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SE250N+α 奮闘記
休んでいてすみません。

書庫眠れぬ夜の話

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階段を登る音

この時期恒例のちょっと不思議な体験のお話です。
前回お話した事故の後、私は普通の?高校生活を送っていました。
しかし何もしないのは退屈です。もともと天文好きだった事もあり理科室に置いてあった五藤の8cm屈折赤道儀に目をつけました。天文同好会を作れば自由に使わせてくれるのではないかと考えたんです。
学校側に頼んだらあっさり承認されました。正式な同好会と言うことで事前に申請すれば夜間校舎の屋上を使用することも出来るようになりました。充実した天文ライフの始まりです。
学校は郊外の小高い丘にあり南東方向は霞ヶ浦が広がっている事もあって当時は天の川が鮮やかに見えたんです。他に高い建物も無く4階建ての校舎の屋上ならすばらしい星空を堪能できました。

あれは同好会を作ってから半年ほど過ぎた晩でした。
私と同好会に入った仲間3人が校舎屋上に集まりました。
いつものように理科室から五藤の8cmを、100mも離れていない私の自宅から愛機ヒノキンの6.8cm屈折赤道儀を運び込みます。
 
日野金属産業株式会社(ミザール)
ニューアポロ型 D68mmFL1000mm屈折赤道儀
当時の眼鏡屋の一番前に飾られていて天文小僧憧れのスターでした。親父と一緒に眼鏡屋に行ってこの鏡筒を見た時のドキドキを今でも覚えています。1970年当時の販売価格は34500円だったみたいです。中学の入学祝に買ってもらったのですがこんなに高価とは。親父はがんばってくれたんだなぁ。毎日天文の本ばかり読んでいた小学生だったので、天文学者になることを期待していたのかも。見え味は友人のビクセン8cmより上でした。でも赤道儀がひどかった。赤道儀が三脚に固定されていて極軸を合わせるのに三脚ごと動かさねばならず大変でした。
イメージ 1
 
五藤光学8cm屈折赤道儀
D80mmFL1200mm
Nikon8cmと並んで当時の天文小僧憧れの鏡筒です。主に学校の教材向けだったようです。
イメージ 2
 
当時も今と変わらず私の興味は撮影にしかありません。
親父から借りたニコマートに50mmF1.4や質流れで買った200mmF4を付け天の川や星雲の撮影をしていました。フィルムはたいていトライ-XかネオパンSSS。増感現像し安い引き伸ばし機を買って自分で焼付け。カラーフィルムは高いのでめったに買えません。
当時の赤道儀はオートガイドどころかモータードライブさえありません。
いや、モータードライブはあったのですが高価でとても私の手が届くものではありませんでした。
安い接眼レンズにセメダインで十字を張りレクチルとし、豆電球に赤セロファンで明視野照明。手で赤経、赤緯微動ハンドルを回してガイドするんです。
今は機械が勝手にガイドしてくれるので撮影中は仲間と談笑できますが、当時は撮影している間中一瞬もレクチルから目が離せず大変でした。30分から1時間じっと動かずいると冬の寒い時など体が霜で真っ白になることも多かったです。
今は撮影の失敗もその場で分かりますが当時は現像するまで分かりません。ワクワクして現像を待ち苦労して撮影した一枚が一瞬のガイドミスで流れていた時など心底がっかりしたものです。50mmはともかく200mmの成功率は低かった。

この晩もそんな撮影を仲間と3人で続けていました。
天気は雲ひとつ無い快晴。風も無く寒くも無い絶好の撮影日和でした。秋の天の川が鮮やかに見えています。
撮影が佳境に入った夜半過ぎ、「カツン、カツン。」という音が聞こえました。音は校舎脇にある非常階段から聞こえるようです。
3人で顔を見合わせます。
「宿直の先生が見回りに来たのかな?」
先生には事前にここで朝まで撮影すると言ってあります。見に来てもおかしくありません。
しかし階段を登る足音は屋上の直前で消えました。
「おかしいな?何で上がって来ないんだろう?」
3人で不思議に思っていると突然下の教室の明かりがつきました。
「何だ下の教室を見回っているのか。被っちゃうよ早く消してくれないかな。」
しかしいつまで待っても明かりは消えません。他の教室の明かりがつくこともありません。
階段を下りる足音も聞こえず不思議に思った我々は、撮影を中断し見に行く事にしました。
廊下の明かりはついておらず真っ暗です。
教室の扉を恐る恐る開けました。いるはずの先生の姿は見えません。
深夜の人っ子一人いない教室がまばゆい光に包まれています。
急に恐ろしくなった我々は我先に逃げ出しました。理科準備室に駆け込み部屋の明かりを全部つけました。
「何だったんだろう?階段を下りる足音はしなかったぞ。」
「内階段で降りたんじゃない?先生なら鍵を持っているから。」
「そうか、単に明かりを消し忘れたんだな。」
納得したものの暗い中望遠鏡を片付ける気にもなれず明るくなるまで準備室の中で待ちました。
明るくなって戻ると教室の電気はついたままです。夢だったわけではないようです。
望遠鏡を片付け宿直の先生の所へ鍵を返しに行きました。

「先生、昨夜見回りに来た時教室の電気を消し忘れたでしょう!」

「え?何言っているんだ。お前らの所は行ってないぞ。」

我々が撮影していた場所はメインの校舎からぽつんと離れて建っている古い校舎で面倒でそこまで行かなかったそうです。
それでは登ってきて教室の明かりをつけたのは何物だったのでしょうか?仮に部外者が入ってきたとしても鍵を持っていなければ非常階段を使わないと出られないはずです。

実はその後何度も非常階段を登る足音は聞こえ、必ず屋上の前で消えたんです。我々は「ああ、またか。」と思うようになってきました。
クラスのオカルト好きの友達にその事を話した所「面白い!録音して文化祭に出してやる。」と一晩粘ったそうですが、音は聞こえなかったようです。
望遠鏡を見たかったのですかね?
今はその校舎も取り壊され確かめようも無い事です。

あれは1970年代中盤の頃でした。
私は志望校すべて落ちてしまい2次募集していた高校に入学していました。
その高校は入学式の直前まで募集を行っていて私のように他の高校に落ちた者が関東一円から集まって来る学校でした。
そんな学校ですから田舎の公立中学校では出会えなかったようなたくさんのユニークな人物がいました。
入学式で前にいたやつは身長2m。後ろのやつは体重120kg。全国から特待生で集まってきたスポーツ選手だったようです。
高校は偶然にも自宅の目の前にあり必然的に私の部屋が級友の溜まり場となってしまいました。
その中にY君と言う人物がいました。
Y君は典型的な遊び人という感じでしょうか。
けんかに強く盛り場をうろつき子分をたくさん従えているような人物です。
ガリ勉タイプだった私とは接点がまったく無さそうですが、なぜか凄く気に入られてしまいました。
しょっちゅう遊びに誘われ、タバコは言うに及ばず飲み屋へ行ったり(今より飲めていたかも?)パチンコへ行ったり、マージャンしたり、バイクに乗ったり…悪い事は一通り教わったかもしれません。
勉強と星しか興味の無かった当時の私には凄く新鮮な世界でどんどん引き込まれて行きました。
いっぱしの不良の出来上がりです。
 
その日も学校帰りY君を含めた3人で私の部屋に集まっていました。
何もすることが無く飲みに行くにも金が無い。
「そうだ、こっくりさんでもしようか?」
当時は心霊ブームでUFOやら心霊現象が大流行だったんです。有名なユリゲラーもこの頃じゃなかったかな?
こっくりさんも手軽な交霊術として流行っていました。
最近あまり聞かないのでご存知の無い方に説明します。
大きな紙の中央に鳥居を書きその周りに「はい、いいえ」を書きその周囲に「あ〜ん」までのひらがなを円形に書きます。
3人以上の参加者が人差し指を10円玉の上に乗せ霊を呼び出すと誰も動かすつもりが無くともひとりでに10円玉が動き霊の話が聞けるという物でした。
当時は休み時間や放課後、誰かはやっているというポピュラーな物でした。
みんな気軽にやっていましたが、それもそのはず。たいていはせいぜい「はい」か「いいえ」にかろうじて動くだけでだれもが半信半疑という物です。
Y君がやった事が無いというので試しにやってみようと始めたのです。Y君はそんな事あるはず無いとバカにしていました。
「バカにすると取り憑かれるそうだよ。」とI君。彼は信じているそうです。もう一人の友人I君は典型的なオカルトマニアです。UFOも幽霊も何度も目撃しており信じ切っているようでした。
彼がクラブ合宿で体験した「湖から飛んでくる生首」の話は何度聞いても背筋がぞっとしたものです。
私はと言えば、当時半分信じていたようです。空を見たり夜中に外で星を見ていることが多かったので不思議な光が飛び回っていたりするのを何度も目撃していた(と思っていた)んです。
高校時代、天文部の特権で校舎の屋上で撮影中に起きた、「深夜教室の電気を点けて回る足音」は不思議な体験でした。これはいつかまたお話します。
ちなみに現在の方がたくさん夜空を見ているのに不思議な光はさっぱり見ません。子供にしか見えないのかも。
 
そんな3人でこっくりさんを始めたのですが、いつもと違います。
いきなり文字を示し始めました。
それも読むのが追いつかないほど早く、次から次へひらがなの上を動き言葉を作り始めました。
内容は良く覚えていないのですが、時代がかった話し方で自分は先祖の霊だと言っていました。
お前たちは遊び半分で呼んだので懲らしめてやる。と言うのです。
半泣きになったI君が「Y君、悪戯で動かしているでしょう!」と詰問します。
Y君は「おれは何もしていないよ。」と指を離してしまいました。私はぎょっとしました。こっくりさんの最中に指を離すのはご法度です。
しかしそれでも関係無しに10円玉は勝手に動いて文字をつづっていきます。私は動かしていません。こんなに早く文字を指し示すのは人間業では難しいです。I君を見ると恐怖で真っ青になっています。彼がやっているとも思えません。
10円玉の言葉は続きます。
「お前たちはどうしようもないばか者だ。私の存在を信じないのであればお前たち3人とも罰を与えよう。」
「一週間後お前たち3人は事故を起こす。」
「命にかかわるような大事故だが死ぬ事は無いようにしてやる。」
「それまで私は帰らない。お前たちに取り憑いたままだ。」
現代語に訳すとこのような事を語りました。
その後何遍謝っても、帰ってくれるよう頼んでも、帰らぬの一点張りです。
困り果てその時はそのままこっくりさんを止めました。
それから一週間、我々はなるべく会わないようにし、びくびくしながら過ごしていました。

だんだん誰かの悪戯としか思えなくなってきました。しかしあの速さでひらがなを拾っていくというのは人間業ではないです。読むのに目が付いていかない位早かったんです。また話す言葉も特に古典を熱心に学んでいない我々にとっさで出てくる文体ではありませんでした。まるで江戸時代の武士のような話し方です。
 
ちょうど1週間たった予言の日。あの日に起きた事は今でもはっきり覚えています。


 
「暇なのでパチンコにでも行こう。」と言うY君の提案で3人でバイクに乗って走り出しました。
前にY君が運転するバイク。後ろにI君が乗っています。その斜め左に私。
いつも通いなれた道。坂の頂上に信号があります。右折ウインカーを出した車が1台来ましたが我々はもうすぐ前まで近づいていてそのまま待ってくれると思いました。スピードは70kmほど。我々はアクセルを緩めず交差点に入りました。
その時、信じられない光景が。
目の前でいきなりその車が右折し始めたのです。
坂の頂上だったのでバイクで視線が高い我々には車が見えていたのに低い運転席からは我々が見えず、直進車はいないと思って右折を始めたらしいのです。
ブレーキをかける暇もハンドルを切る暇もありません。
先行する二人が宙を飛ぶのが見えました。
次の瞬間私も車の上を飛び越えていました。
まるでスローモーションのようにゆっくり景色が変わっていきます。
地平線が逆さに見え、空と雲が見え、また地平線が見えた瞬間、誰かに足をぐっと引っ張られた気がしました。
激しい衝撃。気が付くと私はジャンプの着地のような姿勢で両手両足を地面につけていました。すぐ脇にはガードレール。数十センチずれていたら私は真っ二つだったとぞっとしました。
後ろを振り向くとY君とI君が倒れています。
「大丈夫か!」あわてて駆け寄るとY君は足を抱えてうずくまっています。どうやら私と同じく足から着地したようで捻挫をしただけのようです。
I君はうまく着地できなかったようで頭をふらつかせています。しかし3人の中で唯一ヘルメットをかぶっていたためヘルメットが割れただけで頭に傷を負った様子はありませんでした。
我々は40mほど宙を飛んでいたようです。はるか彼方にぶつかった車が白煙を上げていました。
事故現場に歩いて行こうとしたら裸足なのに気が付きました。激しい回転で脱げてしまったらしく道の両脇の家の中にそれぞれ落ちていました。靴を渡してくださった方の恐怖に引きつった顔が忘れられません。
事故現場に行くとバイクはぐちゃぐちゃに潰れ、車はくの字に折れ曲がっています。運転手の方は幸い怪我が無かったようでしたが呆然とされていました。
 (この潰れたバイクを見て級友たちの間では「T-Fixは死んだ!」と言う事になっていたようです。)
 
その時になって始めて予言を思い出しました。
その日、それまで、3人ともまったく忘れていたんです。
昨日まであんなにおびえていたと言うのに。
予言が実現しないよう、会わないようにしようと言っていたのに。

確かに死んでもおかしくない大事故でした。
それなのに3人とも擦り傷と捻挫以外なんとも無くぴんぴんしています。それだけでも奇跡でしょう。
へたにブレーキをかけ斜めにぶつかっていたら…。
道に沿って飛ばずガードレールにぶつかっていたら…。
誰かが足を引っ張らず顔から地面に激突していたら…。
間違いなくここで望遠鏡をいじってブログを書いている私は存在しなかったでしょう。
それから救急車で病院に運ばれ、
「こんなものつば付けとけば直る。」
とすぐ帰され。
両親からこっぴどくしかられ「2度とバイクに乗るな!」と免許を取り上げられました。
学校側の処分は自宅に帰ってからの事故と言う事でお咎めなし。
事故もこちらが直進車ということで事情徴収だけで済みました。
そしてこの事件は終わったのです。
 
その晩弟に事の成り行きを打ち明けた所、弟は真っ青な顔をしてこう言いました。
「実は今朝寝ている兄ちゃんの足元に男が座っていたんだよ。」
「何回見直してもいるので怖くなってそのまま学校へ行っちゃた。」
 
 
 
 
足元に座っていた者は道を外そうとしている子孫に灸をすえるため出てきたご先祖様だったのでしょうか?
それともいわゆる死神だったのでしょうか?
 
 
 
 
 
 

 

10月16日撮影顛末

昨夜OLG100さんが水曜に休暇をとられ撮影に行かれると言うので私も名乗りをあげました。
GPVでは、
 
「夜半過ぎからちょい雲出るかも知んないけどチョー薄いので撮影できんじゃね?」
 
と言う予報でした。
 
「雲出まくりで撮影なんか出来っこねーよ。」
 
と言う予報でも最近は快晴だったりしたので当然一晩快晴と思い仕事が終わった後浮島に出かけました。
 
浮島土手下に到着。
空は思ったとおり雲一つ無い晴れ。透明度はNGC1333を撮影した時よりちょっと悪い感じですが、一応カシオペアから白鳥にかけて天の川は見えています。
OLG100さんはもうすでに撮影の真っ最中。見事なM31を撮影されていました。
OLG100さんも発電機使用ですが、この「赤い彗星号」はあまりうるさく感じません。スペック上は私の「青の流星号」(「青い稲妻」より改名。うるさそうなんで)の方が静かなはずなのですが、高音が押さえられマイルドな音です。しかしここは人家から離れていてどんなにうるさくとも誰にも迷惑はかけないでしょう。
真っ先に発電機を作動させ音比べをしました。消音ボックスの大きさと重さには驚かれていたようです。そうなんです、それが問題ですよね。車が広くないと搭載できません。
 
さて私も撮影準備。
今日はフォーカサーを封印してスケアリングずれが出ないか見るのがメインです。
対象はペルセウス座のNGC1579としました。500mmのε180EDには小さすぎる対象ですが、NGC1333ほどではないにしても回りに分子雲と暗黒帯があるようです。それがうまく出せれば画になるのでは?と考えたんです。
カペラでピントチェック。思ったとおりフォーカサーを動かさなければスケアリングの傾きは出ないようです。しかし星が丸くない。四隅で星像の形が違う。などの今までイプでは見たこと無い収差は残っています。どうもバックフォーカスがあっていない影響の気がします。接続環を考える必要がありそうです。
対象導入、オートガイダー作動。今日はDSI-Proは正常に認識されています。土曜に認識されなかったのはなぜなんでしょう?
 
NGC1579回りの分子雲や暗黒帯がどのようになっているか、まったく資料が無く分りません。とりあえず中心において撮影開始しました。
1枚目L10分露出。出てきた画像の輝星がいまいちピリッとしません。おかしいなぁと思って周りを見ると機材が結露でびしょびしょです。一時12℃まで下がった気温が15℃まで上がっていました。OLG100さんもイプの斜鏡が曇ってしまったらしく画像がおかしくなったと言っていました。強力なAC100Vのドライヤーで乾かします。発電機はこういう時便利です。
斜鏡ヒーターがぜひ欲しいのですが、イプの斜鏡は同径の斜鏡セルに取り付けられています。どのようにすればヒーターを取り付けられるか分りません。
とりあえず結露は解消したようなので撮影続行。
Lを6枚撮影した所でOLG100さんの声。
「東南の方から雲がやってくるよ!」
見ると凄いスピードで雲がやってきます。
 
PowerShotG12 ISO800 32秒 28mm相当 (あれ?何やら人影が写っている…。)
イメージ 1
 
ああ、GPVでも「東南から雲は来るぜ。」と言っていたっけ。
「でも薄雲との事だから大丈夫だよ。」とも言っていたよな。
まったく予報どおりの雲襲来であまりに予報どおりなので雲は薄いので撮影は続行できると思っていました。
しかし!
あにはからんや!
雲は一向に途切れず、しかもガイド星を見失うくらい濃い雲です。
たまに雲の切れ目が来て見事な星星が見えるのですが5分も続かず撮影できません。
OLG100さんはお子様が熱を出したとの事で諦めて帰られてしまいました。
 
そして私は一人ぼっち。帰ろうと思うと雲の切れ目が来て決心つきません。まだLしか撮っていないのでRGB1枚づつでも撮影したかったんです。しかしその10分X3の切れ目は朝までとうとう来ませんでした。
 
上の写真に写っている人影におびえたり一人でいるのが嫌だった訳は、ここで不思議な人?に会った事があるんです。
一人でいた時、真夜中どなたかがこちらに歩いてくる。私の目の前で立ち止まりじっとしています。
「こんばんは。」と声をかけたら回れ右してそのまま黙って立ち去っていきました。
そのあとすぐぴんたんさんとsora-canさんがいらしたのですが、誰とも会っていないとの事でした。
ここは人家から離れ深夜に散歩する所とも思えません。
よく思い出すと歩いてくる足しか見えず上半身が見えなかったんです。ぞっとしました。
 
この晩、一人っきりになり心細く思っていると車がゆっくり走ってきて私のすぐそばに停まりました。
どなたか出てくるかと思っていたら車の中で何やら話している声が聞こえる物の誰も出てきません。
不気味です。お化けより人の方が怖い。
 
夜が開け明るくなった後周りを見ると結構たくさんの車が停まっていました。
どうやら夜明けに漁をするために来た人たちのようです。
何の事は無い、以前見た人影も深夜一人でいる私を不審に思い見に来た漁師さんなのかもしれません。
足しか見えなかったのはヘッドランプが下を向いていただけか。
いつも休日前に撮影に来るので気がつきませんでしたが平日夜明けは結構人が集まるようです。
幽霊の正体見たり枯れ尾花…ですね。
 
L6枚だけなのでモノクロですがダーク、フラット処理してコンポジットしてみました。
片ボケは無さそう。
 
NGC1579付近
10月16日、17日 茨城県稲敷市土手下
ε180ED JP赤道儀(K-ASTEC改)MTS-3 SXVR-H18 -20℃ BAADER L
L :10分X6枚
 
イメージ 2
 
何やらもやもやとした物や暗黒帯らしきものが写っているので500mmで撮影しても絵にはなりそうです。
NGC1579本体は様々な色があってカラフルなんですよね。ぜひカラー化したかったです。
 
OLG100さんが私が撮影している様子を撮ってくれました。雲にやられる直前です。
自分の姿を映すことは無かったので貴重です。OLG100さん、ありがとうございます。
イメージ 3

ちょっと夏向きの話

観望会が終わる頃、会場全体の写真を撮りました。

会場は背後の職員室から漏れる光で緑色に照らされています。

そこに不思議な物が写っていました。

画面左に雲のようなものが写っているのがお分かりになるでしょうか?

PowerShotG2 ISO400 F2 露出8秒
クリックで拡大します
イメージ 1

この1分後に撮影した次の写真にはこの雲のような物は写っていません。

画像に赤い光が写っているのは出て行く車のテールランプです。

条件は上の写真と同一です。
イメージ 2

雲のように見えるものはよく見ると林の手前に写っています。

学校のグランドなので誰もタバコをすっていなかったと思いますし、焚き火などはしていません。

ビスタさんに頼んで霊感のある方に見ていただいたのですが、霊的なものは感じられないそうです。

人一倍怖がりの小5の息子も「怖くないよーだ。」と言っていました。

はてさて、これは何なのでしょうね?

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