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浪とみる花のしづ枝の岩枕 滝の宮にや音よどむらむ 〜 西行 〜
風日祈祭(かざひのみさい)は、古くは神宮が7月1日から8月末日までの2ヶ月間の毎日、風雨の災害が無く、日本の農作物が麗しく生育できるよう適度な雨、風をいただくため、お祈りを毎日奉げる神職の日祈内人(ひのみうちんど)がお祈りをしていた「風日祈(かざひのみ)神事」に由来しているといわれる。
現在は5月14日と8月4日の年に二回、風日祈祭が伊勢神宮(内宮 外宮 神宮諸宮社)で行われる。
早朝に外宮で風日祈祭が行われ、ついで午前9時内宮で風日祈祭が執り行われる。
御饌、神職一同が祓いを受け、正宮、別宮 荒祭宮 風日祈宮、所管社滝祭宮の順で祭祀が行われた。
風日祈宮(かざひのみのみや)の御祭神は、外宮の風宮(かぜのみや)と同じ、風をつかさどる神で「 イザナギの尊 」の御子神で 級長津彦命(しなつひこのみこと) 級長戸辺命(しなとべのみこと) を祀りする位の高い扱いの別宮でる。
元は、別宮の格は無かったが、蒙古襲来のさい異国降伏に神風を吹かされたとして、正応6年(1293年)宮号を宣下されたいわゆる 風神 である。
風日祈祭が、神宮の中で行われるすべての祭の中で大きく違う特徴は、5月の風日祈祭で神前にたてまつる(お供え)物の中に御幣帛(みてぐら)の他、菅(すげ)で編んだ御蓑(みみの)と御笠(みかさ)があることである。
風日祈宮での祭祀が終わり所管社である滝祭宮で祭祀が行われる。 滝祭宮(たきまつりのみや)の御祭神は、水の神であり古来は澤女神(さわめのかみ)又は、美都波神(みつはのかみ)と申されてきたが、現在は「滝祭神(たきまつりのかみ)」である。
元長記に「瀧宮は御裳濯川(みもすそがわ:五十鈴川のこと)原に坐す御神なり。宝殿まさず。地底に坐す。」とあり、古来より社殿は無く、石畳の中央に御神体である石が御垣に囲まれ御鎮座されている。
御垣と御門はあるが社殿(建物)は無い 自然崇拝 古来の形を残している御宮である。
朝廷へ神祇官が奉った皇太神宮儀式帳(803年)にも 「滝祭神には社殿が無い」 と記されている。
面白いことに守夏神主神位記には「 瀧祭は荒祭に相並び崇秘の別宮にて、神位も荒祭につげり、然れども御宮なき故、別宮には入れず、瀧原並宮を一所に入ぬれば、是を第六に加ふるなり。」 と書かれており第六の別宮(別宮の数は現在と異なる)とされ、この神は、「所管社」という位置付けであるのに、不思議と、別宮と同じ待遇を受けている。
御饌も別宮に準じ、本来、別宮以下は権禰宜が奉仕するのであるが、禰宜が奉仕し、祭事の日時も特別で、神宮の三節祭の奉幣は、午前3時で、祭典後は振り向くことなく退下するなど、特別な扱いを受ける神なのである。
滝祭神の本社は、ここより少し五十鈴川を上に行った場所の淵にあるそうだが今は、立ち入りはできない場所である。
地元では「滝祭神」を、「とっつきさん」「取次ぎさん」と呼ばれ、御正宮に行く前に「今から私が日々の感謝を報告しに参ります。」と御参りし、言うなれば伊勢の大御神にお会い出来る様に取り次いでいただく神であり、日本人の主食 米 作りに必要な水を育んでくれる順位は低いが格の高き神である。
式年遷宮が終わると参拝客が減り伊勢神宮であるが、観光事業の力か報道の力か、今回の遷宮後は参拝者が増えたように感じる。
いずれにせよ祭祀が見れる事で日本人のアイデンティーを学び、感じ、厳かに 静かに受け継いでいく 日本人が感謝し祈るというかわらぬ日常を感じ取れる伊勢神宮 言葉は上げずご奉仕される神職様方に感謝である。
日本を祈る聖地 伊勢においないな☆ミ |

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