種)をわが子に任せまつるとして、「 顕見蒼生(うつしきあおひとぐさ)の食いて活くべきものなり瓊々杵尊 (ににぎのみこと)に授け給うた 。 ( 日本国民の主食として、稲作を広めて豊かな国を創りなさいと天から日本に降りる瓊々杵尊にもたせた。) 」

 という、神話の世界から日本人の命と繁栄をが保障され、受け継がれるものがお米(稲作)であることが畏れ多い神への感謝とともに伝えられている。
 それゆえに天皇陛下は、米作りを使命とし、皇居内の御田で米作りを行っており、宮中での米にまつわる祭祀、神宮では米にまつわる祭祀が現在も欠けることなく続けているのである。

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 さて、神田御田植初式であるが、これは 「神宮の 祭 」ではなく 「 式 」である。
 神宮の禰宜も代表一人が参列すればよいとされており、祭りより軽く扱われている。 
これは、この祭りが古代にはなかったからと推測される。 

 昔は、種を田んぼに直まきしていたから、苗植え(田植え)は存在しなかったため、昔から伝わる「祭」ではなく、苗を植えるようになった新しい時代に、大事な稲作の祭祀の一部として付け加えたことで「式」という位置づけになったと考えられている。
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 この日は、風雨強くうまく写真を撮れず、アマチュアですから機材大事で早々に戻りました。
 
 

かわらぬ文化と時間をつなぐ 伊勢においないな☆彡
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 黒(きたなき)心なくして、丹(あか)き心をもちて、清く潔(いさぎよ)く斎(ゆまわ)り慎(つつし)み、左の物を右に移さず、右の物を左に移さずして、左を左とし右を右として、左に帰り、右に廻る事も万事違(ばんじたが)う事なくして大神に仕え奉れ。元(はじめ)を元とし本(もと)を本とする故なり。
〜〜〜〜 鎌倉時代の撰述といわれる「倭姫命世記」による 〜〜〜〜〜〜
  
 倭姫命(やまとひめのみこと)は、皇大御神(すめおおみかみ)の御杖代としてご奉仕なされ、皇大神宮を五十鈴の川上に創健申し上げた功績ある第十一代垂仁天皇皇女。
 倭姫宮は、もともと御祀りする宮社が無く、大正12年11月5日神宮ならびに地元民の熱望により宮社創立された新しい宮である。
 毎年11月5日礼典が奉仕される。
 
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 5月5日 こどもの日 祝日 午前10時 皇太神宮(内宮)別宮 倭姫宮 で春の例大祭が行われた。
 
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 祭典のあと、神宮舞楽奉納が行われ、神酒・ぜんざいが振る舞われ、子供には鯉のぼりが授与された。
 
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 初鳴きの蝉の声が聞こえるほど良い天気の伊勢地方であった。
 授与していただける鯉のぼりは、赤の紙製の鯉。
 皇大神宮 天照大御神 、 倭姫命 ともに女性の神である。
 最近では、女性でありながら困難な旅を終え、神の使いと大役を果たした倭姫命は女性の道開き・導きの神として人気があるのだとか。
 
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 少子化がますます進む日本国であるが、子供と親が安心できる世の中になることを祈り、優しき倭姫宮前で感謝をおつたえさせていただいた、チビとてっつんでした。
 
 
伊勢においないな☆ミ

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浪とみる花のしづ枝の岩枕 滝の宮にや音よどむらむ
〜 西行 〜
 
 
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 風日祈祭(かざひのみさい)は、古くは神宮が7月1日から8月末日までの2ヶ月間の毎日、風雨の災害が無く、日本の農作物が麗しく生育できるよう適度な雨、風をいただくため、お祈りを毎日奉げる神職の日祈内人(ひのみうちんど)がお祈りをしていた「風日祈(かざひのみ)神事」に由来しているといわれ、現在は5月14日と8月4日の年に二回、風日祈祭が伊勢神宮(内宮 外宮 神宮諸宮社)で行われる。
 早朝に外宮で風日祈祭が行われ、ついで午前9時内宮で風日祈祭が執り行われる。
 御饌、神職一同が祓いを受け、正宮、別宮 荒祭宮 風日祈宮、所管社滝祭宮の順で祭祀が行われた。
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 風日祈宮は、神聖な宮域の中でも、橋を渡った正宮の対岸に位置している。
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 風日祈宮(かざひのみのみや)の御祭神は、外宮の風宮(かぜのみや)と同じ、風をつかさどる神で「 イザナギの尊 」の御子神で 級長津彦命(しなつひこのみこと) 級長戸辺命(しなとべのみこと) を祀りする位の高い扱いの別宮で、元は、別宮の格は無かったが、蒙古襲来のさい異国降伏に神風を吹かされたとして、正応6年(1293年)宮号を宣下されたいわゆる 風神 である。
 
