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大府市 共和町かな?詳しくは、わかりませんが共和町は、金メダリストを輩出した町だそうで、金メダルの願掛けがありましたd(^_^o)。 神明社は、鳥居が神明鳥居。伊勢の大御神を祀る神社。 村の感謝の形である。 大府市の大府高校横を流れる川は、その昔、よく氾濫し堤防が決壊したため伊勢神宮からいただいた松を植えたら堤防は決壊しなくなり川は、氾濫しなくなったそうだ。 伊勢神宮の松と言うと長官松だろうか? 大府市民俗博物館に松が残るそうだが本日は、休館日でした。m(__)m 大府市と伊勢神宮の関係、伊勢の御師達とのつながりがしっかり感じとれた町であった。 d(^_^o) 伊勢においないな☆ミ |
全国の伊勢神宮
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熱田神宮というと三種の神器 草薙の剣祀られる 有名所であるが 東海地方出身者は以下の歌(CM)のイメージが強く残る。
今年は、娘の前厄 剣の御利益 祓いをうけに来ました。
熱田神宮の創祀は、三種の神器の一つ草薙神剣(くさなぎのみつるぎ)の御鎮座に始まります。
第12代景行天皇の御代に、日本武尊(やまとたけるのみこと)は神剣を今の名古屋市緑区大高町火上山に留め置かれたまま三重県亀山市能褒野(のぼの)でなくなられました。
尊のお妃である宮簀媛命(みやすひめのみこと)は、神剣をここ熱田の地にお祀りになられました。以来、伊勢の神宮につぐ格別に尊いお宮として篤い崇敬をあつめ、延喜式名神大社・勅祭社(※)に列せられ国家鎮護の神宮として特別のお取り扱いを受ける一方、「熱田さま」「宮」と呼ばれ親しまれてきました。
約6万坪の境内には、樹齢千年を越える大楠が緑陰を宿し、宝物館には信仰の歴史を物語るものとして、皇室を初め全国の崇敬者から寄せられた6千余点もの奉納品が収蔵展示されております。
境内外には本宮・別宮外43社が祀られ、主な祭典・神事だけでも年間70余度、昔ながらの尊い手振りのまま今日に伝えられております。
〜 ホームページより 〜
名古屋大空襲では、社が消失し遷宮で使われた伊勢の宮を移し替え使われたのだとか。
明治神宮と同じく、結婚式の正宮参拝の列がなんともいい風景を醸し出す写真撮るのに良い場所である。
ちなみにてっつんは 前厄 熱田神宮 本厄 伊勢神宮内宮 後厄 伊勢神宮外宮 特に意味はないですがこんな感じ。
まぁ 厄も大陸から来たものですから 伊勢では古刹の松尾観音が有名どころですね。 ちなみに住職は幼馴染だったりする。 (笑
伊勢においないな☆ミ
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おはようございます。 東京のお伊勢さん 芝大神宮に朝の参拝。 今日、帰伊勢です。 暖かい過ごせ、夜歩きも無事行えた事に感謝。 おそらく会社の神棚は、ほったらかしだろうな。(´・_・`) 二礼二拍手一礼 でリセットです。 新しく朝が来た! |

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東京の遥宮 昭和41年に神宮の特別な詮議で天照皇大神の別大麻を奉載している神社。 敬神家の思いがつのった、新しい神社である。 社殿には、月読宮の古材が使われているそうだ。 いよいよ、来年は、伊勢の神様のお引越し 式年遷宮である。 ちなみに、伊勢神宮は宗教法人である。国家予算は、使われていないからその点 よく理解してください。 アナログを駆使してたどり着いたが、ビルに囲まれた中にあり、都会らしい趣きである。 しかし、20時前に参拝できたのだが、私の他に2名の参拝が見え、柏手をうっておられた。 ほんと、日本人の心と型が、ここに集まるのだなぁと、神社の尊さにあらためて頭を下げた私あった。 感謝。 三重県のお伊勢さんにもおいないな☆ミ |

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このお宮は、平安時代の終わりごろ、伊勢神宮領仁科御厨(伊勢神宮の庄園)を守るために、この地方の支配者である仁科氏により祭られました。以来、1000年以上にわたり20年に1度の遷宮(式年造営)が行われてきました。現在の建物は江戸時代のはじめのものですが、わが国古来の「神明宮」の様式を正確に伝えていることから、本殿、釣屋、中門は国宝に指定されています。
社宝としては、室町時代初めの永和2年(1376)から現在までの遷宮のようすを伝える棟札や鎌倉時代に造られた銅製の懸仏(仏は神が姿を変えたものとする神仏習合の考えから御正体ともいいます)、銅鏡、社印などが多数残されており、このうち胸札27枚と懸仏5面は、国の重要文化財に指定されています。
また、参道脇の大杉をはじめ、スギ、ヒノキなどがうっそうと茂る境内にや周辺の森(社叢)は、県の天然記念物に指定されています。江戸時代の終わり頃、江戸城本丸普請のために、御神木を伐採しようとしたとき、近所の人々が団結して反対運動を起こし、幕府に直訴してこの森を守ろうとしました。今、緑豊かな境内にたたずみ、拍手を打つとき、一瞬の静寂が私たちを遠く古代へと誘うでしょう。
〜 大町市 ホームページ 〜
【国宝】 仁科神明宮 2棟(本殿、中門)(釣屋付属)
昭和11年(1936年)、旧・国宝保存法に基づき当時の国宝(旧国宝、現行法の重要文化財に相当)に指定され、昭和25年(1950年)文化財保護法施行により重要文化財となった。昭和28年(1953年)、「世界文化の見地から価値の高いもので、たぐいない国民の宝」として文化財保護法に基づく国宝に指定される。
2011年に入って、寒さがますます厳しくなったように感じる。
積もることはなかったが、伊勢志摩地方でも降雪があった。
さて、伊勢以外の神社について記事が続きます。
しかし、土日高速1000円というのは助かりますね。土曜日の夜、思い立ち、夜中、走って朝参拝して夕方に帰宅。 伊勢と長野が安価に簡単につながるのですから。 近くはないですけど。(^^
どうしていきたかったのか? 仁科神明宮が、約300年間社が建て替えられずに残っているから。
伊勢神宮は、20年に1度、建て替えられる式年遷宮が行われ、常に若く新しい精神が形として繰り返し残っている神の坐すところである。
当然、御遷宮には、多額の御造営資金が必要で、明治以前は、将軍や有名武将、朝廷の寄進等で行われ、明治からは国家管理。 終戦を迎え、伊勢神宮が宗教法人になってからは、20年をかけ御造営資金という浄財の奉賛が全国から寄せられ斎行されている。
式年遷宮には、大変な資金が必要となるのは言うまでもない。
そういう意味からも、この伊勢の地から遠く離れた長野の地にも 伊勢神宮の御厨 が置かれたのも当然のことであるのは、容易に想像できよう。
そして ここ 長野県大町市には、伊勢に御鎮座されるの神を祀る 仁科神明宮 が鎮座されている。
この神社は、本来行われるはずの 式年遷宮 が、資金不足から行うことができず、修理という形で300年その形を残していることは貴重であるとともに、日本最古の神明造りの様式が残る建築として国宝にしていされる神社である。
しかし・・・・さすがに冬季は寒いなぁ。 伊勢とは違う。。。当たり前である(^^;。
駐車場に車を止めると雪が積もり、ところどころは凍結。
車のタイヤは、冬用なのでばっちりですが、問題なのは人の足。 慣れない氷の道、滑る滑る。 チビは、何度かこけて泣きべそ状態。 私は、運転をひとまず終え、駐車場のトイレに入り、人感センサー付きの温風機があるのに驚き!!。 親切である。。
参道を歩くと静けさと、光と雪、緑のコントラストが美しい。 神秘的な雰囲気だ。
いよいよ、神聖な域に入る場所には 御手洗場 がある。
清き水は流れているが、水桶の周囲は、氷の玉 や つらら、薄氷がはっている。
手を清め口をすすぎ 目を覚まして 参拝へ向かう。(^^
伊勢の神だけでなく、たくさんの神々が祀られていた。
おそらく早々は来れないであろうから、御参拝前に周囲を参拝・散策である。。
山の斜面に御鎮座されていますので、いろいろな角度で御正殿を見ることができる。 美しい。 この風景は 伊勢には めったに無い。
鳥居にかけられた 玉串 は独特。
何を願うわけでもなく ここに無事来られたことと この機会を与えてくれたことに 感謝 に柏手を打つ。
御正殿の美しさ 歴史の色 そして 木々の力強さ 伝わりますか?
私 「 かたじけなさに 涙こぼるる 」 で 圧倒されるものがありました。
言葉にはできません。
一人で じっと 向き合い感じますが 何か見える物ではありません。
心の中の カメラに 撮影。
感謝
それだけ。
さて、興味のない チビてっつん達は さっさと車内に戻って暖。
私が 一人散策をしていると、声をかけてくれた方がみえました。
地元の方で、歴史や国宝 などに非常に詳しく 案内していただいた 「 松田 一穂 」 さん。感謝感謝
神社の歴史や自分の見てきたことを考察交えながら、お話しくださいました。
時間が空いたときに、参拝者を案内しているとのこと。もちろん無償。 親切な方との出会いに 感謝。
掲載の了承を得てお写真を撮らせていただきました。 ゆっくりお話を聞きたいところでしたが、少ない時間での行動、予定がありますので申し訳ない気持ちでした。。 感謝感謝。
国や文化 人、生活、そして自然 厳しさ 優しさ 自分の時間で自分の目で見ることの大切さ
一つ感動を覚えた 仁科神明宮でした。
〜〜〜 伊勢においないな☆ミ
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