伊勢 おいないな 日記 〜サラリーマンの写真集〜

神風の 伊勢の浜荻折り伏せて 旅寝やすらむ 荒き浜辺に 「万葉集より」

奈良の神社

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 談山神社(たんざんじんじゃ)の祭神は中臣鎌足(談山大明神・談山権現)。
 神仏分離以前は寺院であり、多武峯妙楽寺(とうのみねみょうらくじ)といった。
 大化改新談合の地として知られ、中大兄皇子と中臣(藤原)鎌足が、この山で国家改新の密談を交わしたことから、「談い(かたらい)山」と呼ばれ、これが社名の起こりとなっている。
 中臣鎌足を弔うために建立した談山神社のシンボル。現存している建物は室町時代に再建されたもので、木造十三重塔としては世界唯一である。
 
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 談山神社には、古来より縁結び信仰がある。
万葉の歌人・額田王(ぬかたのおおきみ)の姉である鏡女王(かがみのおおきみ)が縁結びの神として祀られており、縁結びのパワースポットとしても女性から注目を集めているそうだ
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 恋の願いは別として、山肌にある神仏混合的な美しさは訪れたものを圧倒する迫力がある。
 
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 御正殿は、靴を脱いで畳の上から拝する。 談山神社は拝観料が必要であるが、この建築物を維持するためには納得である。
 
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 談山神社前には、名物を売る店がある。 
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 それぞれに面白いなら美人たちが、ここなら(奈良)ではガイドをしてくれる。奈良漬の試食たっぷりに(^^;
 ちょうどこの日は紅葉祭りの最終日。 サービスに感謝しおなかほっこりと帰ることができました。こんにゃくおいしかった(^^!!。
 
 
 歴史好きには、たまらない神仏の形、信仰の形が見受けられる素晴らしい神社であった。
感謝
 
伊勢にもおいないな☆ミ
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「 天川開山ハ役行者 −マエ立チノ天女ハ高野大清層都コレヲ作ラシメ給フ 」
( 芸能と進行の里「天川」 )   〜 多門院日記 室町時代〜
 
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 伊勢から4時間少々くらいの距離、最短時間で向かうとすると、ほぼ山中を走って3時間少々で到着という場所にある。
 ここも訪れたかった場所の一つ、角川映画で内田康夫氏の小説「天河伝説殺人事件」の舞台となった場所でもある。
 
 
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 御由緒は、長くなりそうなので簡単に表すと、役行者(えんのぎょうじゃ)が霊山大峰を開山するおりに、大峰蔵王権現に先立って勧請され、最高峰弥山に大見の鎮守として祀られたのが天川大辨財天のはじまりで、天武天皇により現在地に社殿が建立され、吉野総社としての社各を確立した。 弘仁年中には、弘法大師が参籠し、残した品が約1200年の時を超えて伝わっている。
 又、辨財天(弁財天「べんざいてん」 :市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)とも称される)が主祭神であり、平和の神、芸道の神として昔から信仰され、本殿の中に能舞台がある。
 
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 国内外を問わず芸能人が良く訪れるそうだ。
 
↑ 天河辨財天社 奈良 ホームページ
 
 公共の交通機関の便が大変悪く最寄駅から1時間乗車しなくてはならないことと、自家用車で行くのにかなり道は整備されているが、峠道もあるためたどりつくまでに苦労する。
 それゆえに、自然色濃く水清く、神秘的なパワースポットとしても名高く、「縁が無いと参拝できない神社」とも言われ縁を結んだり・縁を変えてくれたり御利益に恵まれるそうだ。
 といっても、周囲には温泉施設やキャンプ場が隣接し、奈良県内バイパス整備も良くなってきているので、不便な場所とまではいかないように感じるが、この日も三重県は晴れ、奈良市内は曇り、天河辨財天社(天川村)周辺は雨という天河神社周囲の自然環境は厳しい場所であろう。まさに修行の地である。
 
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 天河辨財天社は、天河神社と一般的に称されている。
 
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 社殿にあがるまでに5社 神を祀っている 社殿に参拝。
 社殿前には 「 天石 」と呼ばれる石が祀られている。  
伊勢神宮の三ッ石のようなものであろう。過去の祓い場所の目安か、もしくは神が座した 磐座 であろう。
 説明的には、天から降ってきた石だそうで隕石とも言われているようだが、もしこのクラスの形の残る隕石が落ちたならば、周囲はクレータとなり大変な事であったであろう。 不思議な伝説の 神石 である。
 
