伊勢 おいないな 日記 〜サラリーマンの写真集〜

神風の 伊勢の浜荻折り伏せて 旅寝やすらむ 荒き浜辺に 「万葉集より」

伊勢神宮の祭り 六月

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早乙女に 雨雲雨を 降らすなり
〜 高野素十 〜
 
 
 皇大神宮(伊勢神宮内宮)別宮 『 伊雑宮(いざわのみや) 』は、三重県志摩市磯部町上之郷に御鎮座、天照坐皇大御神御魂(あまてらしますめおおみかみのみたま)をおまつりする。
 「いざわのみや」というのが正しいが、「いぞうのみや」と呼びならわしている。古くから天照大御神の遙宮(とおつみや)といわれ、地元の方々からは「イゾウグウ」とか「イソベさん」「磯辺の大神宮さん」とも呼ばれている。
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 伊雑宮は、伊勢志摩の海に面する土地柄から特に漁師、海女の崇敬があつく伊雑宮の「磯守(いそまもり)」を受け、身につけて海に入るのが風習となっている。
 毎年6月24日は、伊雑宮での御田植式の日である。 伊雑宮の御田植式は香取神宮(千葉県)、住吉大社(大阪府)の御田植とともに『 日本三大御田植祭 』とされている。
 地元の方々は、簡単に 「おみた(おみたさん)」と呼び、一年に一度大勢の人で賑わう伊雑宮の大祭である。
 御田植えの起源は、倭姫命世記の記述から平安時代後期には行なわれていたとする説があるが、定かではなく、信頼性の高い記録では鎌倉時代の1280年(弘安3年)に御田植式が記された文書が神宮文庫に残されている。
 また、御田植式で行なわれる伝承芸能は、磯部の御田祭(いそべのおみた)として1971年(昭和46年)に三重県の無形文化財に、1990年(平成2年)には国の重要無形民俗文化財に指定された。
 御田植のご奉仕にあたるのは、磯部の地区七ヶ所に分かれており、当番地区は、必ず七年に一度まわってくる。 七年に一度 神事にご奉仕できることは 地区の名誉 誇り高き楽しみ が繰り広げられる祭りでもある。  担当地区により、地区の伝統を守るため微妙に開催時間がずれることもあるそうだ。 
 写真は『 伊雑宮での祓い清め 苗取り ・ 竹取神事 ・ 植初式 』神事をあげる。
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 控え所から伊雑宮までの参列。 地元名物は「さわ餅」。
 
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 植えられる苗は、伊勢光である。
 
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 男の子である。 男性が女装する祭り。古くから伝わる日本の祭りの文化継承の形である。
 
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 伊雑宮から御田にむかう。
 
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 道の両脇を飾る露天商も楽しみの一つ。 大人も子供たちもたくさん並ぶ。
 
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 苗取り
 
 
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 竹取り
 地元男衆が御田植えを喜ぶかのように田の中で暴れ、大きな団扇のついた忌竹(いみだけ)を奪い合う。
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 そして植初式。
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 御田植祭が終わるといよいよ伊勢志摩の夏が深まっていく。
 この日は朝から雨、しかし祭りが始まってしばらくすると快晴。 梅雨の時期らしい湿度に田んぼの匂いがなんとも懐かしく心やすらぐ。 日本人に受け継がれる懐かしい香りであろう。
 
 夏の匂い心地よい  伊勢志摩においないな☆ミ
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御つかひが心をこめて祈りけむ大玉串のみどり深しも
〜 元神宮祭主 北白川房子 〜
 
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 内宮第一鳥居祓所。
 6月12月の末日には、神宮全神職の罪・けがれを祓う行事が行われる。
 身心を清めて、けがれを取り除き、清浄な状態に戻すのである。
 
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 けがれを取るのに使われるのが祓幣(はらいぬさ)。
 榊の枝に麻を結ぶ。 一般的な神社では麻の代わりに紙の紙垂(しで)も使われるが神宮は麻である。ともに罪や穢れを吸い取り清める意味がある。
 
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 大祓いは、昔は国家的行事であったが今は知る人も少ないであろう。 
 一般的な神社では、夏越の祓(なごしのはらえ) と同じ意味で 「 茅の輪潜り(ちのわくぐり) 」と草でできた輪っかをくぐる行事と認識されているのがそれである。しかし神宮には茅の輪が飾られることはないしまた意味合いが違うであろう。
 