 風日祈祭が、神宮の中で行われるすべての祭の中で大きく違う特徴は、神前にたてまつる(お供え)物の中に御幣帛(みてぐら)の他、菅(すげ)で編んだ御蓑(みみの)と御笠(みかさ)があることである。
 
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 この日は、土曜日ということもありたくさんの参拝者 祭祀の見学者で良い位置での撮影ができないため、祭祀の流れを考えて、私のお気に入りの神聖な場所である 滝祭宮で祭祀を近くで見ることができた。 
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 滝祭宮(たきまつりのみや)の御祭神は、祭神については、水の神で、古来は澤女神(さわめのかみ)又は、美都波神(みつはのかみ)と申されてきたが、現在は「滝祭神(たきまつりのかみ)」である。
 元長記に「瀧宮は御裳濯川(みもすそがわ:五十鈴川のこと)原に坐す御神なり。宝殿まさず。地底に坐す。」とあり、古来より社殿は無く、石畳の中央に御神体である石が御垣に囲まれ御鎮座されている。
 御垣と御門はあるが社殿(建物)は無い 自然崇拝 こらいの形を残している御宮である。

 朝廷へ神祇官が奉った皇太神宮儀式帳(803年)にも 「滝祭神には社殿が無い」 と記されているから、1200年前の時点で、すでに石神を祭る今の形であったのであろう。
 
 面白いことに守夏神主神位記には 
「 瀧祭は荒祭に相並び崇秘の別宮にて、神位も荒祭につげり、然れども御宮なき故、別宮には入れず、瀧原並宮を一所に入ぬれば、是を第六に加ふるなり。」
 と書かれており第六の別宮(別宮の数は現在と異なる)とされ、この神は、「所管社」という位置付けであるのに、不思議と、別宮と同じ待遇を受けており、御饌も別宮に準じ、本来、別宮以下は権禰宜が奉仕するのであるが、禰宜が奉仕し、祭事の日時も特別で、神宮の三節祭の奉幣は、午前3時で、祭典後は振り向くことなく退下するなど、特別な扱いを受ける神なのである。
 滝祭神の本社は、ここより少し五十鈴川を上に行った場所の淵にあるそうだが今は、立ち入りはできない場所である。
 地元では「滝祭神」を、「とっつきさん」「取次ぎさん」と呼ばれ、御正宮に行く前に「今から私が日々の感謝を報告しに参ります。」と御参りし、言うなれば伊勢の大御神にお会い出来る様に取り次いでいただく神でもある。
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 菅(すげ)で編んだ御蓑(みみの)と御笠(みかさ)が奉じられている。  
 尊い神、尊い神職のご奉仕姿は、これから目の前の時への願い感謝である。
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 無事に執り行われた 風日祈祭。
 
 先ごとへの 感謝 感謝 の穏やかな一日であった。
 
 
風雨優しく風通る 伊勢においないな☆ミ
 
 
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 迎へ待つ心の揺らぎ群通る 御伊勢参りの人におされて
                      〜 尾上 紫舟 〜
 
 神御衣祭は 「おんぞさい」とも呼ばれ、神嘗祭とともに神宮では、一番古い由緒ある祭典である。
 祭日は、5月と10月の年二回、皇大神宮と別宮荒祭宮の2ヶ所だけで行われる。
 
 畏れ多い神様に衣服を奉げるということは、「 出来上がった物(冬物から夏物) 」を奉げると普通は考えるが、神御衣祭で奉げられる物は、絹と木綿を織っただけの反物で、そこに裁縫道具を添えて天照大御神に御奉げする。
 「 お好きなものをご自由にお作りください。 」 ということであろうか。

 
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 正午、第一鳥居内祓所で、辛棺に納められた神御衣と祭員が祓い清められ、御正殿御垣内 四丈殿 御正殿階段下 で奉され 東宝殿内に奉納される。 次いで、荒祭宮に移り、殿内に奉納される。
 
 
 この日は、土曜日。天気も良く清々しい日。参拝者も多い。 
 現在、伊勢神宮内宮前の建物が修繕中のため帰り参道が通行止めで、時間帯により参道が混雑している。 今回は、人をかき分けてでも撮影をしようと思ったが、これが限界。(^^;
 後方の参拝者の方々が「これじゃぁ 参拝できないから帰る>」とおっしゃられてたので、思わず祭祀と時間帯等の簡単な説明をさせていただきお参りに行っていただきました。 感謝
 
 
 
受け継がれるとき 引き継がれる 伊勢においないな☆ミ
 
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