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 本殿につくと、とても不思議で神聖な空間である。
 
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 丘の斜面がそのまま本殿へと続く階段となる社殿の中で、一般的な拝する場所も屋根つきである。 後ろには奉納舞台だ。 あまりない造りの社殿でなかろうか。
 そして、鳴らす鐘は 三つの鈴を三角形につないだ 五十鈴 である。
 
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 五十鈴(いすず)は、天河大辨財天に古来より伝わる独自の神器で、天照大御神が天岩屋戸にこもられたとき、天宇受売命(あめのうずめのみこと)が、ちまきの矛(神代鈴をつけた矛)をもって、岩屋戸の前にて舞を舞われ、神の御神力と御稜威をこい願われたことによって、岩屋戸が開かれ、天地とともに明るく照りかがやいたという伝承に登場する、天宇受売命が使用した神代鈴と同様のものであると伝えられている。
 
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 この五十鈴の特徴的な三つの球形の鈴は、それぞれ、 〇「いくむすび」〇「たるむすび」〇「たまめむすび」という魂の進化にとって重要な三つの魂の状態(みむすびの精神)をあらわしている。
 
 ちょっとかっこいい鈴である。 鈴というより、慣れ親しむことの無い楽器、御神具である。 なかなか揺らすと大柄な良い音がした。 感謝。
 雨の匂いと森の匂い、本殿の中での数分は、木の匂いが素晴らしい時間であった。
 
 天河神社にて感謝を伝えた後は、向い側にある「来迎院」の大銀杏を見に行った。
 奈良県の県指定特別天然記念物に指定されている樹齢800年の「坪内のイチョウの巨樹」である。
 
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 なんていう大きさであろう。 もともと生きた化石と言われる 銀杏の木 である。
 
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 見上げると強く生命力を感じる木である。 感謝。
 
 少し歩いて牡丹桜を見て、感謝で心荒ぶることなく天河神社を後にしました。
 
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 散策後は、雨で少し濡れましたし、この辺りは温泉地も多いので、少し奥地にある「みずはの湯」でひとっ風呂浴びて、奈良市内に入って食事して、午後10時伊勢に戻りました。
 少々、忙しい旅になりましたが、充分に満足できました。
 
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 道の駅 吉野路黒滝で食べた串こんにゃく100円!辛めの醤油味がうまくて安かった!満足!
 
 奈良市内から天河神社までの道の途中には、立派な神社がたくさんありました。平日時間がとれればゆっくり寄り道しながら訪れたい地である。
 
 
 見て感じて 心を満たしに 伊勢にもおいないな☆ミ
 
 
 
 
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 相撲神社は、読んで字のごとく相撲の神様。
 今は、場内閑古鳥が鳴いているらしい大相撲。 九州場所は、白鳳関が優勝を飾ったのだとか。日本人力士より外国人力士の方が強く、ハングリーなのだろうか。日本人力士も活躍してほしいところだ。
 相撲が国技と言っても、義務教育過程で単位取得が義務化されているわけでもないし、相撲観戦が授業に組み込まれているわけでもない。
 戦中までは、伊勢神宮参りに日本海軍の軍艦が停泊し伊勢へお参りを済ませると、近くの神社で奉納相撲と称して兵隊たちが相撲大会を開いたそうだ。 二見の神社だったか、近所の老人が話してくれたのをお聞きしたことがある。
 戦前のような思想濃き時代に戻ることはないであるが、もう少し国を挙げて 国技 を発展させて良いのではなかろうか。 
 小中と、剣道を嗜んできた私であるが、当時の指導者から 「 心技体 」というお話をこんこんと冬の冷たい床板の上で聞いた思い出がある。
 ぜひ、心技体ともに素晴らしい力士が出て、日本の国技として発展し集客してほしいところである。
 
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 さて、古都奈良の地にある相撲神社であるが日本書紀に、第11代垂仁天皇(伊勢を天照太御神に御鎮座地と定めた天皇)が野見宿祢(のみのすくね)と當麻蹶速(たいまのけはや)を召され、相撲を取らせ野見宿祢が勝ったと記載されており、この地が相撲発祥の地と伝えられているのである。
 この神社も小高い場所にあるが、この地に着くまでの道に垂仁天皇纒向珠城宮跡(すいにんてんのうまきむくたまきのみやあと)石碑が建っていた。
 
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 神社地の前から道からは、纏向遺跡(いにしえの宮地)が望める。
 
