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吉田神社は貞観元年(西暦859年)平安京の守護神として創建され、導き厄除け開運の神様として崇敬篤き神社です。
境内には、全国の神々を祀る大元宮(重要文化財)や料理の神様やお菓子の神様など、様々なご信仰のお社があります。
吉田神社の横にあるのは京都大学。京都大学を目指していくと吉田神社に到着するわけだ。 この日は、バス移動。 交通網がいいから1日バス券買って動けば京都はらくちん。
そしてお目当ては大元宮!
正式には「斎場所大元宮」(さいじょうしょだいげんぐう)という吉田神社の末社である。 現代ではいくつかある末社のうちの一つの扱いであるが、明治に入るまでは吉田神社の信仰の中心であった。
吉田神道とは、鎌倉時代以降、卜部氏(後の吉田家)が神職を相伝するようになり、室町末期に吉田兼倶が吉田神道(唯一神道)を創始した。
江戸時代には幕府が発布した諸社禰宜神主法度により、吉田家は全国の神社の神職の任免権(神道裁許状)などを与えられ、明治時代になるまで神道界に大きな権威を持っていた。 吉田神道の祖、吉田兼倶は文明年間に森羅万象の起源であり、また宇宙の根元神である虚無太元尊神(そらなきおおもとみことかみ)を祀る吉田神道(唯一神道)を考え、大成すると、室町にあった自邸に虚無太元尊神を祀る社・大元宮を建て、その祭祀を行い始めた。
そこに、日野富子などからの寄付もあって、文明16年(1484年)に吉田神社の現在地に新たな社・斎場所大元宮を創建すると、11月24日に自邸から虚無太元尊神を遷座した。
主祭神虚無太元尊神の周りには、その虚無太元尊神の作用によって生じた天神地祇八百万大神の他、全国の神々を祀られている。
この大元宮を拝むことは日本中の全ての神社を拝んだことに等しいとし、神社自体の格も伊勢神宮よりも上であるとした。
大元宮は、吉田神道の考えをそのまま形に表した吉田神道の根元殿堂といえる。
京都は、都。 近代戦争起こる前まで動乱の地である。
そこに平和を願う 安定の世を願う 吉田兼倶の考え方があったのかなぁ。 一つにしたい思いがあったのだろうか。 神道という力を借りてでも。。。。。 おこがましいことではあるが。
ここには 思いがこもった神道の形が残っている 吉田神道の夢殿みたいなものかな。。
伊勢から高速道路使用で約2時間、公共交通機関で3時間の距離である。
歴史はロマン 伊勢にもおいないな☆ミ
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