鳥羽市安楽島町 加布良古(かぶらこ)岬にある 「 伊射波神社(いざわじんじゃ)」は、志摩国一の神社で「志摩大明神、加布良古大明神、かぶらこさん」と呼ばれ、地元、古くから親しまれる神社である。
実は、私を見ぬ間に亡くなられた父方の祖母は、この地の出身。
食糧難の時代、米を背中に担いで伊勢まで歩いて帰ったそうだ。 30㎏の荷物を背負い、駅にいる憲兵に見つかり没収されるのを防ぐためとはいえ、生きておられたら いかつい祖母 であったのだろう。
そんな関係で、今はあまり付き合いが無いのであるが叔父がおり、夏の海水浴は、この地の安楽島海水浴場(鳥羽市唯一の海水浴場)であった。
また、この周辺地には 「贄」と呼ばれる場所があり、朝廷や伊勢神宮に海産物等を納めた場所であったのだろう。記憶はあいまいなものだが、小さな頃、畑やら海岸を歩いていると 矢じり が拾えると拾ったものを見せていただいた記憶があるが、何せ小さなときの記憶である。 この地を最後に訪れたのは、実に30年くらい前である。近くは通ったりしていますが。。
伊射波神社の参道は、海に面して始まっている。
今は、陸路が生活の足場であるが、昔は、海路を移動していたのであろう。 そのなごりである。 この前に船をとめて参拝する風景を、日の光に輝く海を見ながら思い浮かべたい。
参道は、なかなかの急こう配。 リアス式海岸の伊勢志摩。 複雑な地形である。
参拝には 先ほどの海に面した鳥居近くまで車で行けるが、道幅が軽トラックサイズで泥の多い道である。 普通自動車の場合 安楽島バス停周辺に駐車するしかないであろう。
二の鳥居 をくぐり抜けると、社殿が見える。
伊射波神社(いざわじんじゃ)には、 稚日女尊(わかひめのみこと) 伊佐波登美命(いざわとみのみこと) 玉柱屋姫命(たまはしらやひめのみこと) 狭依姫命(さよりひめのみこと) の 四神 。
御祭神 四神 の中でも現在、鳥羽市観光の中で売り出し中ともいえるのが、伊射波登美命で、大国主命の外交官といわれ、外交がうまいことから『 縁結びの神 』と知られ、婚期にある娘さん達が全国からご参拝に訪れるそうであるが、平日一人でうかがって1時間ほど周辺を散策したが、人っ子一人、会わなかったので、女性一人で歩くのは、どうであろうか。
携帯電話の電波は、受信できる地域であるが、お出かけは友人とが無難である。
通な方は、伊射波神社 が、志摩国の一宮と伝わるのは疑問に思われるかもしれない。お隣の志摩市磯部町にある 伊雑宮(いざわのみや)が、皇大神宮別宮として立派な宮地を持っているからだ。
しかしながら物事を簡単に考えると 伊射波神社 が 志摩国一の宮 になる要素はたくさんあり、志摩国を納める武士、藩士が鳥羽の地に城を持っていたこと、また、伊勢神宮は、御領を持っていたから、志摩国とは別と考えると 一の宮は、朝廷や神宮に納められるほど豊かな贄の地、交通の便の良い地である 伊射波神社 が適切であろう。
伊射波神社の御鎮座時期は不明だが、創建から1500年以上といわれている。
伊射波神社からさらに奥、加布良古岬の先には、別に領有神(うしはくがみ)が祀られている。
領有神(うしはくがみ)は、海上守護の神様である
磐座する神様である。
どうしても撫で石のように触りたくなるところですが、手を合わせて感謝するのみである。
さて、岬まで来たので周囲を見渡すと 絶景!!! というわけでもなく 森 である。
寒いこの時期に、これだけの森が岬にあるのは違う意味で素晴らしい。
かろうじて 木々の間から海が見える。
塩の風が吹き抜ける、美しい風景があった。
静かな志摩国一の宮 良縁 女性の願いが叶う 伊勢志摩においないな☆ミ
安楽島バス停近くに案内板があります。