 しかし、神宮(伊勢神宮)神職の平伏す姿は、何と低いもだ。 目に見えぬものへの敬意 畏敬 なんであろうか かたじけなさと感謝であろうか。
 
 神職が手にした榊は、回収して神域を流れる五十鈴川に流され、最終的に海の塩で清められる。 現在は、流される事は無いようではあるが、けがれを吸った道具も清められるのである。
 
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身心清めに 伊勢においないな☆ミ
 
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早乙女の襷はなやぎ御田に映ゆ
〜 藤原 紫風 〜
 
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皇大神宮(伊勢神宮内宮)別宮 『 伊雑宮(いざわのみや) 』は、三重県志摩市磯部町上之郷に御鎮座、天照坐皇大御神御魂(あまてらしますめおおみかみのみたま)をおまつりする。
 「いざわのみや」というのが正しいが、「いぞうのみや」と呼びならわしている。古くから天照大御神の遙宮(とおつみや)といわれ、地元の方々からは「イゾウグウ」とか「イソベさん」「磯辺の大神宮さん」とも呼ばれている。
 伊雑宮は、伊勢志摩の海に面する土地柄から特に漁師、海女の崇敬があつく伊雑宮の「磯守(いそまもり)」を受け、身につけて海に入るのが風習となっている。
 毎年6月24日に行われる、伊雑宮での御田植式の日である。
 伊雑宮の御田植式は香取神宮(千葉県)、住吉大社(大阪府)の御田植とともに『 日本三大御田植祭 』とされている。
 地元の方々は、簡単に 「おみた」と呼び、一年に一度大勢の人で賑わう伊雑宮の大祭である。
 御田植えの起源は、倭姫命世記の記述から平安時代後期には行なわれていたとする説があるが、定かではなく、信頼性の高い記録では鎌倉時代の1280年(弘安3年)に御田植式が記された文書が神宮文庫に残されている。
 また、御田植式で行なわれる伝承芸能は、磯部の御田祭(いそべのおみた)として1971年(昭和46年)に三重県の無形文化財に、1990年(平成2年)には国の重要無形民俗文化財に指定された。
 
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 黒木の神明鳥居。 素朴な神が居たる風景である。
 
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 『 御田植え (植初式)』では、男の子が女の子の姿をして田舟に乗り、太鼓を打ち、田楽に合わせて一列に並んだ早乙女たちが稲を植える。
 休憩にはサナブリ(早苗響)という酒と肴には若布である。若布には稲毛の若芽を盛んにする意味がこめられているのだとか。
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 田船に乗った女装の童児の太鼓打ちなどの囃(はやし)は興味深く、日本の神が何ごとかを想像する楽しみがある。
 
 田に苗が植えられてからも神宮では祈りが奉げられ、神宮正月と呼ばれる神嘗祭で収穫への感謝が祈られる。
 
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 古来より次の世に感謝という祈りの祭り受け継ぐ 伊雑宮の御田
 
目に見えぬ先への感謝を奉げに 伊勢志摩においないな☆ミ
  
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早乙女に雨雲雨を降らすなり
〜 高野素十 〜
 
皇大神宮(伊勢神宮内宮)別宮 『 伊雑宮(いざわのみや) 』は、三重県志摩市磯部町上之郷に御鎮座、天照坐皇大御神御魂(あまてらしますめおおみかみのみたま)をおまつりする。
 「いざわのみや」というのが正しいが、「いぞうのみや」と呼びならわしている。古くから天照大御神の遙宮(とおつみや)といわれ、地元の方々からは「イゾウグウ」とか「イソベさん」「磯辺の大神宮さん」とも呼ばれている。
 伊雑宮は、伊勢志摩の海に面する土地柄から特に漁師、海女の崇敬があつく伊雑宮の「磯守(いそまもり)」を受け、身につけて海に入るのが風習となっている。
 毎年6月24日に行われる、伊雑宮での御田植式の日である。
 伊雑宮の御田植式は香取神宮(千葉県)、住吉大社(大阪府)の御田植とともに『 日本三大御田植祭 』とされている。
 地元の方々は、簡単に 「おみた」と呼び、一年に一度大勢の人で賑わう伊雑宮の大祭である。
 御田植えの起源は、倭姫命世記の記述から平安時代後期には行なわれていたとする説があるが、定かではなく、信頼性の高い記録では鎌倉時代の1280年(弘安3年)に御田植式が記された文書が神宮文庫に残されている。
 また、御田植式で行なわれる伝承芸能は、磯部の御田祭(いそべのおみた)として1971年(昭和46年)に三重県の無形文化財に、1990年(平成2年)には国の重要無形民俗文化財に指定された。
 
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 いよいよ田植えにいたる写真である。まずは苗取り。
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 苗取りとは、苗代で育てた苗を田植え用に抜き取る事である。今は別で育てたものを、清い苗代に移し替えた物を取る行事になっているのであろう。
 
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 田植えの中心となる奉仕人(役人)は以下。
  早乙女(さおとめ)6人。
  太鼓1人。 女児または男児の場合は女装をする。
  簓(ささら)2人。
  笛2人。
  大小鼓2人。
  謡士6人。
  立人8人。内2名は「柄振(えぶり)」という、田を平均にならす道具を持ち式中に荒れた田の整備にあたる。
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 植える苗の周りを、早乙女と立人が三度半周り宮を遥拝して早苗を取る『 苗取り 』が行われるのである。
 
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選ばれ取られた苗は、植える田に移される。
 
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次は、いよいよ田植えである。
 
古来より次の世に感謝という祈りの祭り受け継ぐ 伊雑宮の御田
 目に見えぬ先への感謝を奉げに 伊勢志摩においないな☆ミ
 
 
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薫風や列に先だつ大団扇
 〜 藤原 紫風 〜
 
 皇大神宮(伊勢神宮内宮)別宮 『 伊雑宮(いざわのみや) 』は、三重県志摩市磯部町上之郷に御鎮座、天照坐皇大御神御魂(あまてらしますめおおみかみのみたま)をおまつりする。
 「いざわのみや」というのが正しいが、「いぞうのみや」と呼びならわしている。古くから天照大御神の遙宮(とおつみや)といわれ、地元の方々からは「イゾウグウ」とか「イソベさん」「磯辺の大神宮さん」とも呼ばれている。
 伊雑宮は、伊勢志摩の海に面する土地柄から特に漁師、海女の崇敬があつく伊雑宮の「磯守(いそまもり)」を受け、身につけて海に入るのが風習となっている。
 毎年6月24日に行われる、伊雑宮での御田植式の日である。
 伊雑宮の御田植式は香取神宮(千葉県)、住吉大社(大阪府)の御田植とともに『 日本三大御田植祭 』とされている。
 地元の方々は、簡単に 「おみた」と呼び、一年に一度大勢の人で賑わう伊雑宮の大祭である。
 御田植えの起源は、倭姫命世記の記述から平安時代後期には行なわれていたとする説があるが、定かではなく、信頼性の高い記録では鎌倉時代の1280年(弘安3年)に御田植式が記された文書が神宮文庫に残されている。
 また、御田植式で行なわれる伝承芸能は、磯部の御田祭(いそべのおみた)として1971年(昭和46年)に三重県の無形文化財に、1990年(平成2年)には国の重要無形民俗文化財に指定された。
 
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 田に苗を植える前に行われるのが 「 竹取の神事 」。
 青竹にゴンバウチワと呼ぶ宝船を書いた 大団扇 立てて、倒れたところを磯部町(伊雑宮近郷)で白い衣装の青年達が泥にまみれながら奪い合う勇壮な行事である。 大団扇と立てた青竹は「大漁の呪符」とされる
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 最初は綺麗だった姿の男衆でしたが、田の中の土を混ぜ返すように大暴れをする。
 
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 当番にあたる磯部地区男衆たちのパフォーマンスである。 伊勢神宮の行事の中で、荒々しく賑やかなのは非常に珍しい。
 
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 田の上での賑やかな行事が終わると、大団扇が田に下される。
 
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 すぐに下されるわけでもなく、数回、大団扇で田を仰いでから男衆たちの手にわたる。
 
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 大団扇の紙は男衆たちが破り取る。 
 青竹は、田の中を数回時計の針のようにまわり、近くの皮に運び洗い配られる。
 泥を落とした男衆たちのはだは真っ赤になっている。泥と言えどダイブするには、痛いであろう。
(^^!。 行事を終えた男衆たちの姿は、誇りと奉仕  まさに「雄姿」である。
 
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伊勢志摩においないな☆ミ
 

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