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 相撲神社社地は、公園広場のようになっており土俵のような跡も見られる。
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 やや寂しい感じのする相撲神社であるが、昭和37年10月6日には、日本相撲協会の幕内力士がこの相撲発祥の地を参拝し、青天井の下、大鵬・柏戸両横綱土俵入りが実現したそうだ。
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 現在の相撲神社は、相撲の始祖といわれる野見宿禰(のみのすくね)を祀る野見宿禰神社の通称であって、兵庫県たつの市と東京都墨田区にあり、東京の野見宿禰神社は、日本相撲協会が管理し、年3回行われる東京場所前の取組編成会議終了後に例大祭が行われているそうで、新横綱がいる場合には、ここで土俵入りをするのが慣例になっている。境内には歴代横綱碑もあるそうだ。
 
 ぜひ、便利だけを追求せず、いにしえの地が今もあることを国技に励む力士たちが学び、国技の繁栄を祈り誓ってほしいものである。
 
 相撲神社の奥には、穴師坐兵主神社(あなしにいますひょうすじんじゃ)がある。
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 穴師坐兵主神社(あなしにいますひょうすじんじゃ)は、この周辺にある大神神社、大和神社、石上神宮と並ぶ大社で創建は約2000年前(崇神天皇60年)といわれる。
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 御祭神は、 若御魂神 (わかみたまのかみ)巻向坐若御魂神社(右)
         穴師兵主神 (あなしひょうずのかみ)穴師坐兵主神社(中) 
                  大兵主神 (おおひょうずのかみ)穴師大兵主神社(左)
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 今から二千年前の御創建で、延喜の制で、名神大社に列せられ、祈年・月次・相嘗・新嘗のもろもろの祭の官幣に預かり元禄五年には正一位の宣旨を賜った最高の社格をもつ大和一の古社といわれている。
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  中央の神は、第十代崇神天皇の六十年、命を受けて皇女倭姫命が創建され、天皇の御膳の守護神として祀られ、天祖降臨の際の三体の鏡の一体を御神体として、御食津神と申し上げ、生産と平和の神、又、チエの神として崇敬を受けられた。

  右の神は、三種の神器を御守護された稲田姫命を御祀りし、御神体は勾玉と鈴で、芸能の神として崇敬を受けられている。
 
 左の神は、纏向山上の弓月嶽に祀られたが、後に下られて御祀り申し上げている。
御神体は剣(ホコ)で、武勇の神、従って相撲の祖神となり、スポーツ界の信仰を御受けになっています。
 
 
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 その神殿はいずれも三つ屋根造りで、全国にその類を見ない。
 
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 これだけ調べても、なんて徳と御利益が高いことがわかるが、参拝者の数は少ないようだ。 
 
 
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 今回この時期に訪れた事は非常に残念でした。 
 立派な楓が私の背丈より低いくらいに葉を垂らせており、もし赤く染まる時期だったなら、さぞや心を打ち足をとまらせたであろう。
 またいつか、機会を作り 12月頃にこの地を訪れたいと思っている。
 
 ちなみに今年の紅葉撮影は、同じく奈良の談山神社を計画している私なのでした。
 
 
 
  
 巡礼の道を少し寄り道 伊勢の神々へつながる地を尋ね 伊勢においないな☆ミ
 
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和邇下神社
祭神:素盞嗚命 大己貴命 稻田姫命
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「 神護景雲三年(西暦769年)東大寺領の櫟左へ水を引くため高瀬川の水路を今の参道に沿った線へ移し、道も新しく真直ぐに作られたので、この森を治直の森といい、宮を治道社といった。
 上代の古墳の上に祀られた神社で、櫟本の地方にいた一族の氏神であったが、今は櫟本町の鎮守の神社である。
 この治道社の(春道社とも書く)祭神は、素盞鳴尊の本地が牛頭天王であるので、天王社ともいわれ、ここに建てられた柿本寺との関係で、柿本上社ともいわれた。明治初年に延喜式内の和爾下神社がこれに当ると考証されて社名を、和爾下神社と定めた。 」
 
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 4世紀後半にはこの地に有力氏族・和邇氏とその同族である春日・小野・粟田・大宅・柿本氏らがあり、5世紀末から6世紀前半に最も栄え、河内に始まる大和王朝(現在の天皇家)に蘇我氏と並んで9人の后妃を入れているそうです。
 
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 社殿は、三間社流れ造り、桧皮葺一間向拝付で、桃山時代の様式を備え、古建築として国の重要文化財に指定されている。
 
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 また、この和邇下神社賛同した部分に奈良時代に創建された柿本氏(柿本人麻呂)の氏寺で治道山柿本寺跡があったそうだ。
 
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 寺跡と言うことで、公園内に新しい石仏が並んでいた。
 
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 ここ和邇下神社は、和邇氏の奥津城(おくつき)で古墳になっている。
 この辺りを中心に、5代にわたり天皇家に皇妃を送り込んだことでも知られる豪族である。
 
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 古墳の石材も置かれていた。
 上街道(伊勢本街道)からも近い。
 
 和邇下神社であるがいかんせん車で行くのは避けた方が良いかもしれない。
 神社前(参道)に道はあるのだが 「 一般車通行禁止 地主 」という看板が至る所に建てられており駐車場と言う駐車場はなく、路上駐車か、参道に強引に駐車することになるが、なかなか毛の生えた心臓でないと萎縮してしまう環境である。 駐車場がどこかにあるかもしれないが発見はできなかった。
 
 やや統一感の無い神社地で、どうも廃仏毀釈で神社下にあった寺が荒れ、周囲も荒れ、一部の歴史を大事に思う人の手で柿本寺の跡地が守られ、何体も石仏が置かれたようで、どうも景観が残念な感じになってしまったが、大事なのは「この地が住民にとってどういう場所なのか。」であるに思う。
 大切にされている地であることには間違いない。 たまにはこういうところもいいかもしれない。 前方後円墳にも上れるわけであるし。 この地では、少し違う感覚が味わえるかもしれない。
 
 
 
巡礼の道で少し寄り道 神々の地を尋ね 伊勢においないな☆ミ
 
 
 
 
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 いろんな神社をみて、伊勢との関係やその厳かさを肌で感じるようにしている私である。 特に平日休みがあれば、フラッと出かけている。
 リフレッシュにもなるし、なるほどパワースポットという言葉がよく似合うのが神社である。
 
 
 宇太水分神社(うだみくまりじんじゃ)は、奈良県宇陀市菟田野古市場(旧菟田野町域)にある宇陀地区屈指の大社で水の配分を司る神を祀る。
創建は、第10代崇神天皇の時代にまでさかのぼるといわれ、延喜式にも記載された古社である。
 
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 大和にある式内社の水分神社は東西南北に4社あり、東に宇太水分神社(うだみくまりじんじゃ)。 西に葛城水分神社(かつらぎみくまりじんじゃ)。 南に吉野水分神社(よしのみくまりじんじゃ)。 北に都祁水分神社(つげみくまりじんじゃ)がある。
神社名の「みくまり」が「みこもり」となまり、子守明神と呼ばれ子授けの神として信仰を集め、国学者本居宣長の両親は、子守明神へ祈願したことにより本居宣長が授けられたといわれ、本居宣長は、吉野水分神社に参拝をしている。
 
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参道の先には、源頼朝が天下掌握を願って幼木を植えたという頼朝杉の二代目が巨木として堂々と構えている。
 
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奥には、夫婦杉がある。イメージ 8
 
 
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拝殿の奥に建つ朱塗りの本殿は、鎌倉時代の様式で国宝に指定された、一間社隅木入[すみぎいり]春日造の三社が並び建っている。
 
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この三社に祀る神は、速秋津彦[はやあきつひこ]神邸、天水分[あめのみくまり]神、国水分[くにのみくまり]神の水分三座である。
 
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また、本殿に向かって右側には、室町中期の摂社春日神社本殿(重要文化財)と室町末期の摂社宗像(むなかた)神社本殿(重要文化財)が並んでいる。

 
拝殿を右手にまわり、本殿の手前ある水舎の竹井筒がある。これは、社殿後ろに湧いている清水を引きこんだもので、昔からこの石清水で薬を呑むと効能が増すといわれ、また、この石清水を汲んで田に入れると、その年は水に困らず豊作になると伝えられ「薬の井」と呼ばれ大切にされている。
 
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「宇陀」という地名自体は万葉の時代から存在し、万葉歌人・柿本人麻呂が現在の大宇陀の阿騎野で
「東の野にかぎろひの立つ見へて返り見すれば月傾きぬ」
                      という秀歌を詠んだ。
 
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宇太水分神社横にある恵比寿神社。
 
 大宇陀は城下町としても栄え、町の筋道は「松山街道」と呼ばれた。
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 「南路伊勢街道」「熊野街道」「伊勢本街道」へ通じる参宮の道(巡礼道)として伊勢や熊野へと多くの人を結び、
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 海産物や農産物、薬等を運ぶ物流の重要な役割を担う街道で、交通の要衝として宇太水分神社周辺にもその面影を残している。
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 立派な大神宮常夜灯が、当時の繁栄を物語っている。
 
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 春春日神社に太神宮(伊勢神宮)、製作されたのは年代は明治期で新しい。
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 面影と歴史が色濃く残る、宇太水分神社であった。
 
 
 巡礼の道を尋ね 伊勢においないな☆ミ
